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第一章:銀髪執事は優游と主君を知る
お嬢ハン、夢見はどうやぁ?
しおりを挟むコロネリッドとスプリットがメテオ聖学院に潜入し、ノークスに怪我を負わせた事で学院は暫し休校となり、生徒達は自宅で執事に勉強を教えてもらう事になった。それは、ノークスも例外ではなかった。あれから一週間、ノークスの足の傷は順調に回復しているが、まだ歩けるまでにはもう少し安静にしている必要があると診断された。
そして、今はゆっくり寝室のベッドで紅茶を飲んでいた。ベッドの横にはニコルが立っていた。
「ニコル、今日の紅茶は何だ?!」
ノークスは無邪気な笑顔でそう言うと、ニコルは軽く拳を握り口に当てながら、クスッと笑った。すると、ノークスはムッとした表情をして、口を尖らせむくれた。
「なっ、何よ!」
「いやぁ、ホンマに紅茶が好きなんやなぁって思うてぇ」
「…好きで…悪いか…」
とノークスは恥ずかしそうに俯き加減で、小声でボソッと言った。すると、ニコルは右手を耳の後ろに当て聞きとれませんと言いたそうなジェスチャーをし、ニヤリと笑った。
「すいまへん、何言うたか聞こえへんかったんでぇ、もう一回大きい声でお願いしますぅ」
「ウソだろう!ニコルのそういう顔の時は大体ウソだ!」
と普段通りに胸を張り、ニコルを見ながら勢い良く指摘するノークス。ニコルはニヤ付きを必死に堪える様な表情で、顔の前で右手を立て左右に振ってこう言った。
「ウソちゃうぅ、ホンマに聞こえへんかったんやってぇ」
「っ~」
ニコルにそう言われたノークスはぐうの音も出なかった。そして、溜息を吐いて再び俯き、斜め上目線でニコルを見ながら、少し頬を赤くして緊張している口調でこう言う。
「好きで…悪いか…と言ったんだッ!」
とニコルは聞くと再び拳を口に当てクスッと笑った。それを見たノークスは一瞬キョトンとした表情をして、後からふつふつと怒りが込み上がってきた表情になり、ドスがきかせた声で。
「ニ~コ~ル~ッ!」
と言った瞬間、ニコルはノークスの頭にポンと手を置き優しく撫でた。そして、やんわりとした笑みを浮かべこう言った。
「素直に言えたなぁ。その方がえぇ」
そう言われたノークスは恥ずかしくなり、怒るに怒れなくなってしまい頬を膨らませ悔しがった顔をした。
「そんな事で褒められても…、大体、執事が主を褒めるって何よ!」
「偉い子ぉは褒めてあげるんやでぇ、褒められて嫌な気しぃひんやろぉ?フッ、紅茶の説明やったなぁ」
と言うとニコルはノークスの頭を撫でていた手を引き、右手を左胸に当てながら得意そうな口調でこう言う。
「今日のアフタヌーンティーはぁ、モンターニュブルーやぁ。ラベンダーと各種フルーツフレーバーのミックッスなんやでぇ」
とニコルが言うとノークスは目を輝かせて聞いていた。話し終るとニコルは意地悪げな笑みを浮かばせた。すると、ノークスは再びむくれて視線をニコルから外した。
「たまには子供っぽいとこあるんだな~とか思ってるんだろっ!」
「なんやぁっ、そないな事気にしとったん~?」
とキョトンとした顔で首を傾げたニコル。それを見たノークスはえっと言う表情でニコルを見上げた。すると、ニコルはこう続けた。
「お嬢ハンは…」
ニコルはそう言うと、少し細目を開けた。すると、ノークスは前に来ていた髪を後ろに振り払って、胸を張ってみせた。ニコルは言葉を続けた。
「我儘で自己中心的で傲慢で強がりで威張りん坊で、それでいてぇ、弱虫で打たれ弱く泣き虫の上か弱いぃ。根っからの子供やないのぉ?何言うとるん~?」
とバカにしたように微笑むニコル。それに対して、ノークスは顔を引き攣らせながら何とか笑っていたが、何かがキレた様に表情は一変した。
「今すぐッ!出てけ!」
と一喝されたニコルは冷や汗をかきながら、紅茶セットを片手にスタスタと寝室を後にした。それを見届けたノークスは、勢い良くベッドに寝た。そして、怒りながら横を向くと、紫の髪をした執事服を着ていた男の子の人形があった。それを見るとノークスは、普段の顔つきに戻った。そして、独り言をその人形に向かって言った。
「ねー、貴方ならなんて言ってくれるの?貴方になら褒められても素直に喜べる…。
イサミル…」
と言うとノークスは、一筋の涙を頬伝えにベッドに零して、眠りについた。それをドアの向こうで聞いていたニコルは、細目を開き横を見る様に背中の後ろのドアを見た。
「イサミル…。目の前にいる執事より、思い出の中に居る執事…、って訳やなぁ?」
「仕方がない、ノークス様にとって、イサミルは兄の様な執事だったからな」
ニコルが前を向くとそこにはランドネルトとミクルが居た。それに驚く様子も見せずニコルはいつもの表情になった。そして、ティーセットをキッチンに置いて来た。
「これはお二人ともどうなされたのですか?お嬢様のお見舞いでしたら、生憎とお嬢様は今お休みになられているので後にして戴けると助かります」
「安心しろ、用があるのはお前にだけだ。ニコルッ」
「らっ、ランドネルトさん少し落ち着いて」
とミクルがやや暴走しかけていたランドネルトを宥めた。それを見たニコルは、二人が何を言いに来たのかが分
かった様に小さくニヤリと笑い、人差し指を立て自分の唇に当てこう言った。
「ココではあれなので、執事室でお話しをしましょう」
***
ニコルの案内でランドネルト達は執事室に通された。すると、ランドネルトは壁に寄り掛かり、ミクルはソファに腰掛けた。ニコルは立ったままだった。ランドネルトがこう切り出す。
「今回訪問した理由は、何故S1のお前が付いていながら”貴族狩“の接近を許したかを聞きに来た。
”貴族狩“はこのメテオ以外が、貧困である事が原因で起きた組織。勿論狙いは貴族、下級の貴族なら金品を強奪するだけで済むが、ホーシック家ともなると命を狙われる事になる。執事なら知ってるんだろう?」
「えぇ、もちろん。その中に貴族に酷い目にあわされた執事もいると教わりましたから。
現に1週間前にお嬢様に接触して来た二人組も執事のようでした。で、バンクス様は私が内通者ではないのかと怪しまれておられると言う事ですか?」
とサラリと言ったニコル、それに対し、ランドネルトとミクルは少し驚いた表情をしていたが、ランドネルトは鼻でフンッと笑いこう言いだした。
「そうだ、S1ならノークス様に危害が及ぶ前に助けている筈。それなのに、お前はノークス様と”貴族狩“をワザと接触させる行動が学院の監視カメラに写っていた」
「それは僕も疑問に思いました。ニコルさんは教室の前でノークス様と”貴族狩“との会話を聞いていたと見受けられました」
とランドネルトの意見にミクルが付け足して来た。すると、ニコルはこう言った。
「では逆に聞きます。”貴族狩”がお嬢様に何か交渉を持ちかけられていたら、その真意を確かめる必要があります。ですから、私は身を隠しておりました」
「じゃ、ニコル。お前が”貴族狩”に繋がっていないと断言できるか?」
「断言は出来ません、これからどうなるか分かりませんからね。お嬢様が繋がれと命じれば繋がります。滅ぼせと命じれば滅ぼします。私に決定権はありません、全てはお嬢様のご命令通りに動きます。それがお嬢様の本心からのご命令からであるかどうかは、見定めさせて頂きますけれど」
そうニコルが言うと、ランドネルトとミクルはクスクスと笑った。そして、ミクルがこう言った。
「これはバンクス様の試験に見事、合格と言う事ですかね、ランドネルトさん?」
「そうじゃねーか」
「試験とはなんですか?」
「家主が本当に信頼できるかどうかを計る適性試験です」
とミクルが言うと、その後に続いてランドネルトがこう付け足した。
「ノークス様は知っての通り、一度心を閉ざしている。本人が連れて来た執事とは言え、易々と側に置かせるのはバンクス様も心配だったんだ。だから、適性試験を実施したと言う事だ」
「では、私はバンクス様にもお嬢様の執事として認めてもらえたと言う事で宜しいんですか?」
「ノークス様にはノークス様の理解者になってくださる執事が必要だと言っていました。ノークス様はお気持ちを隠す傾向がありますから、ノークス様の本心を分かってくれる人が必要だと僕も思います」
とミクルが安心した様な顔で言った。ランドネルトも静かに頷いていた。それを見たニコルは、ランドネルトにある疑問を投げかけた。
「あの、ランドネルトさん、イサミルさんという執事はどういう執事だったんですか?」
と聞くとランドネルトは難しい顔になり、深い溜息をつき、その場は緊張感に包まれた。ランドネルトはある決心をしたように見えた。そして、腕組みをしながら重い口を開いた。
「ノークス様が小さかった事もあったからだろうが、教育には厳しかった。特に作り笑顔に対しては厳しかった。まぁ、何れはレディーになるんだから相手に表情を読まれてはいけないからな。
だが、ノークス様はイサミルの事を慕い、どんな事でもこなしていた。
イサミルも教育の時間と遊びの時間を分けてノークス様に接していた。遊びの時間は二人っきりで何をやっていたかまでは俺にも分からなかった。でも、今のノークス様にしたのは間違いなくイサミル。
ノークス様の中で絶対的な存在もイサミル。ノークス様の心を閉ざすきっかけになったのも間違いなく奴だ!」
と言われたニコルは先程のノークスの独り言を思い出していた。そして、ニコルはもう一つ質問を投げかけた。
「そのイサミルさんは、今はカンノ様の所に居るんでしょう?」
「いねーよ。イサミルはカンノ様に付いてから数日で辞めた。今は執事を辞めている」
と言われたニコルは一瞬、唾を呑んだ。そして、聞こうかどうか迷ったが、やはり聞く事にした。
「それは、つまり…」
「あぁ、ホーシック家との関係を断ったんだ。ノークス様にもお伝えしたがまだ執事を止めて数日だったからな、受け止めきれなかった。だから、執事を拒んだ」
「そうだったんですか」
と言うニコルの頭の中では、初めて執事室に入って机のタッチパネルにセットしてあった文面を思い出した。
―これを読んでいる貴方が羨ましいです。ノークス様の専属になる資格を持っていると
言う事なのだから―
と言う一文の本当の意味が分かった。
「教えて頂きありがとうございます。ですが、イサミルさんこそ”貴族狩“に入っている可能性はありませんか?」
「それはない」
とランドネルトが断言した。ニコルが首を傾げるとランドネルトはこう続けた。
「イサミルは真面目な男だ。そんな男がこんな世界からは離れたいと言ったんだ。恨んでいるとしても関わりを持たない様に暮らす」
「それはまた、随分真面目な人だったようですね…」
そう言うニコルの表情は普段と変わりなかった様に見えるが、少し悲しい雰囲気を出していた。
***
そして、ここはメテオから遠く離れている錆び付いた街、名はハティ、危険区域に指定されている。その原因はメテオから遠い為、暮らしている者も殆ど居らず、ならず者が多く集まる街である。
そして、ハティの中心にあり、ハティ一大きな建物の役所は、外見はボロ屋敷の様になり果て、職員も誰一人いなくなって役所として機能はしていなかった。そこに入って行く二つの影、それは、コルネリッドとスプリットだった。中に入ると外見とは打って変わり、何処かの貴族のお屋敷の様に黒を基調とした内装だった。
「たっだいま~」
「ただいま」
二人はエントランスホールに居た数十人の仲間に向かって言った。ここは”貴族狩“のアジトだった。すると、同じ執事服を着た青い髪を腰の所まで下ろしていた細身で中性的な顔の男性、隣には、胸の所まで伸びている黒髪に、大人っぽい雰囲気の男性が出て来た。
「今回の任務も失敗だったようだな、コルネリッド。行く前に、俺が行けば平気だって言っていたのは誰だったかな?」
と言うのは青い髪の中性的な男性。すると、コルネリッドはムキになりこう言い放った。
「テメーが行ったとしても、失敗に終わってたぞ。セレム」
そうコルネリッドを煽る中性的な男性は、セレム・ヨーデルと言う。彼も元執事だった。そして、セレムはニヤリと笑いながらこう言った。
「あーぁ、同じ”貴族狩“の幹部として恥ずかしいな。なっ、そう思うだろう?#神流#__かんな__#」
「セレム、上の名前で呼ばないでって言った筈だ」
そう言うのは、神流と呼ばれた男性だった。優しそうな声で金色の瞳でセレムを見てやんわりとした口調で言った。だが、右手は腰の刀の鞘に触れていた。それを見るなり、セレムはゲッと言う表情をし慌てた口調でこう言った。
「おわぁっ、ワリー。そんな怒んなよ!六椥」
と言うと六椥は刀から手を離し、ニッコリと笑った。
「分かってくれれば良いんだ」
と言う男の名は神流六椥と言うらしい。
六椥は日本町出身の様だ。日本町の者は特徴があり、黒髪に金色の瞳をしている。日本町であるかどうかは外見を見れば一目瞭然。
そして、六椥は何かを思い出したような表情をして、コルネリッドに言う。
「あっそうだ、旦那様待っていたよ、ノークス嬢が来るのを。僕も一度見てみたいな、旦那様が自分より”貴族狩“のリーダーに相応しいって思うお嬢様」
「旦那様の目は正しいと思った、あのお嬢は貴族社会に不信感や恨みを抱いている目をしていた。だが、S1が邪魔だ」
「執事を持っていないお嬢様じゃなかったのか?」
とセレムが会話に割り込んで来た。その時、その場を静まり返らせる様な冷たい足音が聞こえて来た。エントランスにいたメンバーは静かになり、奥の廊下を見つめた。足音が大きくなって来る。そして、廊下から入って来た人物は、タキシードに紫のファー付きの黒いマント、顔はフードを深く被り見えなかった。
「やぁ、コルネリッドその様子では、ノークスは連れて来られなかったみたいだな」
と言う男性を見るとエントランスにいた全員が、起立をし深く頭を下げた。すると、コルネリッドは皆より少し早く頭を上げ、その男性に一歩近づき真面目な顔をしていた。
「申し訳ありません。ノークス様は既に執事を雇っており、その執事があのS1でして」
「言い訳は聞きたくないよ。それに言ったよね、この世でどんな執事でも、敵わない執事はイサミル・レンシークだけだ」
と言う男性はコルネリッドから目を離し、横を向き数歩歩き、高そうな一人用のソファに手を置き撫でていた。コルネリッドは男性に必死な表情をしながら声を張り上げた。
「相手はS1ですよ」
「それが何。このファントム・ニースの言う事が聞けないのか?」
「いえ!」
コルネリッドは蛇に睨まれた蛙の様にそう言った。ファントム・ニース、彼が”貴族狩“の現リーダーらしい。そして、セレムがファントムに質問を投げかけた。
「旦那~、なんで”貴族狩“のリーダーに相応しいのが何で貴族な訳なんです?貴族なんだから狩るんじゃないんですか?」
「貴族だからと言って、我々の敵だと判断するには早い。中には貴族を恨む貴族もいる、それが、彼女だ」
「そう言えば、ノークス様言っていましたね、『まだ、この世界で負ける訳にはいかない』と」
とスプリットが何かを思い出した表情と仕草をしながら言うと、ファントムはニヤリと笑いソファを見ながらこう言った。
「そうか、そんな事を言っていたんだ~。じゃあ、君が負けたら、その時にこの椅子に座ってもらうよ、ノークス」
「負けた時と言いますと?」
とスプリットがファントムに質問を投げかけると、ファントムはメンバーの方を向いて、両手を大きく広げてこう言った。
「決まっているさ、彼女が彼女の産まれた世界に失望した時。今は負けたくないと言う意思が強いだろうけど、必ず彼女の意思は直ぐに砕けてしまうだろう。いくらS1が執事でも、イサミル・レンシークでなければ、一度傷付いている主人の心を癒す事は無理だ」
「それは、連続攻撃を仕掛けると言う事ですか?」
と六椥が言うと、ファントムは微笑みながら頷き奥の廊下に姿を消した。エントランスホールは再び賑わいを取り戻した。
***
その頃、ニコルはランドネルト達が帰った後、一人執事室に残り、自分の席について頬杖を付き考え事をしていた。それは、ノークスと”貴族狩“についてだ。その時、ノークスから預かっていた携帯が鳴った。ニコルはディスプレイを見ると電話だったが、番号は登録されていなかった。不思議に思いながらもニコルは通話ボタンを押し、耳に当て暫く黙っていた。すると、相手の方から話をして来た。
『執事か。まぁ良い、喋らないでいたのは賢明な判断だ。それもそうか、何たって、S1だからな、ニコル・ファンジスタ』
「貴方は差し詰め、一週間前に来た無礼な執事達の主人と言う所でしょうか?」
『その時はウチの者が失礼した。どうやら、ウチの者は少々貴族に偏見を持ち過ぎている様で、ノークスの良さを理解出来ていなかった様だ』
「その物言いでは、まるで貴方はお嬢様の良さを分かっている様な言い方ですね」
と平然と会話しているニコルは、タッチパネルを叩き電話の発信源を特定していた。すると、電話の向こうからこんな言葉が聞こえて来た。
『発信源を特定した所で、キミには何も出来ないよ』
「おや、お分かりになられましたか?素晴らしいです。ですが、どうして私には何も出来ないんでしょうか?」
『何も出来ないよ、キミには』
と言われた瞬間、画面に発信源の位置が示された地図が出て来た。それはメテオのあらゆる電話からだという様に、画面に赤い丸が沢山表示された。それを見たニコルは、平然とした表情でこう言った。
「これが何か?」
『普通はもっと動揺してもよさそうじゃない?世界一のタッチパネルを使っているんでしょう?なのに、私の位置が特定できないなんて』
すると、ニコルはタッチパネルの電源を切った。そして、ゆっくり目を開きこう言った。
「確かに発信源が特定出来ない事は、あまり芳しくありません。ですが、貴方はメテオに居るのではなく、メテオの外に居るのは分かりました」
『ほぅ、何故だい』
「メテオの中に、私の目を向けようとさせている。これは、自分は何処か別の場所にいて、私の注意をその場所から遠ざけようとしている。違いますか?」
『成程、二人が言っていたキレ者な事はある。ノークスに伝えると良い、近い内に私の元に来る事になると』
「どう言う事ですか?それは」
と言うと相手が鼻で笑ったのが聞こえた。そして、声のトーンを落とし真面目な雰囲気をしてこう言って来た。
『それは、ノークスに直接聞いてみるんだな。彼女は我々の方に居るべき人間だ』
「随分と自信が御有りの御様子ですが、お嬢様は名前も言わない人の所には行かないと思います」
『それは、今のノークスならの話だ』
と言うと電話の相手は一方的に電話を切った。ニコルの耳にはツーツ―と言う音が聞こえて来た。すると、ニコルは電話の電源ボタンを軽く押し、再びポッケに入れた。そして、目を閉じ、タッチパネルを起動して叩き始めた。その雰囲気は真剣その物だった。
***
”貴族狩“のアジトの地下にある、畳の部屋では六椥が木刀を手に取り剣の練習をしていた。その時、部屋のドアが開き、ファントムが入って来た。
「どうかしましたか?旦那、こんな所にまで来るなんて」
「ノークスの執事と今話した所だ」
「それで、どうでしたか?噂のS1」
「なかなか面白い男だった」
「旦那にそんな事を言わせるなんて、大した男ですね」
「私に言わせると、お前も面白いんだがな」
「それは、買い被り過ぎですよ。僕はそんなに面白い男じゃありません」
と言う六椥は照れ笑いをしていた。そう聞いたファントムは、フッと溜息を吐いて呆れた口調でこう言う。
「そうか」
「ですが、良かったじゃないですか。旦那が行くまでノークス嬢をちゃんと守ってくれそうで」
「あぁ。それは良かったんだが、あぁ言う奴は手が早いから、奴に染まらないかが心配だ」
と言いファントムは部屋を後にした。それを見送った六椥は、ドアを見ながらニヤリと笑って、剣の練習を再開した。
***
そして、ノークスはニコルが”貴族狩“と電話をしていた事なんて知らずに、ベッドで寝ていた。ノークスはイサミルの夢を見ていた。それは、いつも温かく優しい綺麗な笑顔のイサミと手を繋いで自然に笑っている幼い頃の自分を見ている夢。すると、幼いノークスは現在の自分を見つめて来た。
―ねー、イサミル。なんでおっきい私は一人なの?―
「えっ」
とノークスは幼い自分に言われ少しビクッとした、幼い自分の隣にいたイサミルは、幼い自分を抱き上げ優しくこう言った。
―大丈夫ですよ、お嬢様にはきっとその時々に相応しい執事が付きますよ。
お嬢様の事を一番に考えてくれる執事が―
―イサミルは私の事を一番に考えてくれなくなっちゃうの?―
と言う幼いノークスは不安な顔をしていた。すると、イサミルは優しく頭を撫でてくれる。
―私は何時までもお嬢様の事が一番ですよ。
ただ、私よりお嬢様の事を一番に考えてくれる人がいるかもしれませんね―
イサミルは「ね」と言う時一瞬、幼いノークスから目を離し、現在のノークスの方を向いた。すると、幼い自分とイサミルは背中を見せ、姿を消した。それを追うように足を出した途端、ノークスの右手を後ろからパッと掴んで来た大きい手。驚いたノークスは後ろを振り返ると、そこにはノークスにとって本音を言える優しい人物のニコルがいた。ニコルはニコッと笑いながら何かを言うが、ノークスには聞こえなかった。
「えっ?」
その時、空から声が聞こえて来た。
――――お嬢―――――
―――起きぃやぁ、お嬢ハン―――――
そして、ノークスが目を覚ますと辺りは薄暗く、斜め右を見ると窓から見える三日月をバックにニコルが立っていた。
「…ニコル?」
「お早うさん、お嬢ハン~。良く寝れたぁ?」
「あぁ、ニコル」
「何ぃ?」
とニコルはキョトンとした顔をして、ノークスを見つめた。すると、ノークスは無表情のままこう聞いた。
「ニコルが一番に考えてる事って何?」
それを聞いたニコルは、突拍子もない事を聞かれ数秒間止まってしまった。そして、いきなりプッと息を出しながら、拳を口の前に当てながらクスクスと笑い始めた。それを見たノークスは顔を少し赤くしながら起き上り、ニコルを叩いた。
「いったぁ~、なんなん?起きたと思ったらぁえらい可愛えぇ事言うしぃと思ったらぁ、いきなり叩くしぃ」
「ニコルが笑うから…」
と気恥ずかしそうな口調で言うノークス。それを見たニコルは、ベッドの横に椅子を持って来て座った。そして、真面目な話をするトーンでこう言った。
「答えて欲しいん?」
「あぁ」
と普段の口調に戻して答えた。すると、ニコルは人差し指を立てながらこう言った。
「僕の質問に答えてくれるならぁ、さっきの答え言うわっ」
「質問?何よ」
「お嬢ハンは何でぇ、”貴族狩“を追うん~?僕に会うた日もよーく考えたらぁ、お嬢ハンやエリル様が来るパーティーやなかったしなぁ、となるとあのパーティーには別の目的があって来たって言う事やぁ。
最初にあった時ぃ僕を探していたッぽかったけどぉ、もぉっと別の目的があったんとちゃうん?僕が目的ならホールで待っとったらえぇんやし、もしぃ、”貴族狩“のメンバーが目的なら僕が付けられた事も合点が行くんやけどぉ?ちゃう?」
と言いながらゆっくり目を開くと、ノークスを真っ直ぐ見た。すると、ノークスは何かを諦めた様な顔をし、溜息を吐いた。そして、悲しそうな目をしながらこう話し始めた。
「”貴族狩“、主に入る者は貴族に恨みを持つ人間が集う、反貴族集団。
私は彼らが間違っているとは思っていない、まぁ、命を狙うなんて真似は行き過ぎているが。
でも、そんな集団を作ってしまったのは、私達なんだって考える様になり、社交場に出る様になって、貴族の嫌な所を沢山見て来て、イサミルを取られて私は貴族が嫌いになった。
でも、いくら嫌いでも私は貴族に変わりない。だから、自由な彼らが羨ましくて気が付いたら追っていた」
「もしぃあの時、僕が入って行かなかったらぁ、お嬢ハンは”貴族狩“の二人に付いて行っとたん~?」
そう聞くとノークスは、目を静かに閉じ鼻でフンッと笑った。そして、目を少し開け横にいるニコルを見ながらこう言った。
「ニコルが居ても居なくても、答えは変わらなかったと思う。確かにそういう風に、”貴族狩“を思うのは事実だ。だが、今はこの世界でも負けない様な強力なナイトが居るからな、貴族も悪くはないと思い始めた。貴族じゃなかったら、ニコルにも会えなかっただろうし」
と言うノークスは今までに見た事ない様な優しい笑みを浮かべていた。それを見たニコルは、驚く様に目を見開いてキョトンとしていた。すると、ノークスは首を傾げニコルの目の前で手を横に振ると、ハッとした様なリアクションを取ったニコル。
「あっ、すんまへん、ボーっとしとったぁ」
「どうした?ニコル。お前がボーっとするなんて」
「僕やてぇ、ボーっとする事位あるんやでぇ」
と言うとニコルは、右手の人差指で頬を掻いた。それを見たノークスは、そんなニコルを初めてみたのでクスクスと笑いだした。ノークスを見たニコルは笑う意味が分かると、頬を少し赤くした。
「はーっ、笑った笑った」
「笑い過ぎやぁっ!」
「珍しかったんでな、つい。で、ニコルの質問に答えたんだから、私の質問の答えも聞かせて、ッて言うか聞かせろ!」
といつもの様にノークスは声を張り、ニコルをビシッと指を指して言った。すると、ニコルは目を開けたままニコッと笑いこう言った。
「一番に考える事はぁ、紅茶の事やろうかぁ?お嬢ハンが大好きな」
「はぁ、紅茶?」
「せや」
「そこは、『お嬢ハンの事やぁ』とか言わない?!普通」
と少し残念そうな顔で、呆れた口調で言うノークス。それに対し、ニコルは細い目を閉じながらクックッと笑い、椅子から立ち上がった。
「言うて欲しかったん~?」
と尋ねるとノークスは気恥ずかしい顔をして、勢い良くこう言った。
「そんな事ない!」
「思ってるんやぁ~」
「思っていない!」
と言うノークスは頬を膨らませた。それを見たニコルは、再び笑った。
「お嬢ハンはホントオモロいなぁ、見てて飽きひん~」
そう聞いたノークスは一瞬何かを言おうとしたが、直ぐに口を閉じた。それを見ていたニコルは、目を閉じてこう聞いた。
「どうしたん?お嬢ハン。言いたい事はちゃんと口にしなぁ、僕かて分からへん~?」
「イイ!言いたくなくなっただけだ。そろそろ、夕食の時間じゃないのか?準備が出来るまで、もう少し寝る」
と言い不機嫌そうにノークスは布団を頭まで被って横になった。すると、ニコルは「分かった~」と言って部屋を出て行く音がした。すると、布団の中から部屋の静寂さを感じるノークス。そして、布団の中で溜息を吐きながら落ち込んだ様な声色で独り言を言った。
「言えないわよ、何で専属になってくれないのなんて。考えてみたら雇って日数も経ってないし。でも、怪我したんだから銃抜いてくれても良いのに。イサミルもそうだったわ、私って一生守りたいお嬢様と思ってもらえないのか?いや、専属になるかどうかを決めるのはニコルだし」
と言っていると突然布団が宙に舞った。誰もいなくノークスが剥いだ訳でもない、驚くノークスの目に入って来たのは、布団の端を持っているニコルだった。すると、キョトンとしているノークスはニコルにこう言った。
「何で居んの?」
「出てったフリしたんよぉ、お嬢ハンの悩みは僕の悩みみたいなもんやからぁ」
「私の悩みだ」
「せやけどぉ、その悩みは僕にしか解決できへんでぇ」
といつもよりニコニコしているニコルが言うと、ノークスは口を尖らせながら起きた。ノークスは不貞腐れた様にこう言う。
「盗み聞きしてるなんて、気付かなかった」
「そりゃ、僕S1やからねぇ」
「聞いてて解決できそうだった?私の悩み」
「はいなぁ」
とニコルが言うとノークスは固まってしまった。そして、数秒後に嬉しそうな顔になった。すると、ニコルは目を開き意地悪げに口元を緩ませこう言った。
「何時になるかは、お嬢ハン次第やでぇ」
「なにそれ」
「僕に守りたいって思わせてぇな。期待してるでぇ、お嬢ハン」
ニコルは上気分で言うと、ノークスは不機嫌になって子犬の威嚇の様に唸っていた。だが、ニコルはそれを見てクスクスと笑っていた。
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