大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第234章『移送』

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第234章『移送』

 朝と昼と晩、敦賀が一日三回回復室のタカコを訪ねる生活が始まって一週間が過ぎた。出血は止まり腹から管は抜かれたものの意識は未だ戻らず、いつになったら目が覚めるのか、そう尋ねたジュリアーニには
「峠は越えたけど今目が覚めても消耗するだけだから良い事無いんだよ。だから、態と眠らせてるんだ、薬でね」
 そう言われ、医学知識等何も無い身としてはそれ以上突っ込む事も出来ず、唯徒にタカコの寝顔を見る毎日が続いている。
 そうこうしている内に大和田とジュリアーニから『容態も落ち着いて来たし、陸軍病院に移送してはどうか?』という話が持ち上がっていると知ったのはついさっきの事。設備は整えているとは言っても正規の病院ではなく単なる医務室とそれに付随した手術室、医官は一人だけで医療班も所詮は衛生兵。そんな状況ならタカコの身体を考えれば最新の設備が整えられ人手も厚い陸軍病院へ、その結論になるのは至極自然である事は敦賀にも分かってはいるものの、何とも言い表し様の無い憤りを抱えて総司令執務室へと急いでいた。
「入れ」
 扉を叩けば直ぐに中から高根の許可が返って来る、何をどう言いたいのかも分からないまま扉を開ければ、中には高根の他には大和田と、そしてワシントン勢三人が揃っていた。
「タカコを陸軍病院に移送するって聞いたが、本気なのか」
「ああ、ここの設備じゃ限界が有る、容態は落ち着いてはいるが何が有るか分からんからな。あいつの部下達も移送を希望してるし、大和田もジュリアーニも医者としてそうすべきだと……お前は反対なのか」
 敢えて確認する様な高根の物言い、分かっているだろうに不愉快な振る舞いをすると敦賀が舌打ちをすれば、高根は彼のそんな様子を見て頭を掻き、ソファへの着席を促して来る。
「警備はどうするんだ、浜口を唆してあいつを殺させようとした人間がいるってぇのに警備も付けずに放り込むつもりなのか」
 悪意を持った第三者の存在は回復室を出た後に高根から聞かされた、今も回復室の入り口には念の為にと人間を常時配置しているのに、そんな状態で移送とはと尤もらしい事を口にすれば、
「病院側にも重大な犯罪に巻き込まれた可能性が高いとか、それらしい事を伝えて監視を強化してもらうつもりだ。看護師の詰め所の真ん前にでもしてもらえればそれで充分だろうよ」
 と、酷く冷淡な口調でそう返され、思わず彼へと向けて怒鳴りつけていた。
「充分だと!?おい真吾よ、てめぇ、あいつがどんな目に遭わされたか分かってて、それでよく言えたもんだな!」
 机を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり高根の胸倉を掴めば、返されたのはにやり、という悪戯っぽい笑みと、そして
「お前等、見たよな?下士官如きが総司令に暴言吐いて胸倉掴む暴力行為に出たの、見たよな?」
 という言葉。それに周囲の四人から次々にそれを肯定する声が上がり、高根はそれを聞いて更に笑みを深くすると、敦賀の肩をぽんぽんと叩きながら言葉を続ける。
「敦賀上級曹長、お前、命令不服従と上官への暴言と暴行で十日間謹慎な。最先任がそれじゃあ下に示しがつかねぇんだよ。十日間きっちり頭冷やして来い、基地内へも立ち入り禁止。着替えとか荷物纏めて、十日間戻って来るな、な?」
 何を言っているのか、営外に自宅も持っていないのに何処へ行けと、それ以前にこの状況で自分を遠ざけるとは何を考えているのかと拳を握り締めた敦賀に、追撃で高根が更に言葉を投げつけた。
「取り敢えず荷物纏めて来いや、陸軍病院に話はもう通ってるんだよ、もう直ぐ車も来る。営外に家も無ぇんだし、それに一緒に乗って行って、陸軍病院の辺りに十日間いれば良いんじゃねぇの?」
「……は?」
「それ以上時間はやれねぇが勘弁してくれ、十日後には代わりの人間を送る……ほれ、早く準備して来い、戦闘服持って行くんじゃねぇぞ、陸軍の縄張りに行くんだから面倒起こすなよ」
 つまり、と、高根が何を言わんとしているかを漸くと把握した敦賀は彼の胸倉を掴み上げた手を離し再びソファへと座り込む。やがて込み上げて来たのは何とも言えない気恥ずかしさ、誤魔化す様にして頭を掻けばそれを見た高根にさもおかしそうに笑われ、早く支度をして来いと言われて立ち上がり部屋を出る。
「……総司令」
「何だよ?」
「……有り難う、御座います」
 それだけ言って扉を閉めて出て行った敦賀、高根はそれを目を細めて見送り、机の上に置かれた湯呑みを手にして中身を一啜りした。
「司令も人が悪いですねぇ。普通に言ってあげれば良いじゃないですか」
「茶目っ気茶目っ気。ほら、真吾君てばお茶目さんだから。それに、敦賀の為って言うよりはタカコに対しての礼、かな」
「礼?何か有ったんですか?」
「いやいや、『良い報せ』ってやつだよ」
「はい?」
「うふふ、こっちの話」
「……司令……凄く……気持ち悪いです……」
 敦賀に警護の役を持って行かれたのが面白くないのか無表情に押し黙るワシントン勢、高根はそんな彼等の様子と大和田の言葉にまた笑う。
 凛の妊娠を聞いたのは昨夜一週間振りに帰宅した時の事。大変な時なのに更に煩わせる話をしてしまって済まないと謝った後に凛から告げられた内容に、その時ばかりは仕事も状況も何もかもを忘れて喜んだ。思わず泣いてしまった程の『良い報せ』、それを教えてくれた、そして、曝露という地獄の中で凛を守ってくれたタカコが目を覚ました時、誰もいないよりは敦賀がいた方が彼女も喜ぶだろう。そんな思いから生まれたこの悪戯、思いついた理由は流石に誰にも言うつもりは無い。
 職権乱用と言われれば確かにそうなのだが、今回ばかりは、と、小さく笑った。
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