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第82章『当て身』
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第82章『当て身』
その後動く事も出来なくなった三宅を抱き抱えて第六防壁の指揮所へと戻った敦賀達、三宅はもう戦闘不能と判断され福井の遺体と共に博多へと送り返された。本来であれば即送還すべき状態のタカコは、三宅と一緒にしておくと何が有るか分からない、そう判断されて指揮所へと止め置かれる事になった。
「司令!シミズさんをどうにかして下さい、我々医療班じゃ抑えきれません!」
治療用に張られた天幕の中から出て来た医官の大和田が近くにいた高根に向かって言い募る、何が有ったのかとそちらへと近寄ってみれば、大和田は天幕の中を指し示しタカコを博多に送還すべきだと主張して来た。
「三宅を送還しただろう、奴の受けた衝撃を考えたらタカコに何をするか分からん、近くに置いておくのは危険だ、本隊の撤収迄ここに置いておく」
「もう無理です!治療も拒否して出撃させろってずっと言ってるんです、止血すらさせてくれません!鎮静剤も許容量をとうに超える程投与してるのに一向に効きません、これ以上の投与は危険です!」
タカコは戦場に於いては甚く攻撃的な人間ではあるが見極めの出来ない馬鹿ではない、その彼女がまるでただの猪武者と化しているとはと高根は若干の頭痛を感じつつ天幕の方へと視線を遣る。
自分に与えられた役目を全う出来ず目の前で仲間を失った、しかも親友と言っても良い程の人間を。そんな事が有った直後なら活骸に対しての憤りも憎しみも尋常ではないだろう、その気持ちは痛い程に分かるのだが、今の自分がとても出撃出来る様な状態ではない事を自覚してもらわなければ困る。
活骸用に研究班が持って来ている筋弛緩剤でも投与してしまおうか、人間用の百倍の強力なものだが今の状況では丁度良い位ではなかろうか、本気ではなくともそんな事迄考えていた高根、その彼の下に交代して戻って来た敦賀が近寄って来てタカコの様子を尋ねて来た。
「おい、馬鹿の様子は……先生、あの馬鹿がどうかしたのか?」
「いえ、今司令にもお話してたんですがどうも我々医療班の手には――」
「悪いのか」
「いえ、現状では命に別状は。ただ、治療を拒否して出撃させろと。大人しくさせようと無理矢理に押さえ込んで鎮静剤も投与しましたが全く効きません、脳内麻薬が過剰に分泌されていて鎮静剤を相殺してるんでしょう。これ以上の投与は危険ですし博多への送還をと進言したんですが却下されたところです」
「三宅を戻しただろう、無いとは思いたいが万が一って事もな……福井を、恋人を殺されて、その場に居合わせたタカコを絞め殺そうとしたんだろ?隔離していたとしても本隊の帰還迄二十四時間以上有る、責任が持てねぇ事は出来ねぇよ」
高根のその言葉に敦賀は三宅のあの怒りと嘆き振りを思い出す。いつも取り乱す事無く鷹揚と構えていた三宅、その彼がああも我を失っていたのだ、主力がこちらに来ていて手薄な博多にタカコを戻す事が憚られるというのは理解出来る。
「薬はもう使えないのか」
「はい、これ以上は危険です、脳内麻薬の分泌が落ち着けば一気に薬の作用が出ます。それ迄に多少代謝されてはいるでしょうが、投与量を考えると昏倒する位の反動が出るかと」
「……そうか、何とかしてみる」
「……おい、敦賀ちゃんよ、おめぇ何考えてる?」
「要するに落ち着かせりゃ良いんだろうが、非常事態だ四の五の言わねぇで目ぇ瞑れ」
「おい、敦賀!」
大和田の説明に何やら考え込んでいた敦賀、高根がその様子に何やら物騒な空気を感じ取るがそれを無視して天幕の中へと足を踏み入れる。そこでは医療班の人間に取り囲まれ押さえられ、それでも尚それを振り切って外へと出ようとしているタカコの姿が在った。
「……何やってんだてめぇは」
「うるせぇ、邪魔するな……出るんだ」
吐き捨てて自分を睨むタカコの双眸、そこにいつもの鋭さは無く有るのは怒りと獰猛さだけ、周りが全く見えていない状態で出撃して戦死を一つ増やすのか、敦賀はそんなタカコを見て鼻で笑い彼女の前に片膝を突く。
「おい、馬鹿女」
「何だよ、さっさとそこを――」
「大人しく寝てろ」
タカコの言葉を聞き終える前にそう言って、同時に手刀を彼女の項に叩き込む。
「……こういうのは人間相手にしてる方が多いてめぇの方が得意なんだろうがな、俺もコツは知ってるしてめぇよりも腕力は有るんでな……今はもう休め、薬もじきに効いて来る、目が醒める頃にはもう博多に戻ってる」
頸への打撃とほぼ同時に崩れ落ちるタカコの身体、敦賀はそれを片腕で受け止め、頭を撫でてやりつつそう言うと医療班へとタカコを戻し立ち上がった。
「念の為に拘束を、眠っている間に治療しといてやってくれ」
それだけ言って踵を返し天幕を出れば、そこで呆れ顔の高根に出迎えられる。
「……落としたろ、タカコの事」
「他に何か良い案でも有るのか」
「まぁ……そうだがよ。女の子に手を上げるのはどうかと思うわけよ、おじさんとしては」
「龍興みてぇな事言ってんじゃねぇよ……ああでもしなきゃどうにもならなかったろうがよ」
そう言って戦闘服のポケットから煙草を取り出して火を点け、煙を空へと吐き出しつつそれを見上げ目を細めた。
「俺にも一本くれや……こういう時はどうにもな……普段より堪えるな、女が死ぬと」
「……ああ、ヒロに比べりゃ俺等なんぞ屁みてぇなもんなんだろうがな」
十年近く前、黒川の妻である千鶴の戦死を契機として全ての女性隊員を戦闘職からは遠ざけた。自分達女でも戦える、そう抗議して来た女性隊員は多かったが、当時の総司令と副司令だった高根によってそれは悉く退けられ、それ以来タカコが加わる迄は前線部隊に女性の姿は無く、また女性隊員の戦死も無かったのだ。
それがこんな形でまた一人犠牲を出すとは、二人共何とも形容し難い想いを胸に煙を吐き出し、それが空へと溶けて行く様を暫くの間無言で見詰めていた。
その後動く事も出来なくなった三宅を抱き抱えて第六防壁の指揮所へと戻った敦賀達、三宅はもう戦闘不能と判断され福井の遺体と共に博多へと送り返された。本来であれば即送還すべき状態のタカコは、三宅と一緒にしておくと何が有るか分からない、そう判断されて指揮所へと止め置かれる事になった。
「司令!シミズさんをどうにかして下さい、我々医療班じゃ抑えきれません!」
治療用に張られた天幕の中から出て来た医官の大和田が近くにいた高根に向かって言い募る、何が有ったのかとそちらへと近寄ってみれば、大和田は天幕の中を指し示しタカコを博多に送還すべきだと主張して来た。
「三宅を送還しただろう、奴の受けた衝撃を考えたらタカコに何をするか分からん、近くに置いておくのは危険だ、本隊の撤収迄ここに置いておく」
「もう無理です!治療も拒否して出撃させろってずっと言ってるんです、止血すらさせてくれません!鎮静剤も許容量をとうに超える程投与してるのに一向に効きません、これ以上の投与は危険です!」
タカコは戦場に於いては甚く攻撃的な人間ではあるが見極めの出来ない馬鹿ではない、その彼女がまるでただの猪武者と化しているとはと高根は若干の頭痛を感じつつ天幕の方へと視線を遣る。
自分に与えられた役目を全う出来ず目の前で仲間を失った、しかも親友と言っても良い程の人間を。そんな事が有った直後なら活骸に対しての憤りも憎しみも尋常ではないだろう、その気持ちは痛い程に分かるのだが、今の自分がとても出撃出来る様な状態ではない事を自覚してもらわなければ困る。
活骸用に研究班が持って来ている筋弛緩剤でも投与してしまおうか、人間用の百倍の強力なものだが今の状況では丁度良い位ではなかろうか、本気ではなくともそんな事迄考えていた高根、その彼の下に交代して戻って来た敦賀が近寄って来てタカコの様子を尋ねて来た。
「おい、馬鹿の様子は……先生、あの馬鹿がどうかしたのか?」
「いえ、今司令にもお話してたんですがどうも我々医療班の手には――」
「悪いのか」
「いえ、現状では命に別状は。ただ、治療を拒否して出撃させろと。大人しくさせようと無理矢理に押さえ込んで鎮静剤も投与しましたが全く効きません、脳内麻薬が過剰に分泌されていて鎮静剤を相殺してるんでしょう。これ以上の投与は危険ですし博多への送還をと進言したんですが却下されたところです」
「三宅を戻しただろう、無いとは思いたいが万が一って事もな……福井を、恋人を殺されて、その場に居合わせたタカコを絞め殺そうとしたんだろ?隔離していたとしても本隊の帰還迄二十四時間以上有る、責任が持てねぇ事は出来ねぇよ」
高根のその言葉に敦賀は三宅のあの怒りと嘆き振りを思い出す。いつも取り乱す事無く鷹揚と構えていた三宅、その彼がああも我を失っていたのだ、主力がこちらに来ていて手薄な博多にタカコを戻す事が憚られるというのは理解出来る。
「薬はもう使えないのか」
「はい、これ以上は危険です、脳内麻薬の分泌が落ち着けば一気に薬の作用が出ます。それ迄に多少代謝されてはいるでしょうが、投与量を考えると昏倒する位の反動が出るかと」
「……そうか、何とかしてみる」
「……おい、敦賀ちゃんよ、おめぇ何考えてる?」
「要するに落ち着かせりゃ良いんだろうが、非常事態だ四の五の言わねぇで目ぇ瞑れ」
「おい、敦賀!」
大和田の説明に何やら考え込んでいた敦賀、高根がその様子に何やら物騒な空気を感じ取るがそれを無視して天幕の中へと足を踏み入れる。そこでは医療班の人間に取り囲まれ押さえられ、それでも尚それを振り切って外へと出ようとしているタカコの姿が在った。
「……何やってんだてめぇは」
「うるせぇ、邪魔するな……出るんだ」
吐き捨てて自分を睨むタカコの双眸、そこにいつもの鋭さは無く有るのは怒りと獰猛さだけ、周りが全く見えていない状態で出撃して戦死を一つ増やすのか、敦賀はそんなタカコを見て鼻で笑い彼女の前に片膝を突く。
「おい、馬鹿女」
「何だよ、さっさとそこを――」
「大人しく寝てろ」
タカコの言葉を聞き終える前にそう言って、同時に手刀を彼女の項に叩き込む。
「……こういうのは人間相手にしてる方が多いてめぇの方が得意なんだろうがな、俺もコツは知ってるしてめぇよりも腕力は有るんでな……今はもう休め、薬もじきに効いて来る、目が醒める頃にはもう博多に戻ってる」
頸への打撃とほぼ同時に崩れ落ちるタカコの身体、敦賀はそれを片腕で受け止め、頭を撫でてやりつつそう言うと医療班へとタカコを戻し立ち上がった。
「念の為に拘束を、眠っている間に治療しといてやってくれ」
それだけ言って踵を返し天幕を出れば、そこで呆れ顔の高根に出迎えられる。
「……落としたろ、タカコの事」
「他に何か良い案でも有るのか」
「まぁ……そうだがよ。女の子に手を上げるのはどうかと思うわけよ、おじさんとしては」
「龍興みてぇな事言ってんじゃねぇよ……ああでもしなきゃどうにもならなかったろうがよ」
そう言って戦闘服のポケットから煙草を取り出して火を点け、煙を空へと吐き出しつつそれを見上げ目を細めた。
「俺にも一本くれや……こういう時はどうにもな……普段より堪えるな、女が死ぬと」
「……ああ、ヒロに比べりゃ俺等なんぞ屁みてぇなもんなんだろうがな」
十年近く前、黒川の妻である千鶴の戦死を契機として全ての女性隊員を戦闘職からは遠ざけた。自分達女でも戦える、そう抗議して来た女性隊員は多かったが、当時の総司令と副司令だった高根によってそれは悉く退けられ、それ以来タカコが加わる迄は前線部隊に女性の姿は無く、また女性隊員の戦死も無かったのだ。
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