大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第153章『由来』

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第153章『由来』

「疑問に思ったのなら私に直接聞きゃ良かったじゃねぇか、私は聞かれなかったから言わなかっただけで、別に隠してたわけじゃねぇからな?」
 何をやっているのか、そうとでも言いた気な呆れた面持ちで室内へと入って来たタカコが黒川の隣へと腰を下ろす。敦賀や黒川なりの配慮が有っての事とは思わないのか無視しているのか、
「馬鹿じゃないの二人共」
 そう言いながらポケットから取り出した煙草に火を点けたタカコに対して、最初に口を開いたのは黒川の方。
「タカコよ、そりゃ正論だけどよ、ちっとばかし気遣いってもんが無ぇんじゃねぇか?」
「勝手に配慮して遠慮して勝手に嗅ぎ回って勝手に落ち込んで、そんな馬鹿二人にどんな気遣いをしろってのよ?」
 遠慮会釈等微塵も無い斬り捨て、それに思わず黒川が押し黙れば、タカコは煙を吐き出しながら少し困った様に笑い、天井を見詰めながら口を開いた。
「……少し、昔話をしようか」
「……昔話?」
「ああ、昔話。聞く人間があまり愉快な気持ちにはならん様な話だから殆どした事も無かったが、何か二人して勘違いしてるみたいだし、良い機会だ、聞いてくれるか?」
 敦賀と黒川が何と答えれば良いものかと顔を見合わせる中、タカコはその沈黙を肯定ととったのか、静かに、静かに話し出す。
「私の人生の始まりは貧民街の路地裏のごみ捨て場、そこで建物と建物の間から覗く空を見上げて泣いてたそうだ。それを見つけた近所の住民が死なれても気分が悪いと思って教会に、ああ、大和で言う寺とか神社みたいなもんな、そこに届けて、それで私は自分の人生を歩み出した。種も畑も、どんな人間なのかどころか顔も知らん、興味も無いがな」
「……それ、何歳位の話なんだ?」
「何歳どころか、生後直ぐから数日。まだ臍の緒も乾いてなかったってよ」
 そこ迄言って一度二人の顔を見るタカコ、やはり少々重い話だなと笑い、手にしていた煙草を咥え、深く煙を吸い込んでからまた天井を見上げ、煙を吐き出しつつ再び話し始めた。
「それから五年間位は教会で育てられて、でも、聞かん気が強くて牧師、ああ、坊主みたいなもんね、牧師の言う事も全然聞かなくてさ、結局は教会を飛び出して。それからは路地で雨風凌いでごみ箱漁ったり盗んだりして食べ物手に入れて、初めて人を殺したのがいつかなんてもう覚えてないけど、その時期だったのは確かでさ。未来の展望とか有る無し以前にその時の私にはそんな概念すら無くって、いっつもお腹空かせてたのはよく覚えてるよ、食べ物の事しか考えてなかったかな、あの時期は。年齢一桁の女のガキだから、他の奴との奪い合いに負けるのなんてしょっちゅうで、時々は捕まって半殺しにされたりしてさ。ま、殺されたり捕まって売り飛ばされなかっただけ幸運なんだけど」
 益々重くなる話と二人の空気、やはり話さない方が良かっただろうかとタカコは小さく笑い、あの日々へと思いを馳せる。
 何も頼る事は出来ず、守ってくれる人間もいなかった、ただ食料を得る事だけを考え、それ以外は何も知らず、知ろうとも思わなかった荒んだ日々。否、それは今だから思う事、当時の自分はそれ以外の世界を知らず、荒んでいるのだとは気付きもしなかった。
「そんな一人きりの生活を数年続けて生き延びて、或る日、出会ったんだ……『タカユキ』に」
 そこ迄言ってタカコは一旦言葉を区切り、煙草を咥えて数度吹かし、薄い靄の様に漂う煙を見詰めて目を細める。そう、『あの日』、あの出会いが自分の全てを変えた、今の自分の全てに繋がる基礎を作り上げた、否、与えてもらった。
「その時は数日間何も食べてなくて凄くお腹を空かせててさ、そんな時にその辺りでは見掛けた事の無い若い男を見つけて。普段ならそんな手強そうなのには手は出さないんだけど、空腹で判断力が鈍ってたのかな、ナイフ片手に襲い掛かったのよ、で、敢え無く返り討ち。殺されるのかなー売り飛ばされるのかなーと思ってたらさ、知らない家に連れて行かれて、そこの住人は私の事知ってて、ここいらの鼻摘みだから関わるな、止めておけって言ってたんだけど、そいつは聞かなくて。で、風呂借りるぞとか言って私を風呂に叩き込んでガッシガシ洗われて、教会飛び出して以来の風呂だったからなかなか綺麗にならなくてな、私も大暴れして。漸く解放されたと思ったら、住人が服を買って来てくれてて、それ着せられて。で、食卓には温かい食べ物が用意してあって、食べて良いよって言われてさ、もうがっついたね、あの時は。美味しかった。それを私を拾った奴と住人が見ててさ、食べ終わったら、拾った奴が私に『名前は?』って聞いて来て。でもさ、答えられなかったんだ、私。教会で付けられた名前が有った筈なんだけど、飛び出してから三年位経ってて、すっかり忘れちゃってて。路上で生活してる時には誰も自分を固有名詞で呼ぶ人はいなくて、『あれ』とか『それ』って言われてて、それを正直に言ったらさ、拾った奴が……タカユキが、『じゃあ俺が付けてあげるよ、名前』って」
 自分の名前を忘れてしまう程に他者との関わりを持たなかった日々、それがあの時、あの瞬間に終止符を打たれたとタカコは小さく笑い、タカユキの唇から放たれた言葉を反芻する。
「『俺の名前、タカユキっていうんだけど、それとお揃いにしようか、見た目俺と同じ東洋系だし。でもお揃いって言ってもタカユキは男の名前だから君には変だし……あ、俺のご先祖の日本人は女の子は名前の最後にコがつくのがよくあったんだって、だから、俺の名前からタカをとって、タカコってどうかな?』ってさ、そう言われて、誰かが自分の事を考えて自分の為だけに何かを与えてくれたのが凄い衝撃で……思わず頷いてた」
 そう、自分はあの日タカユキから名前を与えられ、人生に意味を与えられた。今の自分にとっては、ごみ捨て場に捨てられていた時ではなく、タカユキから名前を与えられたあの日がこの世に生を受けた日、誕生日なのだ。
「……これが、私が『タカユキ』って名前に固執する理由。別に、敦賀の事を否定してるわけでもないし、旦那の首を斬り落としたのを恨んでるんでもないよ、それに関しては寧ろ感謝してるよ?ただ、今はまだ心の整理もつかなくてさ……もう少し、待っててくれないか?」
 言葉も無く神妙な面持ちで話しに聞き入っていた二人の顔を見てそう言えば、一度大きく息を吐いた黒川が立ち上がり、
「ああ、よく分かった。ここから先は二人で話せ、俺は関りの無い事だからな」
 そう言って優しく微笑み、タカコの頭を一撫でして執務室を出て行った。後に残ったのはタカコと、そして部屋の主である敦賀の二人。
「……敦賀?」
 自分の椅子に座ったまま黙している敦賀へとタカコが声を掛ければ、敦賀は無言のまま立ち上がり、応接セットの方へと歩いて来て彼女の隣へと腰を下ろす。そして、やはり無言のままタカコの頭を抱き寄せて自らの胸板に押し付けると、
「……有り難う」
 と、短くそれだけ言ってもう片方の腕で身体を抱き締めて来た。
「……何もしてないけど、私」
「……話してくれただろうがよ、馬鹿女」
 交わした言葉はそれだけ、その後は言葉も無く、静かな時間が流れていた。
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