ロマの王

いみじき

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「全艦隊に告ぐ。呼吸困難で死にたくなければ全面降伏しろ。因みに救命船は全て破壊しておいた。以上」

 それは悪夢としか思えない勧告だった。



***



 ハイドのマイクロチップを奪い返した俺は、クレオディスらと別れてウィッカプールに戻っていた。

「うおおおぉ、我らがウィッカプールの王!」

「ウィッカの王!」

「わぁあああ」

 といったような歓声が響いて怖かった。なにこれあの……こわい……さすがに葛王子の後ろに隠れる訳にはいかないし、引き受けた以上、情けない真似はできない。

「必要悪として存在を許された我々は王を戴くことが出来ませんでした。ハイドウィッカーのような統括の存在を快く思わない者も多いですが、貴方は悪く言えばお飾りの王。実権を持たぬ王を戴くことは、我々にとって大きな意味を持つのです」

 実権持たされても困るよ。俺ァ忙しいんだ。ロマの目に加えハイドの目なんて輩も増えちゃったもんだから、監視せにゃならんもんが増える。

 ハイドの手下も俺が引き継ぎで面倒見なきゃならんしな。いっそロイヤルバッカニアとでも名を改めさせて規律で縛るか。やること山積みだなあ。

 で、そろそろ志摩王子が成人してヤマト王に即位するんで、志摩に行かなきゃならない。この時勢にそうそう何度も星を離れられないから、友人枠である他に蛍の名代も務めることになってる。

「オトねえ、志摩王子が即位したらヤマト王軍の将軍になるんだって」

 なんで君ここにいるの? おかしいでしょ。そんな立場なんだったら此処に居ちゃ駄目だろ!

 というわけでツクモシップをかっ飛ばして急ぎヤマト星系まで行ったらですね、多国籍のステルス母艦隊が列をなしてヤマト星系に突撃するところだったんです。

 もちろん敵は俺がこのタイミングで来るなんて思ってないだろう。ツクモシップで母艦隊の周囲を縫うように飛び回り、セキュリティをジャックする。

 そう。この「艦隊戦で無双してください」と言わんばかりの能力。惑星覆うほどの意識体を使った艦隊戦なんていつやるんだと思ってたが、その機会がついに来た。

「全艦隊に告ぐ。呼吸困難で死にたくなければ全面降伏しろ。因みに救命船は全て破壊しておいた。以上」

 んんー、気持ちいい。生まれて初めて「俺すごくない?」という気分。母さん見た!?って感じ。

 とか思ってたら母さん来たわ。

「黒音ー! ああああんた、ロマの後継者だのウィッカプールの王だの!」

 泡食って走り寄ってきた。なんで志摩にいんの?

 そういや俺、過去から戻る過程でコネコをこいつから奪ったまま何の説明もなく帰って来ちゃった。まあ、あのおふくろ若かったし、コネコのことは忘れて新しい人生歩んだほうがおふくろの為だとは思うんだよな。

 50近くなっても独り身で息子追いかけてくるよりは……

「大丈夫かよ。ここ、俺の父親いるぞ」

「当たり前よ! だって私、あの男をぶん殴りに来たんだもの。志摩王子が法的措置を取ってくださったのに、遣いを寄越してあんたの親権恐喝すんのよ。冗談じゃないわ、あたしがどれだけ不安だったか!」

 殴りに来たのか。あんたのそういうとこは好きだよ。いわゆる肝っ玉母ちゃんなんだよなあ。

「いっそ菊蛍さんに親権あげたいくらいよ。ね、なんだか知らないけど家族になったんでしょ。いいわね。母さんも羨ましくなっちゃった」

「結婚しろよ。今度こそ親の資格とって」

「取ったのよ」

 取ったのかよ。

「あんたが中学生くらいん時かしら。その前からちょいちょいやってたんだけど、母さん頭の出来はあんまりよくなくてさあ。

 勉強と育児と近所の兼ね合いであんたが小さい頃はイライラしてたわ。一度なんか大きい怪我させちゃってね、反省してる」

 ……………悪い人じゃあないんだよなあ。

 俺はこの人を嫌いじゃないけど、でもコネコを預けられるかっていうと。

 ま、俺のほうは終わった話。育てて貰ったのは確かだ。

「あたしはいろいろ間違っちゃったけど、立派に育ってくれてよかった。もう殆ど会えないだろうけど……元気でね。愛してるわ」

「うん」

 元気に手を振って去っていくおふくろの後ろ姿を見ながら、葛王子が、

「よさそうなお母さんだね」

 と褒めてくれた。ん、んん……良い母親かどうかは……ま、俺の弟については俺の時の失敗を活かしてちゃんと育ててくれるだろう。

 そして志摩のほうの弟が迎えに来てくれた。

 うあ。そうだった。弟なんだった。この目の潰れるようなクッソ美形の王子さま、弟なんだった。

「兄様……とはお呼びしないほうがいいんでしょうね」

 顔に見合わぬ低い低い声でクラミツ王子は長い黒髪を揺らして薄く微笑む。

「俺としては、貴方のような兄が欲しかったもので。なにしろ他の兄は酷いのばかりで……」

「えっ、クラミツ王子の家族って美形一家で?」

「ほかは芋のような顔ですよ。母が美しい人なので。もっとも、性格のほうは、まあ。とにかくうちの一族と関わり合いになってはいけませんよ。だから俺も貴方を兄とは呼びません、ロマ王子」

 ロマ王子。微妙な……ウィッカ王と呼ばれるのも微妙だが。でも立場上、どっちかで呼ばなきゃならないんだろう。まさかクロネ王子とは呼べんだろうし呼んでほしくもない。

 俺を名前で呼んでくれるの、ミチルさんだけだなあ。

 志摩はだいぶ様変わりしてた。建築途中だった太宰府が完成して志摩宮を囲んでる。

 将軍予定の葛王子は慌ただしく連れ去られていった。ちょっと寂しい。クラミツ王子と取り残されてる。

「クラミツ王子はいいんですか」

「シヴァロマ皇子がいるんで、俺は式典に参加する必要がないんです。たまには奴の世話から逃れてのんびり見物しますよ。俺はロマ王子の護衛です。葛王子の代わりにはなりませんが……」

「この宇宙の誰だって葛王子の代わりは出来ないよ」

「それもそうか」

 朗らかに笑う美しい顔を見ていると、ほんとこの人と血が繋がってる実感が全く沸かない。ありえねえ……どっちかっていうと俺より蛍に近いくらいだぞ。

 いや、あれ? そういえば、蛍に似てる気がする。

「あの、失礼かもしれませんが、クラミツ王子って蛍に似てる……」

「ああ。実は、彼の母親が俺の母の親戚らしいですよ。確かはとこです」

 クラミツ王子と蛍、はとこ! 王族では珍しいことじゃないんだろうけどなあ。はあ、何か凄い血統だ。

「王子もそうですが、姫も皇帝や皇族の伴侶になるため、美しい者をかけ合わせて血をつなぎますから……それにしてもあそこまでのお人も珍しい。俺などは軍人ですし、がさつなもので」

 がさつ云々より声だな。声がcv大塚。背は高いが華奢なくらいの人なのに、声が重量級のせいで一回り以上大きく見える。

「ロマ王子のお蔭で即位式がつつがなく行えます。母艦隊がヤマト星域に入っていたらどうなっていたことか」

「敵は撤退しましたが、その後のことは……」

「シヴァロマ皇子がそつなく。儀仗や警備を行う志摩宙軍を志摩から離せませんし、本当に婿どの様様です」

「いっそ撃沈させれば良かったのかもしれないけど。ああいう形で大量虐殺は」

「よしてください。歴史に虐殺王なんて異名が残りますよ。何よりロマやウィッカプールにヘイトが溜まる」

 ああー、ほんとにやらなくてよかった! 今のロマやウィッカプールに皇軍やガリアとやりあう力はない。クレオディスや咲也さんに軍隊丸投げのロマと違い、ウィッカプールは軍隊編成中だし。

「敵ってのは倒せばいいってもんじゃないので。倒せば敵艦も人的資源も減り、先の戦争が少しは楽になるかもしれない。

 でも一人殺すたびに遺族が平均五人前後。100人殺せば500人の遺族。憎しみと禍根が生まれ碌なことにはならない。貴方は最善の結果を出しました。誇らしいです」

 そんなに褒められても何だか……

 恐縮してると笑い声が聞こえてきた。

「可愛がってやれよ、クロ! そいつ、ずっとこんなお兄ちゃんほしかったーって言ってたからさ」

「タカラてめぇバラすなよ!!」

 志摩王子が来て急に口調が荒くなった。思わずクラミツ王子を見上げると、ばつが悪そうに目を背ける。白い頬がかーっと赤く染まってさ。

 思わず頭撫でた……高い位置にあるな頭!

 余計に真っ赤になってなんとも言えない顔してる。かっわいいな。かわいいな。弟かわいいな! そうだ弟だ、俺ずっと弟ほしかったんだ。コネコに出会って何となく弟がいる気になってたけど、あれ俺であって弟じゃねえからな。

「よかったな、クラミツ。お兄ちゃんにヨシヨシしてもらえて」

「もういいからお前どっか行け」

「俺はクロに会いに来たんだよ」

「ああ、志摩王子……志摩王。このたびはおめでとうございます」

「めでたくもないさ。自分から人柱になるために苦労した気分」

 実際そんなもんなんだろう。苦笑する志摩王に俺も苦笑。

「俺もウィッカプールの王、そんな感じ」

「お互い苦労する。お前の弟ももうちょっと頼りになってくれたらよかったんだけど」

「俺は悪くねぇ」

 クラミツ王子は十分凄いと思うが……というより俺なんかよりよっぽど凄いと思うが。

 俺の人生は主にモンペのせいでいろいろ狂ってる。

「それより志摩王。俺、情勢が落ち着くまで志摩にいようと思う。

 今のところ皇軍に反旗の意を示してるのはヤマトと双子皇子だけ、ヤマトを重点的に攻めてくるだろ」

「そりゃ助かる。でも、いいのか? 菊蛍にあまり会えなくなるぞ」

 それは大問題だけども。

 人形をリモートするにも意識体はあっち行っちゃう訳で、志摩を守れなくなる。いつ何時何が起こるか分からない状態で人形は使えない。せいぜい仮想次元で会う程度か……

 とはいえ、蛍のほうも俺と会うどころの話でないらしく、

「砂漠地帯にオアシスリゾートを作ろう。ヴィラを建て、昼は冷えたトロピカルカクテル片手にプールサイドでクロネが泳ぐ姿を眺め、夜はジャグジーに入ってシャンパンを開け、ジビエの晩餐を堪能したい」

 だいぶキてた。現実逃避に溺れたいほど酷い目に遭ってるってことか……手伝ってやりたいけど、俺もハイドの目もあるし。いや、志摩とハイドの目で片付くこと片付けてれば蛍のために……

 なったと言えばなったし、ならなかったと言えばならなかった。

 ハイドの目、つまり準海賊たちはロマの目とはまた違う視点なんだ。だから今までなかった新しい問題が次々に見えてくる。

 その為に蛍の仕事が余計に増えるという……うーん、そろそろ分業を考えたほうがいい時期に来ている、が、他人にほいほい見せられるもんでもないからなあ。

 そうこうする間に即位式と志摩王子の誕生日が近づいてきた。保養惑星で観光地の志摩は星の裏側の宿泊地まで満杯御礼。ステーションや志摩周辺で過ごす人なんかもいる。たぶん当日は降りられないだろう。

 敵が攻めてくるかとも思ったが、そんな気配もなし。俺が衛生伝いに志摩周辺星域のソノ・ブイ見張ってるんで、まあまず滅多なことは起きないよ。ウィッカー攻撃だって志摩じゃ無意味。ブリンカー対策もしてるしな。

 そうそう、ハイドのマイクロチップだが、俺の脳に埋め込んじゃった。ツーコアシステムは大昔にあったんだが、今は人権侵害ってことで宇宙政府内では禁止されてる。でも、何しろウィッカプールのことだから、俺が法。皆も納得してくれた。

 ハイドの能力はハイドの脳があってこそなんで失われてしまったが、ハイドの技術と知識は継承した。まずステルスなんかでこの探知プログラムは誤魔化せない。

 で、王子時代最後の日にトリオでオープントークルームを開いた。

「この時勢にのんきなもんだ」

「あんたがやるって言ったんじゃん」

「10歳の頃はまさか王子って思ってたけど、18になって王になるとは思わなかった。俺の王子人生、享年8歳」

「王子様レベル8」

「古い」

「クロネは王子様レベル0だねー!」

「0才児」

「レベルであって年じゃねえよ」

「あー、それ。その突っ込み方。前から思ってたけど、お前クラミツそっくり」

「そ、そう? クラミツ王子は志摩訛りだし、一緒に育ってないのに似るかな」

「不思議なんだけどたまーに似てるんだよ。えっ今クラミツが喋った? と思うことある」

「わかる! ふとした瞬間にすごーく似てる。クラミツ王子が呆れてオマエナー、とか言う時、すごくクロネ」

「そ、そうかぁ。なんか照れるな」

「そういや、お前クラミツを養子かなんかにする気ないか? ロマの国じゃファミリアとかいう親族法があんだろう」

「ああ……でも、俺とファミリアになると漏れなく蛍がついてくるけど、」

『よいぞ。クラミツ王子はクロネの弟でかわゆい』

 突然割り込んでくんなよ。びっくりした。仕事してんだろうに仮想次元内のリアタイで聞いてんのか。

「無事保護者の承諾も得られたことだし、クラミツ、王子脱却おめでとー! えっ、姓は何になんだ?」

「姓は特にまだ……でもこれからは決まるのかな? まだそのへん調整中」

「いいなー。オトも、オトも家族になるぅー!」

「葛王子は、葛姓捨てちゃっていいの? お父さんから貰ったものだし、その姓を捨てたら王子じゃなくなるし」

「あ、そか。そしたら婿さまと離婚しなきゃいけなくなる……やっぱなしで!」

『姓名のことであるが、協議した結果、我々はロマという名になった。ロマ王であるからな。これからはロマは難民の名ではなく、国の名になるゆえ』

 あえ。じゃあ俺は黒音・ロマになるのか。クロート・ロマだとなんかそれっぽい。菊蛍・ロマにクラミツ・ロマ。志摩とロマが一字違いのせいで違和感ない。

 本人いないのに宇宙発信でうちの子になってしまったクラミツ王子……もう王子じゃなくなるのか。

 一時間のトークを終えて仮想次元から意識を戻すと、護衛だったクラミツがなんか泣きそうな顔してる。

「ど、どうした?」

「いえ……あの一族から抜けられるのかと思うと本当に嬉しくて……!」

 泣いちゃった。そんなにアレな一族なのか、俺の父親の家。まあふらっと立ち寄ったであろう星の若い娘孕ませて、その後一切しらんふり挙げ句、俺が有名になったら親権寄越せって詰め寄ったような家だもんな。クラミツは相当苦労したに違いない。

 寧ろなんでそんな一族からこんな良い子が。

「それに、菊蛍様が俺の保護者になるんですよね? 兄さんが貴方で……俺もう、死んでもいい」

「物騒なこと言わないでくれ。いま、洒落にならない情勢なんだから」

「よし」

 なぜか志摩王子が大きく頷いて腕を組んだ。

「クラミツ、お前に妹をやる」

 へあっ!

 今まで散々「妹かわいいから妹には自由恋愛させてやりたい」とか言ってたくせに、妹をやるって。モノみたいに。

「ロマ家のファミリアになったお前が志摩に婿入りしてクラミツ・シマに。そしてお前が婿入りすることで志摩家とロマ家に縁が出来る!」

「お、俺はお前の道具じゃねえ!!」

「政治とはこういうものだよ、クラミツくん」

 けっきょくクラミツは王子をやめても志摩姓になるのか。

 でも、ナナセハナ姫を預けて安心できる相手ってクラミツくらいだったし、お似合いだと思うが……こういうのは本人同士の気持ちだよなあ。

 ところが「クラミツ様はいい人ですけどー」と渋っていた当のナナセハナ姫が、

「うれしい! 家族がたくさん増えますのね」

 喜んじゃった。大喜び。

「クロネさまが義兄さまになるんですのね。そして菊蛍さまがお義父さま。すてき!」

「いやあ、えと、クラミツのことも宜しくね」

「クラミツ様は私にとってもう一人のお兄様のようなものでしたから、恋とかは、まだよくわかりませんけれど、夫婦になったらきっと好きになれますわ」

 う、うーん。恋愛的に好きになれるかどうかは人間的に好きかどうかとはまた別の話で……お兄ちゃんの志摩王子が好みな姫には、たぶんクラミツは良い子でおとなしすぎるんじゃないかな。

 それにクラミツも。

「いや、俺は別にやぶさかじゃないです。正直、いつ、どこの顔も見たことのない姫君と無理やり結婚させられるかひやひやしてたんで。それを思えばナナセハナ姫は可愛らしいし、きっと美人になるし、性格もよく知ってる」

 なんか悲壮な理由で結婚に納得してた。お前の人生はそれでいいのか? 兄さんちょっと心配だよ。

 ちなみにクラミツはクヴァドくんを押しのけてロマ王継承2位になった。クヴァドくんは専門職だし、当座の扱いだったから。本人もとくに不満はないみたい。仕事で忙しいから下がる分には文句ないってさ。上がったら文句言うって。なんかごめん。クヴァドくん推したの俺だ……

 そして志摩王子は、志摩王になった。

 志摩宮の前、目抜き通りの突き当りの広場で即位式が行われ、俺は親友枠で葛王子と共に戴冠を見届けた。

 ああ、感慨深い。泣いちゃったよ。これから何を成すかが問題で、まだスタート地点に立ったばかりなのにな。

『猫の』

 歓声や音楽に紛れてシヴァロマ皇子からのトーキーだ。いまそこで志摩王に付き添ってるけど。思わず彼の凛々しい顔を見る。こっちは見てない。

 てかもしかして俺の名前覚えてないのか? いくらなんでも猫て。

『どうかしましたか……お式の途中ですが』

『緊急だ。所属不明の艦隊にロマの惑星が占拠された』

 ………は?

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