生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう

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71話 オオオニ山①

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 鬱蒼とした暗い森。
 今までに体験したこともないほど、光を拒絶し、独立して存在する。まさに鬼が潜んでいるような、悍ましさを感じた。

「リーファさん大丈夫? その山急斜面だけど、ついてこれる?」
「大丈夫ですよ。私はエルフですので、守谷山には慣れています」

 確かにエルフは森に住んでいるから、これぐらいの斜面は大丈夫だとは思う。
 けれどこの雰囲気に当てられないとは考えにくい。
 何せ僕でさえ、少し顔を顰めていた。山自体にではない。肌を貫いて、内側にかけて痛みを及ぼすほどの、しめついた恐怖が「何」とは言わないながらも、襲ってきた。

「リーファさんは、辛くないの?」
「何がですか?」
「この雰囲気。冷たいよね。多分鬼の瘴気と長年の死臭だよね」
「私にはわかりませんが、鎮魂されていない魂でしょうか?」
「さあね。それは僕にもわからないけど、わかる人にはわかると思うよ。それより、顔青いけど、大丈夫ですか?」

 リーファさんの顔色が青かった。
 振り切ったみたいに話の話題をすり替えると、青ざめていた顔を腕で覆い隠そうとする。ここまで随分と瘴気に当てられてしまったみたいだ。

「リーファさん、心のロックを強固にした方がいいですよ。じゃないと、もう少し先に行ったら死ぬかもしれませんから」
「死ぬ? 心のロックを強固にとは?」
「うーん、心を殺す? いや、ちょっと違うかな。波風立たず靡かない精神? ごめん、説明苦手で」
「いえ、説明されなくても私には難しそうです」
「そうかな? でも僕もこれ習得するのに、三ヶ月はかかったかも」
「三ヶ月?」

 リーファさんの表情が固まる。
 これはあれだ。聞いたことのあるあれだ。

(完全に飽きられてる!)

 僕の話が右から左に流れていた。
 目の奥がとろんとして今にも溶け出しそうになっている。完全にスルー。無視されていた。

「ごめんなさい。興味ないですよね」

 僕が話を戻すと、リーファさんは首を横に振った。それだけではなく、オーバーリアクションで手を振る。

「そんなことないですよ。ただ私には難しいだけで」
「難しい? そうかな。慣れればできると思うけど」
「慣れない方がいいですよ。そんな人間を否定するような行動」

 グサリと突き刺さる。
 心の奥底に、ひびを入れた楔は、かなり鋭く黒かった。

「それより天月さん。さっきから妙じゃないですか?」
「妙って? この山自体が変だから、何が何だかわからないけど」
「音ですよ」
「音?」

 急に何を引き合いに出したのか。
 僕は耳を澄ましてみた。何も聞こえない。ガサガサと歯が擦れる音すらしない。
 これは確かに変だ。
 無風なのはわかるが、だからと言ってここまで意識を持ち運ぶのは、雰囲気によるものだろうか?

「何も聞こえませんよ?」
「そうですね。ですが森が泣いています」
「森が泣いてる? 悲しんでるんですか」

 リーファさんには森の声が聞こえるらしい。
 エルフ族の特権だろうが、初めてみた。近くで見ていたら、変な人にしか見えない。きっと僕もこんな風に見られているんだ。

「森が悲しそうです。女性の声ですね。きっとこの森で亡くなった方々なのでしょう」
「そっか。思念っていうやつだよね」
「みたいですね。酷く悍ましい音が胸の奥を逆撫でていますよ。全く、この森は死んでいます」

 リーファさんの目の色が変わった。
 オオオニ山。エルフをここまで苛立たせるのは、鬼によるものか。それとも死んだ人たちの思念や怨念によるものか。
 僕は思考を放棄した。
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