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迷宮挑戦の章

87.悪態

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「じゃあ気をつけてな。もし帰りに偶然会ったら、また乗ってくれ」
「うん!おじさんも気をつけて帰ってね!」


 カルズバール迷宮の入口まで運んでくれた運送屋とは、当たり前だがここでお別れとなった。
 当然運送屋も一人でファルディナへ帰る訳ではなく、迷宮探索を終えて街に帰る冒険者を乗せて帰る。居ない時は、この場に何日か滞在する事もあるのだという。

 馬車の停車場を後にしたクローバーの五人は、迷う事無く入口へと向かうのだが、その道中にはいくつもの露店があり、ポーションや食料なども売っている。何日も迷宮に挑む冒険者の為なのだが、思った通り街で売られている価格よりも高い。


「普通のポーションがひと瓶大銅貨五枚なんて、ぼったくりもいいとこね!」


 思わず発したサフィーの声を聞いて、店の主がジロリと睨む。愛莉とリーシャは愛想笑いを浮かべると、サフィーの手を引いて急いでその場を離れた。


「駄目じゃないサフィー、あんなに大きな声で」
「だって大銅貨五枚よ!?足元見るにも程があるわ!」
「ここまで運ぶ輸送費も掛かってるから、あれぐらいが適正価格なんだと思う。多分個人で仕入れてるんだよ」


 愛莉の説明を聞き、なるほどと納得する未来とエスト。サフィーだけは「それにしたって」と、納得いかない感じだった。
 そんな時、そんなサフィー達に不意に声を掛けるパーティがあった。


「よおクローバーじゃねぇか!Cランクに上がって早速迷宮デビューか?」


 それはいつもギルドで顔を合わせるCランクのパーティ。因みに名前は覚えていない。


「まあ、そんなとこ。って、結構見知った顔が居るわね」


 よくよく周りを見ると、ギルドでよく会う冒険者達もチラホラ見える。買い物をしたり、食事をしたりしている。


「お前らもついにベテランの仲間入りってか?まあ、ホントはまだルーキーなんだけど」


 リーシャ、サフィー、エストは冒険者になってまだ二ヶ月半ほど。未来と愛莉に至ってはまだ十日も経っていない。その有り得ない事実に、改めて驚かされるCランク冒険者達だが、その後ろから見慣れない冒険者達が現れた。


「なんだぁこのお嬢ちゃん達は?おいお前ら、ここはガキや女の遊び場じゃねぇぞ」


 剣士風の男を先頭に、男女混合の五人パーティが現れ、開口一番にクローバーの五人に悪態をつく。どうやら、別の街から来た冒険者パーティらしい。


「はぁ!?何よあんたら、喧嘩売ってんの!?」


 クローバーの切込隊長………もとい、一番短気なサフィーが、冒険者達に食って掛かる。


「ははは!威勢だけは一人前ってか?てめぇらみてぇな自分の実力も分かってねぇガキ共を見るとイライラすんだよ!」


 明らかにクローバーを見下している剣士風の男。その後ろでは、同じパーティのメンバー達がニヤニヤと笑みを浮かべていたり、サフィーを睨みつけたりしている。


「おいおい、何でいきなり喧嘩腰なんだよ。お前らは知らないかもしれねぇけど、この五人はCランク冒険者だ」


 顔馴染みの冒険者が、見知らぬ冒険者達にクローバーの事を説明する。しかし、これで納得して貰えるかと思いきや、見知らぬ冒険者パーティは更に悪態をついた。


「ははは、冗談だろ!?ってかそれが本当なら、ファルディナの冒険者ギルドってのは相当レベル低いんだな!」
「ホントよね。こんな弱そうな娘達がCランク冒険者になれるなんて」
「Cランクへのランクアップモンスターは何だ?まあ、多分ワイルドウルフか何かなんだろうな」


 ギャハハと大笑いを始める見知らぬ冒険者達。ワイルドウルフと言えば、Dランクへのランクアップモンスターである。それが分かっていて、クローバーを馬鹿にする為にわざと言ったのだ。

 因みに、その街のギルドによってランクアップモンスターは異なる。地域によっては、必ずしも同じモンスターが生息している訳ではないのが理由だ。
 しかしモンスターには全て、その実力に応じて『一ツ星』や『二ツ星』といったランク分けがされていて、更にその中でも細かく『上位、中位、下位』とランク付けされている。
 そしてランクアップの為のモンスターのランクは、帝国中の冒険者ギルドで統一されていて、ファルディナのギルドで言うと、Dランクへのランクアップモンスターは『ワイルドウルフ』で、ランクは『一ツ星上位ランク』である。
 そしてCランクへのランクアップモンスターはどの街のギルドでも『二ツ星上位ランク』と定められていて、ファルディナの冒険者ギルドでは『ルフ』をランクアップモンスターに指定している。

 つまり、何処の街の冒険者ギルドに行こうと、一ツ星上位のワイルドウルフがCランクのランクアップモンスターになる事は無い。なので先ほどの発言には、ファルディナの冒険者パーティ達も苛ついたようだ。


「なんだとこの野郎……てめぇら、俺達まで馬鹿にしてやがるのかコラ!?」
「ああそうだ。こんなオンナコドモと馴れ合ってる時点で、お前らの実力が知れてるって事だ」


 まさに一触即発の雰囲気。ファルディナの街のCランク冒険者パーティと、別の街の冒険者のパーティが睨み合いを始めた。
 そんな時、未来の放った一言で別の街の冒険者パーティが、更に激昂する事になる。


「何でもいいよ。あたし達迷宮に行くから、おじさん達どいてくれる?あ、おばさん達も」


 別の街の冒険者パーティに、無邪気にそう言い放った未来。因みに、彼らはまだギリギリ二十代だ。なので、この未来の発言にはかなり怒り心頭(特に女性メンバーが)である。


「なっ……誰がおばさんよこのクソガキ!!」
「許せない……許せないわよこのガキャーーッ!!」


 魔道士らしき女性と、武闘家らしき女性メンバーが未来に襲い掛かる。魔道士は杖を振り上げ、武闘家は拳を未来に向かって突き出した。


「あれ?もしかして実は若いとか?」


 一瞬、意味が分からなかった。確かに目の前の少女に杖を、そして拳を突き出した筈なのに、その少女は目の前から忽然と姿を消し、しかも何故か後ろから声が聞こえて来たのだ。

 慌てて後ろを振り返る冒険者パーティ。すると、今の今まで目の前に居た筈の黒髪の少女が、自分達の後ろに呑気に頭の後ろで手を組みながら立っている。


「な…………」
「ど、どうなって……るの……?」


 驚きに目を見開く見知らぬ冒険者達。いや、未来の謎の能力を初めて目にしたファルディナの冒険者パーティも、何が起こったのか分からずに驚愕の表情を浮かべている。


「ごめんね、てっきり四十歳くらいかと思って」


 テヘヘと舌を出して謝る未来だが、完全に火に油を注いだだけだった。こめかみに血管を浮かべた冒険者達が、一斉に未来に襲い掛かる。冒険者同士の戦闘は禁止という決まりを、完全に忘れているらしい。


「ざけんなクソガキがぁぁーーーッ!!」
「ぶっ殺してやるわ!!」


 剣士、槍術士、魔道士、武闘家、もう一人剣士、そんな五人が、一斉に武器を振り上げて未来に襲い掛かるが、未来は再び【短距離転移ショートワープ】で後方へ移動する。つまり、元の場所に戻って来たのだ。


「ありゃ、何か怒らせちゃった」
「四十歳は酷いよ未来。多分三十代後半くらいだと思うよ」
「ア、アイリも相当酷いわね………」
「そうね~、多分三十代前半くらいじゃないかしら?」
「あ、わたしもそれくらいだと思う………」


 本当は二十代後半なのだが、確かにそれよりは全員老けて見えたので、未来達に悪気があった訳ではない。
 そんな老け顔の冒険者パーティは、またもや目の前の少女が姿を消した事に再度驚く。


「クソッ!どうなってやがるんだあのガキ!」
「これじゃあキリが無いわ………」
「それなら………魔法で吹き飛ばしてやるわよ!」


 魔道士の女性が、手のひらに魔力を込める。だが、そんな彼女達の前にファルディナのCランク冒険者達が立ちはだかった。


「いい加減にしろ!冒険者同士の戦闘が禁止なのはどの街のギルドでも同じだろうが!」
「うるせぇ!元はと言えばそのガキが煽ったんだろうが!」
「馬っ鹿じゃないの!?元々はあんたらがあたし達に喧嘩売って来たんじゃない!ミクのせいにしないで!」


 サフィーの剣幕に一瞬たじろぐ冒険者達だが、すぐに激昂して言い返す。


「うるせぇー!!てめぇらみたいな雑魚ガキが偉そうに文句言ってんじゃねぇよ!」
「さっきから聞いてれば実力がどうとか雑魚とか………それならあたし達の力を見せてあげるわよ!いいわねリーシャ!」
「あら~、わたし?」
「そうよ!雷鳥ライ呼び出して!」
「ふぅ……仕方ないわね~」


 未来や愛莉同様、リーシャもこんな冒険者達などどうでも良いのだが、愛するサフィーにそう言われては断りたくはない。
 

「来て、ライちゃん」


 リーシャが手のひらを上に向ける。すると空中に召喚魔法陣が浮かび上がり、魔法陣の中から巨大な孔雀のような鳥、召喚獣【雷鳥】が現れた。


「なっ………なんだ!?」
「しょ……召喚獣……!?」
「まさか………なんでこんなパーティに召喚士が………」


 雷鳥を見て驚愕の表情を浮かべる老け顔の冒険者パーティ。そんな冒険者達を空から悠然と見下ろしながら、雷鳥がリーシャに話し掛ける。


『やあリーシャ。見たところモンスターは居ないみたいだけど、何か用事かい?』
「うーん……別に用事は無いのだけど………あなたの力を少しだけ披露してくれるかしら?もちろん被害が無いように」
『お安い御用だよ』


 リーシャにそう答え、羽根を羽ばたかせる雷鳥。そして人が誰も居ない場所を見つけると、無数の紫雷を解き放った。


紫電百来シデンヒャクライ


 その瞬間、凄まじい轟音を響かせながら、無数の紫電が降り注ぐ。その光景を目の当たりにしたその場に居る者全てが、その凄まじい光景に驚愕し、狼狽し、恐怖し、更には腰を抜かす者も。

 そして雷鳥の『紫電百来』が止むと、辺りは完全な静寂に包まれていたのだったーーーーー
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