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第5章:空飛ぶ船と死にたがりの鎧
第50話:冒険は空へ、スローライフは雲の上へ
しおりを挟むドワーフの里に、アハトという名のシュールで不死身なブラックジョーク製造機が加わってから、僕たちの日常は、もはや混沌(カオス)という言葉ですら生ぬるい、予測不能なドタバタ劇の連続と化していた。
朝、サラが「一番日当たりのいい場所で朝食にしようぜ!」と僕たちを案内すれば、その先は決まって巨大な地底湖で行き止まりになる。昼、セシリアが「皆さんのためにシチューを作りますわ!」と善意の塊のような笑顔で鍋をかき混ぜれば、なぜか鍋の中からドワーフの鍛冶師が使うはずの鉄鉱石が出てくる。そして夜、ティアナが「我が余興を見せてやろう」と尊大に指を鳴らせば、焚き火の炎がファンファーレと共に七色に輝き、その美しさに感動する間もなく、火の粉がサラの寝袋に燃え移って大騒ぎになる。
そこに、アハトの奇行が加わるのだ。
川で魚を獲るのに、自らの腕を切り離して水中ミサイルのように射出し、熊と見紛う巨大な鮭を仕留めてきたり。子供たちとかくれんぼをすれば、体をパーツごとに分解して岩の隙間という隙間に隠れ、「見つけてみろ」と子供たちを本気で泣かせたり。
もはや、僕の脳内に常設されている『スローライフ計画推進委員会』は機能停止を通り越し、自主解散の危機に瀕していた。委員長である僕自身が、この複雑怪奇で、しかし妙に心地よい日常に、毒され始めていたからだ。
そんな日々が続き、里の復興も最終段階に入った頃。僕たちは、そろそろこの居心地のいい地底都市を旅立つ準備を始めていた。ドワーフたちは、僕たちを「命の恩人」であり「最高のダチ」だと認め、別れを惜しんで盛大な宴を開いてくれた。
「リヒトの旦那! あんた、いつでも帰ってこいよな!」
「サラの嬢ちゃん! 次はワシと飲み比べだ!」
「セシリアの聖女様! あんたのシチュー、鉄の味がして悪くなかったぜ!」
僕のスローライフ計画にとっては天敵でしかないこの騒々しい仲間たちも、この陽気で屈強なドワーフたちにとっては、最高の友人として受け入れられている。その光景は、僕のささくれた心を、ほんの少しだけ温かくした。
宴が最高潮に達した、その時だった。
広場の隅に設置されていた、オリヴィアが王都から取り寄せた魔法通信機が、甲高い起動音と共に青白い光を放ち始めたのだ。
「来たか」
オリヴィアが、待ちわびていたというように、静かに立ち上がる。仲間たちも、何事かと通信機の周りに集まってきた。
水晶板に映し出されたのは、激しいノイズの嵐だけだった。
「ちっ、地底だから電波……じゃなくて、魔力波の通りが悪いのか」
ティアナが「ふん、この最強の魔導士たる我に任せろ!」と胸を張り、通信機に向かって膨大な魔力を注ぎ込み始める。
「やめろティアナ! それは魔力供給ポートじゃなくて、排熱口だ!」
僕の制止も虚しく、通信機は「キィィィン!」という断末魔のような悲鳴を上げ、オーバーロード寸前で激しく明滅を繰り返す。オリヴィアがティアナの頭を無言でひっぱたき、ようやく暴走は収まった。
そして、いくつかの咳払いのようなノイズの後、水晶板の映像が、ようやく安定した。
そこに映し出されたのは、油と煤で顔を汚れさせ、興奮で目を血走らせた、一人の老人の顔だった。白衣を着た天才科学者、プロフェッサー・ワットだ。
『おお、聞こえるか! 見えるか! リヒト君か! オリヴィア姫!』
ワットは、まるで数十年ぶりに我が子と再会した父親のように、画面の向こうで感涙にむせんでいた。
『君たちが、あの無茶苦茶な海を越えてまで集めてくれた、奇跡の希少鉱石『ミスリル・フロート』! そして、姫様の、国家予算を道楽に注ぎ込むかのような、潤沢すぎる資金援助のおかげで! ついに、ついに完成したぞい! ワシの、いや、我々人類の、長年の夢がなァッ!』
ワットの震える指が、通信機の視点を切り替える。
水晶板に映し出された光景に、僕たちは、息を呑んだ。
そこは、ドワーフの里の工房など比較にならないほど巨大な、王都の秘密ドックだった 。そして、その中央に、まるで神々の乗り物のように、静かに、しかし圧倒的な存在感を放って鎮座する、一つの船があった。
それは、僕たちが知るどんな船とも、似ていなかった。
船体は、磨き上げられた黒曜石のように滑らかな流線形を描き、その表面は、リヒトたちが命がけで手に入れた青い鉱石『ミスリル・フロート』で覆われ、内側から淡い光を放っている 。船の両脇からは、伝説の鳥の翼を思わせる、巨大で優美な翼が伸び、船尾には複数のプロペラが備え付けられている 。そして、マストに掲げられているのは、風を受けるためだけではない、明らかに魔力を帯びた、純白の帆だった 。
「すっ……げえ……」
最初に声を発したのは、サラだった。彼女は、初めて見るおもちゃを与えられた子供のように、目をキラキラと輝かせている 。
「あれが……空を、飛ぶ、船……?」
「まあ……なんて、夢のようですわ……」
セシリアは、そのあまりの美しさに、祈るように胸の前で手を組んでいた 。
「ふ、ふん! 我が最強の魔法にかかれば、あんなもの、いつでも飛ばせるがな!」
ティアナは、明らかに動揺しながらも、必死で対抗心を燃やしている 。
アハトは、その兜の奥で赤い光を明滅させながら、冷静に分析していた。
「なるほど。あの翼とプロペラで揚力を得るのか。これならば、高高度からの落下による奇襲攻撃という、新たな戦術も可能になるな」
そして、オリヴィアは、自らの計画が完璧に結実したことに、満足げな、そしてどこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
画面の向こうで、ワットが再び顔を出し、誇らしげに胸を張った。
『名は『ウィングス・オブ・ホープ』! 希望の翼じゃ! こいつが完成すれば、あのクソ科学者ヴェルデが、世界のどんな秘境に隠れようと、ひとっ飛びじゃ!』
仲間たちが、それぞれの想いを胸に、画面に映る飛空艇の姿に魅入られている。
マッドサイエンティストを追うための、最強の翼 。
僕たちの冒険が、新たなステージへと進むことを告げる、希望の船。
誰もが、これから始まる大空の旅に、胸を躍らせていた。
しかし、その時。
僕の脳内では、仲間たちとは全く異なる、しかし彼らの誰よりも壮大で、そして最高に素晴らしい未来予想図が、超高速で展開されていた。
(……待てよ?)
(空を飛ぶ船、ということは、面倒な陸路の移動から、完全に解放されるということじゃないか?)
(サラの致命的な方向音痴による、遭難リスクも激減する)
(常に揺れの少ない快適な船室。雲の上での、誰にも邪魔されない、優雅なティータイム)
(そして、ふかふかのベッドでの、極上の昼寝……!)
(可愛い客室乗務員(セシリアやルナあたりが適任だろう)が、にこやかに淹れてくれる、極上の紅茶を飲みながら!)
僕のスローライフ計画は、この瞬間、歴史的なパラダイムシフトを遂げた。
地上での、ちっぽけで、常に仲間の奇行に脅かされる隠遁生活ではない。
大空へ。雲の上へ。
誰の手も届かない天空で、優雅に、そして怠惰に過ごす。
これこそが、僕が本当に求めるべき、究極のスローライフの姿ではなかったのか!
ワットが『最終調整に、あと数日かかる! 王都で待っておれ!』と叫び、通信が切れる。
仲間たちが「王都に戻るぞ!」「空の冒険だ!」と歓声を上げる中、僕だけが、一人、静かに、そして熱く、拳を握りしめていた。
僕たちの、いや、僕の、新たな冒-BOUKENが、果てしない大空を舞台に、今、始まろうとしていた 。
スローライフ計画、第二章。目標は、『天空のニート』だ。
僕は、水晶板に映る雄大な船体を見上げながら、誰にも気づかれぬよう、一人、ほくそ笑むのだった。
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