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第21章『欲』
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第21章『欲』
――スキナヒト、デキタンデショ――
佐希子のその言葉の意味を、高根は直ぐには理解出来なかった。
「は?俺が?んなわけ無ぇだろうが。俺がどんな人間か、お前だって知ってんだろ」
「……ずっと前から可哀想な人だとは思ってたけど、今心底そう思うわ、私」
「可哀想って何なんだよ」
「そうやって自分の気持ちを否定してるところ。んー、否定とは違うかな、気付いてないっていうか、分かってないんだよね、高根さん。お仕事を大切に考えてて大和人の未来の事を本気で考えてるのはよく分かるけどさ、それで自分の想いを無かった事にして、何もかも軽く扱うのって、どうかなって」
おかしくたまらないといった風情で笑い続けていた佐希子、その彼女が身体を起こし、寝台の上へと放っていた両の脚を寝台脇の床へと下ろしながら口を開く。あれこれと事に及ぶ気はもう無いのだろう、脱ぎ捨てた上着を羽織り煙草に火を点け煙を吐き出しながら、高根をちらりと横目で見遣り少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「高根さんが一人の男として誰かを好きになって大切にしても、それで仕事が疎かになるって事は無いんじゃないの?私さ、前から思ってたんだけど、高根さんって実は凄い愛情深いって言うか、これって決めた人に対しては、周りがドン引きする位に溺愛する人なんじゃないかと思うんだよね。ただ、何て言うのかな、女の好みが凄い五月蠅いって言うか、許容範囲が狭過ぎる上に、それ以外に対しては心底どうでもいいって考えなんじゃない?女って言うか、恋愛対象?で、男としての処理はしないわけにもいかいなからこういう所には来るけど、処理でしかないからそこそこ楽しみつつもここの女の子達の扱いは超適当だし軽いんじゃないかなって。普通もう少し取り繕うもんだと思うけど、そこは高根さんの性格なんだろうね」
高根は否定する事も出来ず、佐希子の言葉を黙って聞いていた。自分が誰かに対して恋愛感情を抱いているのかどうかはともかくとして、佐希子を始めとした商売女を軽視しているのは確かで、その事について否定する気も反論する気も無い。
「私みたいにこの商売とか男とするのが好きでやってるのもいるし、お金が必要なのに真っ当に働く事も出来ずに男に股開く位しか能の無い子もいるし、ま、どっちにしろ世間一般に胸張れる様な身分じゃないのは確かだから、高根さんの考えを否定する気は私は無いよ。所詮私等は男の性欲の吐き捨て場、それは否定しないわ。ただ、ね?好きな人が出来たんだったら、こんな所で何とも思ってない穴に吐き出そうとしたりなんかしないで、ちゃんと相手に気持ち伝えたら?」
高根を責めるでもなく、自らを殊更に卑下するのでもなく、佐希子は煙と共に淡々と言葉を吐き出していく。
「……いや、好きとか惚れたとか、そんなんじゃねぇよ……ただの性欲だ、ここんとこずっと御無沙汰だったしな……でも、何か気が削がれたわ、今日はもう、帰るよ」
「本当に可哀想な人ねぇ……『今日はもう帰る』じゃなくて、もう来ちゃ駄目だよ?相手、どんな人か知らないけど、こんなところ来て不誠実な事してないで、ちゃんと大切に愛してあげなきゃ。今の気持ちを性欲扱いなんて、高根さん以上にその人が可哀想」
高根の言う事等単なる強がりや負け惜しみにしか聞こえないのか佐希子は薄く笑って軽く受け流し、高根は彼女のそんな様子を見てまた一つ大きく溜息を吐き、佐希子が拾い上げて畳んでくれていた服を手に取り立ち上がり、それ等を身に付けてもう帰ろうと歩き出す。
「高根さん、もうここには来ちゃ駄目。良い?あんた、商売女の扱い以外は凄い良い人なんだから、それを無駄にしない為にも、その人だけを見て愛して、大切にしてあげてね?じゃ、さようなら」
責める風ではなく、何処か嬉しそうな声音の佐希子、その言葉に高根は
「……だから、違うって」
と、そう短く返し、部屋を出る。玄関へと向かえばそこには店主がいて、
「あら、もうお帰りですか」
「ああ、ちょっとね」
と、そんな短い遣り取りを交わし支払いを済ませ店を出て、入る前よりも更に冷気を増した夜の中洲へと、ゆっくりと歩き出した。
好きな人――、佐希子が言ったのが凛を指すのだという事位は分かる。それでも、彼女は凛の事を何も知らない、自分と凛がどんな関係なのかという事も。行く宛ての無かった十八も年下の凛、自分はそれに対して手を差し延べた保護者でしかなく、恋愛対象等ではない。彼女の方も自分に対して頼りにし信頼と感謝はしているかも知れないが、性的対象とも恋愛対象とも見てはいないだろう。
自分に対して全幅の信頼を寄せてくれている凛、その彼女に対して抱いているものが性欲とは、これは決して表に出してはならない、そして凛に悟られてはならない感情だ。先程の自分の身体の反応を見るにつけ、発散出来れば誰でも良いのではないのだろう、凛の身体で発散する事を、恐らくは自分は望んでいる。だとすれば、日や場を改めて他の女で試したところで、結果は今日と変わるまい。それでもだからと言って凛に欲を向ける事も出来ず、最終的には久しく致していない自家発電か――、と、高根は自嘲じみた乾いた笑みを唇の端に浮かべ、ポケットから煙草を取り出してそれを咥え夜空を仰ぐ。
まさかこの歳になって性欲の発散に悩む日が来ようとは、黒川よりも余程器用に、そして利己的にやって来たつもりだったが、何ともうまくいかないものだ、そう小さく呟き再び前を向いて歩き出す。そうやって宛ても無く歩き続け、高根が自宅へと帰り着いたのは、夜明けも近い頃合いだった。
――スキナヒト、デキタンデショ――
佐希子のその言葉の意味を、高根は直ぐには理解出来なかった。
「は?俺が?んなわけ無ぇだろうが。俺がどんな人間か、お前だって知ってんだろ」
「……ずっと前から可哀想な人だとは思ってたけど、今心底そう思うわ、私」
「可哀想って何なんだよ」
「そうやって自分の気持ちを否定してるところ。んー、否定とは違うかな、気付いてないっていうか、分かってないんだよね、高根さん。お仕事を大切に考えてて大和人の未来の事を本気で考えてるのはよく分かるけどさ、それで自分の想いを無かった事にして、何もかも軽く扱うのって、どうかなって」
おかしくたまらないといった風情で笑い続けていた佐希子、その彼女が身体を起こし、寝台の上へと放っていた両の脚を寝台脇の床へと下ろしながら口を開く。あれこれと事に及ぶ気はもう無いのだろう、脱ぎ捨てた上着を羽織り煙草に火を点け煙を吐き出しながら、高根をちらりと横目で見遣り少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「高根さんが一人の男として誰かを好きになって大切にしても、それで仕事が疎かになるって事は無いんじゃないの?私さ、前から思ってたんだけど、高根さんって実は凄い愛情深いって言うか、これって決めた人に対しては、周りがドン引きする位に溺愛する人なんじゃないかと思うんだよね。ただ、何て言うのかな、女の好みが凄い五月蠅いって言うか、許容範囲が狭過ぎる上に、それ以外に対しては心底どうでもいいって考えなんじゃない?女って言うか、恋愛対象?で、男としての処理はしないわけにもいかいなからこういう所には来るけど、処理でしかないからそこそこ楽しみつつもここの女の子達の扱いは超適当だし軽いんじゃないかなって。普通もう少し取り繕うもんだと思うけど、そこは高根さんの性格なんだろうね」
高根は否定する事も出来ず、佐希子の言葉を黙って聞いていた。自分が誰かに対して恋愛感情を抱いているのかどうかはともかくとして、佐希子を始めとした商売女を軽視しているのは確かで、その事について否定する気も反論する気も無い。
「私みたいにこの商売とか男とするのが好きでやってるのもいるし、お金が必要なのに真っ当に働く事も出来ずに男に股開く位しか能の無い子もいるし、ま、どっちにしろ世間一般に胸張れる様な身分じゃないのは確かだから、高根さんの考えを否定する気は私は無いよ。所詮私等は男の性欲の吐き捨て場、それは否定しないわ。ただ、ね?好きな人が出来たんだったら、こんな所で何とも思ってない穴に吐き出そうとしたりなんかしないで、ちゃんと相手に気持ち伝えたら?」
高根を責めるでもなく、自らを殊更に卑下するのでもなく、佐希子は煙と共に淡々と言葉を吐き出していく。
「……いや、好きとか惚れたとか、そんなんじゃねぇよ……ただの性欲だ、ここんとこずっと御無沙汰だったしな……でも、何か気が削がれたわ、今日はもう、帰るよ」
「本当に可哀想な人ねぇ……『今日はもう帰る』じゃなくて、もう来ちゃ駄目だよ?相手、どんな人か知らないけど、こんなところ来て不誠実な事してないで、ちゃんと大切に愛してあげなきゃ。今の気持ちを性欲扱いなんて、高根さん以上にその人が可哀想」
高根の言う事等単なる強がりや負け惜しみにしか聞こえないのか佐希子は薄く笑って軽く受け流し、高根は彼女のそんな様子を見てまた一つ大きく溜息を吐き、佐希子が拾い上げて畳んでくれていた服を手に取り立ち上がり、それ等を身に付けてもう帰ろうと歩き出す。
「高根さん、もうここには来ちゃ駄目。良い?あんた、商売女の扱い以外は凄い良い人なんだから、それを無駄にしない為にも、その人だけを見て愛して、大切にしてあげてね?じゃ、さようなら」
責める風ではなく、何処か嬉しそうな声音の佐希子、その言葉に高根は
「……だから、違うって」
と、そう短く返し、部屋を出る。玄関へと向かえばそこには店主がいて、
「あら、もうお帰りですか」
「ああ、ちょっとね」
と、そんな短い遣り取りを交わし支払いを済ませ店を出て、入る前よりも更に冷気を増した夜の中洲へと、ゆっくりと歩き出した。
好きな人――、佐希子が言ったのが凛を指すのだという事位は分かる。それでも、彼女は凛の事を何も知らない、自分と凛がどんな関係なのかという事も。行く宛ての無かった十八も年下の凛、自分はそれに対して手を差し延べた保護者でしかなく、恋愛対象等ではない。彼女の方も自分に対して頼りにし信頼と感謝はしているかも知れないが、性的対象とも恋愛対象とも見てはいないだろう。
自分に対して全幅の信頼を寄せてくれている凛、その彼女に対して抱いているものが性欲とは、これは決して表に出してはならない、そして凛に悟られてはならない感情だ。先程の自分の身体の反応を見るにつけ、発散出来れば誰でも良いのではないのだろう、凛の身体で発散する事を、恐らくは自分は望んでいる。だとすれば、日や場を改めて他の女で試したところで、結果は今日と変わるまい。それでもだからと言って凛に欲を向ける事も出来ず、最終的には久しく致していない自家発電か――、と、高根は自嘲じみた乾いた笑みを唇の端に浮かべ、ポケットから煙草を取り出してそれを咥え夜空を仰ぐ。
まさかこの歳になって性欲の発散に悩む日が来ようとは、黒川よりも余程器用に、そして利己的にやって来たつもりだったが、何ともうまくいかないものだ、そう小さく呟き再び前を向いて歩き出す。そうやって宛ても無く歩き続け、高根が自宅へと帰り着いたのは、夜明けも近い頃合いだった。
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