ロマの王

いみじき

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 本来がた当主が作業するというのは国民の恥とされるが、万年人手不足の葛では王子も朝から晩まで労働する。

 今日もエアブーツを駆使しながら、乾いた惑星に星の子を撒き、緑を増やして住める場所を開拓していく。同時進行で新しい移民の住居を建てる。

「あの、当主さま。私たちの家はいつ……」

「いま作ってるでしょ! 見てわかんないの!」

 大急ぎで寝る時間も削って作業しているのに、文句ばかり。だから移民なんか大嫌いなのだ。誰もオトツバメを労ってもくれない。みんなオトツバメより大人なのに。

 菊蛍も援助してくれたものの、ロマ全体が危機に陥っているため、手が回らないようだった。というより、全力で手を回してくれているが、物資も人もなかなか届かない。こればかりは仕方ない。いま、宇宙は解放軍のせいであまりに酷い状態なのだ。

 ぷりぷりしながら仕事をしていると、黒い宇宙船が降り立った。

「婿さま!?」

「おう。泥だらけだな、オトツバメ」

「婿さまー!」

 埃と泥まみれで、立派な軍服に飛びついた。婿さまは怒ることもなく、オトツバメを片腕で抱き上げてくれる。

「技術者を連れてきた。医師団もな。俺の私軍も置いていく。ここはお前の教育によくない、ニブル宮に帰るぞ」

「いいのか……?」

「いいんだ、お前は王族で、未成年だ。労働義務はねえ。こんな奴ら、俺にとっちゃどうでも良いんだよ」

 一応、この星に婿入りしたデオルカンだが、婚姻の目的はオトツバメ。こんな開拓惑星には何の価値もない。

「どうして婿さまはオトを大事にしてくれる?」

 そんな人は、シノノメたちと父しかいなかった。国民はオトツバメが栄養不足や過労で倒れようが「まだですか?」としか言わない。

「オトがたまたま強いから?」

 皇軍警察での試験で能力が発覚してから「利用できる」という理由でオトツバメを勧誘する者が増えた。それはちっとも嬉しくない。オトツバメ自身のことなど、どうでもいい輩ばかり。

 しかし、婿さまもそうなのかと思うと、悲しかった。

 少ししょげていると、抱かれたまま尻を揉まれた。

「――このぱっつんぱっつんの腿と尻は、お前が幼い頃からエアブーツで作業した賜物だ」

「ふお」

「生まれ持った才も磨かなければ腐るだけよ。お前が強いのは元囚人兵の教えを受け、それを貪欲に自分のものとしたからだ。海賊と戦い続けたからだ。お前の身体も強さも、お前の生きた証だ。俺はただ、それに惚れただけのことよ」

 婿さまの顔をおそるおそる見上げた。銀の髪を荒々しく撫で付け、白皙の端正な顔に厚い唇。白狼のような男。

「婿さま、すきっ」

「ふはは、惚れ直したか」

「だいすき!」

「早く育て。こんなに小っこいんでは、何もできんわ」

「はあい」

 それでも、婿さまはキスをしてくれた。クロネに言われてから、してくれるようになった。婿さま、大好き。



 というような一部始終をデータリンクルームで確認した菊蛍、死んだようにずるずる崩れる。

「あー……」

「お前が落とし損ねるなんて珍しいよなー」

 とは、当然別室で作業中の鷹鶴とのチャットーキー。

「デオルカン皇子はさすがだぜ。かっこいいわ。お前も言えばよかったじゃん、クロートの全部が好きだよ! とか」

「あれがそんな言葉で満足するか。己に満足しきれていないのだからな。あれが能力を得て自信を持つのは、もう十年か二十年はかかる。極端な完璧主義者である。しかし二十年待つのも、つらい」

「俺たち100歳超えちゃうもんねー」

「おっさんの辛いところだ」

「やぁだぁ、まだおっさんじゃないもん! 劣化はまだまだ先だもーん」

「60以上離れているのだぞ」

「犯罪だよね」

「自覚はある」

 これからもっと良い人が現れるなど、それこそ菊蛍のほうが言いたい。黒音は若く魅力的で、菊蛍は老いていくだけだ。

「俺にとってどうしようもなく可愛く愛しいということが、なぜ伝わらんのか……これほど言葉にもして、尽くしているのに」

「愛人のレベルとお前の顔面レベルが高すぎるせい。あと尽くしてるの、ビミョーに伝わってない気がする。蛍は誰にでも優しくしそうくらいにクロートは思ってるし」

「ばかな。俺ほど冷淡な男もいない。クロネでなくば、誰がここまでするか」

「知ってる。でも、クロートはお前を優しくて面倒見のいい奴だと思ってる。外面いいから。お前もクロートにいい顔ばっかりするし」

「俺の素を見せればドン引きであろうが」

「うん、もう、俺でさえ引くからね! スーパーダーリンならぬスーパーモンペ、略してスパモン」

 黒音は、稀に蛍の素顔を垣間見せるだけで、怯えた顔をするのだ。とても本性は表せない。愛想だけで世間を渡ってきたので、やめる訳にもいかなかった。

「まあ心配すんな、あれは良い男になる。っていうか、元々レベル高いんだけどな。自覚ないんかね」

 自覚がないというか、自信がないというか、周囲が根こそぎ奪っていったというか。三味線小僧が炎上したせいで悪化したとも言える。

 黒音は、ヤマト王族上位に入るほど顔とスタイルが良い。あの志摩王子と並んで目の力も遜色なかった。

 また、有力者に無理なく気に入られる。志摩王子は黒音に可能性を見出し、葛王子には兄のように慕われ、カサヌイはもう一人の息子と扱い、オオタチは孫のように可愛がり、ニブル双子皇子にも一目置かれている。ハイドウィッカーはすっかり手なづけたようで、協力関係にあった。

 最たる例は無論、菊蛍。鷹鶴も、なんだかんだ気にかけているようだ。

 ウィッカーとしての素質も前例がなく底知れない。

 三味線ジャッカーとしての地位も確立している。

「……改めて並べると、あやつは何が不満なのだろうな」

「まあ、周囲の凡人に嫌われる性質はしてるよ。関わろうともしない。努力しない奴ほど僻むし、努力して結果を出せない奴はもっと僻む。

 理想が高いから女の子に告白されても断ってたみたいだし、スカしてるように見えるから同年代の同性からやっかまれる」

「凡人と関わる人生を送っとらんから、分からん。有象無象に労働力と消費者以上の価値はあるか?」

「そういうとこだぜ、蛍。そういうとこ。みんなバカじゃないから、凡人は視界に入りませんーって態度、肌で感じてる。クロートは自分をボンクラだと思ってるからさ」

「まず、その認識を改めさせるべきであったか」

「あいつ自分にシビアすぎるからなー、無理じゃん?」

「お前の口の巧さで何とかならんか」

「俺が言っても社長はおだてるの上手だなーくらいにしか思わないよ、クロートは」

 おまけにハイドとアジャラが余計なことをしてくれた。拉致して強姦するだけでも惨いのに、誰かの代わりに抱くなど失礼にも程がある。

 カウンセリングはミチルを含めプロに頼んでいたが、あまり本気にしないようで困っている。自分は平気だと思いこんでいるのだ。恐ろしく心の壁が分厚く、時に自己も騙すと報告を受けている。

 次から次へとトラブルが起きるもので、なかなか治療が進まないとも嘆かれた。

「努力したがってるんだから、させてやれば?」

「自我崩壊すると聞かされては恐怖しかないわ」

「カサヌイ様がついてりゃ平気平気」

 カサヌイの手腕に不安はない。

 問題はあの言うことを聞かない悪い子が、オーバーワークをしないかということだ。



***



 蛍と微妙になった。

 愛人以下の分際であんなこと言って、今度こそ捨てられるかもしれん。

 蛍だってさ。誰か選んで幸せになっていいと思う。その相手が俺ってのが解せないが、蛍が選んだんなら仕方ない。それなのに、誰かのものになっちゃいけないとか。何様だよ。蛍が誰選ぶのも蛍の自由だろうが。

 でも本当にそう思うんだよ! 思っちゃうんだよ。少なくとも今の俺は全く蛍に相応しくないだろ。何とち狂ってんだあのバカ。

 いつまでもグチグチ悩んでばかりじゃいられない。悔しいならブリタニア王も退けるほどの良い男にならねえと。

 それってあと何年かかるんだろうな? 五十年くらいかかるんじゃないか。

「カサヌイのおっさん、どうにか短期間でウィッカー能力なんとかならないか!? ただでさえ範囲広いだけで使いづらくて汎用性ないのに、使い物にならないんじゃ意味ない」

「逆に聞くが、なんでお前、小さい頃から訓練受けてなかったんだ?」

「母さんが、そんなのあっても意味ないって」

「オメーの親はお前の才能つぶし続けてきたな」

 そういう人ではあったよ。事情が事情だから責める気はない。

「ま、もし下手な機関に存在バレてたら、ブリンカーみたいになってたかもだぞ。不幸中の幸いと思え」

「それもそうか」

「この情勢じゃ俺もおちおち酒呑んで遊んでられん。みっちり仕込んでやるから覚悟しろ」

 上等。つか志摩にいた時にそんくらいやる気出してくれれば今こうなってない。

「俺の能力、面倒くさい割に出来ること限られててむかつく。使いみちないのか」

「広域に渡る視覚、聴覚のジャック、セキュリティ同化、スピーディかつ深い感知。どれも立派な武器だ。しかし、おめーはどっちかと言えば意識体の大きさより深い感知能力のほうが特徴かもな。

 今いる星系の近くの星の骨董品屋で、100年以上経過してるツクモシップを手配してやる。金は出せねーがな! 蛍ちゃんに買って貰え。

 ツクモシップはAIと機器が一体化して意識体になった存在だ。一種の超AIだが、敢えて彼らは感情を解する道を拒んだ。それでも意志や性格はあるがな。

 ツクモシップのシステムは、お前が深く潜りすぎれば止めてくれるだろう。そういう意味で相性はいいはずだ。

 そして喜べ、ツクモシップの操舵において俺に勝る奴はいねえ。もっとも、おめーにそっち方面の才能があるかは、弄ってみないとわかんねえが……宇宙船触ったことないんだよな?」

「内部を動かしたことはあるけど、宇宙船そのものを動かしたことはない。怖いことになりそうで」

「それで正解だ。ツクモシップだけじゃなくてツクモビルも加えておくか。100年経過したパーツ寄せ集めれば出来るからよ。

 問題は、電脳ワーカーの船に戦闘機入るかなんだが」

「戦闘機なんだ?」

「戦闘できるに越したことねーべよ」

 小艇の購入は前から検討してたんで、まず鷹鶴社長に通話を入れる。

「前に小艇買うって言ってましたよね。うちの船に入るんですか」

「母艦に換えるから余裕で入るよ」

「……その母艦、どこからの貢物ですか」

「んー、ブリタニア王」

 ふはは。笑うしかねえな。さすが蛍。だんだん誇らしくなってきたわ。

「あと、あのー……蛍にツクモシップとツクモビル買って貰えって言われたんですけど、蛍、怒ってない?」

「むしろ強請れ! かわいく強請れ! 落ち込みすぎてて手ぇつけられん。クロートはもうちょっと、蛍の愛情信じてやるべきだぜ。

 あいつに愛人一杯いるのは、俺のせいなんだ。責めるなら俺を責めてくれ。あいつは犠牲になっただけなんだ。俺がそうさせたんだ」

 わかってる。わかってるよ、それくらい。蛍が好きでやってるんじゃないことくらい。

 でも愛人がハイレベルすぎて悔しいのも事実なんだよ!!

「でも、今は金いくらあっても足りないだろ」

「平気平気、あいつ各星系の衛星バンクにお宝溜め込んでるから」

 お宝? なんのこっちゃ。

 あの日以来、蛍と連絡とってなかった。まだ五日しか経ってないから、今までもこのくらい会わないのは珍しくもなかったけど。

「……蛍」

 控えめに名前だけ呼んだら、

「クロネ? クロネか?」

 すぐ返事があった。

「あ……えと、忙しい?」

「大丈夫だ。どうした」

 忙しい時は不機嫌になりがちなのに、優しい声だった。なんか、申し訳ない。しかも金の無心するヒモ並に情けない理由で連絡してるからな。

「カサヌイが、ツクモシップとツクモビルあったほうがいいって。手配してくれるって」

「そうか。近々、船を母艦に変えるのだが、その時に戦闘機を見繕う予定だった。お前の分はそれにすればよいな」

 あっさりだった。業務的。ヒモのおねだりみたいにならなくてよかった。

「クロネ。俺が嫌になったか」

「なってないけど。なんで?」

「なんでと来たか。流石に振られたのは堪えたぞ」

「えっ、蛍も振られることあんのか。相手は誰だ?」

「…………もうよい。カサヌイの指導を終えたら、俺の部屋へおいで」

「別れ話とかじゃない……よな?」

「どうしてそうなる」

 いや、だって。嫌われてもおかしくないほどの啖呵切っちゃったし。

 本日の授業を終え、サンルームで軽く日光浴してから、洗浄ポッドで汗を流し、蛍の部屋に行った、が、まだ戻ってないようだった。セキュリティと同化してこじ開けられるが、不躾だよな。

 部屋の前で待ってたら、鮫顔がやってきた。

「なんだテメェ、まぁだ菊蛍につきまとってんですかぁ」

「……悪いかよ」

「べぇええっつにぃ? 粘着気質だなーとか、面の皮厚いなーとか思うだけ」

 なんでそう、今の俺の傷口えぐること言うかなあ。最近、少しは打ち解けられたと思ったのに。

「何をしている?」

 蛍が帰ってきた。鮫顔は舌打ちして去っていく。

「なんでもない」

「部屋に入っていてよかったのだぞ。それに、さきほどの……」

「あいつ、いつも絡んでくるんだ。俺が蛍の側にいるのが気に入らんらしい。まあ、そんな奴他にも、」

「違う。サノが俺に興味を示したことなど一度もない。あやつはお前に構ってほしいだけである」

 なにそれ。好きな子のスカートめくる男子かよ。似合うな鮫顔。いかにもやってそうだ。

「今ので何となく合点がいった。お前が今まで受けてきた嫌がらせのうち半数は、構ってほしい輩のものだ」

「まさか」

「女が陰口を言うのは、お前が好きだったからだ。そして、見込みがないことに腹を立てた。

 お前が拒絶した者の中には、お前と仲良くしたいと近づいたが邪険にされた者もいたろうな。サノが良い例である」

 えっ……なにそれ思い当たる節がありすぎる。あんな感じで何故かつきまとって来たり、ほっといてくれればいいのに絡んでくる奴、結構いた。無視したり冷たくあしらうと、悪態をつく。エンドレス。

「仲良くしたいなら、そう言えばいい。言えないんなら俺の知ったことじゃない。

 鮫顔……サノには仮想ライブハウスの件で礼を言って、それから態度が軟化したけど、今日は機嫌が悪かったのか」

「俺の部屋の前にいたからであろうな」

「そんなの、どうしろっていうんだ?」

「こう言ってみろ。サノ、ちょうどよかった、今度デザインを教えてくれと。文句を言いながら嬉々として教えてくれるだろうよ」

 えっ、デザインとか興味……いや、視覚ジャックの時に役立つかもな。

 部屋に入り、まず蛍は久々に茶を入れてくれた。香ばしい匂いだけで心が鎮まる。お茶って、すごい。

「人というやつはな、認めてほしいのだ。会話という行動そのものが、主張を訴える行為であろう?

 お前はひとたび嫌なやつと認識すると、あるいは初対面の人間であると、まず自身が傷つけられない為に相手の存在を認めない癖がある。存在を認識せねば、ひどいことを言われても心を守れるからな。

 好きになる必要はない。相手の存在を認めるところから始めろ。

 まったく、これだけ人を拒絶する性質でありながら、なぜハイドを信用するのか」

「してない。利用してるだけ」

「おかげで調子に乗っておろうが。考えてもみろ、もし俺が誘拐されて強姦されたなら、そいつを許すか?」

 蛍にそんなことした奴は絶対許さないけど、蛍はなんでそんなに怒るんだ?

 考え込む俺に、蛍が溜め息つく。

「どうしたら、俺にとってお前が大切なのだと、伝わるのか」

「………たぶん、理由がよくわからんから。というか、蛍の価値観がわからないってのもある」

 志摩王子なら、婿と、志摩と、志摩の人々と、家族が大事で、腐男子。高い志を持った高潔な人。わかりやすい。竹を割ったような脳筋だしな。

 でも、蛍はなんだ? 鷹鶴社長が大事なのはわかる。相棒ってやつだろう。ロマの指導者的立場らしいけど、なんでそうなったんだ。

 心ならずも多数の愛人を作ってロマのために身を削り、その誰にも本当には心を許してない。

「蛍は、鷹鶴社長にしか心を開いてないだろ。誰のことも信じてない、俺のことも」

 それは、かなり前から俺の中で明確な事実だったが、蛍は驚いた。俺に見抜かれたことに驚いていた。俺、そんなバカだと思われてたのか? 見縊られたもんだな。

 蛍は目を伏せた。

「大切だから、言えないこともある。鷹鶴は苦労したぶん、笑い飛ばせる度量があるしな」

「俺はだめか。頼りない?」

「お前にばかり甘えているのに。それではいけないか」

 いけなくない。蛍の傷を抉ろうとも思わない。知らないままでいたほうが蛍のためなんだとも思う。

 だけど、そのせいでいつまでも蛍の存在が不透明だった。

「なんていうか、話したくないことを聞きたいとは思ってない。知りたくもない。でも、ほんとにあんたが分からない……別に根掘り葉掘り聞かなくたって、志摩王子やカサヌイ、鷹鶴社長はどんな人か分かる。でも、あんたは分からない」

「俺も、どうやってお前に分かって貰えばよいか、わからない。だが、そうだな。ほんの一端、少しだけ、俺の根底を晒そうか。それだけでかなりエグい話になるか、大丈夫か」

「……わかんないけど」

 なんとなく、オペラ座の怪人でクリスティーナが「大丈夫だから、絶対大丈夫だから!」と言いながら仮面をひっぺがし、気絶したシーンを彷彿とさせる。

 蛍はかなり逡巡しながら、湯呑を握って俯く。

「俺が性的虐待を受けていたのは、赤子の頃かららしい。慰み者にするために産ませたロマの子だそうな」

 えぐい通り越してグロい!!

「は!? 赤ん坊……入らないよな?」

「流石に挿入はなかったと思うが、物心つく前からそういう扱いを受けていた。されていることが悪いこととも分からん年頃で、泣き叫ぶ母の声だけ鮮明に覚えている。その母も、気がつくといなくなっていた。殴る蹴るなどの暴行を受けたことはないが、まあ、同じだな。

 そうした私生児は少なくない。俺がロマを救おうと思ったのは、こういう事情からである。俺のような存在を増やしたくない一心だ。そうすることで、俺自身の尊厳を守りたかった」

「………」

「こんな育ちだからか、どうも、行為を拒否する気力が沸かなくてな。迫られると、諦めてしまう。

 だが、お前は強姦魔に対して、凄絶な抵抗を見せたろう。ニードルガンを撃たれながら丸腰で、敵に挑みかかった。俺は何か、自分が救われたような気持ちになった。

 俺と鷹鶴が手段を選ばず私生児の地位向上を目指した結果、差別が薄れ、そうした環境でまともに育ったお前が、理不尽に対して屈服せず抵抗した。

 お前は、俺がなりたかった姿そのものなのだ、クロネ」

 頬に涙が伝った。蛍の思いを軽視したことへの罪悪感。予想以上、想像以上、想定外の深い理由だった。

 俺の存在が蛍にとって努力の実った結果だから、というのは理解してた、つもりだった。それどころの話じゃなかったんだ。蛍にとっては、かつて誰も救ってくれなかった自分の、希望を体現したのが、俺だった。

「もちろん、それだけなら恋などしない。同じように強姦魔に対抗する気概を見せてくれたのは、志摩王子もそうで、俺はあの方を崇拝している。だから志摩に肩入れしている。だが、志摩王子に恋はしない。

 あとはもう、単純に好みである。これは以前も言ったが。お前は好みであるというだけでは、納得しなかったからなあ」

 はい。そこで納得しておけば、こんなきつい思い出話させることもなかったよな。ごめん、蛍。話したくなかったろうに。

 好みのタイプってだけなら、もっと良い条件が相手が出てきたら乗り換えられたりすんのかなって思ってた。

「分かってくれたか? 俺にはお前しかいないこと……」

「うん」

「俺と添い遂げてくれるか?」

「それは待ってくれ」

 そっちの件は片付いてない。悪いけど! たぶん無理をしても禍根が残る。

「俺、あんたを守れるほど強くなってない。守られるばっかりのガキじゃ嫌だ。それで、ブリタニア王だろうが皇帝だろうが負けないと言えるほどになりたい。

 その時にまだ俺が好きなら、改めて俺からプロポーズさせてくれ」

「お前は男らしいなあ」

 袖で口元を覆ってふふ、と笑う恥ずかしそうな顔、可愛い。

 疲労と、話したことへの気疲れからか、蛍は俺を抱えて横になり、すぐに寝息を立て始めた。

 蛍。人前では寝ないんだってさ。ましてこんな安心しきった子供みたいな寝顔……

 強く、強くならないと。

 蛍と蛍の守りたいものを全部守れるくらいに、強くなる。
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