大和―YAMATO― 第二部

良治堂 馬琴

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第191章『接近』

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第191章『接近』

 博多の時よりも数が多い、民間人と思しき死体が殆ど見当たらないところを見ると上水道に直接混入を受けた様だ、タカコは町並みに徘徊する活骸の姿を眺めつつそんな事を考える。陸軍は自分達の到着と入れ替わる様にして後退を始めた、陸軍の撤退命令の発令を頼むという伝言が高根を通じて黒川へと伝わったのだろう、これで実地での検証がやり易くなったなと思い運転席の敦賀へと声を掛ける。
「さっきも言った通り一番分厚いところに突っ込んでくれ!そこで一時停止だ!」
「本当に大丈夫なんだろうな!?」
「私を信じろ!」
 今から自分が試そうとしている戦法は狂気の沙汰だ、ワシントンだけではなく大和としても気狂い沙汰だろう。活骸の群れのど真ん中で停止、活骸を一挙に誘き寄せる等、神経をしていたら到底考え付かない事だ。
 それでも、今はこれを試すしか無い、人類と活骸が混在する状況がこの先多発すると予測されるのであれば、自分達はそれに即した戦法を編み出しそれを体得し運用する必要が有る。
「行くぞ!しっかり捕まってろ!」
 敦賀のその言葉に前方を見れば迫る活骸の群れ、百体は下らないであろうそれを見据えたままタカコは銃をしっかりと抱え、荷台に乗る他の九名へと向けて声を張り上げた。
「突っ込むぞ!配置に就け!」
「了解!」
 瞬く間に縮まる活骸との距離、頑強な車体が数体を弾き飛ばし或いは車輪が踏み潰し、そうして群れの最深部へと到達し停止したトラックへと向けて活骸の群れが殺到した。
「まだだ!まだ撃つな!まだ、まだ……てーっ!!」
 銃口を活骸へと向けて活骸を見据えるタカコ、殺到する活骸の頭部に照準を合わせ続け、刻々と銃口は下へ下へと下がって行く。そして、群れの最前列が車体へと到達し全方位が活骸に包囲された瞬間、彼女の号令と共に十丁の散弾銃が火を噴いた。
 弾け飛ぶ頭部、力を失い後ろの活骸へと寄り掛かる身体、それを見て口元を引き結び、海兵達は次々と引き金を引き絞り活骸の頭部を吹き飛ばして行く。自分達へと向けて伸ばされる腕、その鋭い爪先が時折戦闘服を掠るがそれでも一歩も引く事は無く、最前列やそれに近い位置の活骸の頭部へと銃口を向け、超至近距離での射撃を弾が尽きる迄続けた。
「敦賀!移動だ!弾切れだ!」
「了解!」
 全員の銃が弾切れになった事を察知したタカコが声を張り上げ、敦賀がそれに応えてトラックを動かし始める、急発進で大きく身体を揺らせながらあおりや車体へとしがみ付き、追い縋ろうとする活骸を見ながら誰とも無く大きく息を吐いた。
「おい、タカコよ……これ、いけるんじゃないか?」
 口を開いたのは少佐の島津、次の弾薬を装填しながらタカコへと話し掛け、タカコもそれに強い笑みを浮かべて頷きながら口を開く。
「ああ、最後迄この調子で行けると良いんだが。とにかく次の装填を済ませよう、今の一回だけじゃない、搭載した弾薬を使い尽くす迄試験を繰り返すぞ」
 危険極まりない、反対も出るかも知れないと思った新戦法。車両で活骸の群れへと突っ込みその最深部で停止し、活骸が完全に車体へと到達してから荷台の左右と後方から最前列付近の活骸の上方から頭部へと散弾を撃ち込み、弾切れになったら離脱し再装填、それを繰り返す。至近距離で弾を撃ち込めば高威力を保持したまま頭部を破壊出来、上方から撃ち込む事により流れ弾を減少させる事が可能になる。但し、自分達の身体を銃口以外は無防備なまま至近距離で晒す事になる、一か八かの要素の大きかったこの戦法、危険過ぎると拒否される可能性も高かったが何とか上手く形に出来るかも知れない。あおりの高さをもっと高くする改良等を車体に加えれば、狙撃手の安全性も高められるだろう。
 多くの大和人にとってタカコ以外は大事な部下であり上官であり戦友、そんな状況の中で自分を信じ託し任せてくれた高根や黒川や敦賀、そして他の多くの大和人にタカコは内心で礼を言う。重用し信じてくれた、新戦法の発案自体を一任してくれた、これがどんなに有り難い事か、任せる方にとっては大きな賭けであるか、自分にもよく分かっている。下手をすれば活骸に取り囲まれ乗り込まれ、十名の優秀で大切な兵員を失う危険も有ったのだ、未知の戦法への躊躇という事も併せて考えれば、並大抵の覚悟で出来る決断ではなかっただろう。
「次に行くぞ!」
 再度飛んで来る敦賀の声、装填を終えて再度配置へと就けばやや有ってから先程と同じ様にして活骸の群れへと突っ込み、同じ様に活骸が車体へと殺到する。それに銃口を向けて身体に銃口が触れる程の超至近距離で引き金を引き絞り散弾を放ち、それが頭部を弾けさせくすんだ色の脳漿や肉片が飛び散る様を見ながら、タカコは薄い、しかし力強い笑みをその口元に湛えていた。
 これを完成させれば、人類は新たな武器を手にし歩みを一つ進める事になる。永らく仇敵として在り続けた活骸、人類の悲願であるその殲滅へと近付く一助を自分がする事になるのかも知れない、そう考えれば自然と肌が粟立った。名声を残す事に興味は無い、自分の名前等後世では歴史に埋もれていて構わないしそうなるだろう。けれど、自分が身命を捧げて来た分野で名も無きとは言え礎となるのかも知れないというのは、やはり気分が高揚する。この戦法が確立されれば、それで誰が活骸を殺そうとも自分の魂の欠片が常にそこに在る。どれだけ多くを殺せるのか、そんな事を考えてぶるりと身体を震わせつつ、タカコはもう一度引き金へと指を掛けた。
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