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第四章:愛しき主君の為に…
今までよりも…深く
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一ヶ月間、眠っていた私が目覚めてから一日が経とうとしていた。
昨日はニコルが離してくれず、父さん達が戻った後もベッタリで、八椥とかも泣く始末。そして、一日が過ぎた現在、カーテンの隙間から差して来た朝日の光で目が覚める。重たい瞼を開けながら横を向くと、そこには、ニコルの顔があった。しかもベッドに入っていた。私は一瞬固まってしまう。すると、ニコルはニコッと笑みを浮かべながら、優しくこう言って来た。
「おはよう、お嬢ハン~、起きるか心配でちょーっと早よう来てしもうてなぁ。ベッドに入らせてもろうたわぁ」
「なっ、なななっ、何してんのよ、朝から!」
「何もしてへんよぉ?まだぁ。ただ起きるかどうか見てただけやぁ」
「まっ、ままっ、まだって何よ!まだって!」
と顔を真っ赤にし勢い良く言い放つと、ニコルは私の髪を一束、掬い上げ唇に当てワザとリップ音を立て、妖艶な目付きをし赤い瞳に私を写す。その仕草に言葉を奪われた。すると、ニコルは艶やかな声で色っぽく囁く。
「なにそれぇ、もしかして煽ってるのぉ?えぇよ、お望みとあれば、今すぐぅ」
と言いかけた瞬間、ニコルの後ろにイサミルが立っていて、勢い良くニコルを無情にベッドから引っ張り出した。そして、床に両膝を付き私の手を両手で包み込んだ。その瞳は、心配そうに潤み、必死にこう言って来た。
「お嬢様ッ、大丈夫ですか?申し訳ありません、朝起きたら、ニコル君の姿が見当たらなくて、急いで来てみたら案の定。何か酷い事をされませんでしたか?何かあれば、このイサミルに何でもお申し付けください」
「あ…、ありがとう」
「何すんねん!イサミル!昨日までとの態度とえらい違いやないかァ!」
と飛ばされたニコルがイサミルの横まで戻ってきた。
「すいません、お嬢様が困っていたのでつい、昔のクセと言うのは恐ろしいですね」
と落ち込む様な表情をし、反省しているかのように言うイサミル。それを見たニコルは、溜息を吐きながらこう言った。
「そうかぁ、クセならしゃーないなぁって!言うと思ったんかい!」
と言いながら、イサミルを私から離した。そして、ニコルは私に猫なで声でこう言って来た。
「お嬢ハン~、何でやぁ、何でぇこんな奴ココに置くんやぁ!
そりゃ、僕はお嬢ハンのそういう所が好きやけどぉ。好きやけどもぉ~!」
とやりきれない顔をしてベッドに顔を付け、拳を叩き付ける。まぁ、私自身甘いと思う、”貴族狩“の主犯格を何にも咎めず、執事に復帰させるなんて。だけど、イサミルを咎める気にはなれなかった。何故なら、私には三年前の優しいイサミルにしか見えない。恐らく、今も優しいだろう。そして、何より私の兄の様だ。
告白をされて驚いたが、恋愛対象としては見られない。でも、私の存在がイサミルをあんな行為に走らせたのなら、この手で元に戻せるはず。そう考えて側に置く事を決意した。
「ニコル君、私が言うのもおこがましいですが、女性にはもう少し、節度を持って接してみてはどうですか?」
とイサミルは落ち込むニコルにそう言う。すると、ニコルは立ち上がり、勢い良く私を腕の中に納め、色っぽく自慢そうにこう言った。
「僕がぁ、こうやるのはお嬢ハンだけやからぁ、えぇんやぁッ!」
「ちょ、ニコルッ」
「お嬢ハン~、恥ずかしがってるトコもぉ、ごっつカワえぇ」
目覚めてからと言うモノ、ニコルは何かしらにつけ私に触れて来る。少し恥ずかしいが、私も嬉しい。だが、たまに大人の色気を使って迫って来た時が困る、どう対応して良いのか分からなくなってしまう。先程もイサミルが来てくれて、助かったと思ってしまった。
「何だ、お前朝からノークス嬢を襲っているのか?ニコル」
と言いながら入って来たのは、松葉杖を付いている八椥と、その八椥を見守っている様に見える六椥だった。
「まだやぁッ!まだ襲っておらへんッ!」
と勢い良く言い切るニコルを見て、八椥は呆れた顔をした。
「お前、S1って自覚あるか?ニコル?」
「あるに決まっとるやん~。んっでぇ」
少し離れながら、片手を掴んで来て、背中に腕を回し目の前まで顔を近づけて来た。綺麗な銀髪が垂れ下がって来た。それだけで鼓動が煩くなり、顔が赤くなるのが分かる。すると、そんな私をよそにニコルは、カッコイイ口調でこう続ける。
「お嬢ハンのになる自信があるぅッ」
「それは言わなくても、分かっている」
と八椥が顔を青くして、静かにツッコンできたが、聞いているのかは定かではない。
「ノークス嬢の所は、楽しいね。俺も来て良かったよ、八椥もいるし」
「子供扱いするなよッ、ココでは先輩なんだ。分かっているか?六椥?」
とムクれながら怒る八椥に対し、余裕の笑みが崩れない六椥はこう言った。
「でも、俺の免許が再執行になれば、前の分があるから、俺の方が先輩って事になるんだけどね」
それを聞くと、八椥は痛い処を突かれたと言う顔になった。そう今日の夕方には、イサミルと、六椥とコルネリッドは、八椥とニキと一緒に執事免許再執行を執事協会に申請しに行く事になっていた。執事協会に入るには現職の執事が同行しなければならない。本来なら八椥だけで良いのだが、ニキも手を上げて行く事になった。
「お嬢様、何か困った事等ありましたら、いつでもお電話下さい。このイサミル、飛んできます」
と言うイサミルは、まだ出発まで時間があるのに深刻な表情をしていた。
「心配あらへん、僕が残るからぁ。チャッチャッと行って、階級下げて帰って来ぃ」
「下がるのは、どちらでしょうかね。私は元S1ですよ、ニコル君の方が下がるのでは?」
「冗談キツイなぁ、僕に勝てなかった相手がぁ、何言ってるん?」
と言う二人は笑っていたが、背後に化け狐と化けハイエナの様なモノが見えた。そう言う会話を聞いているのが、二人には申し訳ないが楽しかった。
そして、時間は過ぎ五人は執事協会に向かって出発し、別館には私とニコルだけとなった。皆を見送りに行っていたニコルが、部屋に帰って来た。その顔は満面の笑みを浮かべていた。私は少し緊張していた、二人きりになるなんて最近ではなかった事だからだ。
「お嬢ハン~、皆無事に行かせたでぇ」
「そうか」
と返事をしながら会社の資料に目を通す。何を話せば良いか分からなくなっていたからだ、好きと言ってしまった手前、それを意識せざるおえない。すると、ニコルはニコッと笑ってこう言って来た。
「大丈夫やでぇ、何もしないからぁ、今朝のはちょっと昨日のイサミルの件に対して、ヤキモチやぁ」
「えっ?」
「じゃぁ、僕は紅茶淹れて来るからなぁ、待っといてぇ」
と言うなり部屋を後にしたニコル。正直な所、拍子抜けだった。二人になった途端、迫って来ると思っていた。それにあの作り笑いはなんだ!昨日は表情豊かだったのに、二人になった途端に冷めた態度とって、何か一人でドキドキしていたのがバカみたいじゃんって、拗ねる。そして、ニコルが紅茶を淹れて戻ってきた。
「そういえば、ニコル。私の好きな紅茶は分かったか?」
「まだですねん~」
返答の短さに驚く、前のニコルなら言い寄って来てもおかしくないのに、体調でも悪いのか?と紅茶を飲みながら、チラッと見るが別に変った所はなかった。私だけなのか、こんなにモヤモヤしているのは…。もしかして、飽きられたとか一ヶ月も寝ていて、他の男を助けたりしたから冷めてしまったなんて事は…。
その後も、ニコルの動向を観察していたが、変った様子は一切見せなかった。料理も相変わらず美味しかった。だが、私と話そうとはしなかった、半年以上一緒に居るが、こんな事は初めてだった。夕飯を食べ終え、少しニコルとゆっくりする時間がとれる事になった。
二人になってから五時間ほど経って、窓の外は暗くなっていた。会社の資料を読むが、気になって頭に入って来ない。資料をベッドの上に投げ捨て、膝を抱え、隣に居るニコルを横目で見る。銀髪の髪が月明かりに照らされて綺麗だった。赤い瞳も魅惑的で、その瞳に私が写らないのが嫌だ。スッと伸びた手で私を触ってくれないのが、こんなに辛い事なんて思っても見なかった。すると、ニコルは私の視線に気付いた様に、ニコッと笑ってこう言って来た。
「どうかしたん~?お嬢ハン?もう資料はえぇのぉ」
「読めるわけないだろう!」
とつい怒鳴ってしまった。別にニコルが悪いわけないのに、イライラしていて当るなんて最悪。そして、ニコルはベッドの上に投げ捨てた資料を取り、こう言いながら部屋を出て行った。
「待っときぃ、今アフタヌーンティー淹れて来たるぅ」
部屋に一人残された私は、やりきれない思いからドアに枕を投げつけた。その時、虚しさが襲って来て涙が零れてしまった。数分後、ニコルが紅茶を持って入って来た。
「何やっとるん?枕、投げてぇ~、今日のお嬢ハンへんやでぇ、人の顔ジロジロ見るしぃ、イライラしてるしぃ」
その言葉にムカッときて、顔を上げニコルを見ると、意地悪そうにニヒィッと笑いながら、片手に紅茶を淹れたカップを持っていた。
「私がイラついてるのは、ニコルの所為!」
「なんでぇ?」
怒りにまかせて、怒鳴る私にニコルの意図は分からなく、勢い良くこう言ってしまう。
「好きって言ったのに!なんで前みたく迫って来ないのよ!緊張してた私がバカみたいじゃない!」
と言うとニコルは目を少し開き、赤い瞳で私を見て来た。そして、ニヤリと笑っている口から色っぽい声色でこう言った。
「それって、そういう事して欲しいって思ったって事?」
そう言うニコルの口調は普段と違っていた。そして、手袋の指先を歯で噛み、手を抜いた。もう片方も同様に外した。その意味が理解できず呆然んとしている私に近寄りベッドに腰掛けた。
「なっ、何!?今日は何もしないんじゃないのか!」
とフッと我に戻りそう言った。自分でも矛盾している事を言っていると思ったが、心の準備ができていなかった。
恐らく顔は真っ赤になっている。そんな事お構いなしに、ニコルは優艶な瞳をしてこう言って来た。
「そんなの、俺を求める様にさせるワナに決まっているだろう?」
俺って、僕じゃなく俺って何だよ!そんな強気で言われたら、何も言い返せない。そして、手に持っていた紅茶を自分で口に含み、カップをサイドテーブルに置き、素手で私の顎をクイッと上に上げ、口付けた。口の中に紅茶が流れ込んで来ようとしたが、緊張していて口を塞いで止めていたら、顎を持ち上げていた手の中指が、首筋をなぞった。その瞬間、緊張が解け紅茶が流れ込み、そのまま飲みこんだ。ニコルは一度、唇を放しこう言う。
「これが答えなんだろう?」
「えっ」
何が起きたのか着いていけなかった。私の頭の中は甘やかな痺れで麻痺していた。
「だから、お嬢様が好きな紅茶。俺に口移してもらうものだろう?」
やっと頭が戻り、状況を呑みこめた。とてつもなく恥ずかしい、まだキスの感覚が残っている。
「確かに当りだ。当たりとする。ニコル、一つ質問して良いか?」
「ん?何?」
「その口調はなんだ?」
「こっちの方が、真剣さが伝わると思ってな。それに、男としてのニコルはこっちの喋り方なんだ」
「出来れば、今までの方が良い」
コッチの喋り方は、何かドキドキしてしまう。強気に言われるとどうしていいのか分からなくなってしまう。すると、ニコルは少し悩んでこう言う。
「ヤダ」
「なんで?」
「だって、お嬢様、コッチの方の反応が可愛いから。強気に言われたらダメなタイプとか」
と更に顔を近づけて来た。私が逃げようとしたら、簡単に腹に腕を回されベッドに横にされた。目を開けると真上にはニコルが馬乗りをして、逃げられない様に抑え込まれていた。
「もうダメ。逃がさない。夕方から俺の事見てたクセに、肝心な所で逃げるなんて、俺はさせない」
「ニコ…」
と言う時、甘くて優しい唇によって、私の唇が塞がれた。再び頭が痺れて来た。そして、唇が放れると、私の耳元に顔を近づけこう囁く。
「こういうの考えてたんだろう?」
と囁かれた吐息が、耳に掛ってくすぐったかった。
「ちょっと、耳は…」
「そう言えば、弱かったな」
と言ったと思った次の瞬間、ニコルは耳にかみついて来た。その刺激に私の頭のネジが緩む、目がトロンとして来た。そして、ニコルは離れ、私が見ると少し頬を赤らめていた。
「その顔、卑怯だ」
「えっ、なんでっ」
と言いかけると再び、ニコルの唇が私の唇を塞いだ。そして、唇をゆっくり放しこう言った。
「可愛くて、キスしたくなるから…」
「なっ、何言うのいきなり!ニコルは分かんない!」
「じゃ、知って行けばいい。これから、お嬢様のペースで”俺“を」
「分かったわ、これからニコルを知って行く、今までより深く…。優游と待っててね」
「さすが、俺の彼女ならその位言ってもらわないと、優游と待ってるよ、ノークス」
私は甘い言葉が降って来る中、優しい手に包まれた。それは、いつも私を心配してくれ、私を守ってくれ、私の意思を尊重してくれる優しい執事の手とは、また違った。
私の事が愛しくて、私も彼が愛しくて。彼は私の事を知っているけれど、私は彼の事はあまり知らない。だから、これから、ゆっくり知って行こうと思う。
そう、ゆっくりでいい。彼は待っていてくれるから、彼氏としても執事としても優游と―。
End
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