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第134章『ワシントン』
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第134章『ワシントン』
「おーう、戻ったぞー、予算確保が土産だ、喜べ」
「敦賀、先に言っておくぞ、布団全額お前持ちで弁償な」
夕方近い時刻の敦賀の執務室、そこに笑顔の高根と若干不機嫌な面持ちの黒川が扉を叩きもせずに開けて入って来る、どうやら全体的に交渉は上手く行った様だと思いつつ、敦賀は黒川へと向かって吐き捨てた。
「意味が分からん、何で俺がてめぇんちの布団を弁償しねぇといけねぇんだ」
「俺の不在を良い事に人の家を連れ込み宿よろしく好き放題やってたに違ぇ無ぇからに決まってんだろうが、そんな布団を使えるか馬鹿。いいな、全額てめぇ持ちで買い換えろよ?」
「あれ?タカコは?ここにいたんじゃねぇのか?」
高根と黒川の啀み合いを見てからからと笑う高根、その彼が応接セットの机の上に置かれた仕分け途中の書類の山を見て敦賀へと声を掛ける。敦賀はそれに視線だけで扉を指し示し、
「お前等が帰って来たのに気が付いて出て行ったが……迎えに行ったと思ったが会ってねぇのか」
と、逆に高根へと問い掛けて来た。
来る途中には会わなかったが、便所にでも行っているのかと三人顔を見合わせ、それでも別段問題視する事でもないかと納得し統幕での遣り取りや駆け引きについて話題は移って行く。
三人がそうして話していた時、タカコは立ち入り禁止となっている自室に戻り作り付けの箪笥を開け、その中から一着の戦闘服を取り出しそれを身に付けていた。
迷彩の柄は大和のものとは全く違う、タカコがこの国にやって来た時に身に付けていたものと同じワシントンの迷彩戦闘服。あの時と違うのは左右の袖、肩下に縫い付けられた青地に錦糸の刺繍の施された部隊章、胸元には徽章が幾つかと、そして両肩に燦然と輝く錦糸の鷲、同じものが右下がりに頭へと乗せたベレー帽のベレーフラッシュにも輝いている。
『後は……これで良し、と』
ポケットから取り出した面ファスナー付きの名札を右胸に貼り付け、壁に取り付けられた鏡を覗き込んだ。自分のこの姿を見るのは約二年振り、懐かしいな、似合っているぞと鏡の中の自分に笑い掛けベレー帽の形を調整する。本来であれば軍服で臨むべきところなのだろうが手元に無いのだから仕方が無い、そんな事を考えながら姿勢を正し真っ直ぐに前を見る。
さあ行こう、と数歩歩き出し不意に立ち止まり、首に提げた認識票を取り出し、夫のものに口付けを落とすとそれを戻し、それから扉を開けて再度歩き出した。
向かう先は敦賀の執務室、先程帰って来た高根と黒川は先ずは敦賀のところへと行っているだろう、三人揃っている方が話は早い、そう見当を付けてそちらへと向けて歩き出す。
「タカコ?何だその格好?」
仮設営舎の完成迄はと自室に私物を置いたままの海兵も多い、それを取りに来ていたのか途中擦れ違った北見からそんな言葉を投げ掛けられるが、タカコはそれに明確に返事を返す事無く、静かに微笑み曖昧に誤魔化して歩き続けた。
彼等に警戒感を抱かせない様に大和人として振舞って来た二年弱、その生活ももう終わりだ。ここから先重要なのは所属の違いを明確に示す事、その上で話し合いに臨み、彼等自身に選択させる事。
外に出れば出で立ちは一層人目を引くのかあちこちから視線が集中する、中には完全に立ち止まり凝視する者もいて、この距離感が本来のものなのだなと改めて自覚した。
本部の建物に入り敦賀の執務室に向かい、その前に辿り着き扉の前で立ち止まる。向こうから聞こえて来るのは高根と黒川の笑い声、それに敦賀が何やら不機嫌そうに返事をする気配が伝わって来て、今更ながらに胸に僅かに込み上げるものを感じ、暫し動きを止めてその様子に聞き入ってしまう。
この二年間、色々な事が有った、彼等と共に生き戦い、日常の中では笑い合い時には激しく言い争いもした。決して不快ではなく、寧ろ心地良かったその日々を思い出し決心が緩みかけるが、それでも直ぐに気を引き締め直し、双眸に鋭さを湛え真っ直ぐに前を向き口元は真一文字に引き結ぶ。
「……さぁ、行こう」
大和語でそう呟き扉を叩けば直ぐに向こうから入室を許可する敦賀の声が返って来て、タカコはそれを受けてから、ゆっくり、ゆっくりと扉を開け、その向こうにいる彼等に対し自らの姿を現した。
「タカコ?おめぇ何処に――」
先ず最初にタカコの方を見たのはソファに座ってこちらへと身体を向けていた高根、その彼の言葉の最後に不審と緊張が混じったのを感じ取ったのか、続いて敦賀と黒川の視線が向けられる。
見開かれる三組の双眸、タカコの装いの意味するところを完全に理解する迄は至らずとも剣呑な空気を察知したのか夫々が立ち上がる、タカコはそれを見て良い反応だと内心で小さく笑いながら、静かに室内へと足を踏み入れ扉を閉めた。
「……タカコよ、そりゃお前の母国、ワシントンでの装備だな?何故今それを身に付けてるのか……聞かせてもらおうか?」
笑みを一切見せる事無く殺気にも似た鋭い覇気を纏うタカコ、その様子に只事ではないと高根は小さく舌を打ち、それでも努めて静かに彼女へと問い掛ける。タカコはそれには直ぐには答えずに三人の顔を見回し、そして、静かに、はっきりと口を開いた。
「海兵隊総司令、高根真吾大佐、海兵隊最先任、敦賀貴之上級曹長、そして陸軍西部方面旅団総監、黒川龍興准将……ワシントン合衆国軍統合参謀本部直轄特殊部隊Providence、その指揮官として話が有る」
「おーう、戻ったぞー、予算確保が土産だ、喜べ」
「敦賀、先に言っておくぞ、布団全額お前持ちで弁償な」
夕方近い時刻の敦賀の執務室、そこに笑顔の高根と若干不機嫌な面持ちの黒川が扉を叩きもせずに開けて入って来る、どうやら全体的に交渉は上手く行った様だと思いつつ、敦賀は黒川へと向かって吐き捨てた。
「意味が分からん、何で俺がてめぇんちの布団を弁償しねぇといけねぇんだ」
「俺の不在を良い事に人の家を連れ込み宿よろしく好き放題やってたに違ぇ無ぇからに決まってんだろうが、そんな布団を使えるか馬鹿。いいな、全額てめぇ持ちで買い換えろよ?」
「あれ?タカコは?ここにいたんじゃねぇのか?」
高根と黒川の啀み合いを見てからからと笑う高根、その彼が応接セットの机の上に置かれた仕分け途中の書類の山を見て敦賀へと声を掛ける。敦賀はそれに視線だけで扉を指し示し、
「お前等が帰って来たのに気が付いて出て行ったが……迎えに行ったと思ったが会ってねぇのか」
と、逆に高根へと問い掛けて来た。
来る途中には会わなかったが、便所にでも行っているのかと三人顔を見合わせ、それでも別段問題視する事でもないかと納得し統幕での遣り取りや駆け引きについて話題は移って行く。
三人がそうして話していた時、タカコは立ち入り禁止となっている自室に戻り作り付けの箪笥を開け、その中から一着の戦闘服を取り出しそれを身に付けていた。
迷彩の柄は大和のものとは全く違う、タカコがこの国にやって来た時に身に付けていたものと同じワシントンの迷彩戦闘服。あの時と違うのは左右の袖、肩下に縫い付けられた青地に錦糸の刺繍の施された部隊章、胸元には徽章が幾つかと、そして両肩に燦然と輝く錦糸の鷲、同じものが右下がりに頭へと乗せたベレー帽のベレーフラッシュにも輝いている。
『後は……これで良し、と』
ポケットから取り出した面ファスナー付きの名札を右胸に貼り付け、壁に取り付けられた鏡を覗き込んだ。自分のこの姿を見るのは約二年振り、懐かしいな、似合っているぞと鏡の中の自分に笑い掛けベレー帽の形を調整する。本来であれば軍服で臨むべきところなのだろうが手元に無いのだから仕方が無い、そんな事を考えながら姿勢を正し真っ直ぐに前を見る。
さあ行こう、と数歩歩き出し不意に立ち止まり、首に提げた認識票を取り出し、夫のものに口付けを落とすとそれを戻し、それから扉を開けて再度歩き出した。
向かう先は敦賀の執務室、先程帰って来た高根と黒川は先ずは敦賀のところへと行っているだろう、三人揃っている方が話は早い、そう見当を付けてそちらへと向けて歩き出す。
「タカコ?何だその格好?」
仮設営舎の完成迄はと自室に私物を置いたままの海兵も多い、それを取りに来ていたのか途中擦れ違った北見からそんな言葉を投げ掛けられるが、タカコはそれに明確に返事を返す事無く、静かに微笑み曖昧に誤魔化して歩き続けた。
彼等に警戒感を抱かせない様に大和人として振舞って来た二年弱、その生活ももう終わりだ。ここから先重要なのは所属の違いを明確に示す事、その上で話し合いに臨み、彼等自身に選択させる事。
外に出れば出で立ちは一層人目を引くのかあちこちから視線が集中する、中には完全に立ち止まり凝視する者もいて、この距離感が本来のものなのだなと改めて自覚した。
本部の建物に入り敦賀の執務室に向かい、その前に辿り着き扉の前で立ち止まる。向こうから聞こえて来るのは高根と黒川の笑い声、それに敦賀が何やら不機嫌そうに返事をする気配が伝わって来て、今更ながらに胸に僅かに込み上げるものを感じ、暫し動きを止めてその様子に聞き入ってしまう。
この二年間、色々な事が有った、彼等と共に生き戦い、日常の中では笑い合い時には激しく言い争いもした。決して不快ではなく、寧ろ心地良かったその日々を思い出し決心が緩みかけるが、それでも直ぐに気を引き締め直し、双眸に鋭さを湛え真っ直ぐに前を向き口元は真一文字に引き結ぶ。
「……さぁ、行こう」
大和語でそう呟き扉を叩けば直ぐに向こうから入室を許可する敦賀の声が返って来て、タカコはそれを受けてから、ゆっくり、ゆっくりと扉を開け、その向こうにいる彼等に対し自らの姿を現した。
「タカコ?おめぇ何処に――」
先ず最初にタカコの方を見たのはソファに座ってこちらへと身体を向けていた高根、その彼の言葉の最後に不審と緊張が混じったのを感じ取ったのか、続いて敦賀と黒川の視線が向けられる。
見開かれる三組の双眸、タカコの装いの意味するところを完全に理解する迄は至らずとも剣呑な空気を察知したのか夫々が立ち上がる、タカコはそれを見て良い反応だと内心で小さく笑いながら、静かに室内へと足を踏み入れ扉を閉めた。
「……タカコよ、そりゃお前の母国、ワシントンでの装備だな?何故今それを身に付けてるのか……聞かせてもらおうか?」
笑みを一切見せる事無く殺気にも似た鋭い覇気を纏うタカコ、その様子に只事ではないと高根は小さく舌を打ち、それでも努めて静かに彼女へと問い掛ける。タカコはそれには直ぐには答えずに三人の顔を見回し、そして、静かに、はっきりと口を開いた。
「海兵隊総司令、高根真吾大佐、海兵隊最先任、敦賀貴之上級曹長、そして陸軍西部方面旅団総監、黒川龍興准将……ワシントン合衆国軍統合参謀本部直轄特殊部隊Providence、その指揮官として話が有る」
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