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何か物、生き物へのメッセージ⑯

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 心が失われて行く。それほどに俺は飢餓していた。目の前には死体の山。だが死んだ人間の肉など食べる気にはなれなかった。これを食べてしまえば、人間ではなくなってしまう。そう思っていた。だが心がもう虚ろで食欲以外にはもうない。人間を取るか、人間以外を取るか。その狭間で俺は揺れていた。
 目の前を兎が通った。捕まえれば死に延びられる。だが俺は兎を見ても食欲が湧かなかった。
 目の前に生きた人間が見えた。食欲が湧いて来た。俺は人間求めて足の向きを変えた。
 ダメだ、理性がなくなって行く。水たまりに自分の姿が映った。そう紛れもなく俺はゾンビだった。
 確かに肉体は死んでいる。だが理性はまだギリである。つまり俺は完全なゾンビではなく半ゾンビだ。
 だが生きた人間を食べた瞬間、俺は完全なるゾンビになってしまうのだろう。
 僕は自分の頭の中に指を突っ込んでぐりぐりして、何とか欲望を抑えた。不思議と腹の空きが収まった。
 それから、俺は人間になるべく会わないようにして、野生の動物を探した。ウサギ猪、猫犬鳥、羊鼠、牛。そして果ての場所で俺は同じ志を目指していた女と出会った。もちろん半ゾンビだ。意気投合した俺達は、自分達で作った婚姻届に親指でハンコを押して、めでたく結婚する事が出来た。子供が生まれたが、もちろん半ゾンビだった。こうして俺達が半ゾンビを増やして行けば世界はゾンビの世界から救われるかもしれない。ゾンビは俺達を見ても襲ってはこない。世界は変えられる。自分の、自分達の、皆の意志で。
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