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第1章 冷酷なる契約の序曲
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ルシアーナ・フィオレットは、濃紺のドレスを慎重にたたみながら、開け放したままの窓の外に広がる曇天を見上げた。その瞳には諦念と、それを払うかのような強い意志が渦巻いている。かつて華やかでありながらも穏やかだった日々は、家族の財政破綻という現実によって無残に壊されてしまった。貴族社会において“伯爵家”という地位を持つフィオレット家は、見栄えこそ立派だが、その実、借金で首が回らなくなりつつある。かつてはパーティの常連として名を馳せたフィオレット家も、今では館の維持費さえかろうじて工面し、使用人たちに充分な給料すら払えない状況だった。
ルシアーナが生まれて以来、この館はいつも優雅で、それでいて温かみを感じる空間だった。ルシアーナの母、フロランス・フィオレットは気品に満ち、誰からも慕われる女性だったし、父のエドゥアルド・フィオレットは社交界でも名の通った人格者だった。もし、あの悲劇が起こらなければ――そう思うと、彼女の胸には今でも痛みが走る。フィオレット家を立ち行かなくさせた最大の要因は、父が手を広げすぎた外商との取引の失敗と、そこに続く詐欺被害である。経済的な信用を失ったことで、資金繰りは思うように回らず、多くの関係者が離れていった。そして今、屋敷の中には“形だけの伯爵家”を象徴する品々だけが残され、じりじりと追い詰められている。
「——お嬢様。そろそろお時間でございます」
ドアをノックしながら控えめに声をかけてきたのは、ルシアーナが子供のころから世話をしてくれている侍女頭のリディアである。リディアは幾分か心配そうな面持ちを隠せずにいた。年の頃は五十手前だろうか。ルシアーナが幼いころから、良き相談相手としてそばで仕えてくれた忠実な使用人だ。彼女の胸にもまた、フィオレット家の現状に対する嘆きと、愛する主家を何とか守りたいという一心がうずまいている。
「分かっているわ、リディア。……すぐ行く」
ルシアーナはそう告げると、最後に指先でドレスの皺を整えた。そして一つ深呼吸をして、部屋を出る。これから向かう先は、このフィオレット家が選んだ“最後の手段”を正式に決定する場でもあった。
屋敷の廊下を歩きながら、ルシアーナは考えを巡らせる。これから自分が向かうのは、来客用の応接室だ。そこでは、侯爵家の当主でありながら若くして社交界を牛耳る男、ヴィクトル・クロウフォードが待っているはずだ。彼との縁談——いや、実際には“契約結婚”と呼ぶほうが適切だろう。家名を守るため、そして借金を一瞬にして清算するために、ルシアーナは彼との政略結婚を引き受けることになっていた。
“クロウフォード侯爵家”は、今、貴族社会でも抜きん出た財力と影響力を持つ家系である。その当主であるヴィクトルは、先代から受け継いだ莫大な資産をもとに、複数の事業を手広く展開している天才的な実業家だ。しかし、その青年侯爵には冷酷で冷たい人間性があると、噂されていた。社交界で見かけても、その整った容貌とは裏腹にまるで近寄りがたい空気をまとっている。愛想を振りまくどころか、他人を拒絶するかのような鋭い目つきで、誰も彼に気軽には話しかけられないのだと。だからこそ、彼の真意がどこにあるのか、どのような人物なのか、噂はあれど正確な情報を得ている者は少ない。
そんな男が、なぜ没落しかけた伯爵家の長女と結婚をするのか——その真意を知る者は、今のところ誰もいない。まさか好意からの婚約申し込みではないはずだ。むしろ、財政難を抱える伯爵家の“名目”を買いたいのだろう、と誰もが推測している。そもそも契約の条件は、「妻となる人間には一切の愛情を注がない」「クロウフォード家のイメージを損ねない程度の振る舞いをする」「決して当主の権力や財力に口出しはしない」という、どこまでも冷たいものだった。もしルシアーナがこれを受け入れるなら、フィオレット家の抱える膨大な借金の全てを肩代わりする。それがヴィクトルからの提案である。それはあまりに一方的な取り決めだった。
今までのルシアーナなら、こんな話には決して乗らなかっただろう。たとえ伯爵家が傾きかけているとはいえ、彼女には矜持があったし、“貴族らしい誇り”を捨ててまで相手の慰み者になるような屈辱は受けたくない。けれど、母や妹、そして最期までフィオレット家を守ろうと奮闘して亡くなった父のためにも、彼女には“家”を存続させる義務がある。少なくとも、フィオレット家が自分の代で名声を地に落とし、すっかり潰えてしまうのを見過ごすわけにはいかないのだ。
気づけば、自分の足取りは重く、まるで綱渡りをしているかのように慎重になっていた。リディアが、少し心配げに視線を送ってくる。その気配を感じて、ルシアーナはほんの少し笑みを返す。
「大丈夫よ、リディア。——わたし、ちゃんとやり遂げてみせるわ」
そう呟く彼女の瞳には、怯えよりも決意が宿っていた。貴族として産まれたからには、最後まで貴族としての意地を見せる——そんな強い意志がそこにある。扉の前に立つと、執事が扉を開けてくれた。コツコツ、と硬い床を踏む靴音が応接室に小さく響く。
部屋の奥に目をやると、ソファに深く腰を下ろし、悠然と足を組む男がいた。灰色がかったプラチナブロンドの髪はきっちりとセットされ、その顔立ちはまるで彫刻のように整っている。それが、ルシアーナが今から契約を結ぶ相手——ヴィクトル・クロウフォードだった。彼の傍らには、秘書らしき男性が書類を数枚手にして控えている。
「……お初にお目にかかります。クロウフォード侯爵様」
ルシアーナが視線を落とし、慎ましく一礼すると、ヴィクトルは彼女を一瞥しただけで、ほとんど反応を示さない。しかし、目の奥には僅かな光の揺れが見えた。形式的な挨拶すら必要ないとばかりに、彼は一言だけ言った。
「お座りください」
丁寧とも無愛想ともつかない、どこか冷徹な響きをもった声。まるで業務連絡をするかのようだ。通常、初対面であれば当主として最低限の挨拶を交わすものだが、彼にはその気配はまるでなかった。まさしく噂通りの“冷たい侯爵”という印象に、ルシアーナは内心溜め息をつく。もっとも、これが初対面だからといって彼の態度に戸惑っている場合ではない。ルシアーナは、自らの意思で結婚の形を受け入れなければならないのだ。
ルシアーナがソファに腰を下ろすと、ヴィクトルは言葉を続けることもなく、秘書に顎をしゃくった。すると、秘書は手に持った書類をテーブルに広げる。そこには細かい文字でびっしりと条項が並んでいた。それを目にしながら、ルシアーナは胸の奥が冷たくなるのを感じる。
「これが婚約契約の書類となります。ルシアーナ・フィオレット様、改めてご確認いただきたいのですが、まず大前提として、今回の結婚は“クロウフォード侯爵家”の要求を満たすことが第一となります。つきましては、愛情を求めない、後継ぎを求めない、婚姻関係を維持することで得られる社会的信用をお互いに利用する……こういった条件が明記されております」
秘書がそう言うと、ルシアーナは一度だけ首を縦に振る。すでに話は聞いているが、こうして文字として見ると改めてその非情さを痛感する。そして最後に残酷に記されている一節があった。
——「双方の合意があれば、いつでも婚姻の解消が可能。ただし、契約締結後はフィオレット家の財政をクロウフォード家が管理することとし、離縁の時点でフィオレット家に返せない負債がある場合、伯爵家の財産一切をクロウフォード家が接収する」——
ルシアーナは無意識に喉を鳴らした。つまり、この婚姻により借金が清算されたとしても、離縁する段階で再び負債が生まれていたら、そのときは全てを失う可能性がある。再起不能になるかもしれないのだ。
(……もっとも、だからこそ今、わたしが生贄になることでしか、家を守る術はないのかもしれない)
そう思うと、ほんのわずかに肩を落としそうになった。しかし、ここで弱音を漏らしてはならない。フィオレット家の当主代理であるルシアーナが、気丈に振る舞わなければ誰が守るというのだ。
「契約書の内容は理解しました。……私どもには、これ以外に道がないと重々承知しております。ですから、ここに記名し、婚姻を結ぶことに異論はございません」
ルシアーナが固い声でそう答えると、秘書は淡々とした態度のまま、羽ペンを差し出してきた。彼女は静かにペンを受け取り、書類の指定された欄へと名前を記す。ペン先が紙をこすれる音は、やけに大きく響いたように思われた。
書き終わったペンを置き、ルシアーナはおそるおそる顔を上げる。すると、ヴィクトルは興味がないとでも言わんばかりに視線を投げかけただけで、また別の書類に目を移してしまった。彼の態度には微塵の感情すら感じられず、ただ「形式的に済ませている」様子が透けて見える。その冷たさに、少なからず胸がちくりと痛んだ。
「ヴィクトル様にもご署名をお願いします」
秘書が促すと、彼は無言のまま書類に目を走らせ、素早く署名をした。全くためらいのない、その筆跡。彼にとっては、これがただの“ビジネス契約”に等しいのだろう。ルシアーナは複雑な思いを抱えたが、それを表情に出すまいと必死に堪えた。
これで婚約は正式に成立した。あとは、1週間後に執り行われる結婚式を待つだけだ。いわゆる華々しい宮廷式ではなく、内輪の簡素な挙式に決まっているのも、クロウフォード家からの指示だった。世間体のために最低限の儀式だけは行うが、大々的に披露するつもりはない、ということだろう。ルシアーナにとっても、過度な注目を浴びたくなかったので、むしろ都合が良いと言えば良い。
「では、これにて契約は成立です。おめでとうございます、と言うべきかどうかはわかりませんが……」
秘書は多少皮肉めいた口調でそう言うと、丁寧に一礼して書類をまとめ始めた。その背後で、ヴィクトルは何も言わずに立ち上がり、すぐに部屋を出て行こうとする。ルシアーナのほうを一瞥すらしない。そのことに、さすがのルシアーナも、いささか戸惑いを覚えた。とはいえ、もともと愛想を期待してはいなかったし、ここで引き止める理由もない。
しかし、部屋を出る直前、ヴィクトルが唐突に口を開いた。
「挙式の日まで、あなたは伯爵家で待機していてください。こちらから連絡が行くまでは、この屋敷にいてもらう。……何か問題があるなら言いなさい」
ヴィクトルは振り返らないまま、扉のほうを見据えたまま低くそう告げる。その言葉は、まるで「あれこれ言わずに大人しくしていろ」と念押ししているようにも聞こえる。ルシアーナは喉の奥で言葉が詰まるのを感じたが、ここで無闇に反発したところで何も得はないと悟り、控えめに答えた。
「……承知いたしました。特に問題はございません」
それを確認したのかしないのか、ヴィクトルは扉を開け、そのまま退出していく。扉が静かに閉まる音が響くと、応接室にはルシアーナとリディア、それに秘書だけが残った。リディアは少し険しい表情をしているが、主人に意見するような無礼は働けない。ルシアーナは重いため息をつくと同時に、これで全てが決まったのだと頭を切り替えた。
「……リディア、部屋に戻りましょう。今日のところはもう、用事は済んだわ」
彼女の声には気力が削がれた感がありありと表れていた。自分の人生を“クロウフォード侯爵家”という巨大な存在に捧げる代わりに、フィオレット家が生き延びる。それは理屈としては分かっているが、決して心が晴れる話ではない。ひとまず、ルシアーナは自室に戻りたいと思った。
扉を出ようとしたとき、秘書が言いにくそうに声をかけてきた。
「フィオレット伯爵家の皆様には、クロウフォード家から後日援助金が振り込まれ、すぐに借金返済ができるよう手配がなされる予定です。……ですが、どうか、挙式までの間、あまり目立った行動はなさらないほうが宜しいかと。旦那様(ヴィクトル)のご意向を損なう可能性もございますし、何より、婚姻契約に違反する恐れも……」
その言葉を聞きながら、ルシアーナは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。“最初からそういう扱い”なのだ。あくまでも“従うこと”を前提にしており、勝手な振る舞いをさせない。その念押しとしてのアドバイスである。ルシアーナは小さく頭を下げると、無言のまま部屋を出た。
廊下に出ると、リディアがそっと彼女の隣に寄り添う。その瞳には、言いたいことが山ほどある様子がありありと滲んでいる。だが、ここはフィオレット家の館とはいえ、今やクロウフォード家からの使いが出入りしている。変な噂が立つと厄介だ。リディアはそのあたりの事情をわきまえているからこそ、何も言わずに付き従ってくれている。
「……ありがとう、リディア。部屋に戻ったら話しましょう」
ルシアーナがそっと耳打ちすると、リディアは静かにうなずいた。
こうして、ルシアーナとクロウフォード家の“冷たい契約”は動き出した。挙式まではもう1週間しかない。その間に、ルシアーナが何を思い、どんな決意を固めるのか。それが、今後の人生を大きく左右していくのだろう——彼女はまだ、その現実の大きさを本当には実感できていない。
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報われない思い
部屋に戻ると、リディアがすぐにドアをしっかりと閉め、ほっとしたように小さく息をつく。外からの視線や耳があるかもしれない以上、こうしてプライベートな空間で話せるのは限られた時間だけだ。リディアは手際よく湯を沸かし、ルシアーナにハーブティーを淹れて手渡した。その湯気の立ち昇る優しい香りが、少しだけ張り詰めた空気を和らげる。
「お嬢様……本当に、これでよろしいのですか? あのように冷たい方と、形だけとはいえ結婚をなさるなんて……」
リディアが心底心配そうに声を掛けてきた。ルシアーナは、彼女の温かさに胸が締め付けられる思いだった。昔から、リディアはルシアーナの気持ちを誰よりも理解してくれる人だ。だからこそ、今の状況を見ていると苦しいのだろう。ルシアーナは苦笑しながら言う。
「そうね……わたしも、まさかこんな形で結婚することになるなんて、夢にも思わなかったわ。……だけど、仕方ないのよ。このままでは、わたしたち家族も、使用人の皆も行き場を失ってしまう。誰ひとり路頭に迷わないようにするには……クロウフォード家に頼るしかないの」
それが冷徹な事実だ。ルシアーナにとっては自らの幸せを犠牲にすることになるかもしれないが、伯爵家の存続と引き換えだと考えれば、まだ納得できる。それに、ルシアーナの内心にはもう一つ、譲れない思いがあった。自分の父が守ろうとしたフィオレット家を、ここで終わらせてなるものかという執念のようなものだ。
「結婚——いえ、白い契約なんて言われているわね。愛情を伴わない契約結婚を指して、人は“白い結婚”と呼ぶそうだけど……ほんとうに、わたしと彼の間には何もない。ただのビジネスよ」
そう呟くルシアーナの声には、どこか空虚な響きがあった。リディアは何か言いたげに唇を噛むが、結局、それ以上は何も言わなかった。ここで泣いて縋られたところで、事態が好転するわけではないと分かっているからだ。
ひとまずルシアーナは椅子に座り、ハーブティーを一口含んだ。温かな香りと柔らかな味わいが、少しだけ心を落ち着かせる。1週間後には、ヴィクトルの花嫁となる。その事実はどこか現実味がなく、まだ夢の中の出来事のようだった。
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幽霊のような屋敷
夕刻になると、フィオレット家の館は一層薄暗さを増し、広すぎる空間に閑散とした空気が漂う。借金の影響で多くの使用人を解雇せざるをえなかったため、館のあちこちが手入れ不足で荒れ始めていた。ルシアーナは、胸が苦しくなる思いで廊下や部屋を見回る。幼い頃には、こんなに寂れた様子ではなかった。かつては明るい笑い声が絶えず、使用人たちが活気に満ちた声を上げながら行き交っていたのに、今では一部の古参の使用人たちだけが、何とか館を支えている状況だ。
リディアや執事のエヴァン、料理長のマルコ、それに掃除をしてくれるメイドが数人。これが今、残されている使用人のほとんどである。どこをどう削ってももう限界に近い。それでも、皆がルシアーナに対して「お嬢様、ご武運を……」と微笑みかけてくれる。誰もが、ルシアーナが自分の犠牲を払って館を守ろうとしていることを分かっているのだ。
だが、その笑顔を見るたび、彼女の胸は締め付けられる。自分が本当に正しい選択をしたのか、今でも確信を持てない。ヴィクトル・クロウフォードという人物は、まるで氷の壁に覆われているように感じる。彼がフィオレット家を救うのは、まぎれもなくその圧倒的な財力のおかげだが、同時に、彼は情というものを一切感じさせない。婚姻関係をビジネス契約のように扱い、最初からルシアーナを“道具”として見ているようにさえ思える。
「——でも、これがわたしの選んだ道。嘆いていても仕方ないわ」
薄暗い廊下を歩きながら、ルシアーナは自分に言い聞かせる。いずれクロウフォード家に嫁いだのち、自分はどうなるのだろう。冷遇され続けるのか、それとも表向きだけは夫婦として振る舞いながら、実質的には孤独な日々を送るのか。
そのとき、遠くから何やら人の声が聞こえた。男性の荒い声——それは、執事のエヴァンの声だろうか。どうやら玄関ホールのあたりから響いているようだ。ルシアーナは足早に向かった。
「失礼ですが、お引き取りいただけませんか。今、当家は客人をお迎えできる状況ではなく……」
エヴァンの声が小さく震えているようにも聞こえる。誰かが玄関先で執事に食ってかかっているのかもしれない。これまでにも、取り立てやら冷やかしやら、ろくでもない来客が多かった。フィオレット家が没落しかけている今は、ここぞとばかりに難癖をつけようとする輩もいる。
ルシアーナが玄関ホールに駆けつけると、そこには痩せぎすの男性が数人、エヴァンを取り囲んでいた。明らかに貴族の出ではなく、まるでならず者のような風体だ。おそらくは金銭のトラブル絡みの輩だろう。彼らはエヴァンに威圧的に詰め寄り、支払いを求めているようだった。
「なんだ、お前ぇ。使用人風情が偉そうに。いいから当主を呼べ。いくらか取り立ての金が残っているんだろうが」
「そうだそうだ。こっちはちゃんとした依頼を受けてきてんだ。フィオレット伯爵家の借金はまだ全額返ってきちゃいねえぞ?」
その言葉に、ルシアーナの胸は鉛のように重くなる。確かに、正式な手続き上はすでに返済期限を過ぎている負債がいくつもあったし、今までは分割でなんとか誤魔化しながら凌いできた。だが、それももう限界だ。クロウフォード家からの援助金が届けば一括で返せる予定だったが、まだそれは振り込まれていないのだ。
エヴァンが毅然とした態度を取ろうとしているが、年老いた彼には相手が悪い。ルシアーナは、一呼吸置いたのち、落ち着いた声で割って入った。
「ご用件は存じております。ですが、本日は取り立てに応じることはできません。クロウフォード侯爵家からの支払いを待って、きちんとお支払いしますので、どうか今日はお引き取りください」
ならず者たちはルシアーナを見ると、いやらしい目つきで嘲笑った。女性である彼女が交渉相手となるなら、侮れるとでも思ったのだろうか。
「へえ? 随分としおらしいじゃないか、お嬢さん。お前さん、フィオレット伯爵の娘だったっけ? お仲間には悪いがな、俺たちも仕事で来てんだ。金がないなら身の回りのものを差し押さえるしかねえよな」
そう言って、男たちは勝手に館の中へ入り込もうとする。ルシアーナは動揺しているエヴァンを横目に、毅然とした態度でその前に立ちふさがった。
「お引き取りください。もしこれ以上、無断で当家の中に入ろうとするなら、衛兵を呼ばざるをえません」
男たちは、一瞬ルシアーナの強い瞳に気圧されたかのようにたじろいだ。しかし、すぐに嘲笑を浮かべる。どうせ没落寸前の伯爵家に衛兵など呼べるはずがないと高を括っているのだろう。このままでは、押し入られて館の品々を手当たり次第に奪われるかもしれない。さすがのルシアーナも、内心焦りを覚えた。まだクロウフォード家からの正式な財政支援が届いていない現状、彼らの要求を払拭する方法はない。何とか言葉で追い払うしかないというのが実情だった。
しかし、そのとき、廊下の奥から足音が聞こえてきた。振り返ると、そこには一人の男性が凛とした姿勢で立っている。小綺麗なスーツに身を包み、手に書類鞄を抱えたその姿は、先ほどヴィクトルに付き従っていた秘書だ。
「……こちらはクロウフォード家の管理下に置かれる予定の伯爵家だ。勝手に入り込むのは契約に対する冒涜だぞ」
秘書は冷静に、そして鋭い口調でそう告げると、男たちに書類の一部を見せつけた。男たちは「クロウフォード」という名を聞いた瞬間に、小さく身体を震わせる。大貴族であるクロウフォード家に刃向かうことがどれほど危険か、ならず者の彼らでも知っていたのだろう。彼らは途端に下手に出る素振りを見せた。
「こ、クロウフォード侯爵家……? そいつは、ちょっと話が違うな……」
「まあ、ここは一旦引き上げるが……また来るからな。金が揃ったら、きちんと返せよ」
そう捨て台詞を残すと、男たちはそそくさと館から立ち去った。それを確認すると、エヴァンはほっとした様子で肩を落とす。ルシアーナも同様に胸を撫で下ろしたが、同時に、彼女の心に複雑な思いが渦巻く。結局のところ、クロウフォード家の名がなければ、彼らを追い払うことは難しかった。伯爵家という看板は、もはや効力を失いつつある。その悔しさが、ルシアーナの胸を苦く染め上げる。
「助かりました。……ありがとうございます」
ルシアーナがそう言うと、秘書は事務的な表情のまま頭を下げる。彼は特に名乗りもしないが、どうやらヴィクトルの片腕として様々な案件を処理しているらしい。ルシアーナとしては、どのように接していいのか分からず、ただ礼を述べるにとどまった。
「こちらも、侯爵様から当家の状況を報告するように言われておりますので。なるべく早く借金の整理ができるよう手配しております。くれぐれも、ああいった輩にはお気をつけください」
実務的な言葉だけを告げると、秘書は足早に去っていく。その背中を見つめながら、ルシアーナはほのかな苛立ちと悔しさを覚えていた。確かに彼らに助けられたが、それもまたフィオレット家の威厳や力ではなく、クロウフォード家の庇護によるもの。自分たちはすでに守られる立場でしかないのだ。そこにあるのは屈辱感と、どうしようもない現実だった。
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冷たい結婚への道
その日の夜、ルシアーナは食事もそこそこに部屋へ戻り、ひとり机に向かっていた。もう一度、クロウフォード家との契約書に目を通すためだ。家族のためとはいえ、自分は一体どんな未来を選んでしまったのかを、改めて確かめたかったのだ。
そこには、幾つもの制約が細かく記されている。先ほど秘書が来たのも“契約内容の一環”なのだろう。フィオレット家はクロウフォード家によって借金が返済される代わりに、金融面や資産管理の全てを向こうへ委ねるという条文がある。そして、正式に結婚式が済めば、ルシアーナはクロウフォード家へと移り住み、侯爵夫人としての務めを果たさなければならない。しかしその“務め”とは、実質的には社会的な妻の顔を演じるだけ……。少なくとも、ヴィクトルがルシアーナに愛情を向けることはないだろう。それでいいと思っていたはずなのに、契約書の端々から滲む“冷酷さ”に触れるたび、ルシアーナの胸には小さな棘が刺さるような痛みが生まれた。
「わたしは、これからどうなるの……?」
そっと呟く声は、小さく震えていた。愛のない結婚。その事実は頭で理解していても、心は納得していない。もちろん、いきなり恋愛結婚ができるとは思っていないし、侯爵という相手が完璧な優男であるはずもない。それでも、こんなにも一方的でビジネスの道具のような扱いでは、まるで自分の人生が自分のものではなくなったかのようだ。
ふと、窓から夜風が吹き込み、ロウソクの炎が儚げに揺れる。廊下から聞こえる足音も少なく、まるでこの館には彼女の寂しさだけが立ちこめているような気さえする。それでも、ルシアーナは目をそらすわけにはいかない。これが伯爵家を、家族を守るために選んだ道なのだと自分に言い聞かせ、書類をそっと閉じた。
「あの冷酷な侯爵に、わたしがどんな風に扱われるか分からない。だけど負けたりしない。いざというときは、わたし自身の力で切り拓いてみせる」
そう胸中で呟いたとき、その声に嘘はなかった。昔から、ルシアーナは行動力と知恵で数々の困難を切り抜けてきた。伯爵令嬢であることに甘んじず、必要があれば自分で足を使い、他人の協力を得る努力を怠らなかった。その積み重ねがあるからこそ、今もなお、わずかな抵抗心を失わずにいられるのだ。
夜が深まっていく中、ルシアーナは机に伏せたままいつしか眠りに落ちていた。夢の中で見たのは、まだフィオレット家が豊かで幸せだった頃の情景だった。父と母の笑顔、妹との他愛もないおしゃべり、使用人たちが作る温かな食事。そして、ピアノやバイオリンの音色が華麗に響き渡る夜会……。その全てが、遠い記憶の中に溶け込んでいく。あの頃に戻りたい——そう強く願いながら、ルシアーナは静かな寝息を立てる。
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本当の闘いは、これから
翌朝、彼女が目を覚ましたとき、夜明け前の灰色がかった空が窓越しに見えた。結婚式まで残り6日。その短い間に、ルシアーナは多くの手続きを済ませ、クロウフォード家へ行く準備をしなければならない。そして何より、今のうちに伯爵家を支えてくれた使用人たちに感謝を伝え、後事を託す必要もある。
まだ部屋の外は静まり返っている。ルシアーナはそっと起き上がり、身支度を整える。誰もいない時間だからこそ、できることがある。いつもならメイドに髪をまとめてもらうが、今日は自分で三つ編みにまとめるだけにとどめた。華やかさよりも、行動のしやすさを優先したい気分だった。
「今日は、まず屋敷の中を一回りしてこようかしら。わたしがいなくなっても、ちゃんと動くように整えておかないと……」
薄暗い廊下を歩き、使われなくなった部屋や物置を確認する。借金返済のために売れるものは既に売り払ってしまい、残されている品々は伯爵家の歴史を象徴するような家具や美術品だけだ。それらも手放してしまえば、もはや伯爵家の面影はすっかり消えてしまうだろう。だが、それも時間の問題なのかもしれない。
「お嬢様、こんな時間にどうなさいました?」
背後から、リディアの声がかかった。どうやら彼女も早起きして館内を見回っていたらしい。ルシアーナが微笑みかけると、リディアは小さく頭を下げる。
「リディア、あなたがこの館を守ってくれていることに、いつも感謝しているわ。……挙式を終えたら、わたしはクロウフォード家へ行くけれど、あなたは残ってこの館で家族を見守ってくれないかしら。母も妹も、あなたがいてくれるだけで安心できると思うの」
本来なら、侍女頭のリディアも共に嫁ぐ形になることが多い。しかし、伯爵家の人員が少ない今、ルシアーナはリディアに残ってもらうほうが得策だと判断していた。母のフロランスは体が弱いし、妹もまだ幼い。館を実質取り仕切る存在としてリディアがいてくれるだけで安心感が違う。
リディアは少し迷うように瞳を揺らしていたが、やがて意を決したように頷いた。
「……分かりました。お嬢様のご希望とあらば、私はここに残り、フィオレット家をお守りいたします。けれど、もし何かあればすぐにお呼びください。私はいつだって、お嬢様のお側に参りますから」
その言葉に、ルシアーナは暖かな気持ちを覚えた。両親を失いかけ、伯爵家が窮地に陥ってもなお、こうして自分を支えてくれる人がいる。その事実が、彼女に一筋の光を与えてくれるのだ。
「ありがとう、リディア。……大丈夫、わたしは一人でもやってみせるわ。どんなに相手が冷たくても、わたしは負けない」
そう口にするとき、ルシアーナの瞳は揺るぎない決意で輝いていた。
クロウフォード家への嫁入りまで、あと6日。冷たい契約結婚という運命の一歩を踏み出すための時間は、もうそう長くはない。だが、ルシアーナは決意を新たにした。もしもその屋敷が彼女に“居場所”を与えないならば、自分でそれを切り拓くまで。相手がどんなに冷酷だろうとも、屈するつもりはない。
白い結婚、愛のない契約の裏側で、ルシアーナがどんな“ざまぁ”をお見舞いすることになるのか——その序章が、いま静かに幕を開ける。
ルシアーナが生まれて以来、この館はいつも優雅で、それでいて温かみを感じる空間だった。ルシアーナの母、フロランス・フィオレットは気品に満ち、誰からも慕われる女性だったし、父のエドゥアルド・フィオレットは社交界でも名の通った人格者だった。もし、あの悲劇が起こらなければ――そう思うと、彼女の胸には今でも痛みが走る。フィオレット家を立ち行かなくさせた最大の要因は、父が手を広げすぎた外商との取引の失敗と、そこに続く詐欺被害である。経済的な信用を失ったことで、資金繰りは思うように回らず、多くの関係者が離れていった。そして今、屋敷の中には“形だけの伯爵家”を象徴する品々だけが残され、じりじりと追い詰められている。
「——お嬢様。そろそろお時間でございます」
ドアをノックしながら控えめに声をかけてきたのは、ルシアーナが子供のころから世話をしてくれている侍女頭のリディアである。リディアは幾分か心配そうな面持ちを隠せずにいた。年の頃は五十手前だろうか。ルシアーナが幼いころから、良き相談相手としてそばで仕えてくれた忠実な使用人だ。彼女の胸にもまた、フィオレット家の現状に対する嘆きと、愛する主家を何とか守りたいという一心がうずまいている。
「分かっているわ、リディア。……すぐ行く」
ルシアーナはそう告げると、最後に指先でドレスの皺を整えた。そして一つ深呼吸をして、部屋を出る。これから向かう先は、このフィオレット家が選んだ“最後の手段”を正式に決定する場でもあった。
屋敷の廊下を歩きながら、ルシアーナは考えを巡らせる。これから自分が向かうのは、来客用の応接室だ。そこでは、侯爵家の当主でありながら若くして社交界を牛耳る男、ヴィクトル・クロウフォードが待っているはずだ。彼との縁談——いや、実際には“契約結婚”と呼ぶほうが適切だろう。家名を守るため、そして借金を一瞬にして清算するために、ルシアーナは彼との政略結婚を引き受けることになっていた。
“クロウフォード侯爵家”は、今、貴族社会でも抜きん出た財力と影響力を持つ家系である。その当主であるヴィクトルは、先代から受け継いだ莫大な資産をもとに、複数の事業を手広く展開している天才的な実業家だ。しかし、その青年侯爵には冷酷で冷たい人間性があると、噂されていた。社交界で見かけても、その整った容貌とは裏腹にまるで近寄りがたい空気をまとっている。愛想を振りまくどころか、他人を拒絶するかのような鋭い目つきで、誰も彼に気軽には話しかけられないのだと。だからこそ、彼の真意がどこにあるのか、どのような人物なのか、噂はあれど正確な情報を得ている者は少ない。
そんな男が、なぜ没落しかけた伯爵家の長女と結婚をするのか——その真意を知る者は、今のところ誰もいない。まさか好意からの婚約申し込みではないはずだ。むしろ、財政難を抱える伯爵家の“名目”を買いたいのだろう、と誰もが推測している。そもそも契約の条件は、「妻となる人間には一切の愛情を注がない」「クロウフォード家のイメージを損ねない程度の振る舞いをする」「決して当主の権力や財力に口出しはしない」という、どこまでも冷たいものだった。もしルシアーナがこれを受け入れるなら、フィオレット家の抱える膨大な借金の全てを肩代わりする。それがヴィクトルからの提案である。それはあまりに一方的な取り決めだった。
今までのルシアーナなら、こんな話には決して乗らなかっただろう。たとえ伯爵家が傾きかけているとはいえ、彼女には矜持があったし、“貴族らしい誇り”を捨ててまで相手の慰み者になるような屈辱は受けたくない。けれど、母や妹、そして最期までフィオレット家を守ろうと奮闘して亡くなった父のためにも、彼女には“家”を存続させる義務がある。少なくとも、フィオレット家が自分の代で名声を地に落とし、すっかり潰えてしまうのを見過ごすわけにはいかないのだ。
気づけば、自分の足取りは重く、まるで綱渡りをしているかのように慎重になっていた。リディアが、少し心配げに視線を送ってくる。その気配を感じて、ルシアーナはほんの少し笑みを返す。
「大丈夫よ、リディア。——わたし、ちゃんとやり遂げてみせるわ」
そう呟く彼女の瞳には、怯えよりも決意が宿っていた。貴族として産まれたからには、最後まで貴族としての意地を見せる——そんな強い意志がそこにある。扉の前に立つと、執事が扉を開けてくれた。コツコツ、と硬い床を踏む靴音が応接室に小さく響く。
部屋の奥に目をやると、ソファに深く腰を下ろし、悠然と足を組む男がいた。灰色がかったプラチナブロンドの髪はきっちりとセットされ、その顔立ちはまるで彫刻のように整っている。それが、ルシアーナが今から契約を結ぶ相手——ヴィクトル・クロウフォードだった。彼の傍らには、秘書らしき男性が書類を数枚手にして控えている。
「……お初にお目にかかります。クロウフォード侯爵様」
ルシアーナが視線を落とし、慎ましく一礼すると、ヴィクトルは彼女を一瞥しただけで、ほとんど反応を示さない。しかし、目の奥には僅かな光の揺れが見えた。形式的な挨拶すら必要ないとばかりに、彼は一言だけ言った。
「お座りください」
丁寧とも無愛想ともつかない、どこか冷徹な響きをもった声。まるで業務連絡をするかのようだ。通常、初対面であれば当主として最低限の挨拶を交わすものだが、彼にはその気配はまるでなかった。まさしく噂通りの“冷たい侯爵”という印象に、ルシアーナは内心溜め息をつく。もっとも、これが初対面だからといって彼の態度に戸惑っている場合ではない。ルシアーナは、自らの意思で結婚の形を受け入れなければならないのだ。
ルシアーナがソファに腰を下ろすと、ヴィクトルは言葉を続けることもなく、秘書に顎をしゃくった。すると、秘書は手に持った書類をテーブルに広げる。そこには細かい文字でびっしりと条項が並んでいた。それを目にしながら、ルシアーナは胸の奥が冷たくなるのを感じる。
「これが婚約契約の書類となります。ルシアーナ・フィオレット様、改めてご確認いただきたいのですが、まず大前提として、今回の結婚は“クロウフォード侯爵家”の要求を満たすことが第一となります。つきましては、愛情を求めない、後継ぎを求めない、婚姻関係を維持することで得られる社会的信用をお互いに利用する……こういった条件が明記されております」
秘書がそう言うと、ルシアーナは一度だけ首を縦に振る。すでに話は聞いているが、こうして文字として見ると改めてその非情さを痛感する。そして最後に残酷に記されている一節があった。
——「双方の合意があれば、いつでも婚姻の解消が可能。ただし、契約締結後はフィオレット家の財政をクロウフォード家が管理することとし、離縁の時点でフィオレット家に返せない負債がある場合、伯爵家の財産一切をクロウフォード家が接収する」——
ルシアーナは無意識に喉を鳴らした。つまり、この婚姻により借金が清算されたとしても、離縁する段階で再び負債が生まれていたら、そのときは全てを失う可能性がある。再起不能になるかもしれないのだ。
(……もっとも、だからこそ今、わたしが生贄になることでしか、家を守る術はないのかもしれない)
そう思うと、ほんのわずかに肩を落としそうになった。しかし、ここで弱音を漏らしてはならない。フィオレット家の当主代理であるルシアーナが、気丈に振る舞わなければ誰が守るというのだ。
「契約書の内容は理解しました。……私どもには、これ以外に道がないと重々承知しております。ですから、ここに記名し、婚姻を結ぶことに異論はございません」
ルシアーナが固い声でそう答えると、秘書は淡々とした態度のまま、羽ペンを差し出してきた。彼女は静かにペンを受け取り、書類の指定された欄へと名前を記す。ペン先が紙をこすれる音は、やけに大きく響いたように思われた。
書き終わったペンを置き、ルシアーナはおそるおそる顔を上げる。すると、ヴィクトルは興味がないとでも言わんばかりに視線を投げかけただけで、また別の書類に目を移してしまった。彼の態度には微塵の感情すら感じられず、ただ「形式的に済ませている」様子が透けて見える。その冷たさに、少なからず胸がちくりと痛んだ。
「ヴィクトル様にもご署名をお願いします」
秘書が促すと、彼は無言のまま書類に目を走らせ、素早く署名をした。全くためらいのない、その筆跡。彼にとっては、これがただの“ビジネス契約”に等しいのだろう。ルシアーナは複雑な思いを抱えたが、それを表情に出すまいと必死に堪えた。
これで婚約は正式に成立した。あとは、1週間後に執り行われる結婚式を待つだけだ。いわゆる華々しい宮廷式ではなく、内輪の簡素な挙式に決まっているのも、クロウフォード家からの指示だった。世間体のために最低限の儀式だけは行うが、大々的に披露するつもりはない、ということだろう。ルシアーナにとっても、過度な注目を浴びたくなかったので、むしろ都合が良いと言えば良い。
「では、これにて契約は成立です。おめでとうございます、と言うべきかどうかはわかりませんが……」
秘書は多少皮肉めいた口調でそう言うと、丁寧に一礼して書類をまとめ始めた。その背後で、ヴィクトルは何も言わずに立ち上がり、すぐに部屋を出て行こうとする。ルシアーナのほうを一瞥すらしない。そのことに、さすがのルシアーナも、いささか戸惑いを覚えた。とはいえ、もともと愛想を期待してはいなかったし、ここで引き止める理由もない。
しかし、部屋を出る直前、ヴィクトルが唐突に口を開いた。
「挙式の日まで、あなたは伯爵家で待機していてください。こちらから連絡が行くまでは、この屋敷にいてもらう。……何か問題があるなら言いなさい」
ヴィクトルは振り返らないまま、扉のほうを見据えたまま低くそう告げる。その言葉は、まるで「あれこれ言わずに大人しくしていろ」と念押ししているようにも聞こえる。ルシアーナは喉の奥で言葉が詰まるのを感じたが、ここで無闇に反発したところで何も得はないと悟り、控えめに答えた。
「……承知いたしました。特に問題はございません」
それを確認したのかしないのか、ヴィクトルは扉を開け、そのまま退出していく。扉が静かに閉まる音が響くと、応接室にはルシアーナとリディア、それに秘書だけが残った。リディアは少し険しい表情をしているが、主人に意見するような無礼は働けない。ルシアーナは重いため息をつくと同時に、これで全てが決まったのだと頭を切り替えた。
「……リディア、部屋に戻りましょう。今日のところはもう、用事は済んだわ」
彼女の声には気力が削がれた感がありありと表れていた。自分の人生を“クロウフォード侯爵家”という巨大な存在に捧げる代わりに、フィオレット家が生き延びる。それは理屈としては分かっているが、決して心が晴れる話ではない。ひとまず、ルシアーナは自室に戻りたいと思った。
扉を出ようとしたとき、秘書が言いにくそうに声をかけてきた。
「フィオレット伯爵家の皆様には、クロウフォード家から後日援助金が振り込まれ、すぐに借金返済ができるよう手配がなされる予定です。……ですが、どうか、挙式までの間、あまり目立った行動はなさらないほうが宜しいかと。旦那様(ヴィクトル)のご意向を損なう可能性もございますし、何より、婚姻契約に違反する恐れも……」
その言葉を聞きながら、ルシアーナは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。“最初からそういう扱い”なのだ。あくまでも“従うこと”を前提にしており、勝手な振る舞いをさせない。その念押しとしてのアドバイスである。ルシアーナは小さく頭を下げると、無言のまま部屋を出た。
廊下に出ると、リディアがそっと彼女の隣に寄り添う。その瞳には、言いたいことが山ほどある様子がありありと滲んでいる。だが、ここはフィオレット家の館とはいえ、今やクロウフォード家からの使いが出入りしている。変な噂が立つと厄介だ。リディアはそのあたりの事情をわきまえているからこそ、何も言わずに付き従ってくれている。
「……ありがとう、リディア。部屋に戻ったら話しましょう」
ルシアーナがそっと耳打ちすると、リディアは静かにうなずいた。
こうして、ルシアーナとクロウフォード家の“冷たい契約”は動き出した。挙式まではもう1週間しかない。その間に、ルシアーナが何を思い、どんな決意を固めるのか。それが、今後の人生を大きく左右していくのだろう——彼女はまだ、その現実の大きさを本当には実感できていない。
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報われない思い
部屋に戻ると、リディアがすぐにドアをしっかりと閉め、ほっとしたように小さく息をつく。外からの視線や耳があるかもしれない以上、こうしてプライベートな空間で話せるのは限られた時間だけだ。リディアは手際よく湯を沸かし、ルシアーナにハーブティーを淹れて手渡した。その湯気の立ち昇る優しい香りが、少しだけ張り詰めた空気を和らげる。
「お嬢様……本当に、これでよろしいのですか? あのように冷たい方と、形だけとはいえ結婚をなさるなんて……」
リディアが心底心配そうに声を掛けてきた。ルシアーナは、彼女の温かさに胸が締め付けられる思いだった。昔から、リディアはルシアーナの気持ちを誰よりも理解してくれる人だ。だからこそ、今の状況を見ていると苦しいのだろう。ルシアーナは苦笑しながら言う。
「そうね……わたしも、まさかこんな形で結婚することになるなんて、夢にも思わなかったわ。……だけど、仕方ないのよ。このままでは、わたしたち家族も、使用人の皆も行き場を失ってしまう。誰ひとり路頭に迷わないようにするには……クロウフォード家に頼るしかないの」
それが冷徹な事実だ。ルシアーナにとっては自らの幸せを犠牲にすることになるかもしれないが、伯爵家の存続と引き換えだと考えれば、まだ納得できる。それに、ルシアーナの内心にはもう一つ、譲れない思いがあった。自分の父が守ろうとしたフィオレット家を、ここで終わらせてなるものかという執念のようなものだ。
「結婚——いえ、白い契約なんて言われているわね。愛情を伴わない契約結婚を指して、人は“白い結婚”と呼ぶそうだけど……ほんとうに、わたしと彼の間には何もない。ただのビジネスよ」
そう呟くルシアーナの声には、どこか空虚な響きがあった。リディアは何か言いたげに唇を噛むが、結局、それ以上は何も言わなかった。ここで泣いて縋られたところで、事態が好転するわけではないと分かっているからだ。
ひとまずルシアーナは椅子に座り、ハーブティーを一口含んだ。温かな香りと柔らかな味わいが、少しだけ心を落ち着かせる。1週間後には、ヴィクトルの花嫁となる。その事実はどこか現実味がなく、まだ夢の中の出来事のようだった。
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幽霊のような屋敷
夕刻になると、フィオレット家の館は一層薄暗さを増し、広すぎる空間に閑散とした空気が漂う。借金の影響で多くの使用人を解雇せざるをえなかったため、館のあちこちが手入れ不足で荒れ始めていた。ルシアーナは、胸が苦しくなる思いで廊下や部屋を見回る。幼い頃には、こんなに寂れた様子ではなかった。かつては明るい笑い声が絶えず、使用人たちが活気に満ちた声を上げながら行き交っていたのに、今では一部の古参の使用人たちだけが、何とか館を支えている状況だ。
リディアや執事のエヴァン、料理長のマルコ、それに掃除をしてくれるメイドが数人。これが今、残されている使用人のほとんどである。どこをどう削ってももう限界に近い。それでも、皆がルシアーナに対して「お嬢様、ご武運を……」と微笑みかけてくれる。誰もが、ルシアーナが自分の犠牲を払って館を守ろうとしていることを分かっているのだ。
だが、その笑顔を見るたび、彼女の胸は締め付けられる。自分が本当に正しい選択をしたのか、今でも確信を持てない。ヴィクトル・クロウフォードという人物は、まるで氷の壁に覆われているように感じる。彼がフィオレット家を救うのは、まぎれもなくその圧倒的な財力のおかげだが、同時に、彼は情というものを一切感じさせない。婚姻関係をビジネス契約のように扱い、最初からルシアーナを“道具”として見ているようにさえ思える。
「——でも、これがわたしの選んだ道。嘆いていても仕方ないわ」
薄暗い廊下を歩きながら、ルシアーナは自分に言い聞かせる。いずれクロウフォード家に嫁いだのち、自分はどうなるのだろう。冷遇され続けるのか、それとも表向きだけは夫婦として振る舞いながら、実質的には孤独な日々を送るのか。
そのとき、遠くから何やら人の声が聞こえた。男性の荒い声——それは、執事のエヴァンの声だろうか。どうやら玄関ホールのあたりから響いているようだ。ルシアーナは足早に向かった。
「失礼ですが、お引き取りいただけませんか。今、当家は客人をお迎えできる状況ではなく……」
エヴァンの声が小さく震えているようにも聞こえる。誰かが玄関先で執事に食ってかかっているのかもしれない。これまでにも、取り立てやら冷やかしやら、ろくでもない来客が多かった。フィオレット家が没落しかけている今は、ここぞとばかりに難癖をつけようとする輩もいる。
ルシアーナが玄関ホールに駆けつけると、そこには痩せぎすの男性が数人、エヴァンを取り囲んでいた。明らかに貴族の出ではなく、まるでならず者のような風体だ。おそらくは金銭のトラブル絡みの輩だろう。彼らはエヴァンに威圧的に詰め寄り、支払いを求めているようだった。
「なんだ、お前ぇ。使用人風情が偉そうに。いいから当主を呼べ。いくらか取り立ての金が残っているんだろうが」
「そうだそうだ。こっちはちゃんとした依頼を受けてきてんだ。フィオレット伯爵家の借金はまだ全額返ってきちゃいねえぞ?」
その言葉に、ルシアーナの胸は鉛のように重くなる。確かに、正式な手続き上はすでに返済期限を過ぎている負債がいくつもあったし、今までは分割でなんとか誤魔化しながら凌いできた。だが、それももう限界だ。クロウフォード家からの援助金が届けば一括で返せる予定だったが、まだそれは振り込まれていないのだ。
エヴァンが毅然とした態度を取ろうとしているが、年老いた彼には相手が悪い。ルシアーナは、一呼吸置いたのち、落ち着いた声で割って入った。
「ご用件は存じております。ですが、本日は取り立てに応じることはできません。クロウフォード侯爵家からの支払いを待って、きちんとお支払いしますので、どうか今日はお引き取りください」
ならず者たちはルシアーナを見ると、いやらしい目つきで嘲笑った。女性である彼女が交渉相手となるなら、侮れるとでも思ったのだろうか。
「へえ? 随分としおらしいじゃないか、お嬢さん。お前さん、フィオレット伯爵の娘だったっけ? お仲間には悪いがな、俺たちも仕事で来てんだ。金がないなら身の回りのものを差し押さえるしかねえよな」
そう言って、男たちは勝手に館の中へ入り込もうとする。ルシアーナは動揺しているエヴァンを横目に、毅然とした態度でその前に立ちふさがった。
「お引き取りください。もしこれ以上、無断で当家の中に入ろうとするなら、衛兵を呼ばざるをえません」
男たちは、一瞬ルシアーナの強い瞳に気圧されたかのようにたじろいだ。しかし、すぐに嘲笑を浮かべる。どうせ没落寸前の伯爵家に衛兵など呼べるはずがないと高を括っているのだろう。このままでは、押し入られて館の品々を手当たり次第に奪われるかもしれない。さすがのルシアーナも、内心焦りを覚えた。まだクロウフォード家からの正式な財政支援が届いていない現状、彼らの要求を払拭する方法はない。何とか言葉で追い払うしかないというのが実情だった。
しかし、そのとき、廊下の奥から足音が聞こえてきた。振り返ると、そこには一人の男性が凛とした姿勢で立っている。小綺麗なスーツに身を包み、手に書類鞄を抱えたその姿は、先ほどヴィクトルに付き従っていた秘書だ。
「……こちらはクロウフォード家の管理下に置かれる予定の伯爵家だ。勝手に入り込むのは契約に対する冒涜だぞ」
秘書は冷静に、そして鋭い口調でそう告げると、男たちに書類の一部を見せつけた。男たちは「クロウフォード」という名を聞いた瞬間に、小さく身体を震わせる。大貴族であるクロウフォード家に刃向かうことがどれほど危険か、ならず者の彼らでも知っていたのだろう。彼らは途端に下手に出る素振りを見せた。
「こ、クロウフォード侯爵家……? そいつは、ちょっと話が違うな……」
「まあ、ここは一旦引き上げるが……また来るからな。金が揃ったら、きちんと返せよ」
そう捨て台詞を残すと、男たちはそそくさと館から立ち去った。それを確認すると、エヴァンはほっとした様子で肩を落とす。ルシアーナも同様に胸を撫で下ろしたが、同時に、彼女の心に複雑な思いが渦巻く。結局のところ、クロウフォード家の名がなければ、彼らを追い払うことは難しかった。伯爵家という看板は、もはや効力を失いつつある。その悔しさが、ルシアーナの胸を苦く染め上げる。
「助かりました。……ありがとうございます」
ルシアーナがそう言うと、秘書は事務的な表情のまま頭を下げる。彼は特に名乗りもしないが、どうやらヴィクトルの片腕として様々な案件を処理しているらしい。ルシアーナとしては、どのように接していいのか分からず、ただ礼を述べるにとどまった。
「こちらも、侯爵様から当家の状況を報告するように言われておりますので。なるべく早く借金の整理ができるよう手配しております。くれぐれも、ああいった輩にはお気をつけください」
実務的な言葉だけを告げると、秘書は足早に去っていく。その背中を見つめながら、ルシアーナはほのかな苛立ちと悔しさを覚えていた。確かに彼らに助けられたが、それもまたフィオレット家の威厳や力ではなく、クロウフォード家の庇護によるもの。自分たちはすでに守られる立場でしかないのだ。そこにあるのは屈辱感と、どうしようもない現実だった。
---
冷たい結婚への道
その日の夜、ルシアーナは食事もそこそこに部屋へ戻り、ひとり机に向かっていた。もう一度、クロウフォード家との契約書に目を通すためだ。家族のためとはいえ、自分は一体どんな未来を選んでしまったのかを、改めて確かめたかったのだ。
そこには、幾つもの制約が細かく記されている。先ほど秘書が来たのも“契約内容の一環”なのだろう。フィオレット家はクロウフォード家によって借金が返済される代わりに、金融面や資産管理の全てを向こうへ委ねるという条文がある。そして、正式に結婚式が済めば、ルシアーナはクロウフォード家へと移り住み、侯爵夫人としての務めを果たさなければならない。しかしその“務め”とは、実質的には社会的な妻の顔を演じるだけ……。少なくとも、ヴィクトルがルシアーナに愛情を向けることはないだろう。それでいいと思っていたはずなのに、契約書の端々から滲む“冷酷さ”に触れるたび、ルシアーナの胸には小さな棘が刺さるような痛みが生まれた。
「わたしは、これからどうなるの……?」
そっと呟く声は、小さく震えていた。愛のない結婚。その事実は頭で理解していても、心は納得していない。もちろん、いきなり恋愛結婚ができるとは思っていないし、侯爵という相手が完璧な優男であるはずもない。それでも、こんなにも一方的でビジネスの道具のような扱いでは、まるで自分の人生が自分のものではなくなったかのようだ。
ふと、窓から夜風が吹き込み、ロウソクの炎が儚げに揺れる。廊下から聞こえる足音も少なく、まるでこの館には彼女の寂しさだけが立ちこめているような気さえする。それでも、ルシアーナは目をそらすわけにはいかない。これが伯爵家を、家族を守るために選んだ道なのだと自分に言い聞かせ、書類をそっと閉じた。
「あの冷酷な侯爵に、わたしがどんな風に扱われるか分からない。だけど負けたりしない。いざというときは、わたし自身の力で切り拓いてみせる」
そう胸中で呟いたとき、その声に嘘はなかった。昔から、ルシアーナは行動力と知恵で数々の困難を切り抜けてきた。伯爵令嬢であることに甘んじず、必要があれば自分で足を使い、他人の協力を得る努力を怠らなかった。その積み重ねがあるからこそ、今もなお、わずかな抵抗心を失わずにいられるのだ。
夜が深まっていく中、ルシアーナは机に伏せたままいつしか眠りに落ちていた。夢の中で見たのは、まだフィオレット家が豊かで幸せだった頃の情景だった。父と母の笑顔、妹との他愛もないおしゃべり、使用人たちが作る温かな食事。そして、ピアノやバイオリンの音色が華麗に響き渡る夜会……。その全てが、遠い記憶の中に溶け込んでいく。あの頃に戻りたい——そう強く願いながら、ルシアーナは静かな寝息を立てる。
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本当の闘いは、これから
翌朝、彼女が目を覚ましたとき、夜明け前の灰色がかった空が窓越しに見えた。結婚式まで残り6日。その短い間に、ルシアーナは多くの手続きを済ませ、クロウフォード家へ行く準備をしなければならない。そして何より、今のうちに伯爵家を支えてくれた使用人たちに感謝を伝え、後事を託す必要もある。
まだ部屋の外は静まり返っている。ルシアーナはそっと起き上がり、身支度を整える。誰もいない時間だからこそ、できることがある。いつもならメイドに髪をまとめてもらうが、今日は自分で三つ編みにまとめるだけにとどめた。華やかさよりも、行動のしやすさを優先したい気分だった。
「今日は、まず屋敷の中を一回りしてこようかしら。わたしがいなくなっても、ちゃんと動くように整えておかないと……」
薄暗い廊下を歩き、使われなくなった部屋や物置を確認する。借金返済のために売れるものは既に売り払ってしまい、残されている品々は伯爵家の歴史を象徴するような家具や美術品だけだ。それらも手放してしまえば、もはや伯爵家の面影はすっかり消えてしまうだろう。だが、それも時間の問題なのかもしれない。
「お嬢様、こんな時間にどうなさいました?」
背後から、リディアの声がかかった。どうやら彼女も早起きして館内を見回っていたらしい。ルシアーナが微笑みかけると、リディアは小さく頭を下げる。
「リディア、あなたがこの館を守ってくれていることに、いつも感謝しているわ。……挙式を終えたら、わたしはクロウフォード家へ行くけれど、あなたは残ってこの館で家族を見守ってくれないかしら。母も妹も、あなたがいてくれるだけで安心できると思うの」
本来なら、侍女頭のリディアも共に嫁ぐ形になることが多い。しかし、伯爵家の人員が少ない今、ルシアーナはリディアに残ってもらうほうが得策だと判断していた。母のフロランスは体が弱いし、妹もまだ幼い。館を実質取り仕切る存在としてリディアがいてくれるだけで安心感が違う。
リディアは少し迷うように瞳を揺らしていたが、やがて意を決したように頷いた。
「……分かりました。お嬢様のご希望とあらば、私はここに残り、フィオレット家をお守りいたします。けれど、もし何かあればすぐにお呼びください。私はいつだって、お嬢様のお側に参りますから」
その言葉に、ルシアーナは暖かな気持ちを覚えた。両親を失いかけ、伯爵家が窮地に陥ってもなお、こうして自分を支えてくれる人がいる。その事実が、彼女に一筋の光を与えてくれるのだ。
「ありがとう、リディア。……大丈夫、わたしは一人でもやってみせるわ。どんなに相手が冷たくても、わたしは負けない」
そう口にするとき、ルシアーナの瞳は揺るぎない決意で輝いていた。
クロウフォード家への嫁入りまで、あと6日。冷たい契約結婚という運命の一歩を踏み出すための時間は、もうそう長くはない。だが、ルシアーナは決意を新たにした。もしもその屋敷が彼女に“居場所”を与えないならば、自分でそれを切り拓くまで。相手がどんなに冷酷だろうとも、屈するつもりはない。
白い結婚、愛のない契約の裏側で、ルシアーナがどんな“ざまぁ”をお見舞いすることになるのか——その序章が、いま静かに幕を開ける。
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