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迷宮挑戦の章
114.悲痛な声
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迷宮探索も十一日目に突入した。クローバーの五人に残された日数は決して多くはない。
そんな状況で、この日クローバーが選択したのはレベル上げである。
未来がこの階層よりも下の方から、とても嫌な気配を感じる、今のままではその気配の主に勝てないと愛莉に告げ、それならこの階でレベル上げをしてから下へ進もうという愛莉の決断に、異を唱える者は居なかった。
居なかったが、内心で危機感を募らせているリーシャだけは、表情が暗かった。
「お願いキュウちゃん!」
『また鎌鼬?物凄く癪だけど、あのゴーレムにはあまり効果が無いよ?』
「そう……なのだけど……あまりMPを無駄使いする余裕が無いの………」
そんな会話をするリーシャと風鼬だが、リーシャの表情を見て何かを悟ったサフィーが大声を張り上げる。
「気にしないで本気で攻撃しなさいキュウ!あんたの力を見せつけてやれ!」
『………お友達はああ言ってるけど?』
「サフィー…………」
サフィーの気持ちが胸に染みる。きっと、ウジウジ悩んでないで思いっきり本気出していいんだと言っているのだ。だが、そんな戦い方を続けたらーーーーー
「鎌鼬よキュウちゃん。やっぱりわたしはーーーー」
「突風!」
リーシャが全てを言い終える前に、サフィーが風の中級魔法【突風】をはなつ。それはストーンガーディアンの腹部を深く抉り、一撃で弱点である『核』を露出させる。
「今よリーシャ!」
「え、あ……キュ、キュウちゃん!」
『鎌鼬』
風鼬の攻撃が、露出したストーンガーディアンの核をあっさりと切断する。その瞬間、ストーンガーディアンの巨体が灰だけを残して消滅した。
ーーリーシャのレベルが上がりました。
ーーサフィーのレベルが上がりました。
頭の中に響くのはレベルアップを告げる声。朝からレベル上げを開始し、これでレベル40の大台に到達したリーシャとサフィー。
「ふぅ……これでレベル40ね。あたし達がレベル40なんて、一ヶ月前には考えられなかった事よね」
「………そうね」
レベル40。嬉しい筈なのにリーシャの胸に去来するのは、これでまたサフィーや皆との実力差が開くのだという思い。
未来やサフィーの攻撃力は益々上がり、そのうちその背中すら見えなくなるーーーーーそんな思いで塗りつぶされてゆくリーシャの心の内。
「みんなお疲れーーッ!!」
そんなリーシャの耳に、未来の元気な声が届く。この天真爛漫な少女は、どんな場面でもどんな状況でも元気を失わない。
そんな未来とは対象的に、愛莉がいつもの冷静な口調で皆に声を掛ける。
「お疲れ様。みんなレベル40に上がってるね」
「おおーっ、これであたし達はベテランの冒険者だねっ!」
確かにレベルだけを見れば”ベテラン”と呼んでも差し支え無いのだが、全員冒険者になってまだ数ヶ月、未来と愛莉にいたってはまだ数週間だ。経験の面から見るとまだまだ駆け出しの冒険者である。
「ベテランとは言えないけどね。ところでリーシャ、レベル40になったから『中精霊』と契約出来るんじゃないかな?」
「………え?」
そう言えばそうだったと思い出す。正直、精霊術は戦闘では役に立たないので、最近戦闘で悩んでいるリーシャは完全に失念していた。そしてふと、何故愛莉は知っているのだろうと思ったが、おそらく鑑定眼で知ったのだろうとの考えに至る。
「そ、そうだったわね~………でも此処では………」
現在居るのは地下宮殿内の通路のど真ん中だ。こんな、いつストーンガーディアンが現れるか分からない場所では精霊契約などとても出来ない。
「うん。一旦部屋に戻ろっか」
部屋とは、下へ降りる階段の手前にある昨夜寝泊まりした部屋の事だ。一応この階層の探索では、その部屋を拠点代わりにしている。
愛莉の言葉に反対する者は居らず、皆で拠点の部屋へ向けて歩き出す。その際に未来がリーシャに、こんな地下深い場所でも精霊契約出来るのかと訊ねたが、リーシャは場所は何処でも大丈夫だと答えた。
精霊とは、この世界に満ち溢れているマナの一部だと考えられている。この世界にマナの存在しない場所は無いので、精霊契約も何処でも行えるという事だった。
リーシャの説明を聞きながら歩いていると、拠点の部屋が見えて来た。その向こうには、下の階層へと降りる階段が見える。そして相変わらず、その階段から滲み出る嫌な気配を、未来は全身で感じていたが、とりあえず気にせずに部屋へと入る。
「着いたね!とりあえずお昼ご飯にする?とりあえずお昼ご飯にしよっか?」
腕時計の針は午前十時を少し回った所を差している。残念ながら昼食にはまだ早過ぎる時間だった。
「まったくミクは……リーシャの精霊契約が先に決まってるでしょ!」
「あはは……わたしもまだお腹空いてない……かも」
「ごめんなさいねミク、なるべく早く終わらせるから少し待っててくれるかしら?」
「気にしなくていいよリーシャ。どっちにしてもまだお昼ご飯には早いから」
未来の昼食タイムという願望を全員で拒否する。未来も半分は冗談だったので特に気にはしていないが、腹が減っているのは事実である。
「アイリ、杖を取り出してくれる?魔法陣描くから、みんなは休んでいてくれるかしら」
リーシャに言われて魔法鞄から杖を取り出す愛莉。それをリーシャに手渡すと、リーシャは無言で受け取った。
(精霊契約……正直、別に今する必要は無いのよね………)
今から行うのは中精霊との契約である。だが、微精霊でも小精霊でも中精霊でも、精霊は精霊だ。戦闘に役立つ訳では無い、そう思いながらも地面に魔法陣を描いてゆく。
(駄目よリーシャ……こんな事を考えながら契約だなんて精霊様に失礼だわ)
いつの間にかリーシャの心の中は、皆に置いて行かれたく無いという思いで塗りつぶされている。自分ではどうする事も出来ない悩みなのに、悩まずにはいられない。
(ひとまず……今だけでも集中しないと)
魔法陣を描き終えたリーシャが、魔法陣の中央に立って手を合わせる。そして目を瞑り、精霊の声に耳を傾ける。
(精霊様……どうか未熟なわたしにお力をお授けください)
心の中で祈りを捧げるリーシャ。深く深く、自分の内面をさらけ出すくらいでないと精霊に声は届かない。
(お願い……します………どうかわたしに………みんなと同じ場所に立てるだけの力を………)
もはや藁にもすがる思いだ。どんなに情けなくても、どんなにみっともなくても、皆と一緒に進んで行けるだけの力が欲しい。
この場所が好きだ。クローバーというこの場所は、自分にはなくてはならない大切な場所だ。その場所からはみ出ないように、みんなと同じだけの成長速度が欲しい。このままでは近い将来、みんなに置いて行かれるから。クローバーというこの場所からはみ出てしまうから。
(お願い……わたしを……置いて行かないで………)
リーシャが悲痛な叫びのような祈りを続けていると、魔法陣から光が湧き出る。それはリーシャの身体の中に吸い込まれるように消え、次の瞬間にはリーシャの身体が光に覆われていた。
「うわっ!リーシャが光ってるよ!?」
「リーシャ!?大丈夫なのリーシャ!?」
「リ、リーシャちゃん……?」
「………小精霊の時の反応と何か違う」
小精霊と契約した時は、光がリーシャの身体に吸い込まれて消え、そのまま何事も無く契約は終わった。だが今回は、リーシャの身体全体が様々な色の光に覆われている。
当のリーシャ本人は苦しんだりする素振りは無く、自分でもよく分からない今の状況に困惑の表情を浮かべている。そしてーーーーー
『やれやれ、随分と悲痛な声だったね』
『ふふふ、でも優しい感じがしたわよ』
『そうだね、ある意味心地良かったかな』
『久しぶりだね、僕達と契約出来た人間は』
『ああ、これは楽しくなりそうだ』
リーシャの周りに、五色の玉の様な光がクルクルと回り、それはやがて姿を変えた。
「何……あれ………」
「………小人?」
それは小さな小人のような姿。『中精霊』達の姿だった。
そんな状況で、この日クローバーが選択したのはレベル上げである。
未来がこの階層よりも下の方から、とても嫌な気配を感じる、今のままではその気配の主に勝てないと愛莉に告げ、それならこの階でレベル上げをしてから下へ進もうという愛莉の決断に、異を唱える者は居なかった。
居なかったが、内心で危機感を募らせているリーシャだけは、表情が暗かった。
「お願いキュウちゃん!」
『また鎌鼬?物凄く癪だけど、あのゴーレムにはあまり効果が無いよ?』
「そう……なのだけど……あまりMPを無駄使いする余裕が無いの………」
そんな会話をするリーシャと風鼬だが、リーシャの表情を見て何かを悟ったサフィーが大声を張り上げる。
「気にしないで本気で攻撃しなさいキュウ!あんたの力を見せつけてやれ!」
『………お友達はああ言ってるけど?』
「サフィー…………」
サフィーの気持ちが胸に染みる。きっと、ウジウジ悩んでないで思いっきり本気出していいんだと言っているのだ。だが、そんな戦い方を続けたらーーーーー
「鎌鼬よキュウちゃん。やっぱりわたしはーーーー」
「突風!」
リーシャが全てを言い終える前に、サフィーが風の中級魔法【突風】をはなつ。それはストーンガーディアンの腹部を深く抉り、一撃で弱点である『核』を露出させる。
「今よリーシャ!」
「え、あ……キュ、キュウちゃん!」
『鎌鼬』
風鼬の攻撃が、露出したストーンガーディアンの核をあっさりと切断する。その瞬間、ストーンガーディアンの巨体が灰だけを残して消滅した。
ーーリーシャのレベルが上がりました。
ーーサフィーのレベルが上がりました。
頭の中に響くのはレベルアップを告げる声。朝からレベル上げを開始し、これでレベル40の大台に到達したリーシャとサフィー。
「ふぅ……これでレベル40ね。あたし達がレベル40なんて、一ヶ月前には考えられなかった事よね」
「………そうね」
レベル40。嬉しい筈なのにリーシャの胸に去来するのは、これでまたサフィーや皆との実力差が開くのだという思い。
未来やサフィーの攻撃力は益々上がり、そのうちその背中すら見えなくなるーーーーーそんな思いで塗りつぶされてゆくリーシャの心の内。
「みんなお疲れーーッ!!」
そんなリーシャの耳に、未来の元気な声が届く。この天真爛漫な少女は、どんな場面でもどんな状況でも元気を失わない。
そんな未来とは対象的に、愛莉がいつもの冷静な口調で皆に声を掛ける。
「お疲れ様。みんなレベル40に上がってるね」
「おおーっ、これであたし達はベテランの冒険者だねっ!」
確かにレベルだけを見れば”ベテラン”と呼んでも差し支え無いのだが、全員冒険者になってまだ数ヶ月、未来と愛莉にいたってはまだ数週間だ。経験の面から見るとまだまだ駆け出しの冒険者である。
「ベテランとは言えないけどね。ところでリーシャ、レベル40になったから『中精霊』と契約出来るんじゃないかな?」
「………え?」
そう言えばそうだったと思い出す。正直、精霊術は戦闘では役に立たないので、最近戦闘で悩んでいるリーシャは完全に失念していた。そしてふと、何故愛莉は知っているのだろうと思ったが、おそらく鑑定眼で知ったのだろうとの考えに至る。
「そ、そうだったわね~………でも此処では………」
現在居るのは地下宮殿内の通路のど真ん中だ。こんな、いつストーンガーディアンが現れるか分からない場所では精霊契約などとても出来ない。
「うん。一旦部屋に戻ろっか」
部屋とは、下へ降りる階段の手前にある昨夜寝泊まりした部屋の事だ。一応この階層の探索では、その部屋を拠点代わりにしている。
愛莉の言葉に反対する者は居らず、皆で拠点の部屋へ向けて歩き出す。その際に未来がリーシャに、こんな地下深い場所でも精霊契約出来るのかと訊ねたが、リーシャは場所は何処でも大丈夫だと答えた。
精霊とは、この世界に満ち溢れているマナの一部だと考えられている。この世界にマナの存在しない場所は無いので、精霊契約も何処でも行えるという事だった。
リーシャの説明を聞きながら歩いていると、拠点の部屋が見えて来た。その向こうには、下の階層へと降りる階段が見える。そして相変わらず、その階段から滲み出る嫌な気配を、未来は全身で感じていたが、とりあえず気にせずに部屋へと入る。
「着いたね!とりあえずお昼ご飯にする?とりあえずお昼ご飯にしよっか?」
腕時計の針は午前十時を少し回った所を差している。残念ながら昼食にはまだ早過ぎる時間だった。
「まったくミクは……リーシャの精霊契約が先に決まってるでしょ!」
「あはは……わたしもまだお腹空いてない……かも」
「ごめんなさいねミク、なるべく早く終わらせるから少し待っててくれるかしら?」
「気にしなくていいよリーシャ。どっちにしてもまだお昼ご飯には早いから」
未来の昼食タイムという願望を全員で拒否する。未来も半分は冗談だったので特に気にはしていないが、腹が減っているのは事実である。
「アイリ、杖を取り出してくれる?魔法陣描くから、みんなは休んでいてくれるかしら」
リーシャに言われて魔法鞄から杖を取り出す愛莉。それをリーシャに手渡すと、リーシャは無言で受け取った。
(精霊契約……正直、別に今する必要は無いのよね………)
今から行うのは中精霊との契約である。だが、微精霊でも小精霊でも中精霊でも、精霊は精霊だ。戦闘に役立つ訳では無い、そう思いながらも地面に魔法陣を描いてゆく。
(駄目よリーシャ……こんな事を考えながら契約だなんて精霊様に失礼だわ)
いつの間にかリーシャの心の中は、皆に置いて行かれたく無いという思いで塗りつぶされている。自分ではどうする事も出来ない悩みなのに、悩まずにはいられない。
(ひとまず……今だけでも集中しないと)
魔法陣を描き終えたリーシャが、魔法陣の中央に立って手を合わせる。そして目を瞑り、精霊の声に耳を傾ける。
(精霊様……どうか未熟なわたしにお力をお授けください)
心の中で祈りを捧げるリーシャ。深く深く、自分の内面をさらけ出すくらいでないと精霊に声は届かない。
(お願い……します………どうかわたしに………みんなと同じ場所に立てるだけの力を………)
もはや藁にもすがる思いだ。どんなに情けなくても、どんなにみっともなくても、皆と一緒に進んで行けるだけの力が欲しい。
この場所が好きだ。クローバーというこの場所は、自分にはなくてはならない大切な場所だ。その場所からはみ出ないように、みんなと同じだけの成長速度が欲しい。このままでは近い将来、みんなに置いて行かれるから。クローバーというこの場所からはみ出てしまうから。
(お願い……わたしを……置いて行かないで………)
リーシャが悲痛な叫びのような祈りを続けていると、魔法陣から光が湧き出る。それはリーシャの身体の中に吸い込まれるように消え、次の瞬間にはリーシャの身体が光に覆われていた。
「うわっ!リーシャが光ってるよ!?」
「リーシャ!?大丈夫なのリーシャ!?」
「リ、リーシャちゃん……?」
「………小精霊の時の反応と何か違う」
小精霊と契約した時は、光がリーシャの身体に吸い込まれて消え、そのまま何事も無く契約は終わった。だが今回は、リーシャの身体全体が様々な色の光に覆われている。
当のリーシャ本人は苦しんだりする素振りは無く、自分でもよく分からない今の状況に困惑の表情を浮かべている。そしてーーーーー
『やれやれ、随分と悲痛な声だったね』
『ふふふ、でも優しい感じがしたわよ』
『そうだね、ある意味心地良かったかな』
『久しぶりだね、僕達と契約出来た人間は』
『ああ、これは楽しくなりそうだ』
リーシャの周りに、五色の玉の様な光がクルクルと回り、それはやがて姿を変えた。
「何……あれ………」
「………小人?」
それは小さな小人のような姿。『中精霊』達の姿だった。
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