神の子のつくりかた

いみじき

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神々縁の遺跡

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 ユナ・ルーはもう真実を知る必要はないと言うのだが、まだまだゼルバルトは納得しかねる。

 どうもユナ・ルーまで何かを隠しているようだ。

 もっと判断材料が欲しい。

 クレナノルクに「情報!」と詰め寄ると、一枚の地図を渡された。

 ラハトを中心に、ユナディロからイニアまでが拡大されたもので、イニアの端に印が刻まれている。

「そこに、神々縁の遺跡がある」

「遺跡?」

「そうだ。世界にはそうした遺跡がいくつもあり、この城の下にはユナディロ神の神殿がある」

 もちろんラハトにもあった。

 神官たちはそこで託宣を受けたりするわけだが。

「神殿とは、『遺跡』なのですか」

 そうなると話は違ってくる。

 人間が神を祀って後から建てた神殿ではなく、縁の遺跡でしか出現出来ないのだとすれば、神々が昔、この世界にいた事実を示す。

 クレナノルクは頷いた。

「神々は遠い昔、この大地に住まっていた。その頃は我々のようなアニムノイズであったとユナディロ神からお教え頂いた」

「待ってくれ」

 すっかり一国の王相手に素で話すゼルバルト、額に手を当てて整理した。

 神々は、昔、人間だった。

 各地に残る遺跡がその縁の地であると。

「神の子ってのは、いずれ神になるのか?」

「そうだ。私もいずれは神々の同胞となり、この世を去る」

「死ぬって意味じゃなくて、だな」

「比喩ではなく、別の存在となる。そのように体が変化してしまうのだ。微生物アニムは取り込みすぎると代謝で生物をアニムそのものにしてまう」

「ええっ」

 呻いたのは、アニムノイズであるアーシだ。

 アニムそのものになってしまうという結末に、ぞっとしたようだ。顔面から血の気が引いている。

「いや、あくまで神の子のみだ。一般のアニムノイズは代謝しきる前に寿命を迎える。一般のアニムノイズがアニム化した例は聞かぬ」

「よ、よかったあー」

 涙目のアーシ。見ていて飽きない男だ。

「あれっ、でもアニム化したら神々の仲間入りできるんですかね」

「そうなるな。だが、アニムと化せばこの世に留まっておられず、遍在する存在となってしまう。これは、アニムが多次元構造をしているからではないか、とユナディロ神は仰っておられた」

「た、じげん? じげんとは何でございましょうか」

「数理の世界における、空間を仮想化した理論だ。理論的に世界は様々な次元が重なって出来ているらしい。

 本当にそのような空間があるかは確認出来ていないが、神々がおわす世界と我々の世界が異なっている時点で、証明できるのではないかと」

「――――ちがうと思う」

 今まで興味なさそうに虚空を眺めていたユナ・ルーが、会話に割って入ってきた。

「俺の故郷の世界ではもう少し文明が発達していて、次元に等しい理論は存在していた。俺は、八歳で此方に来たから、詳しいことは分からないが……

 一次元は、点であると聞きかじったことがある」

「てん? って、文字に使う……」

「文字は記号。具現化した意味であり概念。

 そういう意味では文字の本質はこの次元とは別の場所に存在する。

 二次元は平面、三次元が俺たちが住んでいる世界で、そこでは前後左右上下と時間が存在するという考え方だ。時間は四次元の存在と考えられ、三次元では一方向にしか流れない。制御することが出来ないものだ」

「ず、ずいぶん賢いお子さんだったんですね」

 アーシが驚いている。ゼルバルトも少々驚いた。

 貴族の子供でも、その年令なら勉強するのは政治や歴史、簡単な読み書きと計算だけだ。

「たぶん、微生物アニムは三次元にも存在できる別次元の生物なんだとおもう。多次元体とはそういう意味。

 だからアニムになったカミ? とかいうものは、どこか別の場所にいるのではなく、ここにも存在していて、俺たちのように座標を必要としていない。

 俺たちの目には見えないだけで、アニムは遍在している。だから神々も、俺たちの側にいて、見ている」

「なんか話が怪談じみてきてない?」

 背後を気にするようにして、アーシ。

 そんなことより、ゼルバルトはユナ・ルーの多弁さと、その知識、知恵に驚かされていた。

 このところ、ユナ・ルーの様子がおかしいような気がする。

 未来の自分と話したなどと言うし、ゼルバルトさえ幸せになればいい、自分がきっとそうすると約束したり。

 知らない、わからない、とばかり言っていた彼が、本格的に神の子になってきているような。

「なあ、ユナ・ルー。お前はさ、秘宝が壊れたら何が起きるかも、分かってるんじゃないか?」

 それさえ分かればややこしい話もこれでおしまいだ。

 アニムだの神だのは、この際関係ない。興味もない。

 だが、ユナ・ルーもそこまで分からないと、かぶりを振る。

「ユナ・アニムはそこまで教えてくれなかった。でも、不可避のことだと言っていた。秘宝が割れるのは、絶対だと」

「だが、恐ろしいことが起きるって……」

「ゼルは、秘宝が割れるのは、嫌?」

 どうしてか切なそうに見つめられた。

「……割れたほうが、いいのか?」

「いいことはない。あれが割れないのなら、それに越したことはないから。でも、不可避のことだ。絶対にやってくる未来だから、仕方ない」

「なら、俺はぎりぎりまで足掻いてみせる」

「ぜる……」

 ユナ・ルーは顔を顰め、また苦しみだした。

「陛下、医者を……!」

「いや。医者でも無理だ。これはおそらく、アニムの代謝だろう。このように苦しむ事例を聞いたことはないが」

 ユナ・ルーを抱いたまま、ゼルバルトは目を見開く。

 彼はアニムになってしまうのか。

「ユナ・ルー。お前、ずっと俺と一緒だと約束したよな?」

「……」

「それは、俺には見えないし触れられないけど一緒、って意味なのか」

「ちがう」

 言い訳するように、ユナ・ルーは強く訴える。

「見えるし触れられる。ちゃんと側にいる。でないとゼルが望まない。ゼルの望まないことは、しない」

 ますます訳が分からない。

 いずれユナ・ルーは神に、アニムとなってしまうが、触れることが出来て、側にいると確約する。

 そしてその時、おそらく神となったユナ・ルーに守護される者として、ゼルバルトは世界の王とやらになる。

 ならば、やがて確実に訪れる「この世で最も不幸なこと」とは、一体なんだというのだ。

「クレナノルク陛下……」

「残念ながら、私の口からは言えぬ」

 柳眉をきゅっとよせ、クレナノルクは瞑目した。

「覚えていてほしい。世界の王よ、ユナディロ神はアチェンラ神とは不仲だ。だが、アチェンラ神は強大な存在で、真っ向から逆らえぬ。

 もし、ユナ・ルーが神になったその時に、身を寄せる場所がなければ、ユナディロに帰ってくると良い」

「んな……」

「俺からもお願いしたい」

 断ろうとしたゼルバルトを、ユナ・ルーが遮った。

「ゼルのことは俺が守るけど、ゼルに居場所がなくなるかもしれないから」

 あまりこう、守るのは良いけれど守られる話はむずむずする。そういう柄ではないので……

 もうひとりむずむずしている者がいた。

「俺すげー空気……」

 すまん、アーシ。

 俺はお前の存在にだいぶ救われている。

 アーシには迷惑な話だが、ゼルバルトにとっては心のオアシスだった。



















 アーシも、このままではまずいと感じていた。

 しかし同時に、様々な真相を知るうちに、事態が自分の許容量を越えている、と痛感もしていた。

 ユナ・ルーと話しているよりかは、ゼルバルトと話しているほうが楽しい。最近は気のおけない友人のような関係で、自分はなんのためにこの旅について来たのだったかと、たまにふと疑問を覚えた。

 ユナ・ルーを愛して、彼の心をゲットしようと決めていたはずなのに、どうも肝心のユナ・ルーはゼルバルト以外の全てが見えていない。

 ゼルバルトにしても「恋愛じゃないから、お前が惚れさせるならそのほうがいい」とは言うが、ユナ・ルーのことばかり考えている。

 アーシは、ゼルバルトのようには振る舞えそうにない。

 可哀想なユナ・ルーにこれ以上何かがあるのは止めたいが、そこまでする程の価値を見いだせないのだ。

 そう思う時点で、諦めたほうが身のためだ、と分かっていた。

 しかし、近頃、ユナ・ルーよりもユナ・ルーに悩まされるゼルバルトのほうが不憫で、言い出せず、ずるずるとイニア領まで来てしまった。

 街道から外れて数日ほど北上した地点に、鬱蒼とした木々に囲まれ、また木に取り込まれるような禍々しい遺跡の入り口はあった。

「ここか……」

 伸びる枝を斬り払いながら、暗闇の内部を覗きこむゼルバルト。

 それが自然の摂理と言うが如く、リーダーシップを発揮して先頭で出発しようとするのだが、ユナ・ルーに引き止められた。

「全員で行くのは、危険」

「ああ……じゃあ俺一人で行くか、アーシが残るかだな」

「俺が行ってくる」

 ユナ・ルーは竜車からありったけの装備を取り出すと、どこにそれだけ入るのか、というほど身の内にしまいこんだ。一人戦車状態。長筒兵怖い。

 というか、そんなフル装備で行かねばならないほど、この中は危険なのだろうか。

 クレナノルク陛下の口ぶりでは、そんな様子なかったのだが。

「中で起こったことは全部報告するから」

「いやいや、お前一人で行かせられるか!」

「狭い戦場に味方がいると、長筒兵は戦えない」

 まるで戦闘が起こるのは必至というように、ユナ・ルーはゼルバルトを説得する。

「跳弾があるしゼルたちごと爆破しかねない。それに、俺は中にいるものより、この入口から来る者のほうが怖い。 背後を守って、俺が呼んだら来てほしい」

 決して無謀で言っているわけではなく、役割を考慮してのことのようだ。

 ゼルバルトは考え込んだ。

「なら、途中までアーシを連れてけ。入り口は俺が見張る。アーシは、どちらかに異変があれば駆けつけるか、その場で食い止める役だ」

「わわ、わかった」

 旅の途中、盗賊や野獣、弱い魔獣(アニムノイズ能力を持つ獣)と戦うことならあったが、ベテランのユナ・ルーがここまで警戒する正体不明の敵というのが……

「えっと、ユナ・ルーは何を警戒してるの?」

 単刀直入に尋ねると、彼は「神」と答えた。

 少し前までカミってなに? などと言っていたのに。

「アニム化した人間を神と呼ぶって、分かったから。この中は殆ど罠だと思う。クレナノルクが嘘を言った訳ではなく、ここにいる中立の神をどかして、別の神がくるかもしれない。たぶん、そうなる」

「相手が神なら、ますますお前一人じゃ……」

「逆。神が相手だとすれば、ゼルやアーシには無理だ。俺は、長筒兵だから」

 ユナ・ルーは織物の外套を捲り、装備の一部を見せた。

「アニムを殺す炸裂弾を用意してきた。アニムノイズは人間だからこれで撃っても意味がないけど、神はこれでないと殺せない」

「な、なるほどなあ」

「早いほうがいい。行ってくる」

「気をつけろよ、ユナ・ルー」

「ゼルも気をつけて」

 アーシはユナ・ルーと共に、遺跡へ入った。

 アーシの得意分野は変異系の質量変化だが、発現も使えないことはない。

 変異分野の発現能力は、アニムノイズの基本中の基本。

 燃焼、気化熱による凍結、風を操作し発電させるなど、一般人がイメージする「アニムノイズ」であり、「魔法みたい」と認識されている能力だ。

 アーシはアニムを光の粒子に変え、周辺を照らす。

 入り口から続く階段通路は、やたらと狭い。ユナ・ルーと並んで歩けぬほどだ。

 周囲は苔や劣化で読めなくなっているが、何らかの壁画が刻まれている。

「ある王国の、その繁栄から滅亡までが描かれている」

 周囲を気にするアーシに、ユナ・ルーが解説した。

 壁画のうち、奇跡的に綺麗に残っている人物を指さして、

「これはたぶん、アニムノイズ。その中でも指導者みたいだ」

 髪から肌から衣装まで白い塗料で描かれたその人物は、手を上げてなんらかの動作をしており、その手に導かれるようにして太陽、風、雷などが描かれ、たくさんの人が小さく足元にひれ伏している。

「強大なアニムノイズの指導者が現れて、王国は繁栄した。でも、指導者は雲の上……たぶんアニム化してしまって、王国は滅びた」

「あー、辻褄は合うねえ。この剣を振りかざしてるのは、もしかしてラハト神かな?」

 指導者の隣にいる戦士らしき人物の持つ剣は、故郷の国旗のデザインによく似ていた。

「たぶんそう。他の二人はイニアとユナディロ」

「もしかして、いまポピュラーな神様たちって、指導者の側近だったのかな。でもアチェンラ神ぽいのがいないね」

「アチェンラは、たぶんこの人」

 ユナ・ルーが指差すのは、王国を栄えさせた『強大な指導者』。

 よく見ると、その指導者が纏うローブのようなものの模様は、白いけれどもユナ・ルーの外套にあるものと同じようだった。

 これは、ちょっとした世界遺産なのでは?

 あまり世間に知られていないようだし、この壁画の写しとユナ・ルーの仮説を持ち帰れば、一財産稼げそうだ。

 獲らぬ獣の皮算用をするうち、ようやく階段を降りきって、広い空間に出た。

「まだ奥があんね」

 アニムで出来る限り遠くまで照らし、構造を確認する。

「アーシは、ここまででいい。ありがとう」

「で、でも」

「もし、一時間しても帰らないようなら、様子を見にきてほしい。ただし時間が来る前は、爆音がしても、それが止んでも見にきてはいけない。さっきも言った通り、アニムノイズにアニムは殺せない。約束を守れないなら、今ここで帰ってくれ」

 ゼルバルトに意見を仰ぎに行ってもいいですか?

 すっかり隊長気質のゼルバルトに頼りきりになりつつある。こんなことだから、自分は今一つぱっとしない経歴なのだろう。

「ユナ・ルー」

 先に進もうとする背へ、声をかけた。

 そうしなければ、二度と言う機会を逃しそうな気がして。

「俺は、ゼルバルトほど君を大事に出来そうにない。でもね、君を守りたくてここまで来たのは、本当なんだ」

 ユナ・ルーはいつものとおり、「そう」とでも短く言うのかと思った。

 けれども彼はわざわざ戻ってきて、アーシの前までやってきた。

「アーシ、屈んで」

「うん?」

 言われるとおりに腰を少し落としたアーシの唇に、ユナ・ルーはちゅっとくちづけをする。

「ありがとう、アーシ。ゼルバルトがいなければ、俺はあなたを好きになっていた」

 笑いたいような泣きたいような気分で、アーシは彼を見送った。



 ああ、だめだ。

 俺の手には、とても負えない。
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