大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第136章『鋒と銃口』

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第136章『鋒と銃口』

「何故そこ迄我々に協力する?自身の保身を考えるのであれば、一切を口外せずにいる方が余程安全だろう?」
 尤もな高根の言葉、タカコはそれを聞いて小さく笑い口を開く。
「二年前に拾い保護し、今迄の間生かし重用してくれた事に対するせめてもの恩返しだと思ってくれ。私は人間らしさを持ち合わせていないわけじゃない、二年もの間共に生きれば情も湧く、その現れだ。それと、こうして全てを伝えたのは、そうする事が公平を期する事になる、そう思うからだ。これを伝えればあなた方も危機感を持つ、開発にも力が入るだろう」
「……そうか」
 静かな高根とタカコの遣り取り、それを黙って聞いていた敦賀がここで漸く口を開きタカコへと問い掛けた。
「……てめぇの事情は分かった、それでその千日目を迎えててめぇが俺達と対等な同盟関係を結ぶべき、そう答えを出したとして、上がそれを退けたらどうするつもりだ?つまりは、武力侵攻して大和を統治下に置く、そう決定が下されてめぇにそう命令が下されたとしたら、どう動く?」
 話を聞いていて当然行き着くであろう答え、高根も黒川も同じ事に思い至っていたのか答えを求める眼差しを向ける。タカコはそれを黙したまま受け止めながら一つ深呼吸をしてからその答えを口にした。
「私はワシントン合衆国軍人だ、今もそれは変わらない。上が大和を武力侵攻し統治下に置くべし、そう答えを出したとしたら、私はそれに従う。つまり、あなた方に対し銃口を向け引き金を引き、殺すという事だ。たった今その命令が下されたとしてもそれは変わらない、あなた方と敵対する事に……一切の躊躇いは無い」
 途端に更に鋭さと獰猛さを増すタカコの眼差し、叩き付けられた殺気に反射的に立ち上がり敦賀が武蔵へと手を伸ばす。高根と黒川も京都から戻ったばかりという事で得物は無いがそれでも敦賀と同じ様に立ち上がりタカコと距離をとり、大和とワシントン、暫くの間その二つの陣営は張り詰めた緊張感と漲る殺気の中、言葉を発する事も無く睨み合っていた。
「……あなた方には幾つかの選択肢が有る……命令が下れば攻撃を加えると明言した私を拘束する、若しくは殺す、これが一つ。そして、同盟が結ばれる事に賭けつつそれを強固なものにする為に私を今迄通り生かし協力関係を維持する、これが一つ。……さぁ、どうする?」
 タカコの言葉にも面持ちにも恐怖の色は一切無い、それどころかその顔には逆に鋭い笑みさえ浮かび、
「さぁ……どうする?」
 と、もう一度短く、そして強い言葉を吐き出した。
「もし……前者を選択したとしたら?」
 そう問い掛けたのは今度は黒川、タカコはそれを聞いて僅かに笑みを深め、腰に差した拳銃を抜き高根へとその銃口を真っ直ぐに向ける。
「拘束も殺される事も御免だ、ひと暴れさせてもらう事にするよ。そうなれば死人が出るだろうが、仕方が無いな」
 そう言いながら構えたまま素早く解除される安全装置、初弾が装填されていれば引き金を引けば直ぐに弾丸が発射される、今迄如何に親しくしていたと言えど穏便に済ませられる事態ではない。この場の三人だけで押さえ込めるか、素早く目配せをした高根と黒川が一気にタカコへと向かって床を蹴り飛び掛かるが、それは彼女が蹴り上げた応接セットの机に遮られ、次の瞬間にはタカコの身体はソファから離れ扉の脇へと立っていた。
「答えを聞かせてもらおうか、私を拘束するのか、それとも現状を維持し打開策を模索するのか」
「……そのなもん構えて模索もクソも有るか……!殺されたくねぇのなら先ずはその得物を仕舞いやがれ……!」
 抜き身の武蔵を手に一歩前に出る敦賀、タカコはその彼の言葉を聞いてまた笑い、
「ま、それもそうだな」
 と、そう言って銃の安全装置を掛け再度腰に差す。しかし体勢からも足運びからも全く警戒が消え失せる事は無く、それを感じ取っていた三人もまた全身に緊張感を漲らせたまま、また暫くの時間無言で対峙する事となった。
「……タカコ、お前は何がしたいんだ?俺達と敵対したいのかそれとも今迄の関係を維持したいのか……どっちなんだ?」
 そう問い掛けたのは黒川、タカコはそれに対してほんの少しだけ困った様に微笑み、
「黒川准将、いや、タツさん、個人としての私は皆の事が嫌いじゃない、寧ろ大好きだ。でも、軍人としての私は命令が下ったとしたらあなた方を殺さなきゃならない。出来ればこの先も仲良くやって行きたいが、国に背く事は出来ないししない、だから、あなた方自身に選んで欲しいんだ、私をどう扱うのかを。もし私を今迄通りに扱ってくれるのであれば……あなた方を殺せと命令が下されるとしても、その瞬間迄は全身全霊を懸けて私はあなた方の力になる……どっちを採るのか、自分達で選んでくれ」
 矛盾だらけだと、タカコの行動を見ていてそう思っていた。保身を考えるのであればそもそも口外しなければ良いし、口外するにしても聞こえの良い事だけを言うなり迎合して見せるなり、方法は幾らでも有る筈だ。
 それでも敢えて事実を有りの侭に伝え、時には挑発的な態度に出て、そして自分達自身で選べと言った彼女、何とも不器用で実直で真摯で、馬鹿正直さでは敦賀以上だ。そう思って黒川が思わず吹き出せば、高根も同じ事を感じていたのか黒川に続いて笑い出す。
「……笑う事は……無いんじゃないのか?」
 若干面白くなさそうな面持ちのタカコ、その顔には自分達のよく知っている彼女の面影が幾分か戻り、今迄のタカコも今目の前にいるタカコも、どちらも彼女自身であり全てを偽られていたわけではないのだ、その実感が黒川をひどく安心させた。
「いやいや、悪ぃ悪ぃ、敦賀以上の不器用な奴なんざ初めて見たからよ。なぁ真吾?」
「だなぁ、ま、これでよーく分かったよ、海兵隊としてのお前の処遇も決めた」
「……おい、最先任の俺に一言の相談も無しか」
「まーたまたぁ、おめぇだって同じ答えに行き着いてるだろうによ」
「うるせぇ……で、どうすんだこの馬鹿の処遇」
「そりゃ……なぁ?」
 高根は実に楽しそうに喉の奥でくつくつと笑いながらタカコから敦賀へ、そして再度タカコへと視線を向ける。そして、
「お前さん、階級は?」
 と、唐突に言葉を投げ掛けた。
「……大佐官だよ、あなたと同じだ、高根大佐」
「大佐!?マジで!?その若さで!?」
「ああ、我が国では特殊部隊の指揮官は大佐が就任するのが慣例となっていてな……着任と同時に特進だ」
「そうか……シミズ大佐、大和海兵隊総司令としてあなたに――」
 高根がその先を口にしようとした瞬間、扉が激しく叩かれ敦賀が許可を口にする前に物凄い勢いで開かれ、その向こうから男が二人入室して来る。
「失礼します!司令がこちらにいらっしゃると聞いたので」
「北見?どうした?って、そいつ――」
 入って来たのは北見、その彼が拳銃を押し付けて拘束し連れて来たもう一人を見て、高根と敦賀の視線に厳しさが蘇った。
「――片桐伍長」
 斥候の一人と目され監視対象となっていた片桐、その彼の鋭い眼差しが二人を真っ直ぐに射抜いていた。
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