大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

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第387章『発破』

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第387章『発破』

「分隊長!坂崎達が見当たりません!逸れたみたいです!!」
「こんな時に何やってんだ!点呼取れ点呼!!」
 陸軍東部方面師団隷下、山口駐屯地所属の普通科連隊、その彼等に博多への出動命令が下されたのは三日前の事。博多沖に正体不明の艦隊が現れ、それに向けて砲撃を加えた沿岸警備隊の艦艇が五隻轟沈したという報は既に全国に知れ渡っており、出動命令が有るだろうと準備だけは整え命令を待っていた彼等は、下令を受けて直ぐに現地へと向けて出発した。
 九州の事情に明るいわけではない、最前線にいるわけでもない自分達の役目は後方支援や避難者の保護や誘導、その為には一刻も早く現着し九州の司令部からの命令を受けなければ、そんな思いを胸に抱き旧関門海峡辺りへと到達した彼等を出迎えたのは、九州から逃げ出そうとする民間人達だった。
 或る者は徒歩で、或る者は自転車や二輪車で、また或る者は車で本州へと逃げようと押し寄せる群衆、旧海峡の名残を残している北九州下関地区は陸地が極端に細くなっており、また天変地異の際の隆起の様子が未だに残り、幹線道路以外は傾斜のきつい不整地が未だに多い。そんな場所に九州北部の人間の一定数が一気に押し寄せた結果道は人と車で埋まり、やがて燃油切れによる車両の放棄がぽつぽつと出始め、それは半日も経たない内に道路を塞ぐ巨大な鉄塊群となった。
 こうなれば流れは更に滞り、あちこちから、道を開けろ、先を急げ、そんな怒号が群衆の間から激しく上がる様になる。そうなっても重機装備の無い普通科連隊に出来る事は無く、彼等もまた先を急ぐ為に車両を物陰へと寄せて放棄し、徒歩で九州入りをする事になった。
 無人の対馬区へと入り込めば何の障害も無く直ぐに博多へと到達する事は出来ただろうが、幾重もの鉄条網と頑強な鉄柵の向こう側は海兵隊の管轄、無断で立ち入れば後にどんな面倒が発生するかは想像に難く無く、柵の『こちら側』を、只管に流れに逆らって博多を目指し歩き続ける。
 そんな中分隊長の耳に届いたのは分隊の人間が数名見当たらないという下からの報告、場所は宮若の飯塚の中間辺り、博多迄はもう少しという頃合いだった。直ぐに人数を確認しろと点呼の指示を出し、結果、六名が見当たらないという報告を受けて頭を抱える。一分隊自分を含めて十一名中、半分以上の人間を見失うとは、探すか、それとも目的地は分かっているのだからと先に進み先ずは博多に入るのか。どちらにするのか暫しの間考え込み、後者を選択する事にして点呼がてらの休憩の為に下ろしていた背嚢を担ぎ直す。
 車両の放棄は未だに続いていて進むのに難渋する状況は変わらない。これ以上現着を遅らせるわけにはいかないと判断し、残った兵員に指示を出し、隊列を組んで再び博多を目指して歩き始めた。
 時折遠くから何か爆発音の様な音が聞こえて来る、砲撃てはない様子だが、まさか侵攻部隊が遂に上陸を開始したのかと歩みを速めて進み続け、それから少しして軍用トラックの原動機の駆動音が聞こえて来た。九州勢か、そう思い足を止めれば、放棄された車両で塞がった道の向こうにトラックが姿を現して停車したのが見て取れた。
「どーもー!教導隊特技班ですー!!車両の爆破をするんで下がって下さーい!!直ぐに片付きまーす!!」
 車両の方向から聞こえて来たのは何とも間延びした女の声、緊迫感の欠片も無いそれに拍子抜けをして顔を見合わせるが、爆破とは穏やかではないなと思い至り声を張り上げる。
「おい!爆破って!引火したらどうす――」
「大丈夫でーす!燃油切れで放棄してるから引火しようにも多分爆発なんかしませんよー!!とにかく、危ないから下がってて下さーい!!」
「おいちょっと待て!誰だか知らんがお前今『多分』って言っただろ『多分』って!!そんないい加減な――」
「いっきまーす!!」
 こちらの制止は全く無視した女の声、本気でやるつもりか、そう思い分隊の人間が物陰へと身を伏せて耳を塞ぎきつく目を瞑った直後、腹の底に響く様な振動と爆音が響き渡り、それから少し遅れて何か重い金属の塊が大きく動いた様な軋みや、木材を巻き込みへし折る様な音が聞こえて来る。それと一度では終わらず断続的に爆音と振動と軋みを繰り返し、やがて、一帯には静けさが訪れた。
「もう大丈夫ですよー、付近の放棄車両は粗方発破を掛けて吹き飛ばしました、車両も通れます」
 静けさに怖々と物陰から出て来た面々の前に立ったのは、陸軍の迷彩服を纏い黒い目出し帽を被った女が一人。襟元の階級章は上等兵である事を示していて、右胸には名札が付けられていないのが見て取れた。
「……え、っと……いや、車両は北九州下関地区を通過する前に放棄しているし、ここからそこ迄も放棄車両が累々でとても通れないんだが……まぁ、ここから先はすんなり進めそうだな、お前が爆破して片付けてくれてるんなら」
「ああ、そう言えばそうですね。あ、教導隊は身分秘匿が上からの命令でして、着帽のままで失礼します。私はこのまま旧関門海峡の方に進みますので、えっと……」
「細川伍長だ、この分隊の分隊長を務めてる」
「はい、細川伍長達はそのまま博多を目指して下さい。博多に近付けばまた混雑するとは思いますが、もう直ぐそこです。海兵隊基地に指揮所が設置されてますので、先ずはそちらに。その報告の時、私の事も併せて報告して頂けると助かります。何せここ迄離れると無線も使えませんので」
「そうか、分かった。気を付けて」
「はい、有難う御座います」
 女はそう言って挙手敬礼をし、踵を返して車へと戻り切り返して別の道へと入って行く。分隊は何も言えずにそれを見送り、やがて先へと進むかと言い合い再び博多を目指して歩き出した。
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