くしゃばあと私の思い出

ponkichi

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くしゃばあと私の思い出

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私が小学生の頃。

親戚みんなでよく会いに行ったアイドルがいる。

それは山に住む私のひいおばあちゃん。

このひいおばあちゃんの愛称は"くしゃばあ"。

「皺がくしゃくしゃだから」とひ孫たちが付けた。

このくしゃばあはみんなの愛されキャラだった。

くしゃばあの家は、田舎の山を少し登ったところにあった。

そこはとても自然に溢れていて、私はそこがどうしてもジブリの中の世界にしか見えなかった。

たくさんの緑の葉っぱをつけた大きな木、どこまでも広がる田んぼに、蛍が飛ぶ程綺麗な水が流れる川。

おっきなスイカを2球抱えた叔父さんがやってきた。

叔父「井戸水は冷たいから、これで十分。」

まさか平成のこの時代に井戸水って、、、。

一同「こんにちはーー!」

ガラガラと引き戸を引いて、家にゾロゾロと上がっていく。

居間にはアイドルのくしゃばあがいた。

曽祖母「よおきてくれたねぇ、ありがとねぇ」

祖母「みんなきたよー」

曽祖母「ありがとありがと」

みんなが自然と笑顔になる。

曽祖母「あんた誰ね?」

私「さきよ、くしゃばあ」

曽祖母「さきかね。よぉきてくれたねぇ、ありがとねぇ」

そして、叔父が先ほどのスイカを切って持ってきてくれた。

びっくりするくらいきんきんに冷えていた。

それはそれは美味しかった。

曽祖母「ところであんたは誰ね」

???

あ、私か。

私「さきよ!くしゃばあの、ひ孫!」

曽祖母「そうかそうか!よぉきてくれたねぇ」

そう、既に認知症が始まっていた。

でもそんなの何回でも言えばいい事。

みんな笑って何回でも自己紹介する。

くしゃばあは、誰かもわからないのに楽しそうにスイカを一緒に食べてくれる。

私が小学6年生になった頃。

くしゃばあは老人ホームで暮らすことになった。

田舎の割に立派なそこでも、また何度となくみんなで集まっては、繰り返し自己紹介をした。

楽しかった。みんな笑っていた。

ただ少し集まる人数は減っていった。

私が中学に入学した年。

段々とくしゃばあの体調が悪化していた。

何度か私はくしゃばあのお見舞いに行った。

一度目は、中学入学後すぐの春。

私「くしゃばあ、きたよー!」

曽祖母「よおきたねー」

いつも通り自己紹介を何度もしながら、中学に入学した事、テニス部に入った事、塾に行き始めた事などを話した。

二度目は、ゴールデンウィーク。

いつも通り自己紹介を何度もしながら、ざっと中学生活について話した。

だが、かなり認知症が酷くなっていて、会話もまともに出来なかった。

なんだか知らない人と話しているかのように。

三度目は、梅雨の時期。

くしゃばあは寝ていた。

そっと扉を閉めた。

また今度にしよう。

四度目は初夏だった。

病室の扉を開けると、楽しそうに笑っているくしゃばあがいた。

そしてこちらを見て言った。

曽祖母「あ、おばさん。一緒に踊りましょう」

そういって手をユラユラ揺らして踊っていた。

くしゃばあは93歳になっていた。

93歳から"おばさん"と呼ばれて中学生の私はびっくりした。

今日は小学生くらいの少女のくしゃばあになっている、と母は言った。

それならとことん付き合おう。

私は一緒に踊った。

散々笑った後、疲れたくしゃばあは寝た。

次に行ったのは夏休みだった。

8月の暑い頃。

病室の扉を開けると、ベットに座っているくしゃばあがいた。

私「くしゃばあ、きたよー」

曽祖母「よおきたねー」

私「うん!」

曽祖母「さきは今日学校ないの?」

え⁈会話してる⁈

私「私が誰かわかるの⁈」

曽祖母「もちろんよ!何度も来てくれてるじゃない」

私「それは、そうだけど、、」

子供の頃から何度も自己紹介をしては、誰ね?と言われ続けたのに。

曽祖母「今日、学校は?中学にあがったのよね?」

私「えー⁈知ってるの⁈」

曽祖母「いつも教えてくれるでしょ?」

私「そう!そうだね!学校は夏休みだからないの!」

嬉しかった。認知症が進んでいつもぽーっとしていたから、聞いてないのだと思ってた。

曽祖母「部活もお休み?」

私「部活まで覚えてたの⁈」

曽祖母「テニス部でしょ?」

私「そう!テニス部!午前練習だったから、行ってきたよ!」

曽祖母「そう、お疲れ様」

そう言ってくしゃばあは、にっこり笑った。

この日は普通に会話をして、一度も自己紹介をせずにいろんな会話をした。

楽しかったし、嬉しかった。

こんなにも覚えててくれたんだ。

正直のところ、くしゃばあに私の事を覚えてもらえるなんて子供の頃から思っていなかった。

心から嬉しかった。

私はくしゃばあに、またね。と手を振り、くしゃばあも、またね。と笑顔で言ってくれた。

それから数日後、くしゃばあは亡くなった。

もう一度会いたかったが、大好きなくしゃばあが私の事を覚えていてくれた事を最後に知れて良かった。

人は見かけによらない。

認知症は進んでいても、断片的に覚えている事や理解している事もあるんだ。

何度も会いに行って良かった。

くしゃばあがひいおばあちゃんで良かった。

私が天国に行く日まで。

またね、くしゃばあ。
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