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ぬこぬこ麻呂ロン@劉竜

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第1章ガレイ編

第二部・攻防戦 9話

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 魔人の得物が振り下ろされた瞬間、クロウは次に来る痛みに備え、思わず目をつぶる。だが彼の体へ来たものは、肉を切られる感覚ではなく、代わりに甲高い金属音だった。
 予想と異なる展開に、思わず閉じていた目を開く。するとそこには、得物を盾にしクロウを守るタッカーの姿があった。

「頭。すぐに後退してください。それまで俺がこいつを」

 魔人の攻撃は相当重たいのだろう、タッカーがその両腕を小刻みに揺らしながらクロウに声をかける。

「駄目だ。俺が下がったらこいつを誰がやる?」

 タッカーの台詞に対し、傷口を抑えながら立ち上がるクロウ。だが相当無理をしているのか、彼の額には大粒の汗が浮かんでいた。

「頭ぁ。こいつは俺たちで押さえますぜ。なんで、頭は一瞬の隙をついてくだせえぜ」

 意地でも引き下がらないことを感じた様子のグーレが魔人に攻撃を仕掛け数歩後退させると、タッカーと共に魔人へ相対する。
 隣に立つタッカーも、溜息を吐きながら賛成する。

「よし。頼んだぜ、てめえら」

 クロウの台詞に頷く2人。その直後、魔人が3人の元へ肉薄する。
 それに対し得物を盾に突進を受けとめるタッカー。そんな彼の背後からグーレが躍り出ると、得物のすいを魔人の頭部目掛けて振り下ろす。
 対する魔人は、刹那の内に後退すると同時に、次の標的をグーレへと変える。
 直後鳴り響く金属音。先ほどクロウを襲った際と同等の速度で迫った魔人の攻撃は、グーレとの間に割り込んだタッカーが防ぐ。

「・・・!?」

 今の攻撃を無傷で防がれるとは思っていなかったのだろう、魔人の表情がわずかに歪み、すぐに元に戻る。

「喋らない敵ってのは不気味だぜ」

「だな。無表情だし思考も読めない」

 喋らない上に無表情な魔人に対して嫌そうな表情を浮かべるタッカーとグーレ。武道の達人やプロスポーツ選手などでもそうだが、表情や目線というのは大きな情報源になりうる。
 それらを元に次に相手がどう仕掛けてくるかを読み合うのだが、情報を得ることが難しい相手の場合、それだけで大きく不利に陥る。――戦いにおける情報という概念は、それだけ貴重なものなのだ。

「でも、さっき驚いていたぜ」

 魔人の表情の変化を見逃していなかったグーレが呟き、タッカーが頷く。無表情な魔人てき。それが表情を変えたということは、彼にとって不都合か予想外のことが起きたという証であった。
 次の瞬間、今度は閃光をほとばしらせながら再度魔人が2人に接近する。対する2人は左右に分かれることで標的を分散させようとする。
 辺りを穿っていく閃光は次第にその数を増し、2人を消し去ろうと勢いよく地面へ降り注いでいく。だがグーレとタッカーは巧みに回避し続けていく。
 次の瞬間、魔人が近くにいたタッカーへと肉薄する。だがこの時、魔人は完全にクロウの存在を失念していた。恐らく、いつまで経っても捕まらない2人に意識を集中させ過ぎていたのだろう。それが魔人に大きな隙を作ってしまった。

「終わりだ」

 その次の瞬間。魔人の脇から突如現れたクロウが得物を横薙ぎに振るい、魔人の体を両断した。



 その夜。「白虎」の活躍により魔人を討伐し、多大な犠牲を出しながらも魔物たちを殲滅したことによる盛大な宴が開かれていた。

「おまえらー!我らが勇者に盃を!」

 兵士の1人がそう声を上げながら「白虎」の面々に近づき酒を注いでいく。それを受け取った傭兵たちは一気に飲み干すと、今度は酒を注いだ兵士たちに向け酒を注いでいく。

「それと、魔人を瞬殺した「大鷲の翼」達にも盃を!」

 今度は別の兵士から声が上がる。その兵士は酒を飲める「大鷲の翼」の面々に酒を注ぐと、乾杯の合図とともに一気に飲み干していく。
 実は中央の戦場でも魔人が出ており、そちらはリオとレーベのコンビによりわずかな時間で魔力へと帰っていたのである。ちなみにそうさせたのはジンだったりするが。
 そんなリオ達「大鷲の翼」の元へ「白虎」団長のクロウが酔った様子で近づいていく。

「おう、ジン。のんでるかぁ~?」

 若干呂律が回っていない様子のクロウがジンの肩に手を置く。対するジンは、少しだけ迷惑そうな表情を浮かべるが、黙ってコップを近づける。ちなみに腹部に刺し傷を負ったクロウだったが、治癒魔法によりその傷は完全に塞がっていた。

「おう、空じゃぁねえか。・・・おい、それ寄越せ」

 空となっていたジンのコップへとなみなみに酒を注いだクロウは、自分の分へも注いでいく。

「これであんたらと同様に魔人討伐者だぜ?」

「・・・ああ、そうだな。で?何がお望みだ?」

 自身で注いだ酒を一気に煽ったクロウは、真っ赤になっている顔をジンに向けながら――

「試合をしねえか?前のは中途半端になっちまたしよ」

 前、というのは、ガレイ攻防戦1日目の戦いでエレナにより勝敗があやふやとなった対決のことである。――そもそも、戦場の真っ只中でそんなことをやるというのもおかしな話ではあるのだが。
 クロウに目線を向けられたジンが面白そうに表情を歪めると、その試合を受けることを伝える。

「よし。・・・てめえらぁ!試合用の木剣を持ってこい!今から俺とジンの試合だ!」

 クロウの宣言と共に湧き上がる兵士や傭兵、冒険者たち。
 素面ではないとはいえ、皇国内で知名度・実力双方においてトップを争う冒険者集団と傭兵集団のリーダーの試合というのは、誰もが夢見る戦いなのだろう。
 すぐに場所は整えられ、彼らの周りには市民も含んだギャラリーたちが集まっていた。

「・・・ジンが負けたら燃やそうかしらね」

「エレナ、発言が物騒だからやめてくれ。あと所詮は宴の余興だ、適当にやってくる」

 そこそこ酔っている様子のエレナから脅しという名の応援を受けるジン。対するジンは横目でエレナにツッコむと、木剣を手にクロウと相対する。

「ルールは相手に参ったと言わせるか気絶させたら勝利でいいか?」

「ああ。それなら本気で出来るからな」

 互いにルールを確認し、得物を握る。そうして少し時間が経ち、ジンが仕掛ける。上段から振り下ろされたジンの攻撃は、防ごうとしたクロウの木剣ごと後方へと弾き飛ばす。

(・・・!?こいつ、前までこんなに強かったか?)

 吹き飛ばされた勢いを殺しながら受け身をとるクロウ。

(あん時はまだ本気じゃなかったってことか)

 底の知れない相手を前にした感覚を覚えたクロウが、酒により赤くなったその表情を嬉しそうに変える。
 その直後、地面へと深く踏み込んだクロウは1秒も経たずにジンに肉薄、得物を突き出した。だが――

「遅い」

 ジンがわずかに体を横へずらし、クロウの攻撃を回避する。そして彼の背中に木剣を叩き込むと、そのまま数メートル吹き飛ばした。
 宙へと浮かびあがる感覚をクロウが感じた頃には、彼の体はギャラリーの中へと入り込んでいた。そしてそのまま、周囲の数名を巻き込み地面を転がっていく。

「げ」

 その光景を見たジンが思わず声を上げる。ギャラリーの中には一般市民もいる。もし彼らが弾丸のような速度で飛来した物体に直撃していたら、ただでは済まないからだ。
 だが幸いなことに怪我人は出なかったらしく、ギャラリーたちの中からクロウが姿を現す。

「あの時でも本気じゃなかったのかよ・・・おい、ジン?」

 クロウが愚痴りながらジンの姿を見ると、彼はある一点を青ざめた表情で見ていた。その視線をクロウが辿っていくと――

(あー・・・)

 思わず目を背けたくなる威圧感と共に、エレナが仁王立ちしていた。今にも動き出したそうにしているが動こうとしないのは、おそらく2人の試合が終わっていないからだろう。そしてこのまま続ければ自身にも飛び火してきそうな気がしたクロウは、両手を上げると「参った」と口にしたのだった。



 ジンとクロウの試合から少し。何百人もいたギャラリーたちはいつの間にか消え失せ、残っている者たちも数を徐々に減らし始めていた頃。
 ジンとの試合を振り返っていたクロウは、物思いにふけりながら酒を煽り続けていた。

(状況が状況だけに降参したが、あのまま続けてても一方的にやられていたんだろうな)

 事故から強制的に終わらざるを得なかったクロウとジンの試合は、実力的にもクロウの敗北だったと言っても過言ではないだろう。だが、彼にとって一番今納得いかないのが――

「周囲に気を配ることくらいしなさいよ?今回は怪我人が出なかったからいいけど――」

 自分より圧倒的に強い相手が現在、正座して叱られているという事だった。
 無論、エレナがクロウより弱いからという理由からではない。剣技だけなら圧倒出来るだろうが、魔法も含めた実力ではクロウと同等か少し上くらいである。
 ではなぜか。おそらく、ただの嫉妬からだろう。現在エレナにジンを取られているせいで、試合の後に互いに酒を飲みかわそうと思っていたクロウの思惑は見事に崩れ去っていたからだ。

(あーあ、面白くねえ)

 そのまま1人で酒を煽り続けたクロウは、気づけば酔いつぶれていたのだった。
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