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第375章『背中』
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第375章『背中』
黒川に言われて走り出し、路地へと飛び込んで伏せると同時に背後から響き渡った凄まじい爆発音が響き、細かな破片交じりの爆風が身体を強く叩いた。方向からして恐らくは自分達が乗っていた公用車が爆心地、黒川が何を感じ取ったのかは分からないが、彼に命を救われた様だ、副長はそんな事を考えながら身体を起こし、爆音と爆風でくらくらとする頭を数度横に振る。
公用車は厳重に管理されている筈なのに何処で仕掛けられたのか、それとも車に仕掛けられていたのではなくあの場所に仕掛けられていたのか。もし後者であれば脱輪での立ち往生が作為的なものという事になる、だとすればこの場所へと車を運転して来た士官が――、がんがんと響く頭では考えが纏まらない、何にせよ一刻も早くこの場所から離れなければ、そう思いながら立ち上がろうとした副長、その彼が地面へと落としていた視線の先に、す、と影が差した。
誰だ、そう思って顔を上げれば、そこにいたのは火発で見た覚えの有る迷彩模様の戦闘服を身に着けた男が一人。その顔は大和人とは全く異なる風貌で、その佇まいと身に纏う殺気に、敵だという事を本能的に察知する。
腰の拳銃を抜こうとしたが自らのそれを既に手にしていた相手の方が動きを察知して銃口をこちらへと向ける。
死ぬ、と、そう直感した。この距離と状態では初弾を避けられたところで次弾を撃ち込まれる、ほぼ頂点に上り詰めたとは言えど所詮歯車の一つ、自分が狙われる事になるとは、そう考えた次に浮かぶのは息子の顔。拗れたままの関係、一度は和解出来るかと思えたもののそれを修復不可能な迄に壊したのは自分自身。幸せになって欲しいと思っていた息子からその幸せを奪ったのも自分、せめて謝罪はしたかった、しておくべきだった。相手の指が銃の引き金に掛かるのを見ながらそんな事を瞬時に考え、もう無理か、そう思おうとした瞬間、突如背後に人の気配が現れ、それは立ち止まる事無く自分を追い抜いて行った。
「…………!!」
それと同時に響き渡る銃声、しかし音は響いても痛みが与えられる事は無く、代わりに男の呻き声が聞こえて来る。一体何が、そう思い気配に気を取られ横を向きかけた視線を前へ戻せば、視界へと飛び込んで来たものに、呼吸が止まった気がした。
崩れ落ちる男、その前に立つのはこちらへと向けられた小さな背中が一つ。
長い黒髪は一つに纏められ、一度だけ目にした事の有る迷彩模様の戦闘服を纏った身体は男よりも小さく細く、そしてなだらかな曲線を持っている事を窺わせる。その身体が僅かに半歩引かれてこちらへと向き、袖に縫い付けられた正三角形の中心に目が据えられた意匠の刺繍が目に入る。
そして、爆発の炎の揺れる赤に照らされる横顔は――
「ま……待ってくれ!話を――」
相手が誰であるのか認識し、何が有っても引き留めなければと思い至り立ち上がれば、相手は言葉にも動きにも何の反応を示す事無く走り出し表通りへと消えて行く。
「待ってくれ!タカコさん!!」
相手――、タカコの名を呼びながら走り出し表へと出ても、そこでは無残な姿を晒す公用車の残骸が燃え上がるのみ。見失ってしまった、と肩を落としたところで燃える残骸の向こうに人の気配を感じ、腰から拳銃を抜きそちらへと向かって走り出した。
横山に突き飛ばされて転がった路地、それとほぼ同時に爆音と爆風が襲い掛かり、何とかそれを遣り過ごし、横山が爆風で横に薙ぎ払われたと思い出し身体を起こす。立ち上がろうとすれば足首に走る痛み、割かれた腱はまだ完全に治癒してはおらず、その痛みに顔を歪めつつも何とか立ち上がろうとすれば、目の前に現れたのは戦闘服を身に纏った異国の男。拳銃の銃口を向けられ身構えた直後に上空、屋根から小さな影が男に銃弾を浴びせながら飛び降りて来て、黒川に背を向ける形で男との間に割って入る。
男性の様に短く刈り上げた髪、襟元と項の間に覗く頸は細く頼り無い。背格好もよく知る人物によく似た、そして、目の前の存在自体を最近になって漸く本人と意識するようになった人物――
「おい!!」
目の前の背中迄僅か数歩、肩を掴んで振り向かせようと地面を蹴れば両足首がまた痛みに襲われ姿勢を崩して地面へと倒れ込む。目の前の背中はそれに一切構う事無く、振り返りもせずに路地の向こうへと姿を消して行った。
「っつぅ……ごみの集積容器に転がり込んで命拾いか……絵にならんな……いたた……」
黒川を突き飛ばした直後に爆風に薙ぎ払われ、多少の遮蔽物は有ったのか通りに設置された鉄製の大型のごみ集積容器の中に突っ込まれただけで済んだらしい、横山はそんな事を言いながら身体を起こし集積容器の縁へと手を掛けて立ち上がる。収集も最近は滞っているのか夜の早い時間にも関わらず中に残っていた生ごみの汁塗れになって身体中から悪臭が立ち上るが、それが緩衝材になって大した怪我もしていないのは幸運だろう。
黒川の見立て通りと言うべきなのだろう、公用車の運転手を務める士官の顔等正直全員を確実に覚えているわけではないが、それでも今日の士官の顔を見た事が無かったのは確かだと思い出す。タカコが以前言っていた、中で見張る為に敢えて抗体を投与せずに潜入させている人間もいるかも知れない、あの言葉が正鵠を射ていたのだと思いつつ足を縁に掛け勢いを付けて外へと出れば、少し先に燃えている公用車の残骸、本当に危ないところだったと大きく息を吐いて黒川と副長は無事なのかと思い至り踵を返す。
横山の動きが止まったのはその直後、目の前にいつの間にか立っていた小さな背中。後ろで一つに束ねられた長い黒髪、見覚えの有る背丈。まさか、と心臓がどくりと跳ねれば、まるでそれが聞こえていたかの様にその背中がゆっくりと振り返る。その時に目に入ったのは戦闘服の袖の二の腕に縫い付けられた正三角形の中の目の意匠。自分はタカコ達がその部隊章を身に着けているところを実際見た事は無いが、黒川や高根や敦賀があれについて言及しているところは今日も耳にした。
敦賀の読みが外れていたのか、まさか、本当に彼女が一連の爆破事件に関与しているのか、一瞬そう思いはしたものの、完全にこちらへと向き直り晒されたその顔に目を見開いた直後、目の前の人物は突如として首を押さえ上半身がぐらりと揺れる。
顔を歪めつつも腰に差していた拳銃を抜いたのと、大柄な体躯が横から突っ込んで来て目の前の人物へと当て身を叩き込む。堪らずに崩れ落ちる小さな身体、突っ込んで来た体躯――、男は地面へと伏せる直前でそれを片腕で受け止めた。
『俺達を、俺達のボスを騙るなんて良い度胸してるなぁ、簡単には殺さないよ?全身を切り刻んであげる、行こうか』
そう男が口にするが横山には意味が分からない。しかし、その言葉を紡いだ人物は横山もよく知る人物だった。
「……さと……せん、せい?」
横山のその呟きには佐藤――、ジュリアーニは無反応なまま、横山に一瞥もくれる事無く身体を抱えたまま踵を返し何処かへと走り去って行く。
呆然としてそれを見送る横山の耳に別々の方向からは銃声が響いて来たのは少ししてから、弾かれた様にして周囲を見回せば、黒川、そして少し時間を置いて副長が別々の路地から姿を現すのが見て取れる。やがて遠くから聞こえ始めた人の声や消防車の半鐘の音、それを聞きながら黒川へと駆け寄る横山の胸中を支配するのは、助かったのかという安堵の想いより、今し方目にしたものを咀嚼しきれずにいる混乱の感情だった。
黒川に言われて走り出し、路地へと飛び込んで伏せると同時に背後から響き渡った凄まじい爆発音が響き、細かな破片交じりの爆風が身体を強く叩いた。方向からして恐らくは自分達が乗っていた公用車が爆心地、黒川が何を感じ取ったのかは分からないが、彼に命を救われた様だ、副長はそんな事を考えながら身体を起こし、爆音と爆風でくらくらとする頭を数度横に振る。
公用車は厳重に管理されている筈なのに何処で仕掛けられたのか、それとも車に仕掛けられていたのではなくあの場所に仕掛けられていたのか。もし後者であれば脱輪での立ち往生が作為的なものという事になる、だとすればこの場所へと車を運転して来た士官が――、がんがんと響く頭では考えが纏まらない、何にせよ一刻も早くこの場所から離れなければ、そう思いながら立ち上がろうとした副長、その彼が地面へと落としていた視線の先に、す、と影が差した。
誰だ、そう思って顔を上げれば、そこにいたのは火発で見た覚えの有る迷彩模様の戦闘服を身に着けた男が一人。その顔は大和人とは全く異なる風貌で、その佇まいと身に纏う殺気に、敵だという事を本能的に察知する。
腰の拳銃を抜こうとしたが自らのそれを既に手にしていた相手の方が動きを察知して銃口をこちらへと向ける。
死ぬ、と、そう直感した。この距離と状態では初弾を避けられたところで次弾を撃ち込まれる、ほぼ頂点に上り詰めたとは言えど所詮歯車の一つ、自分が狙われる事になるとは、そう考えた次に浮かぶのは息子の顔。拗れたままの関係、一度は和解出来るかと思えたもののそれを修復不可能な迄に壊したのは自分自身。幸せになって欲しいと思っていた息子からその幸せを奪ったのも自分、せめて謝罪はしたかった、しておくべきだった。相手の指が銃の引き金に掛かるのを見ながらそんな事を瞬時に考え、もう無理か、そう思おうとした瞬間、突如背後に人の気配が現れ、それは立ち止まる事無く自分を追い抜いて行った。
「…………!!」
それと同時に響き渡る銃声、しかし音は響いても痛みが与えられる事は無く、代わりに男の呻き声が聞こえて来る。一体何が、そう思い気配に気を取られ横を向きかけた視線を前へ戻せば、視界へと飛び込んで来たものに、呼吸が止まった気がした。
崩れ落ちる男、その前に立つのはこちらへと向けられた小さな背中が一つ。
長い黒髪は一つに纏められ、一度だけ目にした事の有る迷彩模様の戦闘服を纏った身体は男よりも小さく細く、そしてなだらかな曲線を持っている事を窺わせる。その身体が僅かに半歩引かれてこちらへと向き、袖に縫い付けられた正三角形の中心に目が据えられた意匠の刺繍が目に入る。
そして、爆発の炎の揺れる赤に照らされる横顔は――
「ま……待ってくれ!話を――」
相手が誰であるのか認識し、何が有っても引き留めなければと思い至り立ち上がれば、相手は言葉にも動きにも何の反応を示す事無く走り出し表通りへと消えて行く。
「待ってくれ!タカコさん!!」
相手――、タカコの名を呼びながら走り出し表へと出ても、そこでは無残な姿を晒す公用車の残骸が燃え上がるのみ。見失ってしまった、と肩を落としたところで燃える残骸の向こうに人の気配を感じ、腰から拳銃を抜きそちらへと向かって走り出した。
横山に突き飛ばされて転がった路地、それとほぼ同時に爆音と爆風が襲い掛かり、何とかそれを遣り過ごし、横山が爆風で横に薙ぎ払われたと思い出し身体を起こす。立ち上がろうとすれば足首に走る痛み、割かれた腱はまだ完全に治癒してはおらず、その痛みに顔を歪めつつも何とか立ち上がろうとすれば、目の前に現れたのは戦闘服を身に纏った異国の男。拳銃の銃口を向けられ身構えた直後に上空、屋根から小さな影が男に銃弾を浴びせながら飛び降りて来て、黒川に背を向ける形で男との間に割って入る。
男性の様に短く刈り上げた髪、襟元と項の間に覗く頸は細く頼り無い。背格好もよく知る人物によく似た、そして、目の前の存在自体を最近になって漸く本人と意識するようになった人物――
「おい!!」
目の前の背中迄僅か数歩、肩を掴んで振り向かせようと地面を蹴れば両足首がまた痛みに襲われ姿勢を崩して地面へと倒れ込む。目の前の背中はそれに一切構う事無く、振り返りもせずに路地の向こうへと姿を消して行った。
「っつぅ……ごみの集積容器に転がり込んで命拾いか……絵にならんな……いたた……」
黒川を突き飛ばした直後に爆風に薙ぎ払われ、多少の遮蔽物は有ったのか通りに設置された鉄製の大型のごみ集積容器の中に突っ込まれただけで済んだらしい、横山はそんな事を言いながら身体を起こし集積容器の縁へと手を掛けて立ち上がる。収集も最近は滞っているのか夜の早い時間にも関わらず中に残っていた生ごみの汁塗れになって身体中から悪臭が立ち上るが、それが緩衝材になって大した怪我もしていないのは幸運だろう。
黒川の見立て通りと言うべきなのだろう、公用車の運転手を務める士官の顔等正直全員を確実に覚えているわけではないが、それでも今日の士官の顔を見た事が無かったのは確かだと思い出す。タカコが以前言っていた、中で見張る為に敢えて抗体を投与せずに潜入させている人間もいるかも知れない、あの言葉が正鵠を射ていたのだと思いつつ足を縁に掛け勢いを付けて外へと出れば、少し先に燃えている公用車の残骸、本当に危ないところだったと大きく息を吐いて黒川と副長は無事なのかと思い至り踵を返す。
横山の動きが止まったのはその直後、目の前にいつの間にか立っていた小さな背中。後ろで一つに束ねられた長い黒髪、見覚えの有る背丈。まさか、と心臓がどくりと跳ねれば、まるでそれが聞こえていたかの様にその背中がゆっくりと振り返る。その時に目に入ったのは戦闘服の袖の二の腕に縫い付けられた正三角形の中の目の意匠。自分はタカコ達がその部隊章を身に着けているところを実際見た事は無いが、黒川や高根や敦賀があれについて言及しているところは今日も耳にした。
敦賀の読みが外れていたのか、まさか、本当に彼女が一連の爆破事件に関与しているのか、一瞬そう思いはしたものの、完全にこちらへと向き直り晒されたその顔に目を見開いた直後、目の前の人物は突如として首を押さえ上半身がぐらりと揺れる。
顔を歪めつつも腰に差していた拳銃を抜いたのと、大柄な体躯が横から突っ込んで来て目の前の人物へと当て身を叩き込む。堪らずに崩れ落ちる小さな身体、突っ込んで来た体躯――、男は地面へと伏せる直前でそれを片腕で受け止めた。
『俺達を、俺達のボスを騙るなんて良い度胸してるなぁ、簡単には殺さないよ?全身を切り刻んであげる、行こうか』
そう男が口にするが横山には意味が分からない。しかし、その言葉を紡いだ人物は横山もよく知る人物だった。
「……さと……せん、せい?」
横山のその呟きには佐藤――、ジュリアーニは無反応なまま、横山に一瞥もくれる事無く身体を抱えたまま踵を返し何処かへと走り去って行く。
呆然としてそれを見送る横山の耳に別々の方向からは銃声が響いて来たのは少ししてから、弾かれた様にして周囲を見回せば、黒川、そして少し時間を置いて副長が別々の路地から姿を現すのが見て取れる。やがて遠くから聞こえ始めた人の声や消防車の半鐘の音、それを聞きながら黒川へと駆け寄る横山の胸中を支配するのは、助かったのかという安堵の想いより、今し方目にしたものを咀嚼しきれずにいる混乱の感情だった。
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