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第0章ユリアナ村編
ユリアナ村編 4話・前編
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リオ達が歩き続けること数分。彼らは森の中の開けた場所にいた。
円形になっているその場所は、端から端までが約6メートルほどあった。中央部は太陽が直接照らす陽だまりがあり、端の部分は木々の隙間を縫ってきた木漏れ日が差し込んでいる。
陽だまりの中でシャドウベアに背中を預けながら座り込むリオと、そんなリオ達を木漏れ日の中から眺めるミサト。今ここが魔物達に襲われている場所でなければどれだけ平和な光景だろうか。
不意に、シャドウベアが頭をあげる。
「ん、どうしたの、ふぐお」
「ふぐお」とはリオがシャドウベアの鳴き声から名付けたシャドウベアの名前だった。だが、シャドウベアの方は気に入らないらしく。
「フグウ」
不満そうな鼻息と共にリオの方をチラ見するが、すぐにある一点を見つめ直す。
「何か、来たみたいね」
すっと立ち上がるミサト。揺れる黒髪が木漏れ日に反射して美しい輝きを放つ。だが、その表情は険しい。
ミサトは短剣を構え、ふぐおが見ている方向を注視する。
「おやおや、おだやかではありませんねぇ?」
やがて、茂みの先から姿を現す人影があった。
全身を漆黒の闇に覆われ、無防備にもゆったりと歩いてくるその存在は、周囲を威圧するように魔力を放出していた。
「魔人・・・あなたが黒幕なのね」
人型の魔物・魔人。魔物ながら知性を持つ高位魔物。しかしながら、その知性は常に生命を滅ぼすことのみを考える、残虐非道の存在。
「リオ、その子を連れて逃げなさい。このまま、まっすぐ進めば街道に出れる。そうしたら・・・わかるわよね?」
ミサトはそう言って二本目の短剣を抜き放つ。彼女が冒険者時代、最も得意としていた戦闘スタイルである。
「おやおや、親子の愛情は美しいですねぇ。まあ、それも無駄に終わりますがね!!」
魔人は魔力を剣状に精製。片手剣サイズに収まった得物を手にミサトへ突進していく。
「・・・いこう、ふぐお」
「フグウ」
その間に、リオとふぐおは街道へと駆け出して行った。
「はあ、はあ、はあっ」
ミサトの元を離れたリオはふぐおと共に森の中を走っていた。幼い少年の体は既に限界を迎えているようで、激しく肩で息をしていた。
「ふぐお、すこし休もう」
やがて立ち止まったリオが膝に手をつきながら呼吸を整え始める。
「フグ」
そんなリオを、ふぐおが自身の背に乗せる。その姿はまるで「止まってはだめ」と言っているようだった。
リオを背に乗せた「ふぐお」は再び駆け出す。まっすぐ、街道のある方向に向かって。
だが、そんなふぐおが異変を感じたように急に立ち止まり、リオが思わず投げ出されそうになる。
「どうしたの?」
なんとか背中から落ちずに済んだリオがふぐおに声をかけ、ふぐおの視線を追う。
彼らの視線の先にいたのは―――ユリアナ村から街道へ向かい蠢く魔物の群れだった。
一方その頃。
ユリアナ村にほど近いミストでは蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。
市民も衛兵も総出で街中を走り回っていたのだ。
「おい、一体何があったんだ?」
一人の冒険者が、せわしなく動く衛兵を捕まえて騒ぎの原因を聞いている。
燃えるような深紅の鎧に身の丈ほどもある大剣を背負い、鎧と同じように赤い髪をした冒険者に、衛兵は佇まいを正しながら答える。
「はい。実は数日前、この付近にあるローシェンナという村が魔物によって壊滅したとの報告が入りまして。それで――」
「町の防備を固めてる、ってところか」
衛兵が「はい」と答えながら頷く。と、冒険者の背後にいた女性が口を開く。
「で、そのローシェンナって村、生存者はいたの?」
「いえ、残念ながら。現在も懸命に捜索活動は行っているのですが、何せ人数が足らず・・・猫の手でも借りたい状況です」
衛兵が申し訳なさそうに答える。冒険者たちはそこまで聞くと、衛兵に礼を言いその場を離れる。
「ねえ、ローシェンナの近くにはまだ村があるわ。もしかしたらそこも・・・」
「かもしれないな。俺たちで探しに行ってみるか」
そこまで聞いた女性が、淀みのない真っ黒な黒髪を揺らしながら小走りに走り去っていく。
残された冒険者は、そのままミストにある冒険者ギルドへと向かった。
鬱蒼とした森の中に、金属同士がぶつかりあう音が響く。不規則ながらも甲高いその音は、木々を揺らす風と相まって一曲演奏しているようだった。
そして、その主旋律を奏でている存在は、互いの命の奪い合いをしていた。
「なかなか耐えますねぇ。これでも結構本気で戦っているのですが」
「あら、それは光栄ね。この世界を恐怖に叩き落したと言われる魔人様にそう言ってもらえるなんてねっ!!」
青みを帯びた黒髪を揺らし、両の手に短剣を構えた女性――ミサトが一足飛びに魔人との距離を詰めていく。
対する魔人は両手に片手剣を持ち、彼女の間合いの外から得物を振るう。
「おそいのよ!」
一瞬、ミサトの姿が魔人の視界から消える。常人ならざる跳躍力で魔人の右側に回り込んだのだ。
次の瞬間、魔人が横なぎに剣を振るう。その切っ先に首筋が触れる寸前に、ミサトがバックステップを踏み回避する。
「・・ばれてたのね」
「あなたの動きは見切りましたのでねぇ」
ミサトが苦虫を噛み潰したような表情になる。
(今のも通用しないとなると・・・あれしかないのだけれど)
ミサトが周囲に視線を巡らす。このくらいの広さなら・・・いける。
――その昔、《俊閃の女王》と呼ばれた冒険者がいた。その冒険者は元暗殺者として幼少期を過ごし、ある人物に見初められ皇国直属の軍団・「群狼団」に所属した。
そんな「彼」は、後進の育成ということで五名の少年少女たちに訓練を施したのだ。
ミサトはそのうちの一人だったのである。
「・・・いまさら逃げようというのですか?」
唐突に茂みの方向へ駆けだしたミサトに魔人が訝し気な視線を送る。
と、次の瞬間。跳躍したミサトが1本の木を蹴り、そのまま魔人の懐へと迫った。
思わぬ攻撃に一瞬反応の遅れた魔人は回避行動をとる。だが、それは逆効果だったようで――
「読み通りね」
ミサトの短剣が魔人の脇腹を捉える。その剣先は吸い込まれるように魔人の体に傷を負わせた。
傷から溢れ出す魔力。それを見た魔人は逆上し――
「この、きさまあっ!」
魔人がミサトの居た場所へ剣を振るう。だがその攻撃は空しく空を切る。一瞬にして魔人の背後に立ったミサトは追撃を仕掛ける。
1つ、2つ、3つ。ミサトの剣先が、魔人に触れるたびに傷を負わしていく。
「はっ!」
魔人に乱撃を繰り出していたミサトが一気に距離を取り、魔人を見据える。と同時に、魔人の足元に広がる魔法陣。
ミサトは魔人の周囲を舞いながら魔法陣を構築していたのだ。
「チェックメイトね」
次の瞬間、魔法陣が光輝き、魔人を覆うように暴風が荒れ狂う。
荒れ狂う風は刃となり、ミサトの乱撃以上の速度で瞬く間に魔人を切り刻む。
やがて風が収まり、荒れ狂う風によって不明瞭になっていた視界が開けていく。
「やったようね」
視界が完全に開けると、そこに魔人の姿は既になかった。
円形になっているその場所は、端から端までが約6メートルほどあった。中央部は太陽が直接照らす陽だまりがあり、端の部分は木々の隙間を縫ってきた木漏れ日が差し込んでいる。
陽だまりの中でシャドウベアに背中を預けながら座り込むリオと、そんなリオ達を木漏れ日の中から眺めるミサト。今ここが魔物達に襲われている場所でなければどれだけ平和な光景だろうか。
不意に、シャドウベアが頭をあげる。
「ん、どうしたの、ふぐお」
「ふぐお」とはリオがシャドウベアの鳴き声から名付けたシャドウベアの名前だった。だが、シャドウベアの方は気に入らないらしく。
「フグウ」
不満そうな鼻息と共にリオの方をチラ見するが、すぐにある一点を見つめ直す。
「何か、来たみたいね」
すっと立ち上がるミサト。揺れる黒髪が木漏れ日に反射して美しい輝きを放つ。だが、その表情は険しい。
ミサトは短剣を構え、ふぐおが見ている方向を注視する。
「おやおや、おだやかではありませんねぇ?」
やがて、茂みの先から姿を現す人影があった。
全身を漆黒の闇に覆われ、無防備にもゆったりと歩いてくるその存在は、周囲を威圧するように魔力を放出していた。
「魔人・・・あなたが黒幕なのね」
人型の魔物・魔人。魔物ながら知性を持つ高位魔物。しかしながら、その知性は常に生命を滅ぼすことのみを考える、残虐非道の存在。
「リオ、その子を連れて逃げなさい。このまま、まっすぐ進めば街道に出れる。そうしたら・・・わかるわよね?」
ミサトはそう言って二本目の短剣を抜き放つ。彼女が冒険者時代、最も得意としていた戦闘スタイルである。
「おやおや、親子の愛情は美しいですねぇ。まあ、それも無駄に終わりますがね!!」
魔人は魔力を剣状に精製。片手剣サイズに収まった得物を手にミサトへ突進していく。
「・・・いこう、ふぐお」
「フグウ」
その間に、リオとふぐおは街道へと駆け出して行った。
「はあ、はあ、はあっ」
ミサトの元を離れたリオはふぐおと共に森の中を走っていた。幼い少年の体は既に限界を迎えているようで、激しく肩で息をしていた。
「ふぐお、すこし休もう」
やがて立ち止まったリオが膝に手をつきながら呼吸を整え始める。
「フグ」
そんなリオを、ふぐおが自身の背に乗せる。その姿はまるで「止まってはだめ」と言っているようだった。
リオを背に乗せた「ふぐお」は再び駆け出す。まっすぐ、街道のある方向に向かって。
だが、そんなふぐおが異変を感じたように急に立ち止まり、リオが思わず投げ出されそうになる。
「どうしたの?」
なんとか背中から落ちずに済んだリオがふぐおに声をかけ、ふぐおの視線を追う。
彼らの視線の先にいたのは―――ユリアナ村から街道へ向かい蠢く魔物の群れだった。
一方その頃。
ユリアナ村にほど近いミストでは蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。
市民も衛兵も総出で街中を走り回っていたのだ。
「おい、一体何があったんだ?」
一人の冒険者が、せわしなく動く衛兵を捕まえて騒ぎの原因を聞いている。
燃えるような深紅の鎧に身の丈ほどもある大剣を背負い、鎧と同じように赤い髪をした冒険者に、衛兵は佇まいを正しながら答える。
「はい。実は数日前、この付近にあるローシェンナという村が魔物によって壊滅したとの報告が入りまして。それで――」
「町の防備を固めてる、ってところか」
衛兵が「はい」と答えながら頷く。と、冒険者の背後にいた女性が口を開く。
「で、そのローシェンナって村、生存者はいたの?」
「いえ、残念ながら。現在も懸命に捜索活動は行っているのですが、何せ人数が足らず・・・猫の手でも借りたい状況です」
衛兵が申し訳なさそうに答える。冒険者たちはそこまで聞くと、衛兵に礼を言いその場を離れる。
「ねえ、ローシェンナの近くにはまだ村があるわ。もしかしたらそこも・・・」
「かもしれないな。俺たちで探しに行ってみるか」
そこまで聞いた女性が、淀みのない真っ黒な黒髪を揺らしながら小走りに走り去っていく。
残された冒険者は、そのままミストにある冒険者ギルドへと向かった。
鬱蒼とした森の中に、金属同士がぶつかりあう音が響く。不規則ながらも甲高いその音は、木々を揺らす風と相まって一曲演奏しているようだった。
そして、その主旋律を奏でている存在は、互いの命の奪い合いをしていた。
「なかなか耐えますねぇ。これでも結構本気で戦っているのですが」
「あら、それは光栄ね。この世界を恐怖に叩き落したと言われる魔人様にそう言ってもらえるなんてねっ!!」
青みを帯びた黒髪を揺らし、両の手に短剣を構えた女性――ミサトが一足飛びに魔人との距離を詰めていく。
対する魔人は両手に片手剣を持ち、彼女の間合いの外から得物を振るう。
「おそいのよ!」
一瞬、ミサトの姿が魔人の視界から消える。常人ならざる跳躍力で魔人の右側に回り込んだのだ。
次の瞬間、魔人が横なぎに剣を振るう。その切っ先に首筋が触れる寸前に、ミサトがバックステップを踏み回避する。
「・・ばれてたのね」
「あなたの動きは見切りましたのでねぇ」
ミサトが苦虫を噛み潰したような表情になる。
(今のも通用しないとなると・・・あれしかないのだけれど)
ミサトが周囲に視線を巡らす。このくらいの広さなら・・・いける。
――その昔、《俊閃の女王》と呼ばれた冒険者がいた。その冒険者は元暗殺者として幼少期を過ごし、ある人物に見初められ皇国直属の軍団・「群狼団」に所属した。
そんな「彼」は、後進の育成ということで五名の少年少女たちに訓練を施したのだ。
ミサトはそのうちの一人だったのである。
「・・・いまさら逃げようというのですか?」
唐突に茂みの方向へ駆けだしたミサトに魔人が訝し気な視線を送る。
と、次の瞬間。跳躍したミサトが1本の木を蹴り、そのまま魔人の懐へと迫った。
思わぬ攻撃に一瞬反応の遅れた魔人は回避行動をとる。だが、それは逆効果だったようで――
「読み通りね」
ミサトの短剣が魔人の脇腹を捉える。その剣先は吸い込まれるように魔人の体に傷を負わせた。
傷から溢れ出す魔力。それを見た魔人は逆上し――
「この、きさまあっ!」
魔人がミサトの居た場所へ剣を振るう。だがその攻撃は空しく空を切る。一瞬にして魔人の背後に立ったミサトは追撃を仕掛ける。
1つ、2つ、3つ。ミサトの剣先が、魔人に触れるたびに傷を負わしていく。
「はっ!」
魔人に乱撃を繰り出していたミサトが一気に距離を取り、魔人を見据える。と同時に、魔人の足元に広がる魔法陣。
ミサトは魔人の周囲を舞いながら魔法陣を構築していたのだ。
「チェックメイトね」
次の瞬間、魔法陣が光輝き、魔人を覆うように暴風が荒れ狂う。
荒れ狂う風は刃となり、ミサトの乱撃以上の速度で瞬く間に魔人を切り刻む。
やがて風が収まり、荒れ狂う風によって不明瞭になっていた視界が開けていく。
「やったようね」
視界が完全に開けると、そこに魔人の姿は既になかった。
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