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第一部 海野麻帆
11 転科のすすめ
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「今日ね、自分でお弁当作ったんだ」
「海野さん、お料理できるの?」
木戸さんと向かい合って座り、お弁当を広げた。あたしが自分で作ったと言ったから、お弁当を覗き込まれる。
「お母さんが作ったのを詰めたんじゃくて?」
「早起きして作ったんだよ」
「色どりきれいで、すっごく美味しそう」
「ありがとう」
褒めてもらえるととても嬉しくて、早起きした甲斐があったなと思った。
カップケーキを作って以降、あたしは料理への意欲を取り戻した。
ドーナツやホットケーキなどのスイーツだけじゃなくて、ときどきママの料理を手伝ったり、土曜の昼食は自分で作ったり。
何か作ると必ずお姉ちゃんにお供えして、味の感想をもらった。
褒めるだけじゃなくて、ちゃんとアドバイスしてくれる。味の濃さや、見た目などなど。
少しずつ自信がついてきたから、今朝は早く起きて、お弁当を作ってみた。
鶏もも肉の照り焼き。
インゲンとニンジンを豚肉で巻き、醤油とお砂糖で甘辛く味付け。
かぼちゃの煮物。
ベーコンとほうれん草のバター炒め。
にんじんのナムル。
盛り付けがSNSに載っているような映えには出来なかったけど、それなりにきれいに見えるように、頑張った。
「気分転換になってさ、すっきりするんだ。パパもママも美味しいって褒めてくれるし」
「お料理できるってすごいね。私にはハードル高いなあ」
首を振る木戸さんのお弁当は、和風、中華、イタリアンなど趣向を凝らしてあって、毎回とても美味しそう。
「木戸さんは、苦手なの?」
「お母さんがお料理大好きで、キッチンに入られるのを嫌がるの。神経質なところがあって、物の位置が変わってたり汚れたりするのが苦手だから。禁断の聖域なんだ」
そんな人いるんだ。うちのママは喜んでくれるけど。
「料理したいって思わない?」
「うん。早く一人暮らししたいなって思うけど。家を出ても料理はしないかも」
「一人暮らししたいんだ。あたしは一人だと寂しいから、無理かも」
いつも側に姉がいてくれたから、その姉がいなくなって、とても不安で寂しい。
「海野さん、一人っ子?」
「ううん。一人っ子じゃないよ」
「きょうだいいるんだ」
「うん」
でも今は一人っ子。
「羨ましい。あたしねお兄ちゃんに憧れてるんだ。何があっても味方で、守ってくれるお兄ちゃんがいたらいいなって。海野さんのきょうだいは?」
「お姉ちゃんがいるよ」
いたよ。が正解だけど。過去形では言えなかった。
「お姉ちゃんもいいね。服の貸し合いっことか、恋バナとか楽しそう」
「うん。いいよ、お姉ちゃん」
「やっぱり」
隣の席に座ってこっちを見ているお姉ちゃんが、にこにこと嬉しそうに笑っている姿が視えた。
◇
中間考査のすべての答案用紙が戻って来た。
一般教科はすべて平均点を上回ったけれど、専門教科の一部で赤点を取った。
「まあ、初めての中間テストだから、あまり気にしなくていいと思うよ」
落ちこんでいると、お姉ちゃんが慰めてくれた。
「そうなのかなあ。巻き返せる自信ないよ。赤点が多かったら留年するんでしょう。高校って」
「そうだね。少しの教科だったら、仮進級して補習と再テストを受けて合格点が取れればいいらしいけど」
「用語も覚えられないんじゃ、向いてないってことなのかな」
「そんなすぐに結論を出さなくても‥‥‥」
お姉ちゃんが慰めてくれようとしているけれど‥‥‥気持ちは沈んだまま。
赤点はショックだった。
中学の時も、急に難しくなった勉強に戸惑ったけれど、平均点はクリアできてきた。
「あたし、やっていけるかなあ」
「ねえ、麻帆。前にも話したけど、転科って方法もあるんだよ。どうしてもダメだってなったら、普通科でも調理科でも、移れるんだから。後はないって考えちゃダメだよ」
「でも、かっこ悪い。校内で顔を合わせるかもしれないし、恥ずかしいよ」
「かっこ悪くなんてない。何か言う人がいても、放っておけばいい。まだまだ人生長いんだよ。もっと柔軟に考えようよ」
「う‥‥‥ん」
お姉ちゃんが言うみたいに、楽観的には考えられない。
あの子脱落したんだって。よく同じ学校来れるね。なんて後ろ指を差されて、残りの高校生を送るなんて、嫌だ。
「あのね、前に転科した子がいたって言ったでしょう」
お姉ちゃんはその人の話をしてくれた。
井上さんというその人は、バレエをしていた。
中学一年生の頃、怪我をして、病院に通うことになった。
もうバレエができないんじゃないかと泣いていると、看護師さんが優しく声をかけてくれた。
退院して、リハビリに通うようになっても、その看護師さんは励まし続けてくれた。
そして、バレエを再開することができた。
進路を決めるとき、井上さんの頭に過ったのは、その看護師さんだった。
「入学した時は、前向きで、とても明るいハキハキした性格の子だった。でも二学期になって、だんだん学校に来なくなった。たまに来ても、すごく思い詰めた暗い顔で、途中で保健室に行くことも多かった。文化祭後にまったく来なくなって、二年に進級して出席番号が変わってから、辞めちゃったんだなってわかって。でも、しばらくして校内で見かけたの。入学した頃のような明るい顔で、同級生と話をしてた。後でわかったんだけど、井上さんは普通科の一年からやり直したんだって。勉強に注力するために部活は入ってなかったけど、バレエ部に入ったって」
「転科って、同じ学年で大丈夫なんでしょう」
「うん。そうみたい。でも井上さんは高校生活をやり直したかったんだって。それに、二学期から不登校だったから、出席日数も足りなかった。退学になる可能性もあったけど、井上さんの気持ちを考慮して、学校が許可したんだって」
「一コ下と同学になるのかあ。あたしは無理かも」
「井上さんの元気がなくなっていくのを見ていたから、麻帆を重ねてしまいそうで。だからね、お姉ちゃんは勧めてるんだよ」
「うん。ありがとう。でも、もうちょっと頑張ってみるよ」
「わかった。無理はしないでね」
心配顔の姉のために無理やり笑顔を見せたけど、心の中は不安と迷いでぐちゃぐちゃだった。
「海野さん、お料理できるの?」
木戸さんと向かい合って座り、お弁当を広げた。あたしが自分で作ったと言ったから、お弁当を覗き込まれる。
「お母さんが作ったのを詰めたんじゃくて?」
「早起きして作ったんだよ」
「色どりきれいで、すっごく美味しそう」
「ありがとう」
褒めてもらえるととても嬉しくて、早起きした甲斐があったなと思った。
カップケーキを作って以降、あたしは料理への意欲を取り戻した。
ドーナツやホットケーキなどのスイーツだけじゃなくて、ときどきママの料理を手伝ったり、土曜の昼食は自分で作ったり。
何か作ると必ずお姉ちゃんにお供えして、味の感想をもらった。
褒めるだけじゃなくて、ちゃんとアドバイスしてくれる。味の濃さや、見た目などなど。
少しずつ自信がついてきたから、今朝は早く起きて、お弁当を作ってみた。
鶏もも肉の照り焼き。
インゲンとニンジンを豚肉で巻き、醤油とお砂糖で甘辛く味付け。
かぼちゃの煮物。
ベーコンとほうれん草のバター炒め。
にんじんのナムル。
盛り付けがSNSに載っているような映えには出来なかったけど、それなりにきれいに見えるように、頑張った。
「気分転換になってさ、すっきりするんだ。パパもママも美味しいって褒めてくれるし」
「お料理できるってすごいね。私にはハードル高いなあ」
首を振る木戸さんのお弁当は、和風、中華、イタリアンなど趣向を凝らしてあって、毎回とても美味しそう。
「木戸さんは、苦手なの?」
「お母さんがお料理大好きで、キッチンに入られるのを嫌がるの。神経質なところがあって、物の位置が変わってたり汚れたりするのが苦手だから。禁断の聖域なんだ」
そんな人いるんだ。うちのママは喜んでくれるけど。
「料理したいって思わない?」
「うん。早く一人暮らししたいなって思うけど。家を出ても料理はしないかも」
「一人暮らししたいんだ。あたしは一人だと寂しいから、無理かも」
いつも側に姉がいてくれたから、その姉がいなくなって、とても不安で寂しい。
「海野さん、一人っ子?」
「ううん。一人っ子じゃないよ」
「きょうだいいるんだ」
「うん」
でも今は一人っ子。
「羨ましい。あたしねお兄ちゃんに憧れてるんだ。何があっても味方で、守ってくれるお兄ちゃんがいたらいいなって。海野さんのきょうだいは?」
「お姉ちゃんがいるよ」
いたよ。が正解だけど。過去形では言えなかった。
「お姉ちゃんもいいね。服の貸し合いっことか、恋バナとか楽しそう」
「うん。いいよ、お姉ちゃん」
「やっぱり」
隣の席に座ってこっちを見ているお姉ちゃんが、にこにこと嬉しそうに笑っている姿が視えた。
◇
中間考査のすべての答案用紙が戻って来た。
一般教科はすべて平均点を上回ったけれど、専門教科の一部で赤点を取った。
「まあ、初めての中間テストだから、あまり気にしなくていいと思うよ」
落ちこんでいると、お姉ちゃんが慰めてくれた。
「そうなのかなあ。巻き返せる自信ないよ。赤点が多かったら留年するんでしょう。高校って」
「そうだね。少しの教科だったら、仮進級して補習と再テストを受けて合格点が取れればいいらしいけど」
「用語も覚えられないんじゃ、向いてないってことなのかな」
「そんなすぐに結論を出さなくても‥‥‥」
お姉ちゃんが慰めてくれようとしているけれど‥‥‥気持ちは沈んだまま。
赤点はショックだった。
中学の時も、急に難しくなった勉強に戸惑ったけれど、平均点はクリアできてきた。
「あたし、やっていけるかなあ」
「ねえ、麻帆。前にも話したけど、転科って方法もあるんだよ。どうしてもダメだってなったら、普通科でも調理科でも、移れるんだから。後はないって考えちゃダメだよ」
「でも、かっこ悪い。校内で顔を合わせるかもしれないし、恥ずかしいよ」
「かっこ悪くなんてない。何か言う人がいても、放っておけばいい。まだまだ人生長いんだよ。もっと柔軟に考えようよ」
「う‥‥‥ん」
お姉ちゃんが言うみたいに、楽観的には考えられない。
あの子脱落したんだって。よく同じ学校来れるね。なんて後ろ指を差されて、残りの高校生を送るなんて、嫌だ。
「あのね、前に転科した子がいたって言ったでしょう」
お姉ちゃんはその人の話をしてくれた。
井上さんというその人は、バレエをしていた。
中学一年生の頃、怪我をして、病院に通うことになった。
もうバレエができないんじゃないかと泣いていると、看護師さんが優しく声をかけてくれた。
退院して、リハビリに通うようになっても、その看護師さんは励まし続けてくれた。
そして、バレエを再開することができた。
進路を決めるとき、井上さんの頭に過ったのは、その看護師さんだった。
「入学した時は、前向きで、とても明るいハキハキした性格の子だった。でも二学期になって、だんだん学校に来なくなった。たまに来ても、すごく思い詰めた暗い顔で、途中で保健室に行くことも多かった。文化祭後にまったく来なくなって、二年に進級して出席番号が変わってから、辞めちゃったんだなってわかって。でも、しばらくして校内で見かけたの。入学した頃のような明るい顔で、同級生と話をしてた。後でわかったんだけど、井上さんは普通科の一年からやり直したんだって。勉強に注力するために部活は入ってなかったけど、バレエ部に入ったって」
「転科って、同じ学年で大丈夫なんでしょう」
「うん。そうみたい。でも井上さんは高校生活をやり直したかったんだって。それに、二学期から不登校だったから、出席日数も足りなかった。退学になる可能性もあったけど、井上さんの気持ちを考慮して、学校が許可したんだって」
「一コ下と同学になるのかあ。あたしは無理かも」
「井上さんの元気がなくなっていくのを見ていたから、麻帆を重ねてしまいそうで。だからね、お姉ちゃんは勧めてるんだよ」
「うん。ありがとう。でも、もうちょっと頑張ってみるよ」
「わかった。無理はしないでね」
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