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第一章:異世界と旅路
■9 最終試験
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あれからさらに四ヶ月。
今私は、冬の山の中をひた走り最後の試験の真っ最中だった。
その試験というのはステラさんに無理を言ってやってもらっている。本来こんなもの必要ないのに、せめて少しでもステラさんに追いつこうと必死だったからだ。
それでその試験というのは私が生き残るための試験。
相手はもちろんステラさん。それで、どんな試験内容かというと……
「くそ、どこだ!」
雪降り積もる森の中。
私は防寒着に身を纏い、たった一人で探していた。
今回はルクスの力は借りない。彼女はがっかりしていたけど、タイマンじゃないと意味がない。
それで試験の内容についてだけど、制限時間内にこの雪の中からステラさんを見つけることだ。もちろん、ステラさんからも条件を出されている。
一つは魔法を使わないこと。それからアストラシオンを使わないこと。範囲は山の中全部ではなく、一区画のみ。それから武器による攻撃はないしで、勝利条件はステラさんの腕に巻いてある真っ赤な腕章を取り上げることだった。
まあルールだけ聞けば単なるかくれんぼなんだけど、これら結構難しい。
ステラさんの服も髪の色も保護色になっていて、しかも魔力をお互い使えない。まああれから私が魔法に関して成長なんて全然してないんだけど、そんなこと関係なしに寒すぎて気配を探ることすらままならない状況だった。
「でも師匠のことだし、多分私を観察してるんだと思うけど……」
修行中はステラさんのことを私は師匠と呼んでいる。
と言うかそう強要されているのだ。なんでも楽しいらしく、本人がそれを楽しんでいるのなら付き合ってあげてもいい。
だけどこんな弟子の突拍子もない大変な苦行にも付き合ってくれるあたり優しい人だ。
「ホント、師匠って頼りになるし優しいよね」
「ふふっ」
私はふと本心からそんなことを呟いていた。
しかしそれを皮切りに微弱な気配とそれから声が聞こえてきた。
私は不思議に思い振り返る。しかしそこには当然のことながら誰もいない。代わりにあるのは雪化粧だ。
でもこれで確信した。
師匠はこの雪の何処かに潜んで私の姿を目視している。
約束は守る人なので、ルール違反を率先して破るとも思えなかったからだ。
だけどそうなると疑問になるのは、何故痕跡が何もないのか。そこに尽きる。
足跡がないのは何となく察しがつく。
この雪のせいもあって雪で足跡が隠れてしまったのだろう。それに加えてこの寒さ。感覚が鈍る。現在進行形で降りしきる雪のせいで視界も悪い。
一概にいいとは言えないこの悪条件の最中、師匠が姿を隠していられるとしたら目の前の雪の銀世界にしかない。木も何本か生えているが、時間もないのでこの際スルーする。それしか勝ち札がなかった。
(とにかく見つけないと。雪で足跡がないならどうやって探す。それにしてもなんで息の一つも上がらないのかな?)
そんな問いが浮かんだ。
そもそもこんな雪の中で寒さに震えながら如何やって長時間耐え凌げるんだ?
いや例え防寒を完璧にしていたとしてもだ。
私は動き回っているけど、師匠は動いていない。
それはつまり体内を流れる血の巡りの作用が全然違うのだ。
だとしたら如何する。この白い息を如何やって押し殺すんだ?
頭の中でぐるぐる思考を巡らせる。そうすると、ふと織姫の話を思い出した。前に聞いたくだらない話だ。
「そう言えば織姫が、冬場の戦場で白い息を殺すためにスナイパーは雪を食べるとか言ってたっけ?」
雪で息がバレないようにする。
それは何となく聞いた。だけどもしそれがステラさんも可能だとするなら、雪の中じゃない。
私の姿を視認出来て、その上で地上の寒さを著しく妨げられるとしたら……
「そこだ!」
私は雪を掴み丸くする。
雪玉を作った私は狙いを定めて木の枝に思いっきり投げつけた。
ガサガサガサと音を鳴らす。
すると木の枝に付いた雪がドサドサっと流れ落ちた。
「うわぁ!」
するとかの上から驚いたような声がした。
誰であろう。私の師匠、ステラさんだった。
「見つけましたよ、師匠!」
「あちゃちゃ見つかっちゃったね。でも、この腕章を取れないと神の方にはならないよ」
「わかってます。だ、か、ら」
私はブーツで雪をかき分けて、ステラさんに飛びかかる。
ステラさんもひらりと躱して右手を前に出し私のコートの襟を掴んだ。このまま投げ飛ばされてしまったらいつもと同じ。だから私は足を後ろに踏み込ませて堪える。
柔道みたいな取っ組み合いだけど、ここからは違う。
ノーモーションでステラさんの回し蹴りが私のこめかみに直撃仕掛ける。だけどそれをギリギリところで回避した私も今度は同じくモーションなしで膝蹴りを繰り出し、体を軸から回して右拳のブローをお見舞いするがそれも呆気なく躱されてしまう。
これもいつも通りだ。私の攻撃はまるで当たらず全ていなされてしまう。だけど今日の勝利条件は違う。
「残念だったねナナヤ。君の腕ではまだ私には届かないよ」
「わかってます。でも……」
「あっ!?」
私は腕章を右手に持ちステラさんに見せびらかす。
驚いた表情を見せるステラさん。全くの予想外らしい。
「私の勝ちでいいですよね?」
「ふふっ。あはははは。全くしてやられてしまったね。今日はナナヤの勝ちだ」
「はい。今日はです。でも、やっぱり師匠は手加減が上手いですね」
「そうかな?」
「はい。最後までおちょくられてました」
そう。
私はこれまで一度だって師匠の本気を見たことがない。
『運命の魔女』。その異名の何たるかも発揮されたことがないのだ。それだけ私が弱くて、師匠が強い。その力関係がはっきりしているのもある。
不愉快だとは思わないし、負けたくないと思う思わない。だけど師匠は私なんかじゃ手の届かない別世界の人間なのだ。いつか、その髪の毛一本でも本気の勝負で触れられたらいいのに。
「でもナナヤは確実に成長している。旅をして、またこの地に戻ってきた時にその実力を見せて欲しいね。君が世界の在り方をどう見るのか、興味もある」
「はい。でも、私が師匠に届くんでしょうか?」
「さあね。でも、私は無理難題を乗り越える人の姿を見るのは嫌いじゃないんだよ」
「師匠」
何かカッコいいことを言っている。
私が感心しているとステラさんはいつもの調子に戻っていた。
「さてとナナヤ、そろそろ戻ろうか。ルクスも心配しているだろうからね」
「はい!」
私はステラさんの後を続く。
いや、その隣に立った。いつか本当の意味で隣に立てる日が来るのかはわからないけど。
今私は、冬の山の中をひた走り最後の試験の真っ最中だった。
その試験というのはステラさんに無理を言ってやってもらっている。本来こんなもの必要ないのに、せめて少しでもステラさんに追いつこうと必死だったからだ。
それでその試験というのは私が生き残るための試験。
相手はもちろんステラさん。それで、どんな試験内容かというと……
「くそ、どこだ!」
雪降り積もる森の中。
私は防寒着に身を纏い、たった一人で探していた。
今回はルクスの力は借りない。彼女はがっかりしていたけど、タイマンじゃないと意味がない。
それで試験の内容についてだけど、制限時間内にこの雪の中からステラさんを見つけることだ。もちろん、ステラさんからも条件を出されている。
一つは魔法を使わないこと。それからアストラシオンを使わないこと。範囲は山の中全部ではなく、一区画のみ。それから武器による攻撃はないしで、勝利条件はステラさんの腕に巻いてある真っ赤な腕章を取り上げることだった。
まあルールだけ聞けば単なるかくれんぼなんだけど、これら結構難しい。
ステラさんの服も髪の色も保護色になっていて、しかも魔力をお互い使えない。まああれから私が魔法に関して成長なんて全然してないんだけど、そんなこと関係なしに寒すぎて気配を探ることすらままならない状況だった。
「でも師匠のことだし、多分私を観察してるんだと思うけど……」
修行中はステラさんのことを私は師匠と呼んでいる。
と言うかそう強要されているのだ。なんでも楽しいらしく、本人がそれを楽しんでいるのなら付き合ってあげてもいい。
だけどこんな弟子の突拍子もない大変な苦行にも付き合ってくれるあたり優しい人だ。
「ホント、師匠って頼りになるし優しいよね」
「ふふっ」
私はふと本心からそんなことを呟いていた。
しかしそれを皮切りに微弱な気配とそれから声が聞こえてきた。
私は不思議に思い振り返る。しかしそこには当然のことながら誰もいない。代わりにあるのは雪化粧だ。
でもこれで確信した。
師匠はこの雪の何処かに潜んで私の姿を目視している。
約束は守る人なので、ルール違反を率先して破るとも思えなかったからだ。
だけどそうなると疑問になるのは、何故痕跡が何もないのか。そこに尽きる。
足跡がないのは何となく察しがつく。
この雪のせいもあって雪で足跡が隠れてしまったのだろう。それに加えてこの寒さ。感覚が鈍る。現在進行形で降りしきる雪のせいで視界も悪い。
一概にいいとは言えないこの悪条件の最中、師匠が姿を隠していられるとしたら目の前の雪の銀世界にしかない。木も何本か生えているが、時間もないのでこの際スルーする。それしか勝ち札がなかった。
(とにかく見つけないと。雪で足跡がないならどうやって探す。それにしてもなんで息の一つも上がらないのかな?)
そんな問いが浮かんだ。
そもそもこんな雪の中で寒さに震えながら如何やって長時間耐え凌げるんだ?
いや例え防寒を完璧にしていたとしてもだ。
私は動き回っているけど、師匠は動いていない。
それはつまり体内を流れる血の巡りの作用が全然違うのだ。
だとしたら如何する。この白い息を如何やって押し殺すんだ?
頭の中でぐるぐる思考を巡らせる。そうすると、ふと織姫の話を思い出した。前に聞いたくだらない話だ。
「そう言えば織姫が、冬場の戦場で白い息を殺すためにスナイパーは雪を食べるとか言ってたっけ?」
雪で息がバレないようにする。
それは何となく聞いた。だけどもしそれがステラさんも可能だとするなら、雪の中じゃない。
私の姿を視認出来て、その上で地上の寒さを著しく妨げられるとしたら……
「そこだ!」
私は雪を掴み丸くする。
雪玉を作った私は狙いを定めて木の枝に思いっきり投げつけた。
ガサガサガサと音を鳴らす。
すると木の枝に付いた雪がドサドサっと流れ落ちた。
「うわぁ!」
するとかの上から驚いたような声がした。
誰であろう。私の師匠、ステラさんだった。
「見つけましたよ、師匠!」
「あちゃちゃ見つかっちゃったね。でも、この腕章を取れないと神の方にはならないよ」
「わかってます。だ、か、ら」
私はブーツで雪をかき分けて、ステラさんに飛びかかる。
ステラさんもひらりと躱して右手を前に出し私のコートの襟を掴んだ。このまま投げ飛ばされてしまったらいつもと同じ。だから私は足を後ろに踏み込ませて堪える。
柔道みたいな取っ組み合いだけど、ここからは違う。
ノーモーションでステラさんの回し蹴りが私のこめかみに直撃仕掛ける。だけどそれをギリギリところで回避した私も今度は同じくモーションなしで膝蹴りを繰り出し、体を軸から回して右拳のブローをお見舞いするがそれも呆気なく躱されてしまう。
これもいつも通りだ。私の攻撃はまるで当たらず全ていなされてしまう。だけど今日の勝利条件は違う。
「残念だったねナナヤ。君の腕ではまだ私には届かないよ」
「わかってます。でも……」
「あっ!?」
私は腕章を右手に持ちステラさんに見せびらかす。
驚いた表情を見せるステラさん。全くの予想外らしい。
「私の勝ちでいいですよね?」
「ふふっ。あはははは。全くしてやられてしまったね。今日はナナヤの勝ちだ」
「はい。今日はです。でも、やっぱり師匠は手加減が上手いですね」
「そうかな?」
「はい。最後までおちょくられてました」
そう。
私はこれまで一度だって師匠の本気を見たことがない。
『運命の魔女』。その異名の何たるかも発揮されたことがないのだ。それだけ私が弱くて、師匠が強い。その力関係がはっきりしているのもある。
不愉快だとは思わないし、負けたくないと思う思わない。だけど師匠は私なんかじゃ手の届かない別世界の人間なのだ。いつか、その髪の毛一本でも本気の勝負で触れられたらいいのに。
「でもナナヤは確実に成長している。旅をして、またこの地に戻ってきた時にその実力を見せて欲しいね。君が世界の在り方をどう見るのか、興味もある」
「はい。でも、私が師匠に届くんでしょうか?」
「さあね。でも、私は無理難題を乗り越える人の姿を見るのは嫌いじゃないんだよ」
「師匠」
何かカッコいいことを言っている。
私が感心しているとステラさんはいつもの調子に戻っていた。
「さてとナナヤ、そろそろ戻ろうか。ルクスも心配しているだろうからね」
「はい!」
私はステラさんの後を続く。
いや、その隣に立った。いつか本当の意味で隣に立てる日が来るのかはわからないけど。
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