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四章
11
リオンの叫ぶような懺悔を長い間聞いていた神官は、居並ぶ神々のステンドグラスを見つめた。
叫びが枯れて、滴る涙の音と、かすかな嗚咽のみが聞こえるようになった時、神官は覚悟を決めたようにリオンに向き直った。
「英雄殿、あなたに伝えたい事があります」
その言葉にリオンはぐしゃぐしゃになった顔をあげて神官をみる。神官は強い視線で真っすぐにリオンを見て、一言ひとこと区切るように言った。
「英雄殿、あなた様がしたことを、懺悔を聞いた私は、本来なら『あなたの罪をゆるします』というべきなのでしょう。ですが、神官失格ですが、あえてその言葉を、言いません。英雄殿には、まだするべきことが、あると思うからです」
「……なんだ?」
「少女を……彼女を幸せにしてあげてください。あなたが傷つけた分だけ、いえ、その倍以上幸せにしてあげてください。今、彼女は死に出の旅の途中にいます」
「は?死に出の旅?なんで……なんで死ぬ必要がある!!あいつは、俺を捨ててようやく幸せになろうとしてるんじゃないのか!?」
「そうだったなら、私もこんなことは言いません。そう思える人なら、あなたにこんな事を頼まないでしょう。ですが、そうはいかないのです」
「なんで……どうしてだ!?俺は、あいつに酷いことを沢山してきたんだぞ?愛想をつかされて当然のことを、してきたんだ……」
神官はすっと目を伏せました。その顔には後悔がありありと浮かんでいました。
「きっと、彼女は、少女は英雄殿がした事を『酷いこと』だと思っておりません。『されて当然の事』『当たり前の日常』と思っていたはずです。酷い、と思えたのならまだ救う手立てはあった。けれど、彼女にはもう『酷いこと』を認識する基準がないのです」
「そんな、そんな事ってあるのか?そんな……」
「あるのですよ。そして、これは英雄殿だけの罪ではありません。あの時助けられなかった私にも、そしてそれを助長してきた人々にも罪があるのでしょう」
神官の言葉を聞いて、リオンは暫くの間考え込んでいたが、次に顔を上げた時には、もう覚悟は決まっていた。
「教えてくれ、いや、教えてください。俺はどうしたらいい?少女は、どこに行った?あ、いや、まずは少女の名前を知っていたら教えて欲しい」
「ーー少女の名前は、申し訳ないのですが、答えられないのです。ご本人にお聞きください。少女は、死に出の旅に出かけました」
「その死に出の旅、とは?」
「文字通り、死に向かう旅です。ただし、神殿でのこの言葉には特別な意味がございます。ーーーーーー神殿での死に出の旅、とは、神殿をめぐり、自らの決められた自らの一部をそこに祭られていらっしゃる神に奉げる事で最後の地で創造神に謁見する旅の事を指します。上手くいけば死者でさえよみがえらせることが可能ですが、その途中で失ったものせいで死ぬ方も多く、また、願いと引き換えに必ず自らの命を捧げなければいけない事から、死に出の旅と呼ばれています」
「命が代償って、そんな!!……まさか、あいつ自分の子を助けるために?」
「はい、そのように伺っております。どこで知ったのかは存じませんが、彼女はその存在を知っていました。詳しいことまでは知らないようでしたが、教えなければ手探りでも行いそうだったのでお教えいたしました」
「そんな……」
「死に出の旅は神殿の秘匿事項の一つ。本来なら、平民が知るような事ではないのですが……。これも神のお導きでしょうか……」
衝撃で固まっていたリオンは、ややあって神官に詰めよった。
「俺にも詳しいことを教えてくれ、あいつを追いかける!!」
「……本来ならば、お教えしないものなのですが、もちろんお教えいたしますーーーー」
神官から詳し話を聞くと、リオンは急いで神殿を後にした。
その後ろ姿を見送ってから、神官は神々のステンドグラスの前に跪き、祈りをささげた。
「この試練は他者に邪魔をされないように、追いかけてくる方に妨害が入る、といわれております。どうか、この地に振り回された哀れな英雄殿に、ご加護を。私たちを助けてくれた英雄殿が少女と会えるようにどうか、ご慈悲をお願いいたします」
なんとなく、一筋縄ではいかない気がして、神官は苦笑した。自分の祈りなんて微力にもならないかもしれない。それでも、残り少ない我が人生、悔いのないように祈りたいとリオンと少女の為に必死で祈った。
一心不乱に祈る神官の頭上のステンドグラスが不自然に輝き、その光は飛び散ってどこかに消えて行った。
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