『Jam On The Rock』

松野栄司

文字の大きさ
上 下
2 / 5
-忌まわしき古竜の血-

第二節【闇法師ハクビ】

しおりを挟む
 ハクビには、特殊な才能がる。

 精霊と心を通わせて、同調シンクロさせる事が出来るのだ。

 世にも珍しい能力ちからであったが、彼女は折角の才能ギフトを持て余している。ゆえ能力ちからの使い方を知らない。

 知らない――と言う事は、使えない事と同異義語ではない。能力ちからを振るえはするが、制御が出来ないのだ。

 闇と同化した彼女は、夜に溶け込むような錯覚をする。ハクビは闇の精霊と契約を交わした為、闇属性の魔力を手に入れている。最も全てが無自覚なので、何が出来て、自分が何をしているのかも理解わかっていない。

 ハクビの生まれ育った里は、本当に小さな集落であった。人口数も五十にも満たないほどで、自給自足の生活を送って過ごしてきた。外界との接触を、極端に避けていた。

 だけどハクビは、不自由を感じた事はない。それに里の者達も大好きであった。

 ――里が、燃えている。

 見知らぬ二人組の男が、含み笑いを浮かべながら里の者達を殺している。

 親しき者達の断末魔の悲鳴が、十五歳の少女の心を無情にき乱していく。胸の奥底を、何かがむしっていく感覚にさいなまれて、ハクビは苦しくなっていた。

 ハクビの全身を、闇色の影が覆う。それはまるで死神の装束のように、ハクビを秘めやかに彩っている。漆黒しっこくの鎌が、いつの間にか握られていた。闇夜の月が、美しい音色を奏でている。漆黒の刃が男達を嘲笑あざわらうかのように、襲い掛かる。その影はまるで、獰猛どうもうな獣であるかの様に男達を喰らっていた。

「駄目ッ……」

 か細い声が、闇に消える。

 次の瞬間には、闇が飛散して里の者達を襲っている。ハクビの意思に関係なく、闇が暴れ狂っている。

「お願いッ……止めてッ……」

 ハクビの胸奥きょうおうを、悲しみと罪悪感が埋めていく。

「お願いッ……」

 ハクビの声は、どこにも届かない。

 次々に里の者達が、襲われている。

 ――殺したくない。誰も、傷付けたくない。お願いだから、誰か助けて。

 届かぬ声が、闇に呑まれていく。

「辛いよなぁ……」

 優しい声が、ハクビの心を温かく抱擁ほうようする。

 呼吸も出来ない程の衝撃が、ハクビの胸を締め付けている。

「力の納め方は知らないけど、俺が何処どこまでも付き合ってやる」

 眼前の少年は、穏やかな表情で笑い掛けてくれた。

 ――嬉しかった。不謹慎だけど、嬉しかった。

 その頬を伝う涙の意味が解らなくて、ハクビは戸惑っている。気付けばハクビの頬にも、涙が流れていた。

「お願い、逃げてッ……」

 一際ひときわ、大きな力を己の内側なかに感じて、ハクビは声を振りしぼる。

 ハクビの周囲を、闇が収束していく。

「大丈夫。この程度じゃ、死なないから」

 解き放たれた闇を、少年は刀で払っている。

「疲れ果てるまで、俺と踊ろうッ!」

 少年の笑顔が、ハクビの闇をはらっていくのを感じた。


   ●


「あ~ッ……。めっちゃ、疲れたッ!」

 ハクビを抱えながら、少年は叫んでいる。

「あの……降ろして、下さい……」

 消え入りそうな声で、ハクビは抗議をするが少年は歩き続ける。

 夜明けまで、少年――レウスは付き合ってくれた。

 暴走する力を、全て受け止めてくれた。

 そして、最後まで話し掛け続けてくれた。

 自分の生い立ちや葛藤。ギルドでの自分への仕打ち。どんな物が好きで、何が嫌いかも教えてくれた。

 年が自分と同じ十五歳だと言う事も教えてくれた。

「降ろさないッ!」

「どうして、降ろしてくれないんですかッ!」

 恥ずかし過ぎて、死にそうだった。

「だって、歩けんやん?」

 全身に力が入らない程の倦怠感けんたいかんが、ハクビを襲っている。

「歩けないですけど、置いて行って下さいッ!」

 置いて行かれたら、めちゃくちゃ泣くほど、辛いだろう。

 だけど、どうせ行く所なんてない。帰れる場所なんてない。

「何で又、泣いてるの?」

「だって……帰る所、ないもん……」

 皆を、傷付けてしまった。もう、戻れない。

 ハクビは号泣している。

「あ~……うるせぇ、泣くなッ!」

「だって……」

 自分はゆるされないような事を、してしまった。

 取り返しのつかない事を、してしまった。

「こっちが、泣きたいわッ!」

「ごめんなさい……」

「謝るな。怒ってないから!」

「だってぇ~……」

 気付いた時には、泣き止んでいた。

「行く所がないなら、俺についてくれば?」

「えっ……?」

 レウスの顔を見上げると、レウスもこちらを見ていた。

 目が合って、直ぐに視線をらす。

「どうせ俺も、今のギルドにしか、居場所ないし。それに……」

 そこまで言うと、レウスは言葉を切った。

「それに……なんですか?」

 何故なぜだか、期待しているのか、声が少しはずんでいた。

「別に。何でもないから、気にすんな」

 ぶっきら棒に、言い放つレウスに、ほんの少しだけハクビは不機嫌な表情いろを示した。

「もぉ~……やっぱり、降ろして下さいッ!」


   ●


 レウスは不思議な少年だった。

 自分と同い年なのに、自分なんかよりも余程に大人だ。初めて里以外の人間――それも、同じ年の異性――と接したが、緊張と驚きの連続である。何故なぜだか、レウスの存在が気になった。だけど、恥ずかし過ぎて直視できないでいる。だから、こっそりと視線を送るのだが、そのたびに目が合ってしまう。

 その度に、慌てふためいて怪訝けげんな顔をされる。

「ごめんなさいッ……」

「何で一々いちいち、謝るんだ。もっと、堂々としてれば良い」

 元々、ハクビは引っ込み思案で、臆病な性格だ。それに心配性で、自分に自信が持てないでいる。

 だから、何でもはっきりと言えるレウスが、凄いと思った。

「どうしたの……?」

 レウスが突然、立ち止まった。

「近くに、竜が居る」

 身構えるレウスを見て、ハクビは緊張している。

 そっと、レウスの横顔を盗み見るが、こちらの視線に気付いていない様子だった。

「来るぞッ!」

 剣を引き抜いて、レウスが前に出る。

 物凄い勢いで、二つの影が現れる。

拙者せっしゃ、ハウゾウでござる!」

「ハウタぁ~!」

 小さな翼の生えた竜が、人懐っこい笑顔を向ける。

「お前ら、何処どこに行ってた?」

 緊張を解いたレウスが、二頭の竜に問い掛ける。

「パパ上が、急に居なくなったでござる!」

「もぉ~……ハウタ。パパおらんから、寂しかった!」

 白い猫みたいな竜が、ハウタと名乗っている。額のピンク色の模様みたいな毛並みが、めちゃくちゃ可愛いらしい。

 黒い犬みたいな竜が、ハウゾウと名乗っている。額の白い毛並みがこれ又、可愛いらしい。

「何、この子達。可愛い~!」

 思わず、近付いてしまった。

「ハウタ、可愛い?」

「うん。めちゃくちゃ、可愛いよ!」

 毛並みがフワフワしてそうで、触りたい。

「お主、誰でござるか?」

 真顔で問い掛けるハウゾウが、凛々りりしいのに可愛い。

「この子は、ハクビ。これから、一緒について来るから、仲良くしてやってくれ」

 レウスがぶっきら棒に、二頭に言い聞かせる。

「つまり、拙者せっしゃたちのママ上でござるなッ!」

「ハウタのママ?」

 二頭が目を欄々らんらんと輝かせている。

「何で、そうなる?」

 レウスが眉をひそめながら、問い掛ける。

「ママ上、良き夫婦めおとるでござる!」

「え、夫婦めおとって……あ、あのっ……」

 ハクビは顔を赤らめながら、動転の余り言葉に詰まっている。

 その様を、興味がないと言った様子で見ていた。

「知らん。勝手にしてくれ」
しおりを挟む

処理中です...