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17.元気がない理由
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翌日の昼過ぎ。
「こんにちは」
喫茶店の扉を開けて、女の人が入店してきた。
僕は「あっ!」と声を上げそうになって、口を押さえた。
女の人は不思議な世界で見た、ヤマト君のお母さんだった。後ろから、ヤマト君もお店に入ってくる。
「おもちゃの修理をお願いしていた武井ですが」
「奥へどうぞ」
ばあばに案内されて、お母さんとヤマト君が進んでくる。
ヤマト君は顔を下に向けて、なんだか元気がないように見えた。
「こんにちは」
僕がヤマト君に声をかけると、弾かれたみたいに肩をびくっとさせた。
「こんにちは」
顔を上げて挨拶を返してくれたけど、浮かない顔をしている。やっぱりお母さんに怒られちゃったのかな。
「こんにちは。こちらお預かりしたおもちゃです。このように直しましたが、いかがですか?」
作業台の前のイスに座った武井親子に、じいじは修理した車のおもちゃを置いた。
膝の上で手を握っていたヤマト君が、ゆっくりとおもちゃに触れる。
「直ってる」
ぽつりと呟く。
安心したのか、緊張していた表情が少しだけ柔らかくなった。
「お世話をおかけしました」
ヤマト君のお母さんが、じいじに頭を下げた。
「おじいさん。ありがとうございました」
ヤマト君もお母さんと同じようにぺこりと頭を下げた。
直ったおもちゃを見た人はみんな喜んでくれるのに、ヤマト君の顔は晴れない。
「時間がありましたら、コーヒーでも飲んでいきませんか?」
じいじが武井親子をお茶に誘った。
お母さんが「いえ」と断ろうとする。
「じいじのいれたコーヒーおいしいらしいです。ヤマト君は僕と一緒にオレンジジュース飲もうよ」
僕が誘うと、じいじも「どうぞ」と言って、席を立った。
「それじゃあ、いただきます」
お母さんとヤマト君は、カウンター席に移動した。
僕の隣におもちゃを持ったヤマト君が座る。
「僕は結城陽向。十歳」
ヤマト君に自己紹介をすると、ヤマト君も名前を教えてくれた。年も僕と同じ十歳で、小学四年生だった。
「この喫茶店は、僕のお母さんが育った家なんだ。夏休みに引っ越ししてきたんだ」
「こっちに来たばかりなんだ。どおりで同じ年なのに、クラスにいない子だなって思った。通うなら市田東小だよね。二学期から同じクラスになるよ。一クラスしかないから」
「一クラスしかないの?」
前の小学校は三クラスあったから、少なくて驚いた。聞き返すと、ヤマト君はうなずいた。
「少し前に早瀬有紗さんがぬいぐるみの修理に来たんだよね。早瀬さんも同じクラスだよ」
「そうなんだ。じゃあ学校で修理屋のことを聞いたの?」
尋ねると、ヤマト君は首を横に振った。
「早瀬さんとはスイミングが同じなんだ。直接聞いたんじゃなくて、友だちに話してるのを聞いて」
「それで修理に来たんだ。おもちゃ直って良かったね」
「こんなにきれいに直るんだ、ってびっくりしてる」
ヤマト君は直ったばかりの車のおもちゃを見返した。
「これ、僕が壊したんだ。来るまでどう直ってるのか不安だった。でもなかったみたいに前のままで直ってて。それでいいのかなってちょっと思っちゃって」
とヤマト君が言った。
浮かない顔だったのは、それが原因だったんだとわかった。
「どうぞ」
ばあばがオレンジジュースを出してくれた。
「ありがとうございます」
ヤマト君はカウンターにおもちゃを置き、コップを引き寄せてジュースを飲んだ。
お母さんもコーヒーカップに口をつけていた。
「どうしてそう思うの? きれいに直って良かったと思うんだけど」
僕が聞くと、ストローから口を離したヤマト君が言った。
「僕は物に当たって、壊したんだ。大切にしていたおもちゃなのに。壊れたおもちゃを見ているのがつらかったから、修理してもらった。だけど僕がしたひどいことをなしにするのも違うのかなって、思って」
ヤマト君の言うことが、僕にはわからない。
おもちゃを見るたびに、自分が壊したことを思い出してつらくなるのなら、忘れちゃった方が楽になるのに。
「どうしておもちゃを壊したの?」
こんな質問をしていいのか迷ったけど、思い切って訊いてみた。
ヤマト君は、
「悔しかったんだ」
と答えてくれた。そして言葉を続けた。
「弟は僕の大切な物ばかり欲しがるんだ。それなのに、とても乱暴に扱って。お下がりが嫌なのかなって思って、だったら壊しちゃえばいいって。それなら弟はお下がりじゃなくて、新しい物を買ってもらえるしって」
ヤマト君は、置いていたおもちゃをまた手に取った。
「だけど、おもちゃが壊れた時、僕の心が痛くなって。おもちゃに当たったことを、後悔したんだ。ごめんなさいって」
「おもちゃにごめんなさいって思ったの?」
「それもあるけど、プレゼントしてくれたお祖父ちゃんとお祖母ちゃんにとか、目の前で怖いことをしちゃったから、弟にとか――」
ヤマト君の言葉にかぶせて、「私が悪いんです」とお母さんが言った。
「こんにちは」
喫茶店の扉を開けて、女の人が入店してきた。
僕は「あっ!」と声を上げそうになって、口を押さえた。
女の人は不思議な世界で見た、ヤマト君のお母さんだった。後ろから、ヤマト君もお店に入ってくる。
「おもちゃの修理をお願いしていた武井ですが」
「奥へどうぞ」
ばあばに案内されて、お母さんとヤマト君が進んでくる。
ヤマト君は顔を下に向けて、なんだか元気がないように見えた。
「こんにちは」
僕がヤマト君に声をかけると、弾かれたみたいに肩をびくっとさせた。
「こんにちは」
顔を上げて挨拶を返してくれたけど、浮かない顔をしている。やっぱりお母さんに怒られちゃったのかな。
「こんにちは。こちらお預かりしたおもちゃです。このように直しましたが、いかがですか?」
作業台の前のイスに座った武井親子に、じいじは修理した車のおもちゃを置いた。
膝の上で手を握っていたヤマト君が、ゆっくりとおもちゃに触れる。
「直ってる」
ぽつりと呟く。
安心したのか、緊張していた表情が少しだけ柔らかくなった。
「お世話をおかけしました」
ヤマト君のお母さんが、じいじに頭を下げた。
「おじいさん。ありがとうございました」
ヤマト君もお母さんと同じようにぺこりと頭を下げた。
直ったおもちゃを見た人はみんな喜んでくれるのに、ヤマト君の顔は晴れない。
「時間がありましたら、コーヒーでも飲んでいきませんか?」
じいじが武井親子をお茶に誘った。
お母さんが「いえ」と断ろうとする。
「じいじのいれたコーヒーおいしいらしいです。ヤマト君は僕と一緒にオレンジジュース飲もうよ」
僕が誘うと、じいじも「どうぞ」と言って、席を立った。
「それじゃあ、いただきます」
お母さんとヤマト君は、カウンター席に移動した。
僕の隣におもちゃを持ったヤマト君が座る。
「僕は結城陽向。十歳」
ヤマト君に自己紹介をすると、ヤマト君も名前を教えてくれた。年も僕と同じ十歳で、小学四年生だった。
「この喫茶店は、僕のお母さんが育った家なんだ。夏休みに引っ越ししてきたんだ」
「こっちに来たばかりなんだ。どおりで同じ年なのに、クラスにいない子だなって思った。通うなら市田東小だよね。二学期から同じクラスになるよ。一クラスしかないから」
「一クラスしかないの?」
前の小学校は三クラスあったから、少なくて驚いた。聞き返すと、ヤマト君はうなずいた。
「少し前に早瀬有紗さんがぬいぐるみの修理に来たんだよね。早瀬さんも同じクラスだよ」
「そうなんだ。じゃあ学校で修理屋のことを聞いたの?」
尋ねると、ヤマト君は首を横に振った。
「早瀬さんとはスイミングが同じなんだ。直接聞いたんじゃなくて、友だちに話してるのを聞いて」
「それで修理に来たんだ。おもちゃ直って良かったね」
「こんなにきれいに直るんだ、ってびっくりしてる」
ヤマト君は直ったばかりの車のおもちゃを見返した。
「これ、僕が壊したんだ。来るまでどう直ってるのか不安だった。でもなかったみたいに前のままで直ってて。それでいいのかなってちょっと思っちゃって」
とヤマト君が言った。
浮かない顔だったのは、それが原因だったんだとわかった。
「どうぞ」
ばあばがオレンジジュースを出してくれた。
「ありがとうございます」
ヤマト君はカウンターにおもちゃを置き、コップを引き寄せてジュースを飲んだ。
お母さんもコーヒーカップに口をつけていた。
「どうしてそう思うの? きれいに直って良かったと思うんだけど」
僕が聞くと、ストローから口を離したヤマト君が言った。
「僕は物に当たって、壊したんだ。大切にしていたおもちゃなのに。壊れたおもちゃを見ているのがつらかったから、修理してもらった。だけど僕がしたひどいことをなしにするのも違うのかなって、思って」
ヤマト君の言うことが、僕にはわからない。
おもちゃを見るたびに、自分が壊したことを思い出してつらくなるのなら、忘れちゃった方が楽になるのに。
「どうしておもちゃを壊したの?」
こんな質問をしていいのか迷ったけど、思い切って訊いてみた。
ヤマト君は、
「悔しかったんだ」
と答えてくれた。そして言葉を続けた。
「弟は僕の大切な物ばかり欲しがるんだ。それなのに、とても乱暴に扱って。お下がりが嫌なのかなって思って、だったら壊しちゃえばいいって。それなら弟はお下がりじゃなくて、新しい物を買ってもらえるしって」
ヤマト君は、置いていたおもちゃをまた手に取った。
「だけど、おもちゃが壊れた時、僕の心が痛くなって。おもちゃに当たったことを、後悔したんだ。ごめんなさいって」
「おもちゃにごめんなさいって思ったの?」
「それもあるけど、プレゼントしてくれたお祖父ちゃんとお祖母ちゃんにとか、目の前で怖いことをしちゃったから、弟にとか――」
ヤマト君の言葉にかぶせて、「私が悪いんです」とお母さんが言った。
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