「社会のはぐるま」

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「社会のはぐるま」

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「今日からこの部署に配属になりました、峰元裕也です。」
「おー、君が新人の峰元くんか。よろしくな。私は部長の竹谷だ。さて、早速で申し訳ないんだが、ここにある資料を~~」

あぁ、配属初日から鬱陶しい。まったく、社会ってのは面倒くさい機関だ。生まれも育ちも性格も違う人間が、同じ組織で同じ目的を見つめ同じ結果に走る。なんともちぐはぐで曖昧で、いびつな世界じゃないか。

「~~してくれるかね?」

「はい。了解致しました。」

渡された資料を言われた通りに、部長の好みに整形する。僕の仕事は、いや、社会で行われている大半の仕事は、誰かの好みに合わせて姿形を整えることだ。やれ先方の会社の都合だとか、やれ世間の声がどうだとか。そういう頑丈な鉄格子に囲まれて、ここには個性のこの字もありゃしない。
窮屈だよ。ほんっと。

「峰元くん。今日はごくろうさん!さて、今日のノルマも終わったことだし、飲みにでも行くか!新人のお前に、俺がこれから社会のいろはを教えてやるからな。課長の杉下達も呼んで、パーっとお前の歓迎会といこうじゃないか。」

「はい。了解致しました。」

「ったく、おめーはどうも元気が無いなー。調子狂うぞ。まぁ酒でも飲んで楽しくいこうぜ!」

これも僕の「仕事」だ。部長達の好みに合わせる。これが新人の僕にに課される仕事。部長の色に染まり、会社の色に染まり、社会の色に染まる。これが世の中の仕組みらしい。そう思うと、飲み会の前から悪酔いでもした気分だ。
でも、仕方がない。組織で生き残る処世術に従うほか、ここで生き延びる方法が僕にはわからないから。

数時間に及ぶ飲み会、もとい残業をこなし、僕はひとり帰路についた。帰り道冷たい空気に、アルコールで熱された吐息が白く宙を舞う。体に鈍く溜まった疲労感をほぐすように、息を吸って、吐く。飲み会の喧騒が余韻で残る中、一人歩く帰り道は一層静けさに包まれていく。


「ただいま。」
家賃48000円のアパート。明かりをつけ、鞄を置き、コートを脱ぐ。ため息に寂しさを混ぜる。少し休憩した後、シャワーを浴び、だぼだぼのジャージに着替える。

ベランダに出て、煙草に火をつける。
一日頑張った分だけ沁みる、至福の時間。丁寧に吸って、丁寧に吐く。ゆっくり、ゆっくり。
将来への不安。職場のストレス。考えすぎてしまうこの頭。冷め切った世の中の仕組み。ありとあらゆる胸の錆を、やさしくほどくように煙を巡らせる。

いくら考えたって答えなんか出ないさ。死ぬのはまだ怖い。だから、惰性で生きていく。慣性の法則で動く。世の中の仕組みにやわらかく流されるように。

煙草の煙で空を塗る。
風のながれにのって飛んでいく煙は、どこまでも自由で、どこまでも儚く感じた。煙草がくれる刹那に今日も、救われていく。
歯車になって、抜けて、また戻って。
ぐるぐると世界は回っていく。

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