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第382章『開戦』
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第382章『開戦』
大和と正体不明の侵攻艦隊の間に、大和側からの砲撃により戦端が開かれた、その情報は直ぐ目の前でそれを目撃した沿岸警備隊の艦艇から陸、博多へと伝えられ、それは直ぐ様中央を含めた大和全土の軍部や政府組織へと伝えられた。
こちらからは手を出すな、そう厳命した筈なのにどういう事なのか、瞬時に沸き立ち各所が混乱に陥る中、逸早く冷静さを取り戻したのは、やはり心理的にも距離的にも前線に一番近い場所に在る九州三軍の各司令部とその隷下部隊。彼等は五島列島沖に正体不明の艦隊が現れたという報告が沿岸警備隊佐世保基地を通して入ってから直ぐ、管理する敷地に海岸線を有する海兵隊基地に即座に前線指揮所を設置した。有事の際には三軍合同で指揮を執るという事前の取り決め通りに、沿岸警備隊西部方面艦艇群司令の浅田沿岸警備隊准将、陸軍西部方面旅団総監の黒川陸軍少将、海兵隊総司令の高根海兵隊准将、この三名が設置と同時に指揮所入りし配置に就いた。更にはその三者を取り纏め統合的に事態へと対処する為、彼等の上に統合幕僚幹部副長の敦賀陸軍中将が統括指揮官として指揮所入りし、海兵隊基地本部棟は深夜にも関わらず出入りする軍人でごった返し、基地内の殆どの棟に煌々と明かりが灯されている。
砲撃を受けて轟沈した艦艇は五隻、その全てが弾着から十分も経たない内に海中へと没し、『存在したかも知れない』要救助者は見捨てざるを得なかった。事態の推移を見守っていた海兵隊基地から爆発の炎を見る事が出来たのはほんの数分の事だった事からも、弾着とほぼ同時の轟沈だった事が窺い知れ、僚艦を見捨てた残存艦の艦長の判断を責める声は、少なくとも九州三軍からは上がらなかった。
態勢は未だ整わず、非公式とは言えど重要な仲介役であった存在を失った中、それでも事態へと対処しようという思いは皆同じ。そして、目と鼻の先に敵勢がはっきりと姿を現した状況の中、彼等は一つの決断を迫られていた。
「……大混乱は避けられないが……この状況では已むを得まい、早急に全民間人の非難を」
「受け入れは春日、太宰府の両駐屯地が。避難者用の居住用の天幕の設置や糧食の手配は既に指示して有ります。陸軍病院の患者は軽症者は他の病院への転院を指示しましたが、重症者の搬送先が未定のままです」
「そちらも急いでくれ、移送は消防の救急車を総動員出来る様に話をつけておく」
「は、直ぐに」
止める手立てが無い以上、いつ海岸線との距離を詰められ博多の街や軍事施設への砲撃を開始されるかは誰にも分からない。もしそれが始まれば、自分達軍人以上に身を守る術の無い民間人は何も出来ないままに砲火に晒され死んで行くだけだ。それだけは何としても避けなければならないと、民間人への総避難命令の判断は直ぐに下され、その準備の為に指示を受けた人間が足早に指揮所を出て行く。避難は警察との連携も重要になる、警察本部長や所轄の署長とも話をしなければならない。そちらとの段取りもと執務室の電話を借りようと副長が立ち上がるが、その彼の視界にと或るものが映り、先ずはこちらの方かと思い直した彼はそちらへと向かって口を開く。
「高根総司令、浅田司令、横山司令、小此木副司令、ちょっと来てくれ」
黒川以外の首脳陣に声を掛け、来い、と、顎で軽く招いて部屋を出る副長、呼ばれた面々と黒川は顔を見合わせ、それでも上官が呼んでいるならばと頷き合い、黒川以外は副長に続いて部屋を出た。
副長が入ったのは高根の執務室、
「各所に連絡を入れるのに少しの間部屋と電話を借りたいが、良いかな?」
そう言って椅子へと腰を下ろした副長の前に、呼ばれた面々が並んで立つ。
「それは構いませんが……我々が呼ばれたのは……何か?」
口を開いたのは部屋の主である高根、呼ばれた理由が分からないといった風情で副長へと問い掛ければ、返されたのは短くも明確なもの。
「御家族に……奥さんに電話をしておけ。全員博多の住まいだろう、軍人の家族も民間人扱いだ、他と同様に避難命令は下される……事態の推移によっては今生の別れともなりかねん。何でも良い、言葉を交わしておきなさい」
独身の黒川が呼ばれなかった理由はそれか、副長の言葉に得心がいくと同時に圧し掛かるのは、その言葉が持つ重い意味。
護国の誓いを立てて任官した以上、有事の際にはこんな事になるのだと頭では理解していた。いつその事態に直面しても良い様に、夫々が執務机の引き出しの中に遺書を認めている。けれど、こうして改めて言葉にされた時に感じたのは得体の知れない重たいものと、そして、喩え様の無い底知れない恐怖。
逃げようとは思わない、自分達で選び歩んで来た道、掴んだもの。それを今更捨てようとは思わないが、それでも現実として突き付けられたそれの大きさ重さに全員が言葉を失い俯きがちになれば、副長はそれを見て一つ大きく息を吐き、静かに言葉を続ける。
「私はここで死ぬ気は無い。何とか道を開き、大和を存続させる方向へと戦況を持って行き中央に、そして家族の待つ家に帰るつもりだ。しかし現実とは何が有るか分からないんだ。大丈夫だと信じて万が一の事になり最期の最期に後悔する様な事はしたくない。君達もそうだ、絶対に生きて家族の待つ家に帰る、その決意は変わらないだろうが、今は言葉を交わしておくべきだ。ここは私が使わせてもらうが、君達も奥さんに電話を」
静かな、それでいて強い、有無を言わせぬ説得力の有る副長の言葉。それを聞いていた四人から反論や否定の言葉は上がる事は無く、
「……御心遣い、感謝します」
という高根の言葉と共に示され挙手敬礼に他の三名が倣い、その後彼等は静かに部屋を出て行った。
大和と正体不明の侵攻艦隊の間に、大和側からの砲撃により戦端が開かれた、その情報は直ぐ目の前でそれを目撃した沿岸警備隊の艦艇から陸、博多へと伝えられ、それは直ぐ様中央を含めた大和全土の軍部や政府組織へと伝えられた。
こちらからは手を出すな、そう厳命した筈なのにどういう事なのか、瞬時に沸き立ち各所が混乱に陥る中、逸早く冷静さを取り戻したのは、やはり心理的にも距離的にも前線に一番近い場所に在る九州三軍の各司令部とその隷下部隊。彼等は五島列島沖に正体不明の艦隊が現れたという報告が沿岸警備隊佐世保基地を通して入ってから直ぐ、管理する敷地に海岸線を有する海兵隊基地に即座に前線指揮所を設置した。有事の際には三軍合同で指揮を執るという事前の取り決め通りに、沿岸警備隊西部方面艦艇群司令の浅田沿岸警備隊准将、陸軍西部方面旅団総監の黒川陸軍少将、海兵隊総司令の高根海兵隊准将、この三名が設置と同時に指揮所入りし配置に就いた。更にはその三者を取り纏め統合的に事態へと対処する為、彼等の上に統合幕僚幹部副長の敦賀陸軍中将が統括指揮官として指揮所入りし、海兵隊基地本部棟は深夜にも関わらず出入りする軍人でごった返し、基地内の殆どの棟に煌々と明かりが灯されている。
砲撃を受けて轟沈した艦艇は五隻、その全てが弾着から十分も経たない内に海中へと没し、『存在したかも知れない』要救助者は見捨てざるを得なかった。事態の推移を見守っていた海兵隊基地から爆発の炎を見る事が出来たのはほんの数分の事だった事からも、弾着とほぼ同時の轟沈だった事が窺い知れ、僚艦を見捨てた残存艦の艦長の判断を責める声は、少なくとも九州三軍からは上がらなかった。
態勢は未だ整わず、非公式とは言えど重要な仲介役であった存在を失った中、それでも事態へと対処しようという思いは皆同じ。そして、目と鼻の先に敵勢がはっきりと姿を現した状況の中、彼等は一つの決断を迫られていた。
「……大混乱は避けられないが……この状況では已むを得まい、早急に全民間人の非難を」
「受け入れは春日、太宰府の両駐屯地が。避難者用の居住用の天幕の設置や糧食の手配は既に指示して有ります。陸軍病院の患者は軽症者は他の病院への転院を指示しましたが、重症者の搬送先が未定のままです」
「そちらも急いでくれ、移送は消防の救急車を総動員出来る様に話をつけておく」
「は、直ぐに」
止める手立てが無い以上、いつ海岸線との距離を詰められ博多の街や軍事施設への砲撃を開始されるかは誰にも分からない。もしそれが始まれば、自分達軍人以上に身を守る術の無い民間人は何も出来ないままに砲火に晒され死んで行くだけだ。それだけは何としても避けなければならないと、民間人への総避難命令の判断は直ぐに下され、その準備の為に指示を受けた人間が足早に指揮所を出て行く。避難は警察との連携も重要になる、警察本部長や所轄の署長とも話をしなければならない。そちらとの段取りもと執務室の電話を借りようと副長が立ち上がるが、その彼の視界にと或るものが映り、先ずはこちらの方かと思い直した彼はそちらへと向かって口を開く。
「高根総司令、浅田司令、横山司令、小此木副司令、ちょっと来てくれ」
黒川以外の首脳陣に声を掛け、来い、と、顎で軽く招いて部屋を出る副長、呼ばれた面々と黒川は顔を見合わせ、それでも上官が呼んでいるならばと頷き合い、黒川以外は副長に続いて部屋を出た。
副長が入ったのは高根の執務室、
「各所に連絡を入れるのに少しの間部屋と電話を借りたいが、良いかな?」
そう言って椅子へと腰を下ろした副長の前に、呼ばれた面々が並んで立つ。
「それは構いませんが……我々が呼ばれたのは……何か?」
口を開いたのは部屋の主である高根、呼ばれた理由が分からないといった風情で副長へと問い掛ければ、返されたのは短くも明確なもの。
「御家族に……奥さんに電話をしておけ。全員博多の住まいだろう、軍人の家族も民間人扱いだ、他と同様に避難命令は下される……事態の推移によっては今生の別れともなりかねん。何でも良い、言葉を交わしておきなさい」
独身の黒川が呼ばれなかった理由はそれか、副長の言葉に得心がいくと同時に圧し掛かるのは、その言葉が持つ重い意味。
護国の誓いを立てて任官した以上、有事の際にはこんな事になるのだと頭では理解していた。いつその事態に直面しても良い様に、夫々が執務机の引き出しの中に遺書を認めている。けれど、こうして改めて言葉にされた時に感じたのは得体の知れない重たいものと、そして、喩え様の無い底知れない恐怖。
逃げようとは思わない、自分達で選び歩んで来た道、掴んだもの。それを今更捨てようとは思わないが、それでも現実として突き付けられたそれの大きさ重さに全員が言葉を失い俯きがちになれば、副長はそれを見て一つ大きく息を吐き、静かに言葉を続ける。
「私はここで死ぬ気は無い。何とか道を開き、大和を存続させる方向へと戦況を持って行き中央に、そして家族の待つ家に帰るつもりだ。しかし現実とは何が有るか分からないんだ。大丈夫だと信じて万が一の事になり最期の最期に後悔する様な事はしたくない。君達もそうだ、絶対に生きて家族の待つ家に帰る、その決意は変わらないだろうが、今は言葉を交わしておくべきだ。ここは私が使わせてもらうが、君達も奥さんに電話を」
静かな、それでいて強い、有無を言わせぬ説得力の有る副長の言葉。それを聞いていた四人から反論や否定の言葉は上がる事は無く、
「……御心遣い、感謝します」
という高根の言葉と共に示され挙手敬礼に他の三名が倣い、その後彼等は静かに部屋を出て行った。
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