【完結】想いはピアノの調べに乗せて

衿乃 光希

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第五話 櫻木陽美 ~出逢い~

結婚を前提に

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 食事をしながら話をした。
 互いの育った環境。
 学生時代のことや趣味。

 以前に彼から聞いたお話を、お仲人さんやご両親側から聞けたことは楽しかった。
 わたしのことも会話の中でいろいろ探られたのだろうけど、皆さん話し上手で聞き上手でもあったので、聞きだされている感じはなく、自然に答えられた。

 コース料理が終わり、わたしは庭に誘われたので一馬さんと向かった。
「今日は体調、大丈夫ですか?」
「はい。お気遣い頂きありがとうございます。緊張はしましたけれど、美味しいお料理もいただけましたし、体調に変わりありません」
「そう。良かったです」
 使い慣れたお箸で、ほぼ食べ慣れた懐石料理だったお陰で、今日はしっかりと味わえた。

 敷石の上を並んでゆっくりと歩く。丸く選定された低木の向こうに池があり、鯉が泳いでいた。
 高い枝の隙間から、温かな木漏れ日が差し込んでくる。
 鳥のさえずりが聞こえてきて、春の訪れを感じられた。

「さっきのこと、訊いてもいいですか」
「さっき?」
「廊下で」
「あ! あれは……」

 彼方に追いやろうとしていた気まずい記憶を引っ張り出され、わたしは顔が熱くなるのを自覚しながら白状した。  
 お見合いの相手を知らなかった。一馬さんにお見合いだと知られたくなかったと。

 彼は優しく笑った。
「そうだったんですね。逃げられたのでびっくりしましたよ。お見合いを受けてくれたはずなのに、どうしてかなって。嫌々受けてくれたのかと気を揉みました」
「申し訳ありません」
「いやいや。僕にお見合いだとバレたくなかったってことは、少しはあなたの視界に入っていたと思ってもいいんですよね」
「視界に入る? どういう意味でしょうか」

 わたしが首を傾げると、一馬さんは足を止めてわたしに身体を向けた。
「今回の話は、僕が両親に頼んだものなんです。懇親会であなたを見かけて、手紙のやり取りをさせてもらって、お会いしてじっくりと話をして、あなたとお付き合いをしたいと思いました。だけど、僕は五番目とはいえ櫻木家の本家の人間です。グループ会社のお嬢さんと軽々しい交際をするわけにはいきません。責任と覚悟が生じます。それを考えた上で、あなたとお付き合いをしたいと思ったんです」

 真摯な眼差しを、わたしは軽く首を上げてじっと見つめた。
「陽美さん。僕と結婚を前提に、お付き合いをして頂けませんか」

 こんな夢みたいなことがあっていいのだろうか、わたしの人生に。
 素敵だなと思った方から、将来を見据えた申し出をされるなんて。
 まるで雲の上に立っているようにふわふわして、現実感がなかった。

 自信を持てなかった自分に手を差し出してくれる人がいる。
 何の取り柄もないわたしの字を褒め、気付かせてくれた人がいる。
 そんな人と相思相愛だったなんて。それだけで自信が持てる。自分を誇らしく思える。
 わたしは彼の優しい瞳を見つめながら、気持ちを込めて伝えた。

「もちろんです。よろしくお願い致します」
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