【完結】おもちゃの修理屋さん ~3匹の看板犬と僕の不思議な体験~

衿乃 光希

文字の大きさ
19 / 37

19. トロイメライ

しおりを挟む
 土曜日、ランチタイムの少し前に、
「こんにちは」
 と明るい声の女性がやってきた。

 二十代後半ぐらい、茶色く染めた長い髪にふんわりしたパーマをかけ、薄いブルーのワンピースを着た、きれいだなって思うお姉さん。
 笑顔がとてもすてきで、両頬のえくぼがかわいい。

「こんにちは」
 僕にも笑顔を向けて、挨拶してくれる。
 通り過ぎるとき、花のような香りがふわりと漂った。

(ヒナタ、顔がにやけてる)
 ぴょんと膝に乗ってきたヒメに言われた。

「え? 嘘」
 思わず声が出てしまう。

「陽向君、どうかした?」
 ばあばに聞こえてしまい、焦りながら首を振った。

「ううん。なんでもないよ。ちょっと思い出したことがあっただけ」
「そう」

 サンドイッチを作っているばあばはそれ以上尋ねてこなかった。
 ほっと胸をなでおろす。
 ヒナったら、僕をからかわないでほしい。

「オルゴール、直りましたよ」
 じいじがやってきたお姉さんに声をかけた。

「本当ですか。お願いしてよかったです」
 お姉さんの声が弾んでいる。

 お姉さんは修理をしていたオルゴールの持ち主。
 いつもなら、じいじは受け渡し日を伝えているけれど、今回は電話をさしあげます、にしていた。

「動作確認をお願いします」
「はい」

 お姉さんが受け取ったオルゴールのネジを回す。
 ギギと音を立てて、何周か回したあと、オルゴールを作業台に置いた。

 まるでガラスが弾けるような、儚くて、切なくて、でも清らかで、澄んだ音色が聴こえてくる。

 お姉さんはまぶたを閉じて、音色に聴き入っている。
 僕も真似をした。
 優しい音色が、心にも広がっていった。

「トロイメライ、ですね」
 じいじがつぶやく。

「久しぶりに聴きました。旅行のことを思い出します。嬉しい」
 お姉さんの声が聞こえて、僕は目を開けた。

「このオルゴール、家族旅行で買ってもらったものなんです。小学六年生のときでした。小学生のお土産にしては、高額だったので、私はあきらめたんですけど、父が買ってくれて。寝る前に毎日聴いて、癒されていたんです」

 お姉さんが目を細めた。柔らかくて、とても優しい笑顔でオルゴールを見つめる。

「私、もうじき結婚して、実家を出るんです。当然持って行こうと思っていたのに壊れてしまって、ショックを受けたんです」

 大切な思い出を抱くように、オルゴールを胸の前で抱きしめてから、持参していた紙袋にオルゴールを入れた。

「直してくださって、ありがとうございました」
 支払いをしたお姉さんは、足を弾ませて帰って行った。

「じいじ、オルゴール、すてきな曲だったね。トロイメライだっけ」

 僕が尋ねると、
「シューマンっていう人が作曲したんだよ」
 じいじが教えてくれた。

「タイトルに何か意味があるの?」
「ドイツ語で夢想とか夢見心地、っていう意味だよ」

「夢……」

 どきっとした。

 僕が体験する不思議な世界は、夢の中の出来事だと思っている。
 なぜか現実とつながっていて、他人の人生を覗いている。物語の中の世界みたいで、僕は楽しんでいるけれど、ほんの少し罪悪感もある。

 本人しか知らない情報を、僕が勝手に知っていいのかなって。

 誰かに話すのも、本人にも言っちゃいけないとわかっているから、知ったことは思い出さないようにしている。

 どうして、あんな経験をしているのだろう。
 おもちゃを持ち込んだ人全員じゃない。今のところ、あの二人だけ。

 これから先も、僕はあの虹のトンネルに行けるのかな。
 行っていいのかなという気持ちと、また行きたい両方の気持ちが僕の中にあった。

 ぼんやりしている間に、じいじは仕事に戻っていた。

(さっきのお姉さん、結婚するんだって。ヒナタ、失恋しちゃったわね)

 ヒメが余計なことを言う。
 うるさいよ、とは言えないから、僕は口を閉じたまま、カウンターに向いて、国語の宿題を始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

「いっすん坊」てなんなんだ

こいちろう
児童書・童話
 ヨシキは中学一年生。毎年お盆は瀬戸内海の小さな島に帰省する。去年は帰れなかったから二年ぶりだ。石段を上った崖の上にお寺があって、書院の裏は狭い瀬戸を見下ろす絶壁だ。その崖にあった小さなセミ穴にいとこのユキちゃんと一緒に吸い込まれた。長い長い穴の底。そこにいたのがいっすん坊だ。ずっとこの島の歴史と、生きてきた全ての人の過去を記録しているという。ユキちゃんは神様だと信じているが、どうもうさんくさいやつだ。するといっすん坊が、「それなら、おまえの振り返りたい過去を三つだけ、再現してみせてやろう」という。  自分の過去の振り返りから、両親への愛を再認識するヨシキ・・・           

魔界プリンスとココロのヒミツ【完結】

小平ニコ
児童書・童話
中学一年生の稲葉加奈は吹奏楽部に所属し、優れた音楽の才能を持っているが、そのせいで一部の部員から妬まれ、冷たい態度を取られる。ショックを受け、内向的な性格になってしまった加奈は、自分の心の奥深くに抱えた悩みやコンプレックスとどう付き合っていけばいいかわからず、どんよりとした気分で毎日を過ごしていた。 そんなある日、加奈の前に突如現れたのは、魔界からやって来た王子様、ルディ。彼は加奈の父親に頼まれ、加奈の悩みを解決するために日本まで来たという。 どうして父が魔界の王子様と知り合いなのか戸惑いながらも、ルディと一緒に生活する中で、ずっと抱えていた悩みを打ち明け、中学生活の最初からつまづいてしまった自分を大きく変えるきっかけを加奈は掴む。 しかし、実はルディ自身も大きな悩みを抱えていた。魔界の次期魔王の座を、もう一人の魔王候補であるガレスと争っているのだが、温厚なルディは荒っぽいガレスと直接対決することを避けていた。そんな中、ガレスがルディを追って、人間界にやって来て……

城下のインフルエンサー永遠姫の日常

ぺきぺき
児童書・童話
永遠(とわ)姫は貴族・九条家に生まれたお姫様。大好きな父上と母上との楽しい日常を守るために小さな体で今日も奮闘中。 全5話。

ワンダーランドのおひざもと

花千世子
児童書・童話
緒代萌乃香は小学六年生。 「ワンダーランド」という、不思議の国のアリスをモチーフにした遊園地のすぐそばに住んでいる。 萌乃香の住む有栖町はかつて寂れた温泉街だったが、遊園地の世界観に合わせてメルヘンな雰囲気にしたところ客足が戻ってきた。 クラスメイトがみなお店を経営する家の子どもなのに対し、萌乃香の家は普通の民家。 そのことをコンプレックス感じていた。 ある日、萌乃香は十二歳の誕生日に不思議な能力に目覚める。 それは「物に触れると、その物と持ち主との思い出が映像として見える」というものだ。 そんな中、幼なじみの西園寺航貴が、「兄を探してほしい」と頼んでくるが――。 異能×町おこし×怖くないほのぼのホラー!

グリモワールなメモワール、それはめくるめくメメントモリ

和本明子
児童書・童話
あの夏、ぼくたちは“本”の中にいた。 夏休みのある日。図書館で宿題をしていた「チハル」と「レン」は、『なんでも願いが叶う本』を探している少女「マリン」と出会う。 空想めいた話しに興味を抱いた二人は本探しを手伝うことに。 三人は図書館の立入禁止の先にある地下室で、光を放つ不思議な一冊の本を見つける。 手に取ろうとした瞬間、なんとその本の中に吸いこまれてしまう。 気がつくとそこは、幼い頃に読んだことがある児童文学作品の世界だった。 現実世界に戻る手がかりもないまま、チハルたちは作中の主人公のように物語を進める――ページをめくるように、様々な『物語の世界』をめぐることになる。 やがて、ある『未完の物語の世界』に辿り着き、そこでマリンが叶えたかった願いとは―― 大切なものは物語の中で、ずっと待っていた。

にゃんとワンダフルDAYS

月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。 小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。 頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって…… ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。 で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた! 「にゃんにゃこれーっ!」 パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」 この異常事態を平然と受け入れていた。 ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。 明かさられる一族の秘密。 御所さまなる存在。 猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。 ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も! でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。 白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。 ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。 和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。 メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!? 少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

処理中です...