5 / 5
最終話
しおりを挟む
ヒューゴはその夜はレオの横で一夜を過ごした。レオを失う悲しさや絶望は寝る前には薄まり、不思議と気持ちよく眠ることができた。
幸せな夢だった。これまでの思い出がぎゅっと詰まったような、今までの幸せすら本当は夢だったのではと疑ってしまうほどの、いい夢だった。
ひんやりとした空気を感じ、ヒューゴは目を覚ました。隣で眠っていたはずのレオが立ち上がって小屋の入り口の方をにらんでいた。普段はおとなしいレオだったが珍しく、爪を立て鱗も心なしか逆立っているようだった。
門の外には昨日の騎士が立っていた。レオがのどを鳴らし、ヒューゴを守るように前出た。改めて見るレオの大きく伸びた背中は、いつもの猫背からは想像できない頼もしさがあった。
「安心しろ、レオ。別に僕を取って食おうとしているわけじゃないんだ。」
本当に守ってやらないといけないのはレオの方だった。それがわかっていたから、ヒューゴは何かに押しつぶされそうな情けない笑顔で大きな背中をさすり、なだめた。
「ここが最後の赤の小屋だな。全部で3頭いるはずだが、揃っているな?」
「…はい。…あの…こいつも連れていくんですか?」
「当然だ。ここのドラゴンはすべて帝国が管理する。」
「管理するって言って本当は何か悪いことに利用しようとしているんじゃないんですか!」
「何を言っている?そのような話、誰に吹き込まれたのか知らんがそれが我ら騎士を侮辱することになることだとは思わないのか?」
騎士を名乗る男が右手を剣の柄にかける。それを見たレオが先ほどにもまして威圧感を表に出す。男はその様子をじっと見つめ、部下に早くドラゴンたちを連れて行くように命令した。
顔全体を覆うように目隠しをつけられたドラゴンたちが次々に雪の大地へと引きずり出されていった。
最後にレオが引きずり出されると、小屋には一人の少年だけが残った。
その日の朝食は味がしなかった。重く沈んだ雰囲気の食卓で最後の一口を父が飲み込むと、黙って皆、父の言葉を待っていた。
「おそらく、いやほぼ確実に今日連れていかれた12頭は反帝国のものの手によって調教され、何か良からぬことに利用されることはほぼ間違いないだろう。だが、俺はお前たちを守る方が大事だ。だから、今回は俺のわがままということで許してほしい。」
「もし、あの子たちが帝国やガウコを襲ってくるようなことがあったときはどうするつもり?」
今回の件でなす術のなかった母はここぞとばかりに不安を顕にした。誰も、顔を上げられなかった。結果として反帝国派に協力する形になったこと、そして何よりドラゴンたちを守れなかったことを不甲斐なく思っていた。
「少なくとも半年以内にそんなことが起こることはないだろう。あの子たちはまだ若い。それに、この件はガウコの騎士団にも伝えてある。今回は間に合わなかったが次はきっと、この農園を守ることはできるだろう。」
珍しいことがあるもので、父のこの予想は外れた。
レオがいなくなってから3か月が経って春がすぐそこに来ていた。あの日以来、ヒューゴはレオが寝ていた小屋で寝るようになっていた。
レオがいなくなる前に見た夢をもう一度見たかった。小屋で寝ればきっとみられると思い続けていた。
(会いたいなんて贅沢は言わないから、もう一度だけレオの夢を見たい。夢でいいから顔を見たい…)
一日中そんなことを考え続けていた結果、ヒューゴの目からは生気がなくなっていた。
朝になって外が騒がしくなっていることに気が付いた。遠くから聞こえるのは母の叫び声とそれをなだめるような父の声だった。
「何だろう…?」
遠い目で小屋の戸を開けて外を見ると、そこは火の海だった。熱気が部屋に入り込む。
(山火事?)
上空で人の声が聞こえた。見上げると、ドラゴンたちが火を吐き、農場を燃やしている様子が目に映った。その中の一頭に気づくと、ヒューゴのうつろな目は輝きを一瞬で取り戻した。
「…レオ?レオ!帰ってきたんだ!おーい!レオ!こっちだー!」
ヒューゴは熱さなど感じていないように外へと走りだし、そのドラゴンの方に向かって手を振った。腹の底から名前を叫んだ。
「レオ、レオ、お前、火を吐けるようになったんだね!やったじゃないか!また会いに来てくれるなんて嬉しいよ」
ドラゴンが降り立ち、武装した男がヒューゴのほうへ歩いてきた。
「あなたが新しい飼い主さんでしたか!いやぁ、こんなに立派に育ててくださるなんて!こいつ冬の時なんて火すら…」
止まらぬ勢いで話すヒューゴに恐怖を覚えたのか男は何もせずに引き返した。男が背に乗ると、ドラゴンはヒューゴには見向きもせず、飛び立っていった。
「レオ―!元気で、ねー…、ハァ、…また遊びに…」
熱さは感じていなかったがヒューゴの体はやけどで消耗しきっていた。
愛したドラゴンの名を口にしながら少年は灰となっていった。
反帝国軍は南の大陸、モンドルクの進んだ技術支援を受け一気に勢力を拡大させ、ガウコを含むナパージャ大陸全土を制圧した。そして、モンドルク大陸の大国、その名も皇国モンドルクの傀儡政権が生まれたのち、数年たって徐々に元反帝国軍の勢力もそがれ、完全にナパージャ大陸はモンドルク皇国となった。
ラース農場の跡地には新しく軍需工場が建てられ、ガウコの名がつけられた。
その工場の下では今でも自分のドラゴンを呼び続ける少年が眠っているとかいないとか。
幸せな夢だった。これまでの思い出がぎゅっと詰まったような、今までの幸せすら本当は夢だったのではと疑ってしまうほどの、いい夢だった。
ひんやりとした空気を感じ、ヒューゴは目を覚ました。隣で眠っていたはずのレオが立ち上がって小屋の入り口の方をにらんでいた。普段はおとなしいレオだったが珍しく、爪を立て鱗も心なしか逆立っているようだった。
門の外には昨日の騎士が立っていた。レオがのどを鳴らし、ヒューゴを守るように前出た。改めて見るレオの大きく伸びた背中は、いつもの猫背からは想像できない頼もしさがあった。
「安心しろ、レオ。別に僕を取って食おうとしているわけじゃないんだ。」
本当に守ってやらないといけないのはレオの方だった。それがわかっていたから、ヒューゴは何かに押しつぶされそうな情けない笑顔で大きな背中をさすり、なだめた。
「ここが最後の赤の小屋だな。全部で3頭いるはずだが、揃っているな?」
「…はい。…あの…こいつも連れていくんですか?」
「当然だ。ここのドラゴンはすべて帝国が管理する。」
「管理するって言って本当は何か悪いことに利用しようとしているんじゃないんですか!」
「何を言っている?そのような話、誰に吹き込まれたのか知らんがそれが我ら騎士を侮辱することになることだとは思わないのか?」
騎士を名乗る男が右手を剣の柄にかける。それを見たレオが先ほどにもまして威圧感を表に出す。男はその様子をじっと見つめ、部下に早くドラゴンたちを連れて行くように命令した。
顔全体を覆うように目隠しをつけられたドラゴンたちが次々に雪の大地へと引きずり出されていった。
最後にレオが引きずり出されると、小屋には一人の少年だけが残った。
その日の朝食は味がしなかった。重く沈んだ雰囲気の食卓で最後の一口を父が飲み込むと、黙って皆、父の言葉を待っていた。
「おそらく、いやほぼ確実に今日連れていかれた12頭は反帝国のものの手によって調教され、何か良からぬことに利用されることはほぼ間違いないだろう。だが、俺はお前たちを守る方が大事だ。だから、今回は俺のわがままということで許してほしい。」
「もし、あの子たちが帝国やガウコを襲ってくるようなことがあったときはどうするつもり?」
今回の件でなす術のなかった母はここぞとばかりに不安を顕にした。誰も、顔を上げられなかった。結果として反帝国派に協力する形になったこと、そして何よりドラゴンたちを守れなかったことを不甲斐なく思っていた。
「少なくとも半年以内にそんなことが起こることはないだろう。あの子たちはまだ若い。それに、この件はガウコの騎士団にも伝えてある。今回は間に合わなかったが次はきっと、この農園を守ることはできるだろう。」
珍しいことがあるもので、父のこの予想は外れた。
レオがいなくなってから3か月が経って春がすぐそこに来ていた。あの日以来、ヒューゴはレオが寝ていた小屋で寝るようになっていた。
レオがいなくなる前に見た夢をもう一度見たかった。小屋で寝ればきっとみられると思い続けていた。
(会いたいなんて贅沢は言わないから、もう一度だけレオの夢を見たい。夢でいいから顔を見たい…)
一日中そんなことを考え続けていた結果、ヒューゴの目からは生気がなくなっていた。
朝になって外が騒がしくなっていることに気が付いた。遠くから聞こえるのは母の叫び声とそれをなだめるような父の声だった。
「何だろう…?」
遠い目で小屋の戸を開けて外を見ると、そこは火の海だった。熱気が部屋に入り込む。
(山火事?)
上空で人の声が聞こえた。見上げると、ドラゴンたちが火を吐き、農場を燃やしている様子が目に映った。その中の一頭に気づくと、ヒューゴのうつろな目は輝きを一瞬で取り戻した。
「…レオ?レオ!帰ってきたんだ!おーい!レオ!こっちだー!」
ヒューゴは熱さなど感じていないように外へと走りだし、そのドラゴンの方に向かって手を振った。腹の底から名前を叫んだ。
「レオ、レオ、お前、火を吐けるようになったんだね!やったじゃないか!また会いに来てくれるなんて嬉しいよ」
ドラゴンが降り立ち、武装した男がヒューゴのほうへ歩いてきた。
「あなたが新しい飼い主さんでしたか!いやぁ、こんなに立派に育ててくださるなんて!こいつ冬の時なんて火すら…」
止まらぬ勢いで話すヒューゴに恐怖を覚えたのか男は何もせずに引き返した。男が背に乗ると、ドラゴンはヒューゴには見向きもせず、飛び立っていった。
「レオ―!元気で、ねー…、ハァ、…また遊びに…」
熱さは感じていなかったがヒューゴの体はやけどで消耗しきっていた。
愛したドラゴンの名を口にしながら少年は灰となっていった。
反帝国軍は南の大陸、モンドルクの進んだ技術支援を受け一気に勢力を拡大させ、ガウコを含むナパージャ大陸全土を制圧した。そして、モンドルク大陸の大国、その名も皇国モンドルクの傀儡政権が生まれたのち、数年たって徐々に元反帝国軍の勢力もそがれ、完全にナパージャ大陸はモンドルク皇国となった。
ラース農場の跡地には新しく軍需工場が建てられ、ガウコの名がつけられた。
その工場の下では今でも自分のドラゴンを呼び続ける少年が眠っているとかいないとか。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
本当に、貴女は彼と王妃の座が欲しいのですか?
もにゃむ
ファンタジー
侯爵令嬢のオリビアは、生まれた瞬間から第一王子である王太子の婚約者だった。
政略ではあったが、二人の間には信頼と親愛があり、お互いを大切にしている、とオリビアは信じていた。
王子妃教育を終えたオリビアは、王城に移り住んで王妃教育を受け始めた。
王妃教育で用意された大量の教材の中のある一冊の教本を読んだオリビアは、婚約者である第一王子との関係に疑問を抱き始める。
オリビアの心が揺れ始めたとき、異世界から聖女が召喚された。
私ではありませんから
三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」
はじめて書いた婚約破棄もの。
カクヨムでも公開しています。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
思いを込めてあなたに贈る
あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる