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一度でいいから――伊部瀬 麻理(享年25歳)

10. 麻理 2の続き

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赤ちゃんのお世話は最初から義母任せになっていた。
お義母さんも50代半ばでゼロから育児をすることになるなんて、思ってもみなかっただろうな。
でも戸惑っている様子なんてまったくないんだよね。
慣れているのは陽依ちゃんと舞依ちゃんがいるからだろうけど。お世話はお義姉さんがしているから、お手伝い程度だろうし。
新生児のお世話ってとても大変だと思う。あまり眠れないって聞くし。
あたしがさまよって今日で十日ほど。
実際、お義母さんは夜中も起きて巧の様子を気にかけてくれている。昼間も巧と一緒に寝ていることもあるけどうとうと程度だし。
疲れていると思うのよね。だけど、嬉々として受け入れてくれているように見える。
あたしがいないから仕方なくって、感じじゃない。
そこはとても感謝してる。
喜怒哀楽の激しい人でよく笑いよく怒っていたけど、愛情も人より深いのかもしれない。
ママは三回ほど昼間に来てくれたけど、赤ちゃんのお世話はお義母さんが握ってるって感じだったな。手伝いたくても手が出せなくて、ママが遠慮しているように見えた。
ママは赤ちゃんのお世話よりも、お義母さんの手伝いをしていた感じ。
ご飯を作って持ってきたり、食器を洗ったり、お洗濯をしたり。ま、洗濯は赤ちゃんのものがほとんどだけど。
あたしはママにも赤ちゃんのお世話をしてもらえたらなって思ってるんだけど、ママはどうなんだろう。
それに光ちゃんは子育てのことどう思ってるんだろう。
ずっとお義母さん任せにしちゃうのかな。
仕事と新生児のお世話と。光ちゃん一人で両立させるのは難しいだろうね。身体壊しちゃいそう。
子育てだけに専念すると経済的な心配もあるし。
お義父さんはまだ現役で働いてるけど、まさか頼るわけにはいかないしね。
あたしの生命保険は、できるだけ巧の教育に使って欲しい。
そもそも光ちゃん、手続きちゃんとしてるのかな。もらえるものはきちんともらわないと、あたし死に損だよ。
光ちゃんと話がしたいな。
光ちゃんならマネキンのあたしでも受け入れてくれるかなあ。
いつ帰るんだろう。
今日お義母さんは向こうに帰ってくれるのかな。
このままここで育てるって言わないかな。
ここだとママが来にくくなりそう。
って思っていると、台所からお義母さんの大きな声が。
「光次、こっちに戻ってきなさいよ。こっちのほうが落ち着くでしょう」
光ちゃんの声が聞こえない。
台所にすっ飛んでいく。
光ちゃんは目玉焼きをのせた食パンを齧っていた。まだ返事はしてないみたい。
お義母さんが一人で喋っている。
「ここなら誰かの目があるし、あたしもこっちの家事しながらお世話できるのよ。こっちのほうが落ち着くし」
「おふくろには悪いと思ってる。だけど、こっちに連れてきたら、英のお義母さんが気軽に来れないだろう」
「向こうにだってそんなに来てないじゃない」
「一人娘を失くしてつらいんだよ。それに巧はこっちの跡取りになるかもだから、お義母さんも遠慮してるんじゃないかな」
「つらいのはわかるけどね。あたしだって一人じゃ大変なんだよ」
「なにか方法考えるから。ちょっと待ってくれよ」
お義母さん押しが強い。だけど、光ちゃんも頑張ってくれている。
あたしははらはらしながら様子を見守るしかできない。
光ちゃんしっかり。今は頑張り過ぎていいときだよ。
「それにね、あんた。昨日も言ったけど、変な人が来たんだから、怖いじゃないか」
「世の中には似た人が三人いるっていうだろう。たまたま麻理に似てた人が近くにいたってだけだよ」
「あの人が来る前、昼ぐらいにもピンポン鳴ってたんだよ。いたずらだと思ってたけど、きっとあの人が二回も来たんだよ」
「誰か来ても出なくていいから。お義母さんには事前に電話でもくれるように頼んでおく。巧の世話のことは俺もできるように上司に掛け合うから、それまで巧のこと頼むよ。
それじゃ、行ってくる」
なんてこと。
昨日、あたしが帰ったせいで、お義母さんに警戒させることになるなんて。
もうあのマネキンじゃ、帰れない。
他の方法を考えないと。
ママに手紙を出して協力してもらえないかなって思ってたけど、もしまたイタズラだと思われたらあたしが立ち直れない。
もう一回お爺さんに相談してみよう。
確実に赤ちゃんを抱ける計画を立てなきゃ。
巧くん、もうちょっと待っててね。
あなたにママのぬくもりを感じてもらえるように、良い案考えるからね。
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