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七章 再会

5.世話焼きの血

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 法要が終わった日の夜、リイチから電話があった。

『今日行けなくてごめんね』
「いいの。リイチは母と面識ないんだから」

『でも、青陽荘でお世話になったのにさ』
「母なら、その気持ちだけで充分、って言うと思うよ」

『そっか。お母さんに会いたかったな』
 しみじみした口調でそう言ってくれる。

「‥‥‥一度くらい、連れて帰ったら良かった」
 春風も本気でそう思った。

『春ちゃんさ、今までの彼氏、連れて帰ったことあるの?』
「ないよ。誰も来てない」

『そっか。なら良かった』
「なにが?」

『僕が負けた人はいないってことでしょ』
「意味がわからないんだけど」
 勝ち負けが急に出てきて、首を捻る。

『今まで誰も紹介されてないんでしょ。僕はお父さんには紹介された。っていうことは、家族に初めて認識された彼氏ってことじゃん』
 自信満々に理論を説明をしてくれるリイチ。

 父にリイチを紹介したときの状況を思い出す。
「えーと、あの時は別れてたから、元カレとして紹介でしょう。カウントされるの?」

『されるよ』
「よくわからないけど、リイチがそれで満足するなら、まあいいけど」

 不可解に思いながらもそう言うと、電話の向こうで満足そうに笑った。
 春風が判っていなくても、リイチ的にはいいらしい。

「琴葉さんも来てくれたんだよ。話しもできたんだ」
『良かったね。どんな話したの?』

 昼間の話を聞かせる。妹だと思うと可愛く思えてきたと言うと、
『春ちゃんは、最初から琴葉さんに対して本気でムカついてなかったでしょ。心のどこかに家族的な想いがあったんだと僕は思ってたよ』
 見抜いていたかのようにリイチは言った。

「自覚はなかったけど、お母さんの信念が刷り込まれてたんだろうね」
『お母さんって、けっこうな世話焼きだったの?』

「そうだね。お客様の忘れ物を必死に探したり、要求に応えようとがんばったりしてた。女将だからサービスの一環だと思ってたけど、ただその人の力になりたいとか、喜んでもらえると嬉しいっていう感情で動いてたのかなって、今は思うかな。基本的に人に尽くす性格だったんだろうなって」

『従業員に対してもそうだったんでしょ』
「そう。人が好きだったんだろうね。きっと」
『いいね。嫌いな人より、好きな人がいっぱいの方が、楽しい人生を送れそう』

 ポジティブなリイチらしい言葉に、母の姿を思い出す。

「そっか。母はきっと楽しかっただろうね。人とたくさん関わっていたら、それだけ嫌な思いもしただろうけど、最後までブレなかった。信念を貫いた。あたしはできないな。裏切られたらショックだし」

『嫌な思いをしても、前に進める人だったんだろうね。切り替えが早いのか、諦めなのかわからないけどさ』
「どっちだったんだろう」

『春ちゃんは、切り替えの早いタイプだと思うよ』
「あたしが? そっか、だから冷たいって言われたんだ」

『琴葉さんに?』
「そう。なんか納得した」

『納得していいの? 春ちゃん冷たい人じゃないけどな』
「ありがとう。リイチはあたしに優しいから」

『僕にとっては、春ちゃんの方が優しいと思うけどな。お金のない僕を働かせてくれた』
「それは、リイチとは一応他人じゃなかったから」

『そう言ってくれると嬉しいけど。でも春ちゃんなら警察に突き出す前に理由を訊いて、どうするのがその人のためにいいのか、すごく考えて結論を出すと思うよ』
「そう、かなあ。その時になってみないとわかんないけど」

『きっとそうだよ。お母さんの血が流れてるんだもん』

 その時になってみないと、実際にどんな行動を取るのかわからない。相手の態度によるだろうし。
 でもリイチが言うような行動を取っている自身の姿が、自然と頭に浮かんだ。
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