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ぬこぬこ麻呂ロン@劉竜

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第1章ミスト編

第三部・新たな家族 最終話

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 リオ達が新たな生活を始めて一か月が経過しようとしていた、ある夜。
 夜の町を、数少ない灯りを頼りに歩く五人組の集団がいた。ジン達「大鷲の翼」である。彼らの目的地はリオの住むティアナの経営する宿屋であった。

「リオっち、元気にしてるかな?」

 集団の先頭を歩いていたミリーが、背後にいる仲間たちに振り向きながら声をかける。
 しばらくミストを離れていたジン達だったが、近くを通りかかったため、わざわざリオに顔を見せに来たのだった。

「ティアナと一緒にいるから大丈夫よ。もう一人ぼっちの子供じゃないもの」

 ミリーの台詞に、エレナが自前の黒髪を揺らしながら答える。もともと、ミストに寄ろうと言い出したのはエレナであった。

「とか言いつつ、依頼中も何かと気にかけていたのはどこの誰だったけかな~?」

「う、うるさいわよ。甥っ子なのよ?心配して何が悪いの!」

 アッガスに指摘され、泡を食って叫ぶエレナ。そんな二人を見ながらジンが口を開いた。

「アッガス、そこまでにしておけ。また市中で鬼ごっこをするつもりか?」

 ジンにそう言われ、ついこの間、依頼で訪れた町で起こした騒ぎを思い出すアッガス。

「いや、もうあんな公開処刑はやめてくれ・・・」

 一体何をされたというのだろうか、先ほどまで生き生きとしていた彼の表情が一瞬にして死人のようになる。
 そもそも、その騒ぎの原因はアッガスが作ったようで――

「自業自得だろう。これに懲りたらいじりすぎるのはやめることだな」

 オーガスにバッサリと切り捨てられていた。
 肩を落として歩くアッガス。

「ちょっと、私も被害者なのに、なんでアッガスが落ち込むのよ」

 アッガスの行動を見て不満そうに呟くエレナ。ちなみにいつものことではあるのだが、彼に制裁を下したのは彼女である。

「お前は十分やり返したんだから、すっきりしただろ」

 不満そうなエレナに呆れたように呟くジン。だが、当の本人は未だ満足はしていないようだった。

「いいえ。アッガスにはまだ返さないといけない借りがあるもの」

 ――そう語る彼女の瞳は、沸々と怒りが沸き上がっているようだった。
 そうこうしている内に、宿屋へと到着するジン達。すでに部屋は埋まっているのだろう、表の通りから見える二階部分の窓からはそこかしこから光が漏れていた。
 宿屋の扉のそばには丸くなるシャドウベアのふぐおの姿があった。この時間帯は人通りが少ないこともあって、よく出没しているのだ。

「おう、ふぐお。久しぶりだな」

「フグオ」

 ジン達に気づいたふぐおが頭を上げながら鳴くと、ゆっくりと立ち上がる。

「器用だな・・・」

 おもわずジンが呟く。
 その理由は、立ち上がったふぐおが、自身の顔よりも小さな窓から屋内を覗きこんだからである。

「フグ」

 やがてふぐおが一声鳴くと、扉が開いた。そこに姿を現したのは――

「ジンさん、皆さん。こんな時間にどうしたんですか」

 この宿屋の経営者にして女将・ティアナだった。



 ジン達は宿屋の中に入り、空いているテーブルに着いていく。対するティアナは、夕食の余りを使い、簡単な料理を作っていた。
 テーブルに出された飲み物をすすりながら待つジン達。
 十分後、ティアナが簡単な軽食を持って厨房から姿を現す。

「はい、お待たせしました。余りものなので、このくらいしかできませんけど・・・」

「いや、かまわない。そもそも、この時間は夕食時は過ぎているしな。文句は言わないさ」

 ジンが手を振りながら答える。ほかの面々もジンの言葉を肯定するように頷いていた。
 そして、エレナが唐突に声をあげる。

「久しぶりのティアナの料理ね。少しは上達したのかしら?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべるエレナ。対するティアナは、頬をむっとさせながら――

「ミサトお姉ちゃんほどじゃないけど、これでも少し前までは一人で料理も出してたんだもん。そういうお姉ちゃんこそ、上手くなったの?昔は爆発ばっかりさせてたけど」

 と言い返す。エレナは痛いところを突かれたのか、口をつぐんでしまった。

「その様子だと全然料理してないんでしょ。・・・ジンさん、お姉ちゃんって料理してるんですか?」

「いや、してないな。・・・といっても、俺たち冒険者は携帯食が普通だからな」

 そう言って、冒険者事情を明かすジン。ジン達「大鷲の翼」に限らず、この世界では出先で料理をするという習慣はない。それこそ、軍隊や貴族でもなければ縁のない話である。
 さらに、町などでは料理の提供や自炊可能な宿は少ないため、必然的に露店や食堂で食事することになる。
 そのため、料理をする機会はほとんどないのである。

「へえ、そうなんですね」

 ティアナが納得したように頷く。だがどうやら、別の方面で納得したらしく――

「お姉ちゃんは料理をしたくないがために魔法を習って冒険者になったんですね」

 ティアナは爆弾発言を投下した。このティアナの発言に、ジン達も唖然とした表情で固まってしまう。

「ちょっと、色々誤解しまくってるわよ!?」

 ティアナの爆弾発言に、我に返ったエレナがツッコむ。そもそも、彼女が冒険者になった理由はジンに見初められ説得されたからであり、元々自分からなろうとは思っていなかったのである。
 だが、そうとは知らないティアナは口をへの形に曲げエレナを睨む。

「どこが違うっていうの?魔法を習って冒険者になったのは事実でしょ」

「う、結果を見ればそうだけど・・・」

 ぐうの音も出ないエレナ。昔からエレナは、姉妹との口喧嘩で勝ったことがなかった。姉ゆえの優しさからか、妹たちに譲りがちだったからだ。

「私だってなるつもりはなかったわよ?けど、成り行きでなることになったのよ」

 エレナが精一杯抵抗する。だが、彼女の言葉は火に油を注ぐも同然だった。

「成り行きって何よ。だいたい、いつもお姉ちゃんは――」

「あー、ちょっといいか?」

 大声になるティアナ。そんな彼女を見て、エスカレートしていきそうな気配を察したのか、ジンが間に入る。

「姉妹喧嘩の最中すまない。だが、ティアナさんには伝えておかないといけないことがあるからな」

 そう言ってティアナを落ち着かせるジン。ある程度落ち着いたことを確認すると、ジンがエレナを説得し冒険者になってもらったことを話した。

「――というわけだ。理解してもらえたか?」

「はい。・・・すみません、私こそカッとなってしまって」

 そう言って「大鷲の翼」の全員に頭を下げるティアナ。そんなティアナに、エレナが優しく声をかける。

「いいのよ。私こそ約束を守れなくてごめんね」

 そう言って、優しくティアナを抱きしめるエレナ。姉妹の喧嘩はそれをもって幕を閉じたのだった。



 その翌日。あの後、別の宿に飛び込みで宿泊したジン達は、朝早くからティアナの宿屋へと向かっていた。

「・・・なんか、人が増えてないか?」

 ジンが道を行きかう人々を見て呟く。

「確かにそうね。私たちの進行方向へとどんどん人が流れていってるわね」

 エレナも同じように感じていたのだろう。彼女の言う通り、彼らが宿屋へ近づけば近づくほどに周囲の人だかりはその数を増していた。
 その様子に嫌な予感を覚えるジン。

「そういえば、以前は気にしなかったが、ミストじゃこんな朝早い時間から食事ができる場所ってほかにあるのか?」

「何年も前の記憶でよければないわね。ていうか、多分建っている建物はほとんど変わっていないみたいだから、今もないと思うわ」

 ジンの問いにエレナがそう答える。この世界の建物は木造が主流であり、改増築の際には一度解体してから行われる。新しい内装や間取りに合わせて柱や梁から造り始めるためである。
 その結果、同じ建物でも、増改築以前と以後では外観が大きく異なるのだ。そして、彼女の記憶の中のミストと今彼女が見ているミストに、大きな違いはなかった。

「ええっ。それってつまり、リオっちのいる宿屋って、今頃人でいっぱい?」

 全員が思い浮かべたであろう可能性を、ミリーが代弁する。そこまで来て、ジン達は静かに回れ右をしたのだった。



 一方、その頃。
 件の宿では、一階はおろか、二階の空き部屋までも使って食事をとりに来たお客を相手にしていた。定員五十名の一階フロアは順番待ちのお客で溢れ、その列は開け放たれた扉の先まで続いていた。

「サミュエルー!追加百ー!二分で仕上げて!リオ君、あっちで待ってる持ち帰り四人組のところにこれ!」

 いくら対応しても減らない、イナゴの大群のような数のお客を相手にしながらティアナが声を張り上げていた。リオもサミュエルも一時間以上動き回っている。

「はい、召し上がりの二番札の方!準備できましたよー!・・・はい、二人前持ち帰りですね。合計で四円です。・・・出来上がったら――」

 ティアナが注文を取り始めると、急いでサミュエルが厨房から姿を現し、どんどんと食事を渡していく。

「サミュエルさん、変わるね」

 そこに丁度戻ってきたリオが声をかけ、食事を用意しては呼んで渡していく。その間に、サミュエルが厨房で追加分の食事を作っていく。
 とそこに、裏口から厨房へ駆けこんでくる一人の少年。

「サミュエルさん、追加の食材買ってきました!」

「わかった、すぐにリオ君と変わって」

 新しく雇った従業員なのだろう。少年は勢いよく返事をすると、急いでリオと変わる。

「それじゃ、僕は持ち帰りの分を渡してくる」

 少年と入れ替わったリオが、即座に準備してあった食事を持って、待機しているお客に渡していく。すると――

「ちょっとすまない」

 誰かがリオに声をかけてきたのだ。リオが振り返ると、ミストに常駐している衛兵の姿があった。

「悪いんだが、外に並んでいる人々を何とかできないか?・・・実は、町の中心部にまで人だかりができていてね。交通の妨げになっているんだ」

 衛兵がそう言い、周囲を見回す。おそらく、無理矢理抑えることはできるが、宿屋の評判に傷をつけないためにわざわざこの宿屋に許可を取りに来たということだろう。
 そんな衛兵に対し、リオがいつものように声をかける。衛兵の発言も建前程度のものなのだろう。その証拠に――

「えっと、困ったら衛兵さんに任せなさいって言われてるので、お願いします」

 そうリオが答えた。

「すまないな、忙しいところ。・・・頑張れよ」

 そう言って、衛兵は宿屋を後にする。そして――

「やっと終わったわーー!」

 最初のお客が来てから四時間半。屋外にまで続いていた長蛇の列はすっかり消え失せ、宿屋のフロアには、ついさきほどまで外で誘導をしていた衛兵たちがいた。
 彼らはお礼の食事をとりながら、朝一の労働についての話をしていた。特に険悪な空気はなく、毎日のようにいる面倒な客について話しているようだった。

「しかし、一時はどうなることかと思ったが、以前より客が増えてるんじゃありませんか?」

 食事をしている衛兵がティアナに尋ねる。リオの故郷・ユリアナ村が壊滅してから一ヶ月が過ぎ、徐々に活気の戻りつつあるミスト。長年そこに務める彼だからこそ、以前よりミストを訪れる人々が増えていることを感じているのだろう。

「そうね。詳しい数字は言えないけど、ここ一週間の平均で大体三倍。多いと五倍くらいにはなってるかしら?・・・今日は最高記録でしょうけどね」

 そう言いながら傍らにある用紙へ、なにやら記入するティアナ。ちなみに、サミュエルとリオ、少年は夕食と明日の朝食のために、三人で厨房に籠っていた。
 用紙へ何かを書き終えたティアナは、それを衛兵の一人に渡す。

「お礼だっていうのにお金を貰わないといけないのは癪だわ」

「さすがに我々だけ特別扱いは駄目でしょう。その代わり、こちらも譲歩して全額ではなく、半分だけにしているんですから」

 用紙を受け取った衛兵が、愚痴るティアナにそう答える。
 ティアナもそれは理解しているため、苦い表情にはなるが文句は言わなかった。

「それでは我々はこれで。また明日も顔は見せに来ますね」

 そう言って、衛兵たちは宿屋を後にしたのだった。
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