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大神に仕える魂は多数いる。
はっきりした階級はないので縦社会というほどではないが、一応の上下関係はあった。魂の力の規模や、精神性の熟達でなんとなくの目上を敬う。
そうでなくとも彼らは大神に創られし魂だったので、礼儀正しく誠実だった。
「あの方、いまは別の世界で休暇中なんですよね」
仕事の合間に、兄のように慕う方に話しかけた。彼もまた、地上の魂を運ぶおつとめの休み中だったので。
「あの方……というと」
「いつもは地上でおつとめをされている、あの方ですよ。あれほど立派な魂を大神さまに頂いた方は他にいらっしゃらないでしょう?」
「ああ……」
彼は、有名だった。お努めの内容が内容なのであまりここにいないが、彼を知らない者はいない。
「つらいお努めですよね……人間って酷いから。会うたびあの清い魂が傷ついていくのを見るのは忍びないです。代わって差し上げられたらいいのに」
「それは出来ないんだよ」
純粋な若い魂を慰めるようにささやき、悲しく目を伏せた。
「転生を繰り返す者たちも、ずっと陰惨な人生を送るわけではない。魂は一度の酷い体験で汚れはしないが、繰り返せば淀む。穢れた魂はやがて怪物になってしまうんだ。あの方の魂は、大神さまが特別にあつらえて、傷つくことはあっても汚れることがない」
「汚れることがないって……」
若い魂は言葉を失った。穢れ、淀みは言い換えれば順応でもある。鈍くなることで痛みを逃すように。
魂が汚れることがない。それは、どれほど痛めつけられても狂うことも出来ず正気でいるようなものだ。
「だからあの方のおつとめを他の誰かが代わることはできない。今回の休暇で、傷を癒してくださるのを願うばかりだ」
「でも…またあのおつとめを?」
我がことのように辛くなる。人の世は、想像を絶する辛いことがある。垣間見たことだけでも、芯から凍るおぞましさがあった。
「どうして人など大神さまは……あんな生き物、いないほうが良いのでは?」
「それはね、人間は凄まじい悪と同じほどに、素晴らしい者も誕生するからだ。極論、人が悪ければ悪いほど、素晴らしいものも生まれる。そういう生き物なんだ」
「そのために……ですか」
「しかし、少しずつは悪の度合いを減らさなければならない。あの方はそのために魂を授かった。よく励まれてらっしゃると、感嘆する。私には、とても……」
目上の魂は悲しげだった。若い魂は、せめてこの無期休暇が幸福であることを祈るしかできない。
***
瑠璃神の魂が奪われたと知り、藤の子は抜け殻の体に縋ってわんわんと泣き、解けるように自然へ還ってしまった。
瑠璃神の痛ましい姿もさることながら、元気で無邪気な藤の子までもいなくなり、城は火が消えたようになった。
案内の者が到着するまでは出発することもままならず、ヒオウは焦れていた。
そこへ現れたのが、木製の自立する人形だ。
その人形を見て、ヒオウが抱いたのは強い嫌悪感だった。
というのも、その人形は彼にとって馴染み難い、遠い異国の様式だったからだ。なまじ精巧だったことも悪かった。東方では戯画化された人形しかなく、このようになまなましさを表現する感覚はない。
また、人形をどうしても不気味に感じる者もいる。怪談の題材に度々使われるほどだ。
まして、その人形は愛しい者を不当に奪った卑劣な悪魔の手先。自然と表情が険しくなるのは無理からぬことだった。
***
よく分からないけど、生を授かり役目を負った。なんだかこういうことには慣れてる気がしたから、初めてじゃないのかもしれない。覚えてないけど。
案内するように言われた相手は、凍りついた大地に住んでいた。俺は人形なので寒くはないけど、あちこちつるつるしてよく滑る。
大きなお城の門番に挨拶をすると、槍の先を突きつけられた。きっと誰にでもこうして警戒するのだろうと楽観的に思った。だって俺は何も悪いことはしてないし、道案内をするために此処へ来たんだから。
「城の中には入るな。そこで待て」
「しかし、気持ちの悪い人形だな……」
「お、おい。こっちに近づくな、動くな!」
俺は怯えられているようだ。確かに人形が動くことなんてないものな。それに自分がどんな姿をしているか、俺は知らない。もしかしたらとても変な形なのかも。
だけど、そんなことは関係ない。俺の役目は氷の皇を案内する、ただそれだけの………
そういう割り切った考えは、皇の姿を見るまでだった。
皇は、俺が案内するよう言われた相手は、大変な美丈夫だった。生を受けて会った相手は、ご主人さまと門番のひとたちだけだったから、標準というのがわからない。でも、そのひとが飛び抜けて美しく、誇り高いことはよくわかった。
俺が見惚れていると、皇は俺を見て整った顔を顰めた。門番の人たちと同じように俺を不気味だと思ったのかも知れない。締め付けられるような感覚があった。
変だな。俺は人形なのに。木製で、当然のことながら神経は持ち合わせていない。痛みなんかないはずなのに。
「一刻も早く、瑠璃神のもとへ」
彼はそう言った。俺は丸い関節の首をカクンと鳴らして頷き、ひどい吹雪の土地を歩き始める。
何はともあれ、俺の役目は道案内。それだけのために生まれた。ほかの事なんか考えなくていい。余計なことは。
余計なことは、考えるだけ、無駄なことだ。
この土地からは船を出せないので、まず凍土から抜ける必要があった。
猛吹雪の中を黙々と雪を分けて進んでいく。俺が先導すべきなのだろうけど、雪が深くてとても歩けないので、皇が雪を分けて進み、俺はその影を踏んで歩いた。
時おり皇は神力で小屋を二つ作った。何も言わずに一つに入っていく皇の後ろ姿を見送り、もうひとつの方へ入って夜明けを待つ。
そういう夜を三度繰り返し、ようやく雪の薄い土地に出て、街道をゆき、港についた。その間、皇とは何も話さなかった。
俺のことが嫌いだから黙っていたんだと思ってたけど、皇は口べたらしい。血気盛んな港の人たちに威勢よく話しかけられては、しどろもどろと返事になっていない返事をする。なんだか、可愛いひとだ。こんなに立派な御姿なのに。
「船は明後日に出航です。それまでは宿に泊まりましょう」
はじめて、皇に話しかけた。嫌われているのはわかっていたけど、連絡事項なので仕方がない。
同時に、俺はすこしだけ期待していた。皇はただ、無口で無表情なだけで、俺は嫌われてないのかもしれないと。
その淡い期待は見事に打ちのめされる。皇は俺を一瞥し、何も返事をせず立ち去った。やっぱり嫌われてるんだ。そんなにこの姿は醜いんだろうか………
「ん? お前どこの奴だ?」
皇に取り残され、活気のある市場の隅でまごまごしてると、いつの間にか同じくらいの背丈の子供たちに囲まれていた。
「こいつ、人間じゃないぞ」
「人形? かわいくない!」
「きもちわりーい」
子供たちは俺を小突いたり眺め回したり。
「そんなにヘンかな?」
「わっ、喋った!!」
「口がパクパクしてる」
思い切って尋ねてみると、子どもたちは驚き、訝しみ、覗き込み、やはり棒だので小突く。俺は痛くないからいいけども。それに、生まれて始めてまともに扱われた気がする。これがまともというのもどうかと思うが。
「お前、気持ちわるい」
「そんなに……?」
「そこの窓を見てみろよ!」
言われて、物置らしき家屋の窓ガラスを振り向いた。カパ、と間抜けに口を開く、なんとも言えない造形の人形がそこに映っている。
うーん、確かに、不気味と言えば不気味かも。俺は愛嬌があると思うけど。ピノキオみたいで。
……? ピノキオって、なんだっけ。
「へんなのへんなの、きもちわりーい」
意地悪げにそう言いながら子供たちは俺を突き飛ばし、倒れたところを引きずり回す。乱暴だなあ。でもなんだか楽しそうだから、いいか。案の定、飽きたらすぐ他のものに目移りして、ワーッといなくなってしまった。子供はかわいいもんだ。
残酷なところがある、と言う人もあるが、それは子供の残酷さじゃない、人間が本来持つ性格だ。それが露出しているに過ぎない。残酷さが見えている分だけ、可愛げがある。
人間の子供か。そういえば、ピノキオ……誰だかは忘れたが、俺と同じ歩く人形だったと思う。それは、優しく正しい心を持てば人間になれる、という筋だった。
人間に、ねえ。人形が歩いてるだけで奇跡と思うが。それ以上のものを求めるのは、正しい心と言えるのだろうか。
だけど……
市場の隅を汚れて歩き、ふと窓を覗き込むと、子どもたちに引きずられたせいで頬に細かい傷の入った顔が見えた。
それは行き交う人々とはかけ離れたもので。
人間に、なれたら………皇は俺を気味悪がらないだろうか。友達や家族が出来るだろうか。
きっとそんなことはない。捨てられる子供もいれば、愛されない人もいる。
人形には人形の役目があり、それを全うすることが正しい。だから、人形が正しい心を人になるなんて、矛盾している。もともと無理な話なんだよ。
海の上では船員たちが案内役で、俺はすることがなかった。皇は殆ど船室にこもっていたし、俺は木材がしけらないように甲板でひなたぼっこをしていることが多かった。
幸いだったのは、あちこちの国を知る船乗りたちが俺を気味悪がらなかったことだ。
「人形が動くなんざ、珍しいこともあるもんだ」
ぽんぽん、と頭を撫でていってくれたりもする。だから、船旅は長かったけど辛くなかった。
でも、皇は……ずっと辛そうだし、ずっと悲しそうだ。
それは俺が案内する場所に関係あるのだろうか。考えても仕方がないけど、考えてしまう。
だって俺は、あの皇がすきなんだ。ひと目見た時から、すきだった。一目惚れだったんだ。
船を降りると比較的温暖な土地についた。皇は異国が珍しいのか、洋風に近い様式の建物群を眺めている。
だけどよほど先を急ぎたいのか、すぐに歩き出して、街を出た。案内役の俺も木製の関節をカシャカシャ言わせて慌てて追いかける。
そこからは、また強行軍だった。寒くはあるけれど土も森も山もある大地なので、出発点の凍土よりは大変じゃない。
そのぶん、皇はあるき続けた。夜も昼もなく、歩き続けた。
俺は人形だから疲れるということはないけれど、どうやらこの体も休まなければ力が抜けていくらしい。へなへなになりながらも、黙々と歩いて皇を導き続ける。
けれども、流石の皇も疲れたみたいだ。
山中の放棄された山小屋を見つけると、中へ入ってホコリまみれの寝台を神力で一新し、そこへ倒れるように横になった。此方に背を向けて、もう寝息を立てている。
いくらなんでも無理をしすぎだ。
何か皇のためになるものはないかと、外へ出てみた。食べられる木の実でもないかと。
でも、見つけられたのは昆虫くらいのもので、遠くから不思議な鳥の声が聞こえる以外は、息をひそめたように静かな山で。
かわりに綺麗な花を見つけた。青く光るような大輪の花だ。
それを手折ろうとしたものの、木製の指じゃ茎を持つのも難しい。人の指みたいに弾力性がないから、つるつるしてしまう。
なんとか、茎をちぎって、落とさないように両手で覆うようにそぉっと包んで小屋へ向かった。
皇は、まだ眠っているみたいだ。
背を向けているから分からない。
皇を連れて来いとは言われたけれど、どうしてなのかは知らされてない。
彼はとても急いでいるようだ。焦っているというべきか。一体なにがあったんだろう。
そういえば最初に「瑠璃神の元へ案内しろ」と言われた気がするが、瑠璃神って誰のことだろう。
皇の大事な相手だろうか。
家族や仲間、友人だろうか。
それとも、恋人だろうか。
そんな思いに耽って皇の背中を見つめていると、彼はのそりと不機嫌そうに身を起こした。
「何か、用だろうか」
「あ………」
起こすつもりはなかった。まごついて、うつむき、手の中にある花に気がつく。
「あの、これ……」
おずおず差し出すと、寝台の上の皇は長く白い睫毛を伏せてじっと花を見つめたが―――
「今は青い花など見たくない。まして彼奴らの手先からなど」
苦々しげに目をそむけてしまった。
「………」
受け取られることのなかった花を見つめ、俺は立ち尽くす。
その横を通って皇は小屋を出た。追わなくては。
でも、どこか足に力が入らなくて。
ひょこひょこと、抜くように歩いた。
ブリザードのふく凍土での強行軍もしたのに、どうしてこんなに体が重いんだろう。
でも役目は全うしなければ。
それだけが俺の存在意義だから。
たとえ皇を主の元へ導くまでの命だったとしても。
はっきりした階級はないので縦社会というほどではないが、一応の上下関係はあった。魂の力の規模や、精神性の熟達でなんとなくの目上を敬う。
そうでなくとも彼らは大神に創られし魂だったので、礼儀正しく誠実だった。
「あの方、いまは別の世界で休暇中なんですよね」
仕事の合間に、兄のように慕う方に話しかけた。彼もまた、地上の魂を運ぶおつとめの休み中だったので。
「あの方……というと」
「いつもは地上でおつとめをされている、あの方ですよ。あれほど立派な魂を大神さまに頂いた方は他にいらっしゃらないでしょう?」
「ああ……」
彼は、有名だった。お努めの内容が内容なのであまりここにいないが、彼を知らない者はいない。
「つらいお努めですよね……人間って酷いから。会うたびあの清い魂が傷ついていくのを見るのは忍びないです。代わって差し上げられたらいいのに」
「それは出来ないんだよ」
純粋な若い魂を慰めるようにささやき、悲しく目を伏せた。
「転生を繰り返す者たちも、ずっと陰惨な人生を送るわけではない。魂は一度の酷い体験で汚れはしないが、繰り返せば淀む。穢れた魂はやがて怪物になってしまうんだ。あの方の魂は、大神さまが特別にあつらえて、傷つくことはあっても汚れることがない」
「汚れることがないって……」
若い魂は言葉を失った。穢れ、淀みは言い換えれば順応でもある。鈍くなることで痛みを逃すように。
魂が汚れることがない。それは、どれほど痛めつけられても狂うことも出来ず正気でいるようなものだ。
「だからあの方のおつとめを他の誰かが代わることはできない。今回の休暇で、傷を癒してくださるのを願うばかりだ」
「でも…またあのおつとめを?」
我がことのように辛くなる。人の世は、想像を絶する辛いことがある。垣間見たことだけでも、芯から凍るおぞましさがあった。
「どうして人など大神さまは……あんな生き物、いないほうが良いのでは?」
「それはね、人間は凄まじい悪と同じほどに、素晴らしい者も誕生するからだ。極論、人が悪ければ悪いほど、素晴らしいものも生まれる。そういう生き物なんだ」
「そのために……ですか」
「しかし、少しずつは悪の度合いを減らさなければならない。あの方はそのために魂を授かった。よく励まれてらっしゃると、感嘆する。私には、とても……」
目上の魂は悲しげだった。若い魂は、せめてこの無期休暇が幸福であることを祈るしかできない。
***
瑠璃神の魂が奪われたと知り、藤の子は抜け殻の体に縋ってわんわんと泣き、解けるように自然へ還ってしまった。
瑠璃神の痛ましい姿もさることながら、元気で無邪気な藤の子までもいなくなり、城は火が消えたようになった。
案内の者が到着するまでは出発することもままならず、ヒオウは焦れていた。
そこへ現れたのが、木製の自立する人形だ。
その人形を見て、ヒオウが抱いたのは強い嫌悪感だった。
というのも、その人形は彼にとって馴染み難い、遠い異国の様式だったからだ。なまじ精巧だったことも悪かった。東方では戯画化された人形しかなく、このようになまなましさを表現する感覚はない。
また、人形をどうしても不気味に感じる者もいる。怪談の題材に度々使われるほどだ。
まして、その人形は愛しい者を不当に奪った卑劣な悪魔の手先。自然と表情が険しくなるのは無理からぬことだった。
***
よく分からないけど、生を授かり役目を負った。なんだかこういうことには慣れてる気がしたから、初めてじゃないのかもしれない。覚えてないけど。
案内するように言われた相手は、凍りついた大地に住んでいた。俺は人形なので寒くはないけど、あちこちつるつるしてよく滑る。
大きなお城の門番に挨拶をすると、槍の先を突きつけられた。きっと誰にでもこうして警戒するのだろうと楽観的に思った。だって俺は何も悪いことはしてないし、道案内をするために此処へ来たんだから。
「城の中には入るな。そこで待て」
「しかし、気持ちの悪い人形だな……」
「お、おい。こっちに近づくな、動くな!」
俺は怯えられているようだ。確かに人形が動くことなんてないものな。それに自分がどんな姿をしているか、俺は知らない。もしかしたらとても変な形なのかも。
だけど、そんなことは関係ない。俺の役目は氷の皇を案内する、ただそれだけの………
そういう割り切った考えは、皇の姿を見るまでだった。
皇は、俺が案内するよう言われた相手は、大変な美丈夫だった。生を受けて会った相手は、ご主人さまと門番のひとたちだけだったから、標準というのがわからない。でも、そのひとが飛び抜けて美しく、誇り高いことはよくわかった。
俺が見惚れていると、皇は俺を見て整った顔を顰めた。門番の人たちと同じように俺を不気味だと思ったのかも知れない。締め付けられるような感覚があった。
変だな。俺は人形なのに。木製で、当然のことながら神経は持ち合わせていない。痛みなんかないはずなのに。
「一刻も早く、瑠璃神のもとへ」
彼はそう言った。俺は丸い関節の首をカクンと鳴らして頷き、ひどい吹雪の土地を歩き始める。
何はともあれ、俺の役目は道案内。それだけのために生まれた。ほかの事なんか考えなくていい。余計なことは。
余計なことは、考えるだけ、無駄なことだ。
この土地からは船を出せないので、まず凍土から抜ける必要があった。
猛吹雪の中を黙々と雪を分けて進んでいく。俺が先導すべきなのだろうけど、雪が深くてとても歩けないので、皇が雪を分けて進み、俺はその影を踏んで歩いた。
時おり皇は神力で小屋を二つ作った。何も言わずに一つに入っていく皇の後ろ姿を見送り、もうひとつの方へ入って夜明けを待つ。
そういう夜を三度繰り返し、ようやく雪の薄い土地に出て、街道をゆき、港についた。その間、皇とは何も話さなかった。
俺のことが嫌いだから黙っていたんだと思ってたけど、皇は口べたらしい。血気盛んな港の人たちに威勢よく話しかけられては、しどろもどろと返事になっていない返事をする。なんだか、可愛いひとだ。こんなに立派な御姿なのに。
「船は明後日に出航です。それまでは宿に泊まりましょう」
はじめて、皇に話しかけた。嫌われているのはわかっていたけど、連絡事項なので仕方がない。
同時に、俺はすこしだけ期待していた。皇はただ、無口で無表情なだけで、俺は嫌われてないのかもしれないと。
その淡い期待は見事に打ちのめされる。皇は俺を一瞥し、何も返事をせず立ち去った。やっぱり嫌われてるんだ。そんなにこの姿は醜いんだろうか………
「ん? お前どこの奴だ?」
皇に取り残され、活気のある市場の隅でまごまごしてると、いつの間にか同じくらいの背丈の子供たちに囲まれていた。
「こいつ、人間じゃないぞ」
「人形? かわいくない!」
「きもちわりーい」
子供たちは俺を小突いたり眺め回したり。
「そんなにヘンかな?」
「わっ、喋った!!」
「口がパクパクしてる」
思い切って尋ねてみると、子どもたちは驚き、訝しみ、覗き込み、やはり棒だので小突く。俺は痛くないからいいけども。それに、生まれて始めてまともに扱われた気がする。これがまともというのもどうかと思うが。
「お前、気持ちわるい」
「そんなに……?」
「そこの窓を見てみろよ!」
言われて、物置らしき家屋の窓ガラスを振り向いた。カパ、と間抜けに口を開く、なんとも言えない造形の人形がそこに映っている。
うーん、確かに、不気味と言えば不気味かも。俺は愛嬌があると思うけど。ピノキオみたいで。
……? ピノキオって、なんだっけ。
「へんなのへんなの、きもちわりーい」
意地悪げにそう言いながら子供たちは俺を突き飛ばし、倒れたところを引きずり回す。乱暴だなあ。でもなんだか楽しそうだから、いいか。案の定、飽きたらすぐ他のものに目移りして、ワーッといなくなってしまった。子供はかわいいもんだ。
残酷なところがある、と言う人もあるが、それは子供の残酷さじゃない、人間が本来持つ性格だ。それが露出しているに過ぎない。残酷さが見えている分だけ、可愛げがある。
人間の子供か。そういえば、ピノキオ……誰だかは忘れたが、俺と同じ歩く人形だったと思う。それは、優しく正しい心を持てば人間になれる、という筋だった。
人間に、ねえ。人形が歩いてるだけで奇跡と思うが。それ以上のものを求めるのは、正しい心と言えるのだろうか。
だけど……
市場の隅を汚れて歩き、ふと窓を覗き込むと、子どもたちに引きずられたせいで頬に細かい傷の入った顔が見えた。
それは行き交う人々とはかけ離れたもので。
人間に、なれたら………皇は俺を気味悪がらないだろうか。友達や家族が出来るだろうか。
きっとそんなことはない。捨てられる子供もいれば、愛されない人もいる。
人形には人形の役目があり、それを全うすることが正しい。だから、人形が正しい心を人になるなんて、矛盾している。もともと無理な話なんだよ。
海の上では船員たちが案内役で、俺はすることがなかった。皇は殆ど船室にこもっていたし、俺は木材がしけらないように甲板でひなたぼっこをしていることが多かった。
幸いだったのは、あちこちの国を知る船乗りたちが俺を気味悪がらなかったことだ。
「人形が動くなんざ、珍しいこともあるもんだ」
ぽんぽん、と頭を撫でていってくれたりもする。だから、船旅は長かったけど辛くなかった。
でも、皇は……ずっと辛そうだし、ずっと悲しそうだ。
それは俺が案内する場所に関係あるのだろうか。考えても仕方がないけど、考えてしまう。
だって俺は、あの皇がすきなんだ。ひと目見た時から、すきだった。一目惚れだったんだ。
船を降りると比較的温暖な土地についた。皇は異国が珍しいのか、洋風に近い様式の建物群を眺めている。
だけどよほど先を急ぎたいのか、すぐに歩き出して、街を出た。案内役の俺も木製の関節をカシャカシャ言わせて慌てて追いかける。
そこからは、また強行軍だった。寒くはあるけれど土も森も山もある大地なので、出発点の凍土よりは大変じゃない。
そのぶん、皇はあるき続けた。夜も昼もなく、歩き続けた。
俺は人形だから疲れるということはないけれど、どうやらこの体も休まなければ力が抜けていくらしい。へなへなになりながらも、黙々と歩いて皇を導き続ける。
けれども、流石の皇も疲れたみたいだ。
山中の放棄された山小屋を見つけると、中へ入ってホコリまみれの寝台を神力で一新し、そこへ倒れるように横になった。此方に背を向けて、もう寝息を立てている。
いくらなんでも無理をしすぎだ。
何か皇のためになるものはないかと、外へ出てみた。食べられる木の実でもないかと。
でも、見つけられたのは昆虫くらいのもので、遠くから不思議な鳥の声が聞こえる以外は、息をひそめたように静かな山で。
かわりに綺麗な花を見つけた。青く光るような大輪の花だ。
それを手折ろうとしたものの、木製の指じゃ茎を持つのも難しい。人の指みたいに弾力性がないから、つるつるしてしまう。
なんとか、茎をちぎって、落とさないように両手で覆うようにそぉっと包んで小屋へ向かった。
皇は、まだ眠っているみたいだ。
背を向けているから分からない。
皇を連れて来いとは言われたけれど、どうしてなのかは知らされてない。
彼はとても急いでいるようだ。焦っているというべきか。一体なにがあったんだろう。
そういえば最初に「瑠璃神の元へ案内しろ」と言われた気がするが、瑠璃神って誰のことだろう。
皇の大事な相手だろうか。
家族や仲間、友人だろうか。
それとも、恋人だろうか。
そんな思いに耽って皇の背中を見つめていると、彼はのそりと不機嫌そうに身を起こした。
「何か、用だろうか」
「あ………」
起こすつもりはなかった。まごついて、うつむき、手の中にある花に気がつく。
「あの、これ……」
おずおず差し出すと、寝台の上の皇は長く白い睫毛を伏せてじっと花を見つめたが―――
「今は青い花など見たくない。まして彼奴らの手先からなど」
苦々しげに目をそむけてしまった。
「………」
受け取られることのなかった花を見つめ、俺は立ち尽くす。
その横を通って皇は小屋を出た。追わなくては。
でも、どこか足に力が入らなくて。
ひょこひょこと、抜くように歩いた。
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