大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第224章『謝罪』

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第224章『謝罪』

 博多第二次曝露の発生から三時間、タカコ達の乗るトラックは博多の街を走り回っていた。鳥栖曝露の時に構築した戦法を今回も用い、二十台程のトラックが博多の街へと出て掃討を続けていた。
『掃討の完了が確認される迄屋外へは決して出ないで下さい、流れ弾に当たる可能性が有り大変危険です。陸軍も海兵隊も皆さんの安全の確保に全力を尽くしています、そのまま屋内でしっかりと施錠をして、決して屋外には出ないで下さい』
 広報用のトラックの拡声器を通して繰り返し放送される言葉、もう何十回聞いたか分からないそれをまた聞きながらタカコは手にした散弾を弾倉へと込めて行く。事前に配布されていた指導広告の効果か往来に人間の姿は見当たらない、だからと言って水平射撃をする事は無いが、それでも安全の為の要素は一つでも多い方が良いだろう。
 戻って直ぐトラックは動き出したものの両腕と両脚の怪我はなかなかに深刻で、そのまま掃討に参加しようとしたタカコを敦賀は許さず、走行しながら活骸を引き付けている間に上下の戦闘服を脱がされて応急処置を施された。自分の様子がおかしい事には気付いているだろうに何も言わない敦賀、その振る舞いに若干の安心を覚えつつ包帯を巻き付ける彼の様子を見ていれば突然視線がかち合って、
「……平気か」
 と、短くそれだけ問い掛けられた。
「……ああ、大丈夫。筋は傷めてないよ」
 怪我の事ではない、先程の自分の振る舞いを見ての言葉なのは分かっている。それでもあの事について話す気にもなれず、曖昧に誤魔化して戦闘服を着直した。
「段々集まって来たな、そろそろ停止しようか」
 立ち上がって外を覗けばゆっくりと走行するトラックの後方に出来つつある活骸の群れ、鳥栖曝露の時よりも数は少ないが充分だろう、そう言って敦賀を見て頷けば、敦賀が運転席の薮内へと命令しトラックは少し進んだ先の大通りで停止する。その気配を察知したのか後方の群れだけではなくあちこちから活骸が現れ、その先頭がトラックへと到達した瞬間、タカコの号令が周囲に響き渡った。
「てーっ!!」
 その直後響き渡る発砲音、それとほぼ同時に群がる活骸の頭部が弾けばたばたと倒れていく。荷台の要塞化は一部の車両のみに止まっているが今回は活骸の相当数の背丈が低い事も有り、荷台に攀じ登られる事も無く全員が余裕を持って全弾を発射する事が出来た。
「移動だ!射手はその間に次弾装填急げ!」
 タカコの言葉を受けてトラックが再びゆっくりと動き出す、八発ずつを計十人で全弾撃ち込み八十体以上を無力化し、集まって来た活骸の全てを片付けた。鳥栖の時は一万人規模の過去最大の曝露、今回は三千人程度という事だから幾分の余裕は有るだろう。それでも大人も子供も入り混じった鳥栖よりも子供しかいない今回の方が精神的にはずっときついな、敦賀はそんな事を考えながら荷台にいる他の面々の様子へと視線を移す。子供しかいないというだけではない、博多に暮らす人間のかなりの割合が軍人かその家族、今撃ち殺した活骸はごく親しい人間の息子や娘かも知れない、それに思い至れば何がどうあっても気分が昂揚する事は無く、皆沈痛な面持ちで弾込めをする自分の手元へと視線を落としていた。
 ワシントン人三人はそれよりも更に重苦しい面持ち、時折タカコへと視線をやり僅かに顔を歪ませて逸らす、その繰り返しだ。一体彼等に、否、タカコに何が有ったのかという疑問は敦賀から消える事は無く、掃討戦が終わったら確かめよう、そう思わずにはいられない。重い事なのだという事は彼等の様子を見れば分かる、それでも以前彼女に言った
『重いのなら俺に渡せ、半分持ってやる』
 という言葉は本心からのもの、辛いのであれば分かち合いたいのだ。
(まぁ……俺の勝手な言い分だってぇのは確かなんだけどな)
 戻って来てからは取り乱す事も無く淡々と事に当たっているタカコ、それでも内心は見た目とは同じではないだろうと小さく歯を軋らせた。
 それから更に二時間博多の街を走り回り、殆ど活骸の姿を見掛けなくなってから作戦は次の段階へと移行した。掃討の最終段階、太刀を携行し車両を降りて徒歩での虱潰し、無線で移行が発令され各々が散弾銃から太刀へと持ち替える中、タカコも同じ様にして荷台を降りようとしたその時、三つの影がその前に立ち塞がる。
「……ボス、お願いです、もう止めて下さい」
「……何がだ、退け」
「マスター、その御命令には従えません」
「うん、俺も従わないよ、ボス」
 タカコの前に立ち塞がるのは彼女の部下三人、語気を強めて道を開けろと言う上官の言葉に彼等は微塵も怯む事は無く、逆にタカコの身体を奥へと押し戻そうとするかの様に一歩前へと踏み出した。
「……何をしてる、早く――」
「……ボス、今の貴方には無理です、自分が今どんな状態かも分かってないでしょう?」
「何がだ?私を怒らせたいのか?何も問題は――」
「じゃあ……何でそんなに泣いてるんですか?」
 辛そうに顔を歪めながらカタギリが絞り出した言葉、他の面々も、そして敦賀も気付いてはいたものの触れる事も出来ずにいた事を指摘したそれに
「……え……泣く?私が?」
 と、タカコは呟く様に言って自らの顔に手を持って行く。指先に触れる水の感触、頬を伝い顎先から重力に引かれて荷台の床へと次々と落ちて行く雫。呆然としてそれを見下ろす彼女の様子に敦賀もまた顔を歪め、静かに背後へと歩み寄り小さな身体をそっと抱き締めた。
「……タカコ、もう良い……もう、良いんだ」
 何が良いのか、そもそも何が悪いのかも分からない。それでもこんな痛々しい姿はこれ以上は見ていられないと抱き締め、一旦腕を緩めて身体をこちらへと向かせ再び優しく抱き締めてぼさぼさになった髪へとそっと口付けを一つ落とす。何か言おうとする度に抱き締めて口付けを落とし宥め続ければ、やがて何かが壊れたのか腕の中からは嗚咽が漏れ始めた。
「……私……わ、たし……」
「何も言わなくて良い、後は他の連中が片付けるから、お前はもう休め……そんなんじゃ仕事になんねぇよ」
 背中を撫でて宥めつつそう言い、他の面々には視線だけで『行け、片付けろ』と言えば、それを受けて荷台から次々と暗くなった博多の街へと降りて行く。運転席の薮内もそれに続きトラックを出て彼等の姿がすっかりと見えなくなった後で、堪え切れなくなったのかタカコが子供の様な泣き声を上げ始めた。
「……好きなだけ泣け、俺がついててやるから……何が有っても、お前から離れたりしねぇから」
『Forgive me..., please... forgive me...』
 腕の中で号泣の合間に繰り返される言葉、ワシントン語なのか敦賀には全く理解出来ず、それでもその悲痛な声音に込められた感情が少しでも和らげば良い、敦賀はその想いを胸に只管にタカコを抱き締めていた。
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