【完結】古都奈良 妖よろず相談所

衿乃 光希

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25.山奥の怪異 

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「明日の夜、出勤して欲しいんだが、行けるか? その代わり、昼間は休みにする。今は依頼ないしな」
 キーボードをかたかたと打っていた所長が手を止め訊いてくる。
 いつものように、夏樹はダンベルを持ち上げ、冬樺は本を読んでいる。

「夜の仕事は、猫探し以来やなあ」
「夏樹はOKだな。冬樺はどうだ?」

「仕事なら出勤します。どんな依頼なんですか」
「今回は幽世かくりよからだ。放置され荒れた祠から夜な夜な声が聞こえる。調査して欲しいとな。針テラスから山の中に入るから、山歩きに適した服装をしてきてくれ」

 というわけで、翌日夜22時に所長のマンションの下で待ち合わせる。
「僕たち三人だけじゃないんですか?」
 集まったのは、相談所の三人と、プラス佐和。

 助手席に佐和が乗り、佐和の後ろに夏樹、隣に冬樺が乗る。
 車は駐車場を出て、南に向かった。

「調査といっても、場合によっては戦闘になるかもしれないから、佐和に手伝ってもらう」
「大丈夫なんですか?」

「心配してくれるの? ありがとう。でもあたしへの心配は不要だよ。この中で一番強いから」
 自信満々な佐和の発言を聞いても、冬樺はまだ納得していない顔だった。

「俺たち4人の中で身体能力が高いのは誰だと、冬樺は思う?」
「岩倉さん」

「どっちの岩倉?」
 夏樹が訊ねると、冬樺がこっちを向いた。

「あなたです。猫を探している時に、フェンスを軽々越えていたので、驚きました」
「オレか。嬉しいなあ。でもややこしいから、名前で呼べって」

「それはちょっと」
「なんでやねん」
 夏樹のツッコミはスルーされる。

「正解は佐和の方だよ。夏樹の身体能力も高いけど、まだ発展途上だから。これからもっと筋力が上がって、体が大きくなれば佐和を抜かすだろうけど」
「まだ十年は大丈夫。抜かされる気ないし」
 所長の見立てに抗うように答えた佐和に、夏樹は「五年で抜かしたる」と呟いた。

「どうして身体能力の高い人が必要なんですか」
「場合によっては、戦闘になるかもしれないからだよ。調査とはいっても、やむを得ない場合、退治の可能性がある」

「この間の、ダルマの時のような退治になるんですか? 僕、ああいう行為は苦手です」
「親父さんとのことがあるからか」

「‥‥‥そうです。父のようになりたくありません」
「今日は三日月だ。満月に向かう方だから、冬樺は人に向かっている時期だ。親父さんのような妖にはならない」

「そうですけど‥‥‥」
「暴力行為が苦手だというのは理解する。でもな、今後仕事を続けていくなら、避けて通るわけにはいかないよ。ゆるい依頼ばかりじゃないからね」

 所長の口調はきつくはない。けれど冬樺は黙り込んでしまった。
 夏樹が口を開く。

「もし、ダルマみたいなんが街にいてて、人が襲われかけてたら、冬樺はどうするん? 逃げる?」
「助けを呼びます」

「スマホ持ってるもんな。でも、オレらが近くにいてすぐに駆けつけられる場合じゃなかったら? オレらが来るまで、冬樺は隠れとくんか?」
「それは‥‥‥その時は‥‥‥」

「とっさに助けに入る? どうやって? 物でも投げつけて、妖の気自分に引きつける? その後は? 戦う力がなかったら、どうすることでもできひん。冬樺が襲われてしまうやん。オレは、冬樺にトラウマ乗り越えてもらって、戦えるようになって欲しいかなあ。オレが戦闘に集中できるようにもなるし」

 冬樺は何も言わないが、思案顔をしている。
 見かねたのか、所長が口を挟んだ。

「ちゃんと言わなくて悪かったな。怖いなら無理しなくていい。降りるか?」
 車はJRの高架下を抜けたところ。今なら引き返して冬樺だけを降ろすことはできる。

「いえ。行きます。でも力になれませんが、いいんでしょうか? 足手まといになりたくないです」
 迷いながらも、一緒に行く決意はしたようだ。

「冬樺は何もしなくてもいい。自分の身だけを守る行動をとってくれ」

「もし妖と戦闘になってしまったら、冬樺くんは車に戻ればいいよ。目につく範囲にいれくれた方が守りやすいけど、見たくないんやったら」
 所長も佐和も、優しい口調。

 冬樺は少し暗い表情で、
「すみません。その時の状況次第で、車に戻ります」
 と言い、話はついた。

 所長はそのまま車を走らせる。天理ICから名阪国道を走って約40分。
 針ICを下りて、道の駅針テラスに到着した。
 時間が遅いので、もう閉まっているけれど、和洋中のレストランとフードコート、土産物や野菜などの直売所もある人気の道の駅。

「温泉はまだやってるんだな」
 車から降りて懐中電灯を装備し、歩きながら、所長が温泉施設に目を向けていた。

 人目につかないように建物の脇を抜けて山に向かうと、「案内人だ」と所長がつぶやいた。
 淡く光る鹿が佇んでいた。

「ここにも鹿おるん?」
「寺の場所まで案内してくれる幽世からの使いだよ」
 鹿に近づいていくと、こっちだよと誘うように背中を見せた。

 誘導に従って山の中を進む。先頭の所長が枝をナイフで切り落としてくれるお陰で、ほぼ足下だけ注意しながら歩を進められた。
 案内人の鹿は、たまに振り返ってついてきているのか確認をしながら、ひょいひょいと軽やかに山道を歩いていく。

「妖の匂いする」
 ぽつりと夏樹が呟くと、
「一か所に固まっているな」
 所長もすでに感じ取っていた。

 後ろの冬樺、殿しんがりの佐和から返事はなく、はあはあという息遣いだけが聞こえた。

 鹿について山道を行くこと約30分、鹿が立ち止まり茂みに身を隠した。
 頭の懐中電灯を消してからちょこっと目を出して、30mほど前方の様子を窺う。
「おるおる」

 枝や葉は茂っているが切り開かれた場所で、大小さまざな妖が一か所に集まって酒盛りをしていた。誰かが喋ってがははと笑い、飲め飲めとさかずきを持ち上げて煽り、飲み干すと新しい酒を注ぐ。さかなも用意してある。
 星明り月明かりは届かない夜闇の下にあってほんのりと明るく見えるのは、妖が持つ力が集まっているせいだろうか。

 妖たちの背後には、今にも崩れ落ちそうな祠があった。屋根は朽ち果ててぼろぼろ、柱が一本裂けて曲がっているせいで、建物自体が右に傾いている。

「夜な夜な酒盛りをして騒いでいるらしい。酒や食べ物は盗品のようだ」
 見た目が異形いぎょうでなければ、人が道端で酒盛りをしているのと様子は変わらない。

「我の案内はここまで。後ほど迎えに上がる」

 初めて聞く男声の主を探して、夏樹はきょろきょろしてしまう。
 鹿が二歩ほど下がって、夏樹たちの背後にいた。

「案内ありがとうございました」
 所長が答えると、鹿は頷いて身をひるがえした。

「喋れるんや。声聞いたからか、威厳たっぷりに見えてくるな。鹿せんべい必要やったんちゃうんって思っててんけど、いらんかったな」
 夏樹が言うと、所長と佐和がくすっと笑った。
 冬樺だけは「怒られますよ」ともっともな顔で言った。

 *

「冬樺は妖の勉強をしていたよね。わかるかい?」
「はい。一つ目の大男は一つ目入道で、鳥は陰摩羅鬼おんもらき、ぼろぼろの袈裟を着ている禿頭の人物は野寺坊のでらぼうです」

「うん。よく勉強しているね」
「そんな勉強してたん? 知らんかった」

「僕は戦えないので、せめて知識で助けられればと思って本を読んでいました」
「えらいなあ。あのカマ吉みたいな、ちびっこいのは?」

川獺かわうそですね。化かすことが得意です」
「カマ吉に似てて、戦いになったらやりにくいな」
山姥やまんばもいます」
 手入れされていない、ぼさぼさの白髪頭の老婆が、取り分けた肴を野寺坊に渡している。

「まずは説得する。今後集まることをやめ、賠償にも応じてもらう。聞き届けてもらえない場合は強制排除。全員が戦闘タイプの妖じゃないから。逃げる奴もいると思うけど、逃げる奴は逃がしていい。でも、ボスクラス、少なくとも一つ目入道、陰摩羅鬼、野寺坊は逃がさないようにして欲しい。川獺と山姥はおこぼれにあずかっているだけだろうから」

「了解」
 全員が頷く。

「冬樺は、ここまで来たら車には戻れないだろう。待機していてくれ」
「すみません」
「見つからへんように、うまく隠れといてや」

 冬樺をその場に残して、三人は妖たちのいる場所に近づいていく。
 がははと空気を揺るがすほどの笑い声が、ぴたりと止まった。全妖の視線が、こっちに向いた。

「おうおう、人間が来たぞ」
 一つ目入道の声は銅鑼どらのようなだみ声。気の弱い人なら、声だけで失神しそうな迫力がある。

「夜の山に来るとは命知らずな輩よ」
 野寺坊は低くて渋いイケボイス。僧侶の着る袈裟けさを着ているだけある。

「肴にしよう」
 耳をつんざく金切声は陰摩羅鬼おんもらき

「酒盛りかい? 楽しそうだね」
 所長がいつものように穏やかに話しかけた。

「楽しいわけがなかろう。世が明るくなり、我らの住処すみかを奪ってゆく。追い立てられた我らの未来は風前の灯火よ」
 そう言った野寺坊が、くいと盃を傾けた。

「悲観しているようにはとても見えないけどね。とにかくここで騒ぐのはやめてもらいたいんだ。それと、酒の代金も支払ってもらわないと」

「人に従ういわれはない。わしらに人の道義を押し付けるな」
 一つ目入道の声が大気を震わせる。

「いやいや、人が作った物で楽しんでおいて抜け抜けと。それにしても高いお酒ばかりを狙ったね。40万近くする日本酒に、20万クラスの焼酎。もっと大切に飲んでもらいたいね」

「何かが足らぬと思うておったのよ。人間ども、そこで踊ってみせろ。どじょうすくいでもやれ。面白かったら、一滴ぐらい飲ませてやってもよいぞ。それとも花札をやるか。勝てば飲ませてやろう。負ければ当然命をもらう」
 煽っているのか、盃をこちらに見せつける一つ目入道の大きな目が、ぎらりと妖しく光る。

「女がいる。おで、女の肉欲しい。柔らかくて旨いんだ」
 陰摩羅鬼おんもらきがばさばさと翼をはためかせた。風に乗って酒の匂いが届く。

「あれはやめておけ。トウが立ちすぎておるわ。腹を壊す」

「失礼やなあ。妖に歳の事言われたないねん」
 野寺坊の失礼すぎる発言に、佐和が噛みついた。足首をくねくねと動かしている。戦う気満々。

「おで、腹強いから、平気」

「俺たちは喰われに来たんじゃないんだよ。穏便に収めたいんだけどね」

 一つ目入道が盃を荒々しく地面に置いた。酒が零れ出る。

 所長が小さく「あーあ、もったいない」と呟いた。

「屋を移しても、すぐにうぬらのような輩が来る。わしらは何百年も追い立てられて暮らしてきた。住みにくい世になったものよ。恐せられていた時代が懐かしいわ」
 一つ目入道の口調は昔を懐かしんではない。恨みがぞんぶんに込められている。

 妖たちは、明かりがろうそくだった時代から生きているのだろう。夜は暗く、自然を恐れ、敬いながら共存していた頃。
 今は夜でも明るく、わずかな暗い場所を探してひっそりと妖たちは生きている。

 人の都合で排除していいのか。夏樹としては少し迷うところもあった。
 少し前、力を削がれた花子と知り合った。本体が壊れると消え去る運命にある付喪神の友人。
 彼らは儚いのか、したたかなのか、わからない。

 妖たちが、ゆらりと立ち上がる。
 周囲にいた川獺かわうそと山姥は、そそくさと森に消える。

 すべての妖が、人と共存できるわけではない。
 この間のダルマのように、人に牙を剥ける妖もいる。目の前の彼らのように。

「仕方がない。強制退去願おうか」
 目の前の所長の右手に銀の光が、隣の佐和の拳にだいだいの光が宿った。

 迷っている時間はないと悟る。
 背後には戦えない冬樺がいる。
 仲間を傷つけられないためには、命を奪う覚悟を決めなければいけなかった。
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