優游執事は主君の為に穿つ

夕桂志

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第一章:銀髪執事は優游と主君を知る

お嬢ハン、僕が執事でえぇの?

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 三十四XX年、世界は全体的に豊かで、セレブ時代と呼ばれる程。

そして、世界の中心に位置する街、メテオは全市民がお金持ちの貴族。他の地域から出稼ぎに来ている者も多い街として有名である、だが、誰でも雇ってくれるほど甘くはない。何故なら、メテオの住民は全員、常日頃から命を狙われているからだ。メテオで働くには資格を取ってからではないと相手にはしてもらえない。
 高収入を求めている者は、貴族に雇われる執事やメイドになる。


 現在、夜の七時。ある貴族がダンスパーティーを開いていた。そこには、きらびやかな服を着ている人達で満ち溢れていた。その中でも一段と目を引くドレスを身に纏っていたのは、長い金髪の美しい貴婦人だった。どうやら、この貴婦人が主催者らしい。名前はスカード。街では有名な貴族の婦人。


「スカードさん、そのドレスは何処でお仕立てになられたの?」


「本当にお美しいですわ」


とスカードと話をしている貴婦人達は、その綺麗なドレスを、手を合わせながら羨ましそうな目で見ていた。すると、スカードは鼻を高くしたようにこう言った。


「これですか、私の執事の中に居る二人のS級の中のS3に作らせました」


「スカードさん、羨まし過ぎますわ。執事が五十人もいてその中に、S級がお二人もいるなんて~」


「まぁねー。S級を雇っているのは私とホーシック家の皆さん方とエリル位ですけど」


この街の貴族は、執事を何人雇っているか、とその執事がD・C・B・A級のどの級を雇っているかで、主人の世間体が決まる。ちなみに、S級と言うのはA級の上のランク、S級の執事を雇うと言う事はA級の執事を五十人雇うと同等の事。


「S3ですかぁ~?ますます、羨ましいですわ」


「S3と言えば、世界中に居る執事の中でトップ3と言う事ですわよね。もうお一方は?」


「S10だったかしら、でも、何にも出来ないし。Cだと思っちゃった」


「まぁー。それではS3の方はもう銃を使いになられたんですか?」


「まだなの、やはり、S級に忠誠の証の銃を抜かせるのは難しいですわ」


と言っていると、スカードの後ろに執事服を着こなした肩まである赤髪が似合うキリッとした男性がビッシと立っていた。


「紹介するわ、コレが先程から言っていたS3のニキ」


その執事はニッコリと笑い、スカードの貴婦人仲間に会釈をした。


「初めまして、ニキ・アードネルトと申します。以後お見知りおきを」


ニキは好印象を与えながら自分を売り込んだ。そして、何かを思い出したかのように、スカードの耳元に近づき耳打ちをして来た。


「奥様、ホーシック家の三女のノークス様とお越しになりました」
「ホーシック家の三女?」


スカードは名前を聞いてもピンと来ない様子だった。そして、数秒後ハッとしたように手を静かに合わせこう言った。


「あぁ、執事なしの子ね。いいわよ、ほっといて、どうせ一人なんでしょう?」
「はい。ですが、ホーシック家の御令嬢。私が言うのも失礼ですが、ご挨拶をしておいて損はないかと」


と言うニキを鋭い眼光で睨むスカード。すると、ニキは笑みを崩さないままスカードに深く頭を下げた。


「申し訳ありません、出過ぎた真似をしてしまいました」


「もういいわ、下がりなさい」


「はい」


ニキは貴婦人達に頭を下げ、その場を立ち去った。
 そして、ニキが向かったのはパーティー会場の裏、そこは使用人の休憩所になっていた。会場とは打って変わって人もいないから静かだ。


「チッ、せっかく助言したのに」


と言ってニキは壁に拳をぶつけた。その表情は先程までとは打って変わり、冷たかった。


「ココもダメか。まぁ、俺が辞めてもアイツがいるから大丈夫か」


と言ってニキは再びパーティー会場に戻って行った。先程の様にニコリと笑いながら、スタスタと。



    **



 その頃、パーティー会場のベランダでは怪しげな黒服を着た男性が一人、携帯電話で誰かと話していた。


「あぁ、入れた。全く、貴族様を騙すのはチョロイもんだ。あぁ、計画通りやって見せる」


と言うと男性は携帯を切り、会場の中に溶け込んで行った。そして、それを見ていた、人間が二人いた。一人は上の階のベランダから下を覗いていたセミロングの銀髪を後ろの下の方でゆったりと縛っていて、目は細く開いているのかいないのかさえ分からない様な狐の様な眼をしていて、スカードの家の執事服を着ていた。その男性は背が高く、ベランダの手すりに両肘を付き、掌に顎を乗せていた。


「あ~りゃりゃ~、知らへぇん」


と言いながらその執事はベランダから立ち去り、建物の中へと入って行った。そして、もう一人の目撃者は姿をくらましていた。

 パーティーは中盤に差し掛かっていた。スカードは相変わらず貴婦人仲間とおしゃべり中。それを遠くから眺めていたのは、緑の髪を巻いて可愛らしいドレスを着ていた少女。


「随分と有意義にパーティーを楽しまれている事、まさか、このパーティー会場に貴族狩が潜伏しているなんて夢にも思っていなさそう」


「お嬢様、あまり貴族狩の事を言うなと言われたのでは?」


「分かっているわよ、シュール。イイじゃない、今はそんな事を言った人はどっか行っちゃったんだから」


と言うのは、エリル・ハンバーンッツ、この街の上位グループに入る貴族の三女。そして、その傍らにいるのは、茶色の髪をオールバッグにして、細い眼鏡を掛け、スカードの家の執事服とは少し違う執事服を着ていた、細身で凛々しい男性。


「お嬢様は何時も何時も、少し言葉に気を付けて欲しいモノです」


「シュールは口を開くと、そればっかりね」


「ハイ、S7として、お嬢様の教育も私の仕事ですから。それに、私はもうお嬢様の元を離れられませんから」


と満面の笑みで言うシュールに対し、エリルは溜息をつきながらこう言った。


「暑苦し」

「暑苦しい位言いませんと、お嬢様は聞いてくれませんから」


「それにしても、どーこ行っちゃったのかしら?」


「そうですね、あの方には執事が付いていませんから、何かあったら…」


「間違いなく、シュールの責任問題ね」


「…ですよねー」


シュールは右手でハンカチを持ち出し、冷や汗を拭った。



 その頃、会場では怪しげな男が不審な行動を取っていた。それを近距離で追っている者がいた。


「まぁ~、仕事はせななぁ」


と言うのは銀髪の執事だった。そして、その男はスカードの元へ近づいて行った。すると、その執事は通りがかったボーイが持っていたトレーをヒョイと取り上げ、その男の先回りをし、スカード達の前に出て少ししゃがみ会釈をした。


「失礼致します、奥様。お飲物をご用意いたしました」


「まぁー、スカードさん、この執事さんはどなた?」


と貴婦人仲間の一人が聞くと、スカードは呆れた顔でこう言う。


「この人よ、先程話をしていたS10執事。何よ貴方、普段は変な言葉を使うのにこう言う時だけ、標準語なの?あっ、分かったわ。貴方、次の主人の品定めでもしに来たの?」


スカードはその執事を気嫌っている目をした。すると、執事は笑顔を絶やさずにこう言った。


「奥様、社交場でそんな事言いますと、奥様の品が下がりますよ」


とその執事は上目使いで言うと、スカードは執事が持って来たトレーから一つ、グラスを取り執事の頭上からシャンパンをかけた。その行為を見るなり周りの客人達は静かになる。


「どうよ、シャンパンの味は?」


と聞くと執事は笑みを絶やさずにこう言った。


「格別でした、奥様」


と言うとスカードは悔しそうな表情をしながら、執事を睨んだ。すっかりパーティー会場はムードが台無しになってしまった。その時、怪しげな男がスカードの前に来た。スカードは執事から目を離し、男の方に視線を向けた。すると、男は懐から銃を抜いてスカードに向かって構えた。その時、男の前に居た執事は勢い良く逆立ちをしながら、踵で銃を吹き飛ばし、その体制のまま男の頭部を足で床に叩き付けた。銀髪執事は逆立ちから宙を舞いクルリと華麗に着地し何もなかったかのように立っていた。それは、一瞬の出来事でが何故倒れているのか分からなかった。
そして、スタスタとやって来たニキに男は簡単に取り押さえられた。


「お疲れ様です…ッ」


とニキが先程の執事を見ると、銀髪執事は背広の懐から何やら一枚の紙を出し、スカードに渡していた。スカードは紙を受け取り呆れた顔をして、鼻で笑いながらこう言った。


「これは何かしら?」


「見ての通り退職届です、奥様」


「へー、私の執事を辞めてどうするつもり?貴方、もう九十八回も他の所を辞めて来ているのに、ココを辞めたら九十九回よ。もし、次も止めたら百回になって執事免許剥奪されるわよ!タダでさえ、S10の免許なのにC級の働きしか出来ないのに~」


執事免許とは、雇い主を百回変えると、執事免許を剥奪され、五年間は資格の再取得は叶わない。
そして、銀髪執事はこう言い残し姿を消した。


「今度は気の合う主人を見つけます。給料分は働きました。まぁ、少々下に見られていたのは勘に障ったので、このパーティー会場で私にこのように言われた事で、奥様の世間体はガタ落ち、それ位は良いですよね」


そして、髪からシャンパンをタラタラと垂らしながら、その場を去った。スカードが退職届を見ていると、それを覗いた貴婦人仲間は驚いた顔をしながら、上ずった声をして、こう言った。


「スッ、スカッ、スカードさん!その名前って」


「あぁ、あの執事の名前、ニコル・ファンジスタって言うのよ。それがどうかした?九十九回目の退職届を出すなんて、最後までどうかしている執事でしたわ!」


「早く!あの銀髪執事を探すのよ!」


「うちが一番早く探し出すのよ!」


と言う声で会場は再び違う賑わいになった。その中で間の抜けた顔をしていたのはスカードだけだった。エリル以外の来客達は銀髪の執事探しに必死だった。スカードはなんで来客達が必死なのか分からなく、オドオドしていた。


「意味が分からない様な顔ですね、スカード小母様」


「エリル?」


「あの銀髪執事、さすが、スカード小母様、あんな素晴らしい執事を雇っているとは」


「どういう意味?」


「あら、ご存じありませんでしたか?あの銀髪執事は…」



 その頃、来客達が必死になって探しているニコルは、執事用のシャワールームでシャワーを浴びていた。ニコルは髪を念入りに洗っていた。そして、髪の匂いを嗅ぎシャンパンの匂いが取れたのを確認すると、シャワーのコックを閉め、シャワールームを出て脱衣所に行った。バスタオルで髪の毛を拭きながらロッカーを開けた時、誰かの視線を感じた。そして、横を見ると長椅子にドレスを着た長い黒髪の十八歳位の綺麗な女の子が座っていた。その女の子は漆黒の瞳でニコルを平然と見ていた。微動だにしない女の子にニコルは。


「人…形なん~?」


と呟いた時のニコルは、先程まで話していた口調とは違っていた。


「人形ではない」


と女の子が言った時、ニコルは細い目を開き紅い瞳で見せて動きを止めた。そして、女の子はタオルを指さしこう言った。


「とりあえず、隠したら?」


と言うとニコルは少し焦りロッカーに入っていた服を着た。すると、先程まで着ていたスカードの家の執事服とは違い、高級感溢れる燕尾服で、少し袖が長く手が見えなくなっていたが、横に手首位までスリットが入っているデザインの物だった。


「これは何ですか、お嬢様」


「敬語は良い、さっきみたいに喋ればいい」


「それじゃ~、遠慮せずぅ。コレ何ぃ~?」


「単刀直入に言うと、お前私の執事になってくれ、と言うかなれ」


「ン~、ちょぉ~待ちぃ。な~んで、初対面の子ぉに、執事になれって言われなアカンのぉ?と言うか、何故命令形~?と言うか、何で名家のホーシックのお嬢ハンは、男の全裸見ても、ガン見を止めへんのぉ?」


「そっちの方が私は好きだぞ」


と女の子は右手の人差し指を立てながら言った。


「質問に答えよう、何故、質問一、執事になれと言うのか。私はお前が気に入ったから。質問二、初対面なのに命令口調なのか、それはお前が私の執事になるからだ。質問三、何故、男の裸を見ても平気なのか、それはお前が私の執事になるから、ちなみに見るのはお前が初だ」


と言う女の子は、フンッと威張りながら言った。すると、ニコルは片手で頭を押さえながら再び細い目になった。


「ホーシック家の執事は、B級以上なんやろぉ?僕の実力はC級ってスカードハン言ってなかったぁ?」


「実力はC級って事は、ホントはもっと上って事。そりゃ、そうか、あんな事出来るんだから、少なくともA級以上」


「鎌掛けおったんかい」


そして、女の子は椅子から立ち上がり、前に来ていた後ろ髪を手でバサッと後ろに払った。その時、美しい黒髪が煌めきながら宙を舞った。それにニコルは一瞬だが魅了されてしまった。


「けったいな話やなぁ~、そやかて、僕ぅ高いで?給料に見合った仕事しかせぇへんし。いくら、ホーシックのお嬢ハンでも無理やで」


「私は何級でも仕事ップリに見合った額しか払わないわ」


と言う女の子は妖艶な目をしていた。


「一つ聞いてもえぇ?何で僕なん?Sだからなん?」


「ん?お前Sなのか、私は気の合いそうな執事ならば良いのだが、姉様達の執事を見ているとな、どうも堅苦しくて私には合わない様な気がしてな、どうせ雇うなら気の合う奴が良いと思ってな。今まで、執事を雇った事などない」


「って事はぁ、お嬢ハンど~やって、今まで生きて来たん?この街は執事の数と何級かによって、主人の評価が決まるんやでぇ」


「そんなモノ、今まで気にした事は一度もない。執事が良くても主人がダメじゃ意味がないからな」


その言葉を聞いたニコルは、数秒停止し、いきなり腹を抱えて笑いだした。それにビクッと驚く女の子、ニコルはそれを見て、女の子の肩に手を置いてこう言った。


「驚かせて、えろーすんまへん」


「何で笑うの?」


「初めて見たから、そういう考えの人ぉ。噂通り変わりモンやなぁ、ノークス・ホーシックお譲ハン」


「何だ知っていたのか、私を」


「ちょ~っとちゃうかなぁ?執事なしのお嬢ハン言うたらぁ、ホーシック家の三女のノークスお嬢ハンしか居ませんやん」


「流石だな、ニコル・ファンジスタ」


「僕の事ぉ知っとったん~?」


「さっき、服を入れ替えた時証明書が見えたし、あの男をベランダから見ていた時から、私はお前をマークしていたからな、身のこなしとかで直ぐS級だと言う事は分かった。だが、まさかS1だとは、証明書とS1の証である二丁ピストルを見た時は驚いた」


「知っとったよぉ、誰かに着けられてたのはぁ。でもぉ、それがノークスお譲ハンだとは思わへんかったけどなぁ。あぁ、確かに、コレぇ見れば分かるかぁ」


と言いながら腰のフォルダーからガチャッと音を立てながら、スリムなメタリックレッドのボディーをしたピストル二丁を両手に取った。
 執事は主人を守る為武装許可が下りており、その武装は級に左右される。ニコルの様なS級は武器を二つ持てる。そして、その中でも、S1の武器は弾が要らない特注品。


「本物見たの、初めてだったよ。お風呂には持ち込まないの?」


「これは僕じゃないとぉ、撃てへんようになっとって、五百メートル離れると爆発するようになってるから大丈夫なんやでぇ」


「撃った事は?」


「まだないんやぁ、執事が武器を使こぉう言う事は、その主人に一生、忠誠を誓う言う事やからなぁ。僕は契約までしかした事あらへんし」


「じゃ、私と契約しなさい。っていうか、しろ」


「なんでぇ、何時も言い直して命令形になるん?契約してもえぇよ」


と言うとノークスは嬉しそうな顔をした。そして、契約書を取り出しニコルに突き付けた。すると、ニコルは契約書に人差し指でタッチすると、認定と言う文字が出て、契約書の執事契約欄の一番最初にニコルの名前が書き足された。後は空欄だった。そして、ノークスは嬉しそうに契約書をパチッと指を鳴らして閉じた。


「じゃ、よろしく、ニコル」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「口調はさっきまでのが良い」


と言うノークスに対し、ニコルはまるで肩の力を抜いた様に自然に笑いながらこう言った。


「それじゃ、よろしゅお願いしますぅ、ノークスお嬢ハン」


「うん。でーさー、ニコル早速何だけど」


「何ぃ?」


「今日、ココに友達と来たんだけど、ニコルを追いかけてたらはぐれちゃって、パーティー会場に居ると思うんだけど」


「クックック、はいなぁ。じゃ、行きまひょかぁ」


とニコルはノークスの手を取りシャワールームの窓を全開に開け、ノークスをお姫様だっこしてこう言った。


「最短ルートで」


意地悪そうな笑みになったニコルに対し、ノークスは笑顔でこう返した。


「そう言うの、スッゴク好き」


「気に入ってもろうて、良かったぁ」


と言った瞬間ニコルはノークスを抱えて、窓から飛び降りた。その時ノークスは子供の様に笑いながら空中に数秒浮かんでいた。そして、フワッと着地した先はパーティー会場のベランダだった。すると、ニコルはゆっくりノークスを下ろした。



 その頃、パーティー会場ではエリルからスカードにある重大発表がされていた。


「あの執事はS1ですわよ」


「えっ?そんな訳ある筈がないじゃない、だって、アイツはS10よ!証明書にもそう書かれてあったわ!」


「確かに、証明書にはそう書かれてあったかもしれません。ですが、果たして小母様はちゃんとご自分の目で確認したんですか?彼がS10だって」


「何が言いたいのかしら?」


とスカードは明らかに動揺している。心なしかエリルの顔を見ようともしない。


「最近多いですから、契約を結ぶ時に他人に任せる方。その証拠に先程小母様は退職届を紙で受け取っていました。何故、契約書をお出しにならなかったのですか?どうせ後で執事にやらせているんでしょう。じゃなきゃ、彼をS10なんて…」


「あれがS1?嘘よ!だって、C級レベルの事しかやれない筈」


スカードがそう言いながら、膝から崩れ落ちた時ニキが颯爽とやって来て、スカードの事を見ていた。


「奥様、私は知っていました。ニコルさんがS1だと言う事を、ニコルさんは執事なんて皆同じ、数が多い方がいいと言う奥様の考えには着いていけず、皆同じ給料ならば自分は給料に見合った仕事しかしないと言っておりました」


「つまり、彼は給料に見合った仕事をした結果、C級かと思わせる仕事になる様な給料しかもらっていなかったって事です」


と言うエリルに対し、スカードは鋭い目をして睨みつけた。そして、スカードは指を鳴らし雇っている執事を全員集めた。そして、フラッと立ち上がりこう言った。


「全員でニコルを探し出すのよ!そして、また私と契約を結ばせて頂戴!絶対、ニコルを私の元に連れていらっしゃい!」


「既に契約を結んでいた場合はどう致しましょう、奥様」


と一人の執事が言うと、スカードは手を大きく払い凄い剣幕でこう言った。


「契約者も連れて来なさい、私が直談判をするわ」


スカードが言いきると、ニキ以外の執事はニコルを探しに来客達と供に、あちらこちらに散らばって行った。それを見たスカードは、ニキに檄を飛ばす。


「ニキ!アンタも行きなさい!」


スカードが言うと、ニキは右手を左胸に当ててこう言った。


「探し回る必要はございません、奥様」


「何ですって、どう言う事よ!」


と言うと、ニキはスタスタと窓辺の一つの円卓の元に行き、円卓に敷かれていた白いテーブルクロスを上に乗っている物を一ミリも動かす事なく、引いて取った。すると、その中からはニコルとジュースを片手に持ったノークスが現れた。


「バレたじゃない」


「絶好の隠れ場所やとぉ、思ぅとったんやけどなぁ~。でも、スリル感はあったやろ?」


「確かに、面白かった」


と二人はマイペースな会話をしていた。そして、先にニコルがテーブルの下から出て立ち上がり、ノークスに手を差し出した。すると、ノークスはニコルの手を取り、頭をぶつけない様にテーブルの中から出た。


「こんばんは、スカードさん。今宵はお招きありがとうございました、中々、ご挨拶に来れなく、失礼しました」


「ノークス・ホーシック様!なんで、ニコルとご一緒に?」


「その前に、何でテーブルの下にと突っ込まないんですね、小母様」


とエリルがボソッとシュールにしか聞こえない様な小声で言った。それを聞いていたシュールは、「あははは」と言う苦笑いになった。
 その間にも、スカードとノークスの会話は続いていた。ニキは静かにスカードの後ろに戻っていた。


「何でニコルと一緒に居るかですか?それは、私がニコルの新しい主人になったからです」


「執事なしで知られる、ノークス様の初めての執事がS1?!少し贅沢過ぎるんじゃありませんか」


「そうでしょうか、少なくとも宝の持ち腐れよりは良いと思うのですが」


と言うノークスの口調は優美で妖艶な目付きだった。それに、腹が立ったのかスカードはノークスに向かって、見栄を張った様な口調でこう言った。


「ノークス様、今のニコルの雇い主が貴方ならば、私と取引しましょう」


「取引?」


「えぇ、私が持つ会社や土地やアクセサリーやお金。どれでも良いから、ニコルと取り変えて頂ける?」


「…」


「会社を十社お譲りしますわ。それがダメでしたら、屋敷を五件。それもダメでしたら、最高級アクセサリーを差し上げますわ」


そう聞き終わると、ノークスは持っていたジュースを少し飲み、グラスを持ちながら腕を組んで、キリッとした目でこう言った。


「お断りしますっ」


と言う声は六人しかいなくなった会場に、良く響き渡った。スカードは唖然とした顔をして呆然と立っていた。ノークスはこう続けた。


「この執事はモノではありませんし。それに取引と言う時点で、彼のプライドはボロボロ、そんな人に渡す程、ニコルは安くないッ!それに、貴方の提示した条件はホーシック家、いえ、私にとって何の利益もない」


「ノークスお嬢ハン…」


と数秒前までは目を見開いて驚いていたニコルは、再び目を細めて穏やかな笑顔でそう呟いた。


「気分が悪くなったので、帰らせて戴きます。エリル、行くわよ」


「うん」


エリルは返事をしてシュールと一緒に、出て行くノークス達を追いかけて行った。スカードはまたも膝から崩れた。その時、出て行った四人は玄関先で話をしていた。少し興奮気味にエリルがノークスにこう尋ねた。


「凄いよ凄いっ!ノークス!S1ってノークスのお父さんでも手に入らなかったんでしょう!」


「何年前の話よ、それ」


「ノークスって、本当に凄いわ。一人目でS1だなんて、やっぱり何時も言ってる事はあるわね」


とエリルが興奮してノークスに話している時、ニコルとシュールはお互いに自己紹介をしていた。


「初めまして、私、エリル・ハンバーンッツお嬢様の専属執事一番目、並びに執事長を任されております、シュール・ミスティと申します。一応S7です」


「ご丁寧にどうも、私は本日付でノークス・ホーシックお嬢様の契約執事になりなした、ニコル・ファンジスタと申します。S1です」


「えー、まだ契約執事なの?ノークス」


と言うエリルは不満そうな顔をして、執事達の会話に割り込んで来た後、再びノークスの顔を見た。

 ”契約執事“と”専属執事”の違いとは、契約執事は契約書に登録しただけの執事を指し、いつでも止められる執事。

対象に専属執事は主君の為に武器を使った執事の事を指し、専属執事は執事の掟により、武器を使うイコール忠誠を誓った事になるので、その主君から一生離れる事は出来なくなる。ただし、主君から解約されれば話は別。
 エリルに言われたノークスは、呆れながらこう言った。


「あのね、エリル。ニコルはまだ会って一時間も経ってないのよ、それにS級執事に武器を使わせるのは大変だって、エリルも言ってたじゃない」


「そうで御座いますよ、お嬢様。私の時も六年間かかったではありませんか」


とシュールがフォローした。すると、エリルは納得した様な顔をして、ニコルに顔を向けこう言った。


「私、ノークスの親友のエリル・ハンバーンッツよ、宜しくね」


「はい、宜しくお願いいたします、エリル様。あの、一つだけお聞きしても宜しいでしょうか?」


「何かしら?」


「先ほど言っていた、ノークスお嬢様が何時も仰られていた事とは一体何でしょう?」


「あぁ、あれ。ノークスは執事を雇うなら大勢は要らないし、別に何級の執事でも良いから、自分の理解者になってくれる執事が良い。っていつも言っていたわ。後、自分もその執事に一生仕えてもらえる主君になりたいとも言っていたわ」


と言うエリルの靴を踏むノークス。すると、エリルはこう叫んだ。


「いったーい」


「余計な事は言わんでよろしい」


と言うお嬢様二人の会話を聞いていた、ニコルはにこやかに見つめていた。


「シュール、帰るわよ」


とエリルが車の所に行きながら言うと、シュールはノークスに頭を下げてエリルの元に行った。そして、エリルを乗せシュールも乗ると車は勝手に動き出した。どうやら、エリルの車には運転手がいたようだ。
 それを見ていたノークスは、ニコルにこう言った。


「私達も帰るけど、ニコル、荷物があるなら今の内に取って来なさい」


「荷物は確かぁ、ここら辺にぃ」


と言いながら、側にある茂みの中に手を入れガサガサと何かを出して来た。それは、トランクだった。


「昼間の内に用意しといてぇ、正解やったなぁ」


「私が現れなかったら、路頭に迷う所だったな」


「そうやなぁ」


「やっぱり、私達気が合うみたいだな」


「そうみたいやなぁ」


と言い合うと、お互い顔を見合って少し笑った。


「行くぞ、ニコル」


「はいなぁっ」


と言って二人は歩き出した。すると、ニコルはノークスにこう言った。


「車はどこなん?」


「ない。だって、今まで執事居なかったから、運転してくれる人もいなかった」


と聞くとニコルはフッと鼻で笑いこう言った。


「それもそうやなぁ。そんなら」


ニコルはノークスを後ろから抱きあげ肩に座らせた。それに驚いた、ノークスは「わっ」と言いながら、ニコルの頭に手を置いた。


「驚くじゃないの!歩けるから下ろしなさい」


「お嬢ハンが道歩くなんてぇなしやでぇ」


「私に意見するなんて、何様のつもり?」


「何様ってぇ、ノークスお嬢ハンの執事や」


その日、執事なしお嬢様に初めて執事が付いた。何か友達関係の様に接する執事が、それは執事としてはあってはならない事だが、その執事は皆が羨む完璧な執事だった。


                                     

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