北の魔女

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第八十七話 人買い達

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「おいあんた、残りの金渡してくれたら」
「命くれー、助けてやるぜ」

「ふっ、俺はいままで、それを言ってきた側の人間なんだがな」
「まさか、言われる立場になるとはよ」

コウの目に殺気が宿る。
残りの金を渡したところで、助けて貰えるはずもない。

「かまわねえ、やっちまえ」

襲いかかる男達の攻撃を馬車に背をあずけ、大きく左に避け、一番近くの男を思い切り殴りつける。

「ぐはっ」

続けて、その横の男を殴りつけた。

「ぐおっ」

二人が地面に倒れると、二人の男がコウに襲いかかった。

「ぐえっ」

一人の攻撃は避け、棒で頭をたたき割った。
たが、もう一人の攻撃は腹に受けてしまった。

「ちっ」

コウは、舌打ちをして、もう一人の男を殴り倒した。

「ガハッ」

その後ろから、今度は、三人がかりで男達が襲いかかる。
コウは馬車を背にしたまま、横に移動すると、馬車の横面が終わってしまい、回り込んだ先は、馬車の鉄の格子の前になった。
三人の男達は、コウの前で一列に並んでしまい、コウは一人ずつ順番に殴り飛ばし、相手の攻撃を受けずに倒すことが出来た。

頭(かしら)と言っていた男が馬車をぐるりと回り込み、コウの後ろから回り込んでいた。
コウはまだ気づいていなかったが、鉄格子の奥の少女達からは、丸見えだった。

「うしろ!」

少女達が叫んだ。

コウが後ろを向くと、頭(かしら)が短剣を前に構えつっこんできた。

ガツッ
ドスッ

コウの棒が頭(かしら)の頭蓋骨を叩き割った。
だが、頭(かしら)の短剣も、コウの脇腹を突き刺し、反対側に飛び出していた。

「ふうーー」

コウは、大きくため息をつくと、鉄格子の前で座り込んだ。
腹に深く二本の短剣が突き刺さり、最早助からないことを、コウは自覚した。

コウは自分の体に何か触るものを感じた。
六人の幼女が、コウを心配して、手を伸ばし触っていたのだ。

コウが何事かと振り返った。
幼女達は、まともにコウの顔を見てしまった為、びっくりして、一瞬にして手を引っ込めた。
コウの顔は恐ろしい、その上傷痕だらけである。

「脅かしちまったか」

コウは無理矢理笑顔を作ったが、たいした変化はなかった。
だが、少女達は、引っ込めた手を再びコウに伸ばしてきた。

「よかったなお前達、妖精がいるからよう」
「幸せが来たぜ」

姿を消していたクロが、白い妖精の様な姿を現した。

「わあっ」

ずっと暗い顔をしていた幼女の顔に、少しだけ明るさが戻った。
コウは幼女達の表情を見ると、自分も幸せそうな表情をしていた。
腹に剣などまるで刺さって無いような、苦しみのない美しい優しそうな顔をしている。
だが、コウの座っている尻の下には大量の血が溜まり、池の様になっていた。

クロはじっとコウの顔を見つめて、動けないでいた。
クロはコウの顔を見て。

「どこかで見た気がする」

そんな思いに捕らわれ、何処だったか必死に思い出していた。

「おい、コウが死んじまうぜ!」

クロはびっくりして飛び上がった。
後ろから声がしたのだ。
後ろを振り向いたが誰もいなかった。
だが、ケンの声だった。

そしてすべての記憶がつながった。
コウの表情は、あの時のケンの顔だ。
最期の時の顔、ケンは結局恐怖を分からないまま死んだ。
でも、幸せは、わかっていたんだ。

クロの右目から、ツーと一筋、涙が流れた。
だから私は、幸せって言葉が好きなんだ。

コウさんごめんなさい、あなたは、私の三番目です。
我に返ったクロは、

「コウさん、その剣抜けますか」

やっとコウに話しかけた。

「ふふっ、クロさん、もう体はピクリとも動かねえ」
「もういいんだ、今まで散々悪いことをしてきた」
「そんな男の、死に場所にはここが丁度良さそうだ」

「どうしよう」

クロは焦った、剣が刺さったまま治癒しても、治らない。
子供姿の本体では、分厚い筋肉に挟まれた剣は抜けない。
どうしよう、コウさんまで死んじゃう。

「おめー、本当は妖精じゃなくて、死に神じゃねえのか」
「好かれた奴は皆死ぬ」

「う、うるさいバカケン」

「まずは、回復だ!」
「速くしろ!」

「回復!」

「ぐああーー」

クロが回復をかけると急にコウが苦しみ出した。
コウは、死ぬ寸前だった為、痛みが脳まで来ていなかった。
クロの回復で、止まっていた痛みが全て、脳に襲いかかったのだ。

「コウさん、剣を抜いて速く」

「ぐうう、ぬううー」
「くそーおっ」

ズボッ
コウが一本目の剣を抜いた。
大量の血が噴き出す。

「治癒」
「回復」

クロの治癒で一本目の剣の傷が治った。

「速く次を抜いて」

「くそーー」
「ぐおおー、ぬうう、ぬおーっ」

ズボッ

「治癒」
「回復」

「ふーふー」

コウは、全快した。

「ふふっ、クロさん、刺さっている剣を抜くのも、刺すのと同じくれーいてーなー」

コウが笑うと、本体のクロが抱きついて来た。

「よかった、本当によかった」
「バカケン、ありがとう」

バカケンありがとうは、極小さくつぶやき、ケンにしか聞こえなかった。
コウは、クロの巨大な魔力の治癒と、回復で、目が赤く光るようになっていた。

それを見て、クロはやり過ぎちゃったわね。
私も、あい様の眷属になって、魔力が増大しているから、次からは気を付けなくちゃ。と、思うのだった。

その後、少女達を馬車から降ろすと、餃子とコーラを与えた。

コウは食事をしている少女達を宿屋に残し、十二人の死体を眺めていた。

「どーするかなこれ」
「自首して国に処理してもらうかな」

「くすくす」
「こんなの、魔王の森に捨てましょう」
「死体がなければ何があったかなんか分からないわ」

「そーだな、悪党の最期はそんなもんだ」
「クロさん、俺が死んだら、俺もそうしてくれ、頼んだぜ」

「お断りします!」
「それは、死んだときに言ってください」
「その時に考えます」

「無茶を言うぜ、死んだらしゃべれねーだろー」



二人は、六人の幼女の元へ戻った。

「あー良かった」

全員がほっとした顔になった。

「この子達、置いて行かれるのじゃないかと、心配していたんだよ」

宿屋のおばちゃんが笑っている。

「うむ、それなんだが」
「どうしたらいいのか」
「俺には分からねー」
「どうだ、お前さん達、家に帰るかい」

幼女は首をぶんぶん振っている。

「さすがに、子供に判断を任せるのは、大人として間違っているかな」
「よし、家に帰して上げよう」

「ま、まって下さい」
「わたし達は、家に帰れません」

「えっ」
「帰りたくないのか」

「少しは、帰りたいです、でも帰れないのです」
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