星降る夜の夜想曲

諸星影

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ROUTE1(プロローグ)

1-07  謝罪

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「嘘でしょ?」

 午前三時の真夜中。
 ミサの部屋に訪れた藤咲の敗北宣言にミサが言葉を詰まらせる。

 どうやら彼女が俺に藤咲をけしかけたのは本当のようだった。

「手を抜いた…………というわけではないわよね?」
「はい、事前の手筈通りに襲撃を敢行しましたが、御覧の通り返り討ちに」
「怪我は! 怪我はない!」
「諏訪様の恩情によりございません」

 藤咲のその言葉にホッとミサは胸を撫でおろす。
 その様子から彼女が敗北することを全く想定していなかったのが判る。

「さて、そろそろ話してもらおうか。どうして俺を襲撃したのかを」
「うっ……そ、それは…………」

 ミサはこの期に及んでまだうじうじとした態度を取る。
 そんな主人の様子にしびれを切らしたのか藤咲が語気を強める。

「ミサ様。お約束です。もし仮に私が負ければ護衛を認めると」
「わ、分かってるわよ」

 藤咲に強く言われたからか、彼女は子供のように下唇を噛みつつ
 泣きそうな顔でベットから降り、俺の前で姿勢を正す。

「改めまして、諏訪透次一級警護官様。まずは今回の一件について謝罪を。
 申し訳ございませんでした」

 と、ミサは深々と頭を下げる。
 それは初対面での高飛車な彼女の態度からは想像もつかない姿だった。

 こちらとしては殺されかけたのだから、謝罪くらいされては当然なのだが。
 それはそれとして年下の少女に頭を下げられるというのは多少なりとも
 複雑な気持ちにさせられる。

「それであなたを襲撃した理由ですが、原因は私の父、久世勘二にあります」
「というと?」
「今回の護衛の件。父の自作自演なのです」
「――――なんだって?」

 尋問時の藤咲の言葉といい、今のミサの言葉といい、
 彼女たちの話は俺の予想をはるかに超える難解さをみせる。

「父は私を殺そうとしています」
「実の娘をか?」

 コクッとミサは頷く。
 俺はその仕草を横目に藤咲に視線を向けるが、彼女は俯くだけで何も言わない。
 そしてそれが無言の肯定であるのは疑う余地もなかった。

「何故だ? どうして?」

 無意識に質問に対する熱量が増える。

「父は現在、海外で大きな仕事を抱えています。そしてそれは非合法な取引らしく
 その責任を私に被せようとしているのです」
「まさか――――そんなことできるはずがない。いくら大企業の令嬢であれ、
 たかが高校生を罪人にでっちあげるなんて…………」
「父ならできます。それに今回の件は特警局とも話が付いてるとか」
「ッッ!」

「(――――さっき彼女は言った。これは彼女の父、久世勘二に自作自演だと。
 であれば当然スポンサー先である特警局にも伝手はあるはず。となれば
 高藤さんへの嫌がらせも考えると辻褄は合う)」

「(なんだったら同時に俺も始末できるって寸法か……。舐めてくれる)」

「それで何故それが俺を襲撃する理由に繋がる?」
「それは…………」
「そこからはわたくしが――――」

 するとそこまで黙って聞いていた藤咲が一歩前へと出る。

「諏訪様、ミサ様は今回の件を知り、父上様の為ならばと死ぬ覚悟を
 しておりました」
「は?」
「故にこそ、諏訪様を任務から降ろされたかったのです」
「待て待て――――どういうことだ? お前は実の父親から命を狙われてそれを
 受け入れていたってことか?」
「えぇ」
「意味が分からない…………」
「ま、そりゃ当然よね。私も普通じゃないことは十分に理解しているつもりよ」
「だったら何故」
「それが父に対する私なりの贖罪なの」
「諏訪様、父上様が悪人になられたのはミサ様が生まれてから、正確にはミサ様の
 母上様がお亡くなりになってからなのです」

 藤咲は続ける。

「父上様は今なお母上様の幻影に囚われ続けている。ミサ様は自分が死ぬことで
 その苦しみから開放さしあげたいと」
「…………。なんだよそれ……そんなことで愛する人との間にできた娘を
 殺すのか? そんなことでお前は父親に殺されてやるっていうのか!」
「――――これは私個人の問題。あなたにとやかく言われる筋合いはないわ」
「ぐっ」

 彼女の言葉に拳を握り締める。
 ミサの言うことは正しい。正しいが、それを警護官として、ましてや大人として
 彼女の覚悟を認めるわけにはいかない。

「つまりお前は自分が死ぬつもりだから、藤咲に俺を襲わせて任務を
 辞退させようとしたわけか」
「そういうことになるわね」
「はっ……なるほどな。ようやく納得がいったよ」

 ガシガシと頭頂部を搔きむしり、頭に上った血の気を抑え込む。

「ミサ、お前の覚悟は理解できた。だが俺はお前の護衛を降りるわけには
 いかない」
「なっ! 話を聞いていなかったの? あなたこのままいけば私と一緒に
 殺されるのよっ!」
「本来護衛とはそれをさせない為のものだろ。現に俺はお前の放った刺客を
 返り討ちにした。実力は十分に示したはずだが」
「それはそうかもだけど…………」
「それにお前らは言ったな。藤咲が負ければ護衛を認めると」
「はい。それがわたくしが刺客となる条件でしたので」
「ゆかりまで……」
「それにこちらもこちらで任務を失敗できない事情がある」
「まさかキャリアが傷つくとか言うんじゃないでしょうね」
「逆だ。俺にはもう後がない。詳しいことは話せないが、この任務の
 成否によっては処分される」
「それって」
「殺されるってことだ。だから俺に任務を辞退する選択肢はないし、お前に死んで
 もらっても困る」

 そういうと場に重苦しい程の沈黙が流れる。
 ミサも自分以外の命が天秤に掛ったことにより明らかに動揺する様子を見せる。

 そんな中、最初に端を発したのは藤咲であった。

「ではこうしましょう。ミサ様は諏訪様の護衛を認める。もし諏訪様がミサ様を
 お護り切れなければお二人とも死ぬわけですから問題ありませんよね?」
「それはそうだが、もう少し言い方ってものはないのか」
「でしたら一心同体と言い換えましょうか。ミサ様が死ねばミサ様の、諏訪様が
 護り切れば諏訪様の望みが叶う訳ですから。あれ、これでは二心同体ですかね」

 うふふと笑い声をあげる藤咲。
 場を和ませようとしているのだろうか、会話内容に対しやけに
 明るい態度をとる。

 しかし意外にも効果はあり、俺を含めミサの表情までもが柔和する。

「なら俺から一つ条件を出したい」
「なんでしょうか?」
「俺が護衛に付いている間、ミサには危険な行動は避け俺の指示に従ってもらう。
 いくら俺が本気で護衛しても本人が死にたがりじゃ到底、護り切れないからな」
「なるほど、それもそうですね。ミサ様、よろしいですか?」
「えぇ、そういうことなら仕方ないわね」

 そうして俺は藤咲の襲撃事件を経て、
 改めて久世ミサの護衛として認められたのであった。
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