五十嵐青年と山羊

獅子倉 八鹿

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 五十嵐青年は、呼吸を落ち着かせると、アヤカとの出来事を話した。
 山本は、話の腰を折ることなく、隣でずっと耳を傾ける。

「アヤカの誕生日、俺はプレゼントを買った。アヤカが大好きなブランドのバッグ。普段行く、カジュアル系のブランドじゃなくて、女の子のラインしかないブランドだったから、買うの恥ずかしかったし、高かった」
 その後の出来事を思い出して、五十嵐青年は言葉を切った。

 この後の、2人の間に起きた事実を話して、引かれないだろうか。
 手のひらを返し、俺を突き放さないだろうか。

「大丈夫。自分のペースで話していくれれば」
 心の声が聞かれたかのような返答に、五十嵐青年は、続きを話す。


 女性向けのデザインが施されたパステルブルーの紙袋を持ち、五十嵐青年はアヤカのアパート前に立っていた。

 インターホンを押し、しばらく待つと、ナイトウェアに身を包んだアヤカが出てきた。
 以前プレゼントしたナイトウェアを見て、五十嵐青年の頬が緩む。
「おはよ。誕生日おめでとう」
 玄関に1歩入ると、アヤカに教えられたように抱きしめる。
 もちろん、訪問客がいないか、玄関に出ている靴を確認した後での行為だ。

「嬉しい! ありがとう!」
 アヤカは、自分を包む腕から抜け出すと、早速紙袋に注目する。
「それ、プレゼントだったり? ありがとうー!」
 アヤカは五十嵐青年の手から紙袋を奪うと、カーテンで区切られたリビングに入った。

 いや、まだあげるなんて言ってないんだけど?
 まだ何も言っていないが、実際には間違ってはいない。
 言い返して喧嘩になる方が面倒だ。

 アヤカの後を追ってカーテンをくぐろうとすると、怒号が聞こえた。
「何これ!」
 慌ててカーテンをくぐり、中に入ると、アヤカはプレゼントを開けたところのようだ。
 両手でピンクのバッグを持っている。
 壊れている訳でも、汚れている訳でもない。五十嵐青年が店舗で買った時のままだ。

「ねえ! なんなのこれ」
 珍しく、アヤカは仮面を被らず、怒りを顔に出していた。
「好きなブランドの新作だけど」
「アヤカが欲しかったのはこの色じゃない! この色、嫌いなモデルが持ってたから嫌なんだけど! そんなのも知らなかったわけ! 最悪!」
 そう叫ぶと、プレゼントを床に叩きつけ、何度も踏みつける。

 同様に踏みつけられた五十嵐青年の心は、怒りで満ちた。
「何すんだよ!」
 女性相手に今まで、こんな声を出したことがあるだろうか。
 親族にも、ここまで声を荒らげた覚えがない。

 アヤカの腕を乱暴に掴む。
「なに!」
「んなことされて黙っていられる訳ないだろ!」
 暴れるアヤカの手を止める。意外と、力の差があり、止めることは簡単だった。
「どんな気持ちでプレゼント買ったと思ってんだ!」
 脳裏には、顔から火が出るような思いをして買った事が思い出される。

 喜んでくれるかな。
 恥ずかしさも、アヤカのことを考えれば耐えることができた。

「人の想いを踏みにじるのもいい加減にしろよ! それでも人間か!」

 気がつくと、手を振りかざしていた。
 それだけはいけない。
 振りかざしていた手を、ゆっくりとアヤカの肩に当て、軽く揺さぶる。
「俺の気持ちも考えてくれよ! 失敗することもあるけど! ダメな奴かもしれないけど! 俺だって人間だからさ!」

 五十嵐青年が床に座り込んだ時には、2人とも涙を流していた。
 お互い言葉を発することなく、鼻をすする音と嗚咽しか聞こえない時間が流れる。

 耐えきれなくなった五十嵐青年は、重い腰を上げた。

「誕生日台無しにしてごめん。今日は帰る」
 そう言い残し、五十嵐青年は部屋を後にした。

 次の日、謝らないと。
 そして改めて、誕生日を祝おう。

 後悔を残しながら、次の日を迎えた。

 疲れ切った五十嵐青年がゼミに入ると、ゼミ内の空気が違った。

 五十嵐青年を見てくる目が普段と違う。
 興味深そうに見る者もいれば、怒りを隠さず、五十嵐青年を睨みつける者もいる。
 ヒソヒソと内緒話をする者もいた。
 睨むゼミ生はほとんど、アヤカが親しくしている人物だ。

 思い当たる節は1つしかない。

 ソワソワと時計に目をやりながら、居心地の悪いゼミが終了するのを待った。

 終わってから、誰かに声を掛けようとした五十嵐青年の前から、普段話すゼミ生は足早に去っていった。
 ゼミ室残ったのは、普段関わることの少ないゼミ生だけだ。
 勉強熱心で、今も教授に質問をしている。

 五十嵐青年は肩を落とし、普段より広いゼミ室を後にした。

 よくよく考えると分かりきったことだった。
 しかし、なんでそこまでされないといけないんだ?
 悪いのは俺じゃない。アヤカだろ。

 大学を後にする時、テラス席にアヤカとゼミ生達がいた。
 ハンカチを渡そうとする女子学生。眉間に皺を寄せ、意見を言い合う男子学生。

 良く思われていないことは確かだが、弁解するタイミングは今しかないだろう。

 五十嵐青年が近づくと、アヤカの顔が引きつる。
 そんなアヤカの表情に気づいた学生達は、目線を追いかけ、五十嵐青年を見つける。
 目線が五十嵐青年を攻撃してくるが、後には引けない。

「おい、こっち来い」
 いつも一緒に煙草を吸っていた学生が、五十嵐青年に近づき、腕を乱暴に引っ張る。
 今までは名前を呼んでいたが、もう呼びたくもない。
 されるがまま、五十嵐青年はテラス席に座らされる。

 気を遣っているのだろう、2人の学生と一緒にアヤカは離れていった。
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