ゲス・イット

牧村燈

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侵入者

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 最も部屋に入れてはいけない男のまさかの襲来だった。夏菜子はすぐにドアを閉めようとしたが、伯父は素早く足を隙間に入れ、力づくで扉をこじ開けて部屋の中に入り込む。伯父の背中で締まったドアのオートロックがガチャリと閉まった。

「夏菜子さん。挨拶もなしに行ってしまうなんてひどいじゃないですか」

「どうしてこんなところまで来たんですか。お願いです。帰ってください」

 伯父は構わずに夏菜子に自分の身体をぶつけるようにして部屋の奥へと進んでいく。

「いや、ダメです。出て行ってください。い、いや、あっ、もう、あああ」

 夏菜子はあっという間にどん詰まりのベッドに足を取られ、二人は絡み合うようにベッドに倒れ込んだ。伯父は夏菜子の両手を掴んで頭上に固定すると、顔を極限まで近づける。濁ったアルコール臭い息が唇に掛かる。

「夏菜子さんが、大人しくしないからですよ」

 夏菜子は顔をそむけながら、

「やめてください。い、いやだ、どいてください。もう、早く出ていってください」

「そんなに嫌がらなくたってていいだろう。去年の葬儀の時は従順だったじゃないか」

「それは。あんな時にあんなことをするなんて誰も想像もしてないですから」 

「なあに、夏菜子さんだってあんな時に身体を触られて興奮してたんじゃないのか」

「ふざけないで」

 夏菜子は全力で伯父の身体を押しのけようと身を捩って抵抗した。押さえつける伯父の力が更に強くなる。手首が痛い。

「言わなかったがね、ヨシオ君には貸しがあるんだよ。少しは聞いているんだろう?」

 伯父の言葉がキツくなる。

「な、何のことですか?そんな話、聞いて無いです」

 ニヤリと笑う伯父。

「聞いてないなら教えてやろう。ヨシオ君は君も知っての通り優しいいい男だった。だけど、あまりにいい男過ぎてね。何にでも手を差し伸べてしまうところがあったんだ。君も知っているだろう?ヨシオ君が顧問をしていた親のない子の世話をしていた施設があったのを」

「聞いたことはありますが・・・・・・、でもそれが何なんですか」

「実は3年ほど前にその施設の経営が危なくなった時に、頼み込まれたヨシオ君が断り切れずに保証人になって金を借りたんだ。そのおかげで施設は一時は立て直しに成功したんだが、結局はうまくいかずに経営者はとんずらしちまった。保証人のヨシオ君のところに取り立てが来た。それが2年前のことだ」

「そんな話聞いたことありません」

「それはそうだろう。ヨシオ君はそういう男だ。夏菜子さんに心配掛けるようなことはしない。一人で頑張るやつだったからな。だから、死ぬほど身体を壊していても、夏菜子さんはまるで気づきもしなかったんだろう?」

「だ、だって、ヨシオさんは、いつも大丈夫だって」

 図星だった。夏菜子が愛する夫の体調の変化に気づいたのは、死のほんの2ケ月前だ。病院で検査を受けた時には既に手の施しようの状態になっていた。

(続く)
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