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十五話 ちょっとずつ

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 水曜日の放課後も、ルークスと一緒にお散歩に行った。
 児童公園で石原大志くんに会ったので、ヤマトくんをなでさせてもらって、ジャーキーをあげた。

 砂場やブランコの遊具から離れたところのベンチに座って、お兄ちゃんとお話をした。
 ヤマトくんは一歳三か月。生後三か月の頃に迎えたそうだ。覚えたコマンドはおすわり、お手、おかわり、待て、ふせ。
 今はおいで、持ってこいを覚えている最中さいちゅうらしい。

「ヤマトは散歩で人とすれ違うと、よく固まってじっと見てる。東さんにだけはなぜ懐いてて。人は怖くないって教えてやって欲しいんだ」
「緊張しちゃうんかな? あたしと一緒やねえ」
 ヤマトくんは美弥を信頼してくれたのか、頭をなでられても怖がらない。

 今は美弥の足とお兄ちゃん足の間に座っている。見ているのは広場の方。隣にルークスが座っていて、二匹でお話をしていた。
 お兄ちゃんからは、広場で遊ぶ子供を見ているヤマトくん、に見えているはず。

「東さんもそうなの?」
「うん。ちょっと苦手。でもな、ワンコさんにごあいさつしたかったら、飼い主さんにもごあいさつせなあかんよ。って、パパにいわれてから、ワンコとお散歩中の人とだけはお話できるようになった」

「犬好きっていう共通点があると、話しやすいからかな」
「うん。そう」

「お兄ちゃんは?」
「俺は、別に。怖くもないし、ふつう」

「ふつうかあ。ふつうって、難しいなあ」
「難しい?」

「あたし、ずっと京都に住んでたから、関西弁やねん。それがふつうやってんけど、クラスの子からおかしいって、いわれてん。お兄ちゃんも、変って思う?」
「いや、思わないけどな。どこに住んでるとか、どこの話し方だとか、関係ないかな。性格が合うのかが一番だと思う」

「お兄ちゃん、大人やなあ」
「大人? 俺が? そんなことないよ」

「ううん。そんなことあるよ。こっちにきてから、関西弁っておかしいんかな、こっちの人は関西弁嫌いなんかなって、ちょっと思ってたから。ふつうに話してくれて嬉しいもん」
「あー、うん。それは良かった」

 美弥が思っていたことを話すと、お兄ちゃんは照れたのか、うっすらと笑いながら頭をかいた。

 十分ぐらい話をして、お兄ちゃんとバイバイした。

(みやちゃん、きょうもヤマトのこと、はなしてくれなかった)
 気のせいか、ルークスの声にトゲを感じた。

『だいぶ仲良くなったやろう。浩ちゃんと一緒にお散歩してくれたら、話しやすいねんけどなあ』
(浩ちゃん、イヤになっちゃったのかな)

 ついて来なくなった理由は、美弥にはわからない。習い事があるのかもしれないし、ルークスのいうように、お兄ちゃんに嫌がられるからやめてしまったのかもしれない。

『今は、様子を見よう』
 美弥はルークスにそう答えるしかなかった。



 木曜日の放課後、ようやくお兄ちゃんは浩ちゃんと一緒にお散歩に来た。
お兄ちゃんとヤマトくんの周りをうろうろして、ときおり座りこんだり、走って追いついて、また置いていかれたり。

 少し遠くから観察した美弥の目にも、浩ちゃんに落ち着きがないのはよくわかった。
 まだ一年生だから落ちている物や虫など、いろいろな物に興味があるんだろう。興味を持つのは悪いことじゃない。
 だけどワンコとお散歩するのは、まだ早いかなと美弥は思う。

 ワンコとお散歩をするのは簡単じゃないことを、美弥は経験している。
 ルークスが道路に落ちている物に顔を近づけ、匂いをかぎ、ときには口に入れてしまい、ひやっとしたことが何度もあった。

 たとえば葉っぱや虫や、ティッシュやマスク。なかでもパパが特に気をつけていたのはタバコの吸い殻だった。
 拾い食い防止のトレーニングをしつつ、年が上がるとなくなっていった。

 車がたくさん来る道では車に注意しながら、道路に落ちている物を避けて、愛犬の動きに気を配って歩く。
 周囲を見渡しながら歩かないといけないのだ。

「こんにちは」
 美弥は真後ろから近づいてヤマトくんを脅かせてしまわないように、道の反対側から回り込んで声をかけた。

 ヤマトくんが前脚を上げて、はじゃいだ。
 ジャーキーをくれる人と、思われているんだろうなと考えつつ、美弥はヤマトくんをなでなでした。

「誰?」
 浩ちゃんのつぶやきが聞こえた。
「四年生の東さん。ヤマトの人馴れにつきあってくれてるんだ」
 お兄ちゃんが浩ちゃんに紹介してくれる。

「こいつは弟の浩志こうし。家族は浩ちゃんって呼んでる」
 目を丸くして美弥を見つめている浩ちゃんの紹介をしてくれた。
「浩ちゃん初めまして。あたしのことは、美弥って呼んでくれてええよ」

 浩ちゃんは、お兄ちゃんの顔を見上げてから、美弥に向けてあいさつをしてくれた。
「こんにちは」
「こんにちは。ヤマトくんかわいいなあ」
「うん。かわいいでしょ」

 イヌを褒ほめると、少し固かった浩ちゃんの顔がにこやかな笑顔になった。
 ヤマトくんのことが、自慢したいくらいかわいい家族だからかな。と美弥も嬉しくなった。

 公園まで移動しようということなり、お兄ちゃんとヤマトくんを先頭に、歩き出した。美弥とルークスもついていく。

「お兄ちゃん、リード持たせて」
「ダメだっていってるだろ。外は危ないから」
「大丈夫だって。ボクも散歩させたい」

 例のやりとりが目の前で始まった。これで話がしやすくなったと、美弥はルークスと目を合わせてうなずいた。
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