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第1章ミスト編
第一部・ミスト 3話
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「おう、打ち解けられたか?」
ふぐおの背に乗ったリオと共に、エレナがジン達のもとに戻ると、ジンが声をかけてきた。口には出さないが、そばにいる3人もリオ達に心配するような視線を向ける。
「うん、もう仲良しだよ」
リオが屈託のない笑顔で答え、両手でエレナの手を握る。そんなリオの行動に驚いたエレナだったが、彼女もリオの手を優しく握り返す。
「フグウ」
そんな二人を見ながら、今まで空気と化していたふぐおが不満そうに鳴く。おそらく、今の今まで空気を読んで静かにしていたのだろう。
そんなふぐおを見て、エレナが苦笑しながら――
「ふふ、そろそろリオ君を返すわね」
握っていた手をそっと離す。
「はは、熊公のくせに嫉妬するんだな」
その光景を見ていたアッガスがふぐおをからかい始める。それに対しふぐおは、リオに降りるように目配せする。
その先の行動を予想したのだろう、リオがふぐおを叱る。
「だめだよ、ふぐお」
「フグウ」
ふぐおは不満そうにしながらも、リオに従う。だが、その瞳は「いつかこの恨みは果たす」と言わんばかりにアッガスを睨みつけていた。
と、そこへ。
「すみません、そろそろ急がないと困るのですが・・・」
関所の兵士に呼ばれ、ずっと共にいたギルドの職員が6人と1頭に声をかける。実は職員は、対応中のところを急遽抜けてきたのだ。そのため、先方をギルドで待たせている状態だった。
そんな裏事情を知ってか知らずか。急かされたリオ達は、急いでギルドへ向かうのだった。
それから数分後。リオ達は役場のような大きな木造の建物の中にいた。なお、ギルド内は魔獣は入れない規則のため、ふぐおだけギルドの外で待っている。
「それでは私はこれで。詳しいことはあちらの職員にお願いいたします」
関所から共に来た職員がそう言い残し、建物の一角にあるカウンターへと向かう。そこでは、職員が応対をしていたと思われる人物が暇を持て余した様子で座っていた。
「・・・全然人がいないんだね」
屋内を見回しながらリオが感想を口にする。
彼の言う通り、建物内には職員らしき人物が4名と、先ほどの職員が応対している人物。その計5人しかいなかった。
また、職員の内の2名はカウンターの奥で書類を纏めている最中のようで、数枚ほど何か書いてはせっせと類別し、保管場所に戻していた。
「そうだな。おそらく、魔物に関することでほとんどが出払っているんだろう。なんせ、まだ100人以上が行方不明らしいからな」
フルフェイスタイプの兜をした男性が、リオに対して簡単に説明をする。それを聞いたリオは、故郷の村人たちのことを思い出したのか、表情を暗くする。
「そう、なんだ」
表情を暗くしたリオがうつむきがちに呟く。そんなリオを見たジンが、リオを元気づけるように口を開いた。
「ま、リオが気にすることじゃない。お前は生き残った。運良くな」
そう言いながらリオの頭に手を乗せる。そしてそのまま、表情を険しくしながら言葉を続けた。
「だが、生き残ったってことは、何かお前がやるべきことがあるんだ。・・・多分な」
「やるべきこと・・・」
そうだ、と言いながらジンが頷く。そのジンの言動を見たリオが、彼なりにやるべきことを模索し始める。
(僕がやらないといけないこと・・・)
誰か生きてる人を探すこと?――いや、違う。だったら・・・・・・あ、そうか。
リオは何かを思いつき、ジンの方を見る。すると、ジンがリオの頭から手を下ろし、カウンターでせっせと書類にメモをしている職員の元へ向かう。
「お疲れ様です。どうされましたか?」
ジンに気づいた職員がその手を止め、声をかける。対するジンは無言でリオを手招きすると、手短に要件を説明していく。
「ああ、先ほどの保護された子供ですね?その子が。・・・お名前、聞いてもいいかな?」
説明を受けた職員が、リオに視線を向けながら尋ねる。
「リオです。5歳、ユリアナ村出身です」
リオが簡単に自己紹介をすると、職員は手元にあった書類の中から一枚だけ引っ張り出す。
乱雑にある村の簡易的な地図が描かれた、その紙の上の部分には「ユリアナ村」と書いてあった。
「リオ君が住んでた家はどのあたりかな?」
その問いに、リオは指を指して答える。それを見た職員は、リオが指さした地点にメモ書きをしていく。
「それじゃあ、次。・・・魔物に村が襲われたのは、だいたいどのくらいの時間だった?」
職員が躊躇い(ためらい)がちに次の質問をした瞬間、うしろにいたエレナが声を上げた。
「ちょっと、そんな質問、この子が可哀そうじゃない!あなた、仕事とは言っても、たった1人になったこの子の気持ちも――」
「エレナおばさん、大丈夫だよ。これは、僕が決めたことだから」
エレナの言葉に割って入ったのはリオだった。自分のやるべきこと。それを見つけたリオの黒い瞳は、彼の意思を表すように強く輝いていた。
そのリオの瞳を目にしたエレナは、思わず口ごもる。
「でも・・・」
「リオの気持ちも汲んでやれ、エレナ」
それでも何か言おうとしたエレナを止めたのはジンだった。エレナはジンの方を思わず睨む。
「けど、あんまりでしょう!?また辛い思いをさせるの?」
エレナが感情的になって叫ぶ。だが、そんなエレナに対し、ジンは冷静に返す。
「ああ、そうだ。だが、そうしないと、こいつは心の傷を癒す術を知らないまま大人になる。・・・守ってやるばかりじゃ駄目なんだ」
そう語るジンの言葉は、まるで自分に言い聞かせるようだった。そしてその表情には、エレナが今までに見たことのない大きな後悔と憂いがあった。
「――っ。・・・わかったわよ、私はしばらく外にいるわ」
まだ何か言おうとしたエレナだったが、一度ジンの顔を見てから、そう吐き捨ててギルドから出ていく。
(あんな顔されたら何も言えないでしょ、馬鹿)
エレナが内心で呟く。
その後、残されたジンも、リオ達を残して何も言わずにギルドを後にした。
その後、残された面々はリオを見守る。当のリオも、何事もなかったかのように職員の質問に答えていた。
「はい、これで終わりです。お疲れさまでした。・・・それと、お連れのお二方は大丈夫でしょうか?」
リオから一通り話を聞いた職員がリオをねぎらい、背後にいるミリー達に声をかける。
彼女なりに責任を感じているのか、不安そうな表情を浮かべていた。
「ええ、大丈夫でしょう。あの2人はいつもああですから。――と、言いたいんですが・・・」
フルフェイスタイプの兜を身に着けた男性が、腕を組みながら答える。2人とは長い付き合いの彼だったが、今までにない2人の剣幕に、不安を感じたようだった。
「あのエレナがあそこまで感情的になるなんて今までなかったからな・・・」
「うん、僕もそう思うよ、オーガスっち。あの二人、よく言い争うことはあるけど・・・」
ミリーがフルフェイスタイプの兜の男性――オーガスに同意する。残るアッガスは何も言わずに頷くだけで同意する。彼も同じ感想を抱いたようだった。
「・・・2人が喧嘩したのは、僕のせい、だよね・・・」
2人の言い争いを間近で見ていたリオが、肩を落としながら呟く。そんなリオを慰めるように、ミリーがその背中を優しくさする。
「リオっちのせいじゃないよ。多分、大元(おおもと)の原因は・・・ジンにあると思うから」
そこでミリーが一旦言葉を切る。髪と同じ翡翠のような瞳はわずかに揺らめき、これから話そうとしていることに対しての迷いが見て取れた。
だがやがて、意を決したように、彼女は口を開く。
「ジンは、急いでいるんだ。昔の過ちを繰り返さないように」
リオ達がギルドで暗い雰囲気になっている頃。ミストの南側の関所から町の外へ向かう人影があった。
燃えるような深紅の鎧を身に着けた紅い髪の男性は、既に何度目か分からない溜息を吐いていた。
(・・・くそ、どうしてこんなにムシャクシャするんだよ・・・)
男性が頭を掻く。彼をここまで悩ませているのは、つい先ほど、ミストのギルドであった出来事のせいだった。
(・・・俺って自分勝手な奴だよな。保護した子供に辛い現実を話させて、それを無理矢理正当化して。・・・あの頃から変わってないじゃねえか)
彼の脳裏に1人の少女の姿がよぎる。あの頃の自分は「心の傷」について、知ったつもりで生きていた。
あの時は「大人になれば」――そういえば何とかなると思っていた。大人になればきっと、時間と共に忘れていくって。
けど、ちゃんと理解していない人間が下手に寄り添ったところで、逆に負担だったんだ。結果、彼女の心は壊れてしまったのだから。
感情を失った瞳で、彼を見る少女の姿が目に浮かぶ。以前は輝いていたはずの翡翠の瞳はくすんだ色になり、目に映るもの全てを「敵」と判断していた。
「・・・俺は一体どうすればよかったんだ?――誰か、教えてくれよ」
「そこの人。何事かは知らんが、わしらを助けてくれんか」
突然、どこからか声が聞こえる。
「どこだ?」
男性が声の主を探して辺りを見回す。すると、彼の近くの森の中から10人ほどの人影が姿を現した。
ふぐおの背に乗ったリオと共に、エレナがジン達のもとに戻ると、ジンが声をかけてきた。口には出さないが、そばにいる3人もリオ達に心配するような視線を向ける。
「うん、もう仲良しだよ」
リオが屈託のない笑顔で答え、両手でエレナの手を握る。そんなリオの行動に驚いたエレナだったが、彼女もリオの手を優しく握り返す。
「フグウ」
そんな二人を見ながら、今まで空気と化していたふぐおが不満そうに鳴く。おそらく、今の今まで空気を読んで静かにしていたのだろう。
そんなふぐおを見て、エレナが苦笑しながら――
「ふふ、そろそろリオ君を返すわね」
握っていた手をそっと離す。
「はは、熊公のくせに嫉妬するんだな」
その光景を見ていたアッガスがふぐおをからかい始める。それに対しふぐおは、リオに降りるように目配せする。
その先の行動を予想したのだろう、リオがふぐおを叱る。
「だめだよ、ふぐお」
「フグウ」
ふぐおは不満そうにしながらも、リオに従う。だが、その瞳は「いつかこの恨みは果たす」と言わんばかりにアッガスを睨みつけていた。
と、そこへ。
「すみません、そろそろ急がないと困るのですが・・・」
関所の兵士に呼ばれ、ずっと共にいたギルドの職員が6人と1頭に声をかける。実は職員は、対応中のところを急遽抜けてきたのだ。そのため、先方をギルドで待たせている状態だった。
そんな裏事情を知ってか知らずか。急かされたリオ達は、急いでギルドへ向かうのだった。
それから数分後。リオ達は役場のような大きな木造の建物の中にいた。なお、ギルド内は魔獣は入れない規則のため、ふぐおだけギルドの外で待っている。
「それでは私はこれで。詳しいことはあちらの職員にお願いいたします」
関所から共に来た職員がそう言い残し、建物の一角にあるカウンターへと向かう。そこでは、職員が応対をしていたと思われる人物が暇を持て余した様子で座っていた。
「・・・全然人がいないんだね」
屋内を見回しながらリオが感想を口にする。
彼の言う通り、建物内には職員らしき人物が4名と、先ほどの職員が応対している人物。その計5人しかいなかった。
また、職員の内の2名はカウンターの奥で書類を纏めている最中のようで、数枚ほど何か書いてはせっせと類別し、保管場所に戻していた。
「そうだな。おそらく、魔物に関することでほとんどが出払っているんだろう。なんせ、まだ100人以上が行方不明らしいからな」
フルフェイスタイプの兜をした男性が、リオに対して簡単に説明をする。それを聞いたリオは、故郷の村人たちのことを思い出したのか、表情を暗くする。
「そう、なんだ」
表情を暗くしたリオがうつむきがちに呟く。そんなリオを見たジンが、リオを元気づけるように口を開いた。
「ま、リオが気にすることじゃない。お前は生き残った。運良くな」
そう言いながらリオの頭に手を乗せる。そしてそのまま、表情を険しくしながら言葉を続けた。
「だが、生き残ったってことは、何かお前がやるべきことがあるんだ。・・・多分な」
「やるべきこと・・・」
そうだ、と言いながらジンが頷く。そのジンの言動を見たリオが、彼なりにやるべきことを模索し始める。
(僕がやらないといけないこと・・・)
誰か生きてる人を探すこと?――いや、違う。だったら・・・・・・あ、そうか。
リオは何かを思いつき、ジンの方を見る。すると、ジンがリオの頭から手を下ろし、カウンターでせっせと書類にメモをしている職員の元へ向かう。
「お疲れ様です。どうされましたか?」
ジンに気づいた職員がその手を止め、声をかける。対するジンは無言でリオを手招きすると、手短に要件を説明していく。
「ああ、先ほどの保護された子供ですね?その子が。・・・お名前、聞いてもいいかな?」
説明を受けた職員が、リオに視線を向けながら尋ねる。
「リオです。5歳、ユリアナ村出身です」
リオが簡単に自己紹介をすると、職員は手元にあった書類の中から一枚だけ引っ張り出す。
乱雑にある村の簡易的な地図が描かれた、その紙の上の部分には「ユリアナ村」と書いてあった。
「リオ君が住んでた家はどのあたりかな?」
その問いに、リオは指を指して答える。それを見た職員は、リオが指さした地点にメモ書きをしていく。
「それじゃあ、次。・・・魔物に村が襲われたのは、だいたいどのくらいの時間だった?」
職員が躊躇い(ためらい)がちに次の質問をした瞬間、うしろにいたエレナが声を上げた。
「ちょっと、そんな質問、この子が可哀そうじゃない!あなた、仕事とは言っても、たった1人になったこの子の気持ちも――」
「エレナおばさん、大丈夫だよ。これは、僕が決めたことだから」
エレナの言葉に割って入ったのはリオだった。自分のやるべきこと。それを見つけたリオの黒い瞳は、彼の意思を表すように強く輝いていた。
そのリオの瞳を目にしたエレナは、思わず口ごもる。
「でも・・・」
「リオの気持ちも汲んでやれ、エレナ」
それでも何か言おうとしたエレナを止めたのはジンだった。エレナはジンの方を思わず睨む。
「けど、あんまりでしょう!?また辛い思いをさせるの?」
エレナが感情的になって叫ぶ。だが、そんなエレナに対し、ジンは冷静に返す。
「ああ、そうだ。だが、そうしないと、こいつは心の傷を癒す術を知らないまま大人になる。・・・守ってやるばかりじゃ駄目なんだ」
そう語るジンの言葉は、まるで自分に言い聞かせるようだった。そしてその表情には、エレナが今までに見たことのない大きな後悔と憂いがあった。
「――っ。・・・わかったわよ、私はしばらく外にいるわ」
まだ何か言おうとしたエレナだったが、一度ジンの顔を見てから、そう吐き捨ててギルドから出ていく。
(あんな顔されたら何も言えないでしょ、馬鹿)
エレナが内心で呟く。
その後、残されたジンも、リオ達を残して何も言わずにギルドを後にした。
その後、残された面々はリオを見守る。当のリオも、何事もなかったかのように職員の質問に答えていた。
「はい、これで終わりです。お疲れさまでした。・・・それと、お連れのお二方は大丈夫でしょうか?」
リオから一通り話を聞いた職員がリオをねぎらい、背後にいるミリー達に声をかける。
彼女なりに責任を感じているのか、不安そうな表情を浮かべていた。
「ええ、大丈夫でしょう。あの2人はいつもああですから。――と、言いたいんですが・・・」
フルフェイスタイプの兜を身に着けた男性が、腕を組みながら答える。2人とは長い付き合いの彼だったが、今までにない2人の剣幕に、不安を感じたようだった。
「あのエレナがあそこまで感情的になるなんて今までなかったからな・・・」
「うん、僕もそう思うよ、オーガスっち。あの二人、よく言い争うことはあるけど・・・」
ミリーがフルフェイスタイプの兜の男性――オーガスに同意する。残るアッガスは何も言わずに頷くだけで同意する。彼も同じ感想を抱いたようだった。
「・・・2人が喧嘩したのは、僕のせい、だよね・・・」
2人の言い争いを間近で見ていたリオが、肩を落としながら呟く。そんなリオを慰めるように、ミリーがその背中を優しくさする。
「リオっちのせいじゃないよ。多分、大元(おおもと)の原因は・・・ジンにあると思うから」
そこでミリーが一旦言葉を切る。髪と同じ翡翠のような瞳はわずかに揺らめき、これから話そうとしていることに対しての迷いが見て取れた。
だがやがて、意を決したように、彼女は口を開く。
「ジンは、急いでいるんだ。昔の過ちを繰り返さないように」
リオ達がギルドで暗い雰囲気になっている頃。ミストの南側の関所から町の外へ向かう人影があった。
燃えるような深紅の鎧を身に着けた紅い髪の男性は、既に何度目か分からない溜息を吐いていた。
(・・・くそ、どうしてこんなにムシャクシャするんだよ・・・)
男性が頭を掻く。彼をここまで悩ませているのは、つい先ほど、ミストのギルドであった出来事のせいだった。
(・・・俺って自分勝手な奴だよな。保護した子供に辛い現実を話させて、それを無理矢理正当化して。・・・あの頃から変わってないじゃねえか)
彼の脳裏に1人の少女の姿がよぎる。あの頃の自分は「心の傷」について、知ったつもりで生きていた。
あの時は「大人になれば」――そういえば何とかなると思っていた。大人になればきっと、時間と共に忘れていくって。
けど、ちゃんと理解していない人間が下手に寄り添ったところで、逆に負担だったんだ。結果、彼女の心は壊れてしまったのだから。
感情を失った瞳で、彼を見る少女の姿が目に浮かぶ。以前は輝いていたはずの翡翠の瞳はくすんだ色になり、目に映るもの全てを「敵」と判断していた。
「・・・俺は一体どうすればよかったんだ?――誰か、教えてくれよ」
「そこの人。何事かは知らんが、わしらを助けてくれんか」
突然、どこからか声が聞こえる。
「どこだ?」
男性が声の主を探して辺りを見回す。すると、彼の近くの森の中から10人ほどの人影が姿を現した。
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