犬と子猫

良治堂 馬琴

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第69章『孫娘、そして妹』

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第69章『孫娘、そして妹』

 いつも通りの時間に入った自らの執務室、そこで高根はいつもの様に制服へと着替え、しゅ、とネクタイを締めながら壁へと掛けられた写真や肖像画に視線を向ける。その内の一つ、先々代の島津義弘中将の写真のの前に立ち、次の瞬間には膝を折り両手と額を絨毯の敷き詰められた床へと叩き付けていた。
「先々代……知らなかったとは言え、申し訳有りませんでした……!!」
 自分の任官前から、そして任官後十年近く総司令の任に在った先々代、任官した頃には既に肉体の勢いは盛りを過ぎ下り坂だったという事も有り、彼が実際に活骸を斬り伏せるところは見た事が無い。それでも纏う覇気は身震いを覚える程に凄まじく、また、根っからの現場好きなのか自らも打って出たがり、当時副司令だった先代が手綱取りに四苦八苦していた。階級も任官してからの年数もあまりに違い過ぎた為にそう多くの言葉を交わしたわけでもないが、酒の席で
『息子は育て方を間違った、あれは駄目だが……しかし、孫は違うぞ、良い目をしてる。海兵になる事は強要せんが……この道を選んでくれたとしたら、良い海兵になるだろう。まぁ、まだほんの子供だが』
 と、今は少佐の地位に在る孫息子、島津の事を話していたのはよく覚えている。実際彼のその言葉は正鵠を射ていた様子で、任官し教育隊の課程を終えて本配属となった日に見た島津、彼の佇まいと纏う覇気には確かに先々代の薫陶と血筋を感じたものだ。普段の性格と振舞いは先々代よりは随分と穏やかではあったものの、一度戦場へと出れば『鬼』と謳われた先々代の血筋である事は明らかで、先々代を知る者の口に『若鬼』という言葉が上る様になるのには然程時間は掛からなかった。
 そんな『鬼』の一族、九州の武門の名門とすら言って良い程の人物達の孫であり妹、そんな存在に対し自分はとんでもない事をやらかし続けていた、どれだけ頭を下げても済まない程のやらかしだと全身にじっとりと嫌な汗を掻く中、扉が叩かれて誰かが入って来る。
「……何してんの?」
「……土下座」
「うん、それは見れば分かる。何で土下座してんの?」
「……先々代の大切な孫娘且つ優秀な部下の可愛い妹を手篭めにして孕ませたからです」
 入って来たのはタカコ、土下座をする高根の様子に随分と呆れた様な声を出し、しかし彼の言っている事を把握した途端、声の調子が随分と変わった。
「え、じゃあ本当に凛ちゃん――」
「……ああ、島津凛、祖父は先々代の海兵隊総司令の島津義弘中将、兄は現役海兵隊士官の島津仁一少佐、間違い無いってよ」
 そう言いながら起き上がりソファへと身を埋める高根、タカコもそれに合わせて向かいへと腰を下ろし、高根は浮かない面持ちのままがしがしと短い髪を掻く。
「いや、話は分かったんだけど……昨日帰ってから話をしたからこそ分かったんだろうけど……何でそんな浮かない様子なのよ、お前」
 とタカコが問い掛ければ、高根は少々遠い眼差しで空中を見詰めて口を開く。
「……じゃあおめぇよ……島津にどんなツラ下げてどう言えば良いんだよ俺は……中洲の花街でふらふらしてたところをナンパしてその日の内に家に連れ込んで、最初は家政婦扱いしてその後は好き放題に抱いてその上最初の一発で孕ませちゃいましたとか……言えねぇだろ、常識的に考えて……」
「……お前……本当に腐った屑だったんだな……」
「……それは否定しねぇ……」
「いや、否定しろよそこは」
 タカコにしてみれば初めて詳しく聞く高根と凛の今迄の経緯、多少の省略や自虐や誇張は入っているが、それを差し引いたとしてもなかなかに屑な内容に流石にタカコも唖然としている様子。高根はタカコのその様子に深く溜息を吐くが、彼女の方はそんな事よりももっと詳しく話せと続きをせがんだ。
「で?いつ頃出会ったのよお前等二人」
「お前が旧営舎爆破しただろ、あの日の夜に帰ってからよ、久し振りに吐き出すかと思って花街出向いたのよ。その時に店の前に突っ立っててな、最初はガキが何でこんな時間にこんなところにって思ったんだよな、こっちに背中向けてたからよ。で、店入る時にひょいと顔見たらガキじゃなくて、泣き出しそうな顔しててよ、それでよ、入るの止めていつもの飲み屋に連れて行って飯食わせて話聞いたんだよ。そうしたらよ、嫁ぎ先で子供出来なくて離縁されて叩き出されて、実家に戻ったら近所の奴に家族全員一昨年の博多曝露で死んだって聞かされたんだと。まぁ、兄貴は生きてたから、近所の勘違いだったんだろうけど。それでもう一度婚家に戻って身の振り方決まる迄置いて欲しいって頼んだら、だったら身体売って金稼いで来いって言われて中洲の花街ふらふらしてたんだとさ、それを俺が見つけたと」
「……うわぁ……絵に描いた様な屑一家だなその婚家……お前が最悪の屑だと思ってたけど、下には下がいるな……」
 その時に何とも庇護心を擽られ、住み込みの家政婦として家に招きいれたのが同棲の切っ掛けなのだとぼそりぼそりと言葉を吐き出せば、タカコはその内容に相槌を打ちながら煙草に火を点ける。いい歳をしてあれこれとすっ飛ばして結婚前に妊娠させてしまう等、凛が全くの部外者であったとしても色々と周囲に対し気まずい思いをするというのに、相手は世話になった嘗ての上官の孫娘であり優秀な部下の妹、例え気心の知れた相手であっても話す事自体が気が重い。
「んで?私を呼び出したのは?」
「ああ、今から島津に話すからよ、凛連れて来てくれねぇか?聞いたら直ぐに会いたがると思ってよ、島津が生きてる事はまだ話してねぇんだよ。俺が先に島津に話しておくから、お前はそこに凛を連れて来てくれや」
「あー……修羅場になる可能性有るからね、妊婦さんには見せられないよね……」
「……お願いします……」
「はいはい、分かったよ。それじゃあ早速行って来るから、お前はさっさと死刑宣告受けておけ」
 益々げんなりした面持ちになる高根、タカコはそれを見て灰皿に煙草を押し付けて立ち上がる。そう簡単に済む話でもないだろうから、取り敢えずは急ぎの仕事を片付けてから出ると言えば高根はそれを首肯し、彼女はそんな高根を見て
「ま、頑張れよ」
 と、笑ってそう言って執務室を出た。

「……斬られる覚悟はしいとた方が良いかな……俺……」
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