青春怪異奇譚

諸星影

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序章(プロローグ)

第六話  『八雲からの提案』

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 京条寺に到着して数分後。
 高梨さんの師匠であるという八雲さんから話を聞き、僕は言い知れぬ恐怖感に
 苛まれていた。

「予想以上の被害って、そんな…………じゃあ僕は一体どうすればいいんですか?」

 両の手に汗が滲む。
 出されたお茶も既に冷めきり、先程まで香っていた香りも消えていた。

「そこでさっきの提案だ。もし仮に君がそういった危険な状態に陥った場合、
 対処が後手にならないように藍華くんには君の監視役になってもらう」

 ことりと八雲さんは飲み干した湯呑を茶托へと戻す。

「監視役……ですか?」
「そう、監視役――――ただそれだけだと非効率だからね。原因究明の為にも
 天寺少年にはまず怪異について勉強してもらおうと思ってね」
「だから高梨さんの仕事を手伝えと?」
「そういうことだ」

 話を聞き終え、高梨さんを見やる。
 すると彼女は僕が考えていた疑問をそっくりそのまま代弁してくれた。

「話は分かりました。ですが危険ではないですか?」
「それについては問題ない。藍華くんにはとりあえず危険な仕事は避け、
 天寺くんに合わせたレベルでの仕事をこなしてもらうつもりだ」
「――――そういうことでしたら私は構いませんが」

 と彼女はチラリとこちらに視線を向ける。

「天寺君はそれでいいの?」
「……いいのかと言われれば僕には何とも。ちなみに僕が断るとどうなりますか?」
「どうも。君が提案を承諾しようと拒否しようと藍華くんには監視をしてもらう
 つもりなのは変わらない。ただ単純に異変の解決に手がかりが失われるだけかな」

 いじわるとも思える八雲の発言に唇を噛みつつも、僕は彼の言葉を反芻する。

 確かに彼の云う通り今の現状、僕の身体に起こっている異変について何一つ
 解決策を見いだせていない。実害がないとはいえ、実際今も尚、僕の影は薄く
 なっていることから推測するに、異変の進行は進んでいるとみて間違いない。
 そうなると当然タイムリミットというものも想定しておくべきだろう。

 怪異の専門家である高梨さん、ひいては八雲さんですら対処できない程に
 深刻化すれば目も当てられない。

 そう考えると自ずと僕の答えは決まっていた――――。

「分かりました。それで解決策が見いだせるのなら」
「――――英断だね」

 八雲さんは僕の答えを聞きニッコリと微笑む。
 そうして僕は高梨さんの仕事を手伝うことが決まり、彼女と共に応接室を
 後にする。

「あ、そうそう。天寺くん、ちょっと」
「はい?」

 廊下に出た高梨さんをその場に残し、八雲さんのいる方へ振り返る。

「これ持っておきなさい」
「これは?」
「うちのお寺で作っている御守り。とはいっても普通のじゃないよ。それには
 ボクの霊力が込められていてね、翳すだけで大抵の怪異は追っ払える代物だよ」
「はぁ」
「それじゃまた。気を付けて帰ってね」

 僕は渡されたブレスレット型の御守りを手に京条寺の敷居を出る。
 すると徐に高梨さんが口を開いた。

「ごめんね、天寺君。突然こんな話になって」
「いや高梨さんが謝る必要なんてないよ。連れてきてほしいって頼んだのは
 僕の方なんだから」

 確かに八雲さんの話は、僕の思ってたものとは大分異なったものだったけど、
 それでも異変についての危機感を思い出せたし、少しでも解決の希望が見えたのは
 素直にうれしいと思う。

 それにこれから高梨さんと過ごせる時間が増えると考えたら悪いことばかり
 ではない。

「師匠、ああはいってたけど、天寺君のこと本気で心配してると思うよ」
「八雲さんが?」
「うん」

 こういうのって言っていいのか分からないけど、と前置きし高梨さんは
 二の句を続ける。

「天寺君って良くも悪くも異変に対して危機感無いじゃない?」
「まぁ、そうだね。でもさっきの話聞いて一応、僕も考えを改めたつもりだけど」
「うん、それはとてもいいことだと思う。でもね、世の中そういう人ばっかり
 じゃないの」
「――――というと?」
「危機感のない人。もっというと救われる気がない人はね、いくら解決策があっても
 助けることはできないの」
「助けを断られちゃうってこと?」
「そう。そしてそういう人に限って、手遅れになってから泣きついてくるの」
「…………」

 その話を聞き、僕は先程の自分の態度を思い出す。
 僕は八雲さんに異変の相談をしている時も、その後の解決策を聞いた時も、
 何処か他人事のように思っていた節があった。

 それはまさに今、高梨さんが言った「救われる気がない人」に該当するのでは
 ないかと。だからこそ八雲さんはあんな、わざといじわるな言い方を
 したのではと。

「天寺君、さっき師匠からもらったもの見せて」
「あぁ、これ?」

 そうしてポケットから先程貰ったブレスレットを取り出す。

「それ、一般には流通してないすごく高価なものなんだよ」
「高価っていくらくらい?」
「大体数十万くらいかな」
「マジ?」
「それだけ効果があるものってこと」
「そうなんだ」

 僕は握ったままのブレスレットを手首に巻き付ける。

「つまりそれだけ八雲さんも僕のことを心配してくれてたと」
「そういうこと」

「(なるほど。であればあの意地悪な言い方も、僕の態度が悪かったと
 思えば納得だ)」

「本人の居ないところで話すことじゃないかもしれないけど、やっぱり天寺君には
 勘違いしてほしくなくて」

 そう話す高梨さんの表情はとても穏やかなもので、語られている八雲さんのことを
 心から信頼しているのが伝わってくる。

 彼女の云う通り、八雲さんは確かに変な人ではあったけど、
 それでも高校生の僕よりもちゃんとした大人で優しい人物であったのは
 間違いがない。

「あぁ、ありがとう。教えてくれて」

 僕は利き手である右手に巻いたブレスレットを見て、心から異変を解決しようと
 そう思った。
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