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Phase:02 ガール・ミーツ・ストライカー
Side A - Part 1 新しい朝が来た
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Side A "Mio"
* * * * *
夢を見た。どんな夢だったかは記憶にない。
だけど、強く感情を揺さぶられたに違いない。それだけは確信を持って言える。
【おはようございます 川岸 澪 さん】
ピピピッ、ピピピと頭の中で規則的に鳴り響く電子アラーム。昨日の夜に設定した起床時間を迎え、〈Psychic〉に搭載された時計アプリの目覚まし機能が寝起きの頭を現実に引き戻す。
天井に浮かんで見える丸っこい文字は、あたしの覚醒を感知した〈Psychic〉からの挨拶だ。まばたきをして応えれば――ほら、すうっと景色に溶けて消える。
あたしは泣いていた。温かい水滴が頬を伝い、枕を濡らす。悲しい夢を見てたのか、それとも嬉しかったのか。うーん、なんにも憶えてないな。
涙をぬぐい、ベッドから起き上がってカーテンを開けると、南向きの窓から朝日が差し込んできた。まぶしさに目を細め、雲一つない青空に向けて伸びをする。
「よし!」
いよいよだ。合格発表の日からずっと、心待ちにしてた瞬間がやってくる。まずはハンガーラックにかけておいた、真っ白な新品のシャツへ袖を通した。
紺無地の靴下を履いたら、次はブルーグレーのプリーツスカート。よく見たらこれ、等間隔で桜色の細い縦縞が入ってる! めっちゃ凝ってるな~。
「さて、次は……」
部屋を出て、階段の手前にある洗面台へ。鏡の前に立ってみると、鳥の巣のようになった栗色のセミロングに目を剥く新米女子高生がそこにいた。
「うっわ、最悪!」
このタイムロスはかなり痛い。でも、今日は記念すべき入学式。初めて会う人が多いんだから、第一印象はビシッと決めなきゃ!
寝ぐせ直し用のミストを振りかけ、髪に櫛を入れてヘアアイロンで落ち着かせたら、顔の左側の上半分だけ耳の上で束ねてサイドハーフアップに。
最近使い始めた基礎化粧品のあとは、日焼け止めと無色のリップクリームも欠かせない。ま、これぐらいなら校則違反になんないっしょ。
(――ごくり)
部屋に戻ったあたしは、入ってすぐ左側の壁に目を向ける。バリエーション豊かな宮城県逢桜高等学校の制服で、最も特徴的なデザインの上着がそこにあった。
白地に深緑の一本線が入った胸当てのないセーラー襟で、暗めのグレーと赤紫色を混ぜたような胴の合わせ目には金のボタンが三個。そこに、鮮やかな赤地に桜色の細いストライプが入った幅広リボンが首元からのぞく構造になっている。
そんな個性全開のシングルジャケットを手に取り、サッと羽織ればお着替え完了! 部屋の隅にある姿見の前で適当にポーズを決め、その場でくるりと一回転。セーラー服とスカートを翻してみる。
(うん。モデルはともかく、制服は当たりだ!)
現在時刻は朝の七時。始業は八時半、入学式は九時開始。ここから学校までは自転車で十分ほどだから、このペースなら余裕で間に合う。
中学時代は二度寝しちゃってギリギリだったのによく起きた! と自分の成長ぶりを自画自賛しながら、あたしは〈Psychic〉のメニュー画面を立ち上げた。
ぽん、と電子音がして、目の前によく使うアプリのアイコンが現れる。デジタル表示の時計に〈テレパス〉、天気予報、ニュース……どれもこれも朝イチのチェックは必須だけど、その中でも必ず一番最初に目を通すのはこのアプリだ。
【逢桜町磁気嵐等探知・発報システム じきたん】
〈黄昏の危機〉と名づけられた、あのサイバーテロ事件からはや一年。この町の人はみんな、夜が来るのを恐れている。オレンジ色の夕焼けから日没にかけてのマジック・アワーが、永遠に来なければいいと願っている。
そのたびに〈モートレス〉……〈特定災害〉とも呼ばれる化け物が街に現れ、無差別に人を襲うようになってしまったから。
『ヒトが〈モートレス〉化する原因は、仮想世界と現実の境界を見失うことにあります。脳の認識と身体感覚に大きなズレが生じることで、身体中の細胞が異常な活性化と暴走を引き起こす。その結果生じるモノがあれなのです』
町長いわく、人間が〈モートレス〉になる時は、必ずその人が持つ〈Psychic〉や手持ちの通信機器を中心に磁場の乱れと熱暴走が生じるらしい。
それを「磁気嵐」としてAIで常時観測するシステムができたおかげで、あたしたちは日々場所を変えて現れるあれの位置だけは正確に把握できるようになった。
異常が検知されると、町はすぐにこの〝じきたん〟と防災無線で警報を発令。丸腰の町民は指定避難所で肩を寄せ合い、解除されるまで閉じこもる。
そんな生活に最初はみんな戸惑ったし、反発する声も多かったけど、命と便利さには代えられない。それほどまでに〈Psychic〉の存在は刺激的で、中毒性が高く、あたしたちの日常に欠かせないものとなっているんだ。
(一応確認しとこう。逢桜高校って、どこ?)
新生活に浮足立つ気持ちを抑え、あたしは心の中で〈Psychic〉にそう念じてみた。具体的な指示や希望は、一切口に出していない。
にもかかわらず、あたしの意図を汲み取ったAIはすぐに行動を始めた。地図アプリを起動して逢桜町の全体図を表示すると、中心を流れる川の西岸、桜並木に沿って広がる住宅地のエリアへ自動的にズームイン。大きな通りと川に挟まれた一角に、目印の赤いピンを打つ。
【現在地から二十メートル先、県道14号線との交差点を右。その先、仙台法務局逢桜支局前を左。県道110号線を道なりに進み、逢桜大橋を渡り、歩道橋の三メートル先で左折。目的地まで、自転車でおよそ十分です。実際の交通規制に従って走行してください】
どうよ、この早業。地図検索からルート案内までの流れ作業、全自動でわずか数秒。しかも口で指示することなく、念じただけでできるって……これ、もう産業革命でしょ。
AIの登場を第四次とするなら、第五次産業革命はAGIへの進化と〈Psychic〉の実用化。次元の壁を飛び越えて、超高度情報社会をもたらしたすごいやつ。そんだけ便利なもの、危険だからって今さら手放せるわけないじゃん!
〝じきたん〟自体もただの防災アプリじゃない。警報が出た時に位置情報や地図と連動して最寄りの緊急避難所に案内してくれるのはもちろん、普段は町からのお知らせ配信ツールとしても機能するんだ。
個人的には、週末のイベント情報がすごく助かる。あたし、町はずれの河川公園にやって来るキッチンカーの食べ歩きを楽しみにしてるからさ。
「今日一日で仲良くなった子と一緒にお店巡りなんて、最高の週末じゃない?」
【それは名案ですね ぜひ誘ってみましょう】
そうと決まれば善は急げ。真新しいカバンに詰める、夢と希望以外の中身を最終点検しよう!
あたしは〈Psychic〉でまとめた持ち物リストを呼び出し、ファスナーを開けて中をのぞき込んだ。
* * * * *
夢を見た。どんな夢だったかは記憶にない。
だけど、強く感情を揺さぶられたに違いない。それだけは確信を持って言える。
【おはようございます 川岸 澪 さん】
ピピピッ、ピピピと頭の中で規則的に鳴り響く電子アラーム。昨日の夜に設定した起床時間を迎え、〈Psychic〉に搭載された時計アプリの目覚まし機能が寝起きの頭を現実に引き戻す。
天井に浮かんで見える丸っこい文字は、あたしの覚醒を感知した〈Psychic〉からの挨拶だ。まばたきをして応えれば――ほら、すうっと景色に溶けて消える。
あたしは泣いていた。温かい水滴が頬を伝い、枕を濡らす。悲しい夢を見てたのか、それとも嬉しかったのか。うーん、なんにも憶えてないな。
涙をぬぐい、ベッドから起き上がってカーテンを開けると、南向きの窓から朝日が差し込んできた。まぶしさに目を細め、雲一つない青空に向けて伸びをする。
「よし!」
いよいよだ。合格発表の日からずっと、心待ちにしてた瞬間がやってくる。まずはハンガーラックにかけておいた、真っ白な新品のシャツへ袖を通した。
紺無地の靴下を履いたら、次はブルーグレーのプリーツスカート。よく見たらこれ、等間隔で桜色の細い縦縞が入ってる! めっちゃ凝ってるな~。
「さて、次は……」
部屋を出て、階段の手前にある洗面台へ。鏡の前に立ってみると、鳥の巣のようになった栗色のセミロングに目を剥く新米女子高生がそこにいた。
「うっわ、最悪!」
このタイムロスはかなり痛い。でも、今日は記念すべき入学式。初めて会う人が多いんだから、第一印象はビシッと決めなきゃ!
寝ぐせ直し用のミストを振りかけ、髪に櫛を入れてヘアアイロンで落ち着かせたら、顔の左側の上半分だけ耳の上で束ねてサイドハーフアップに。
最近使い始めた基礎化粧品のあとは、日焼け止めと無色のリップクリームも欠かせない。ま、これぐらいなら校則違反になんないっしょ。
(――ごくり)
部屋に戻ったあたしは、入ってすぐ左側の壁に目を向ける。バリエーション豊かな宮城県逢桜高等学校の制服で、最も特徴的なデザインの上着がそこにあった。
白地に深緑の一本線が入った胸当てのないセーラー襟で、暗めのグレーと赤紫色を混ぜたような胴の合わせ目には金のボタンが三個。そこに、鮮やかな赤地に桜色の細いストライプが入った幅広リボンが首元からのぞく構造になっている。
そんな個性全開のシングルジャケットを手に取り、サッと羽織ればお着替え完了! 部屋の隅にある姿見の前で適当にポーズを決め、その場でくるりと一回転。セーラー服とスカートを翻してみる。
(うん。モデルはともかく、制服は当たりだ!)
現在時刻は朝の七時。始業は八時半、入学式は九時開始。ここから学校までは自転車で十分ほどだから、このペースなら余裕で間に合う。
中学時代は二度寝しちゃってギリギリだったのによく起きた! と自分の成長ぶりを自画自賛しながら、あたしは〈Psychic〉のメニュー画面を立ち上げた。
ぽん、と電子音がして、目の前によく使うアプリのアイコンが現れる。デジタル表示の時計に〈テレパス〉、天気予報、ニュース……どれもこれも朝イチのチェックは必須だけど、その中でも必ず一番最初に目を通すのはこのアプリだ。
【逢桜町磁気嵐等探知・発報システム じきたん】
〈黄昏の危機〉と名づけられた、あのサイバーテロ事件からはや一年。この町の人はみんな、夜が来るのを恐れている。オレンジ色の夕焼けから日没にかけてのマジック・アワーが、永遠に来なければいいと願っている。
そのたびに〈モートレス〉……〈特定災害〉とも呼ばれる化け物が街に現れ、無差別に人を襲うようになってしまったから。
『ヒトが〈モートレス〉化する原因は、仮想世界と現実の境界を見失うことにあります。脳の認識と身体感覚に大きなズレが生じることで、身体中の細胞が異常な活性化と暴走を引き起こす。その結果生じるモノがあれなのです』
町長いわく、人間が〈モートレス〉になる時は、必ずその人が持つ〈Psychic〉や手持ちの通信機器を中心に磁場の乱れと熱暴走が生じるらしい。
それを「磁気嵐」としてAIで常時観測するシステムができたおかげで、あたしたちは日々場所を変えて現れるあれの位置だけは正確に把握できるようになった。
異常が検知されると、町はすぐにこの〝じきたん〟と防災無線で警報を発令。丸腰の町民は指定避難所で肩を寄せ合い、解除されるまで閉じこもる。
そんな生活に最初はみんな戸惑ったし、反発する声も多かったけど、命と便利さには代えられない。それほどまでに〈Psychic〉の存在は刺激的で、中毒性が高く、あたしたちの日常に欠かせないものとなっているんだ。
(一応確認しとこう。逢桜高校って、どこ?)
新生活に浮足立つ気持ちを抑え、あたしは心の中で〈Psychic〉にそう念じてみた。具体的な指示や希望は、一切口に出していない。
にもかかわらず、あたしの意図を汲み取ったAIはすぐに行動を始めた。地図アプリを起動して逢桜町の全体図を表示すると、中心を流れる川の西岸、桜並木に沿って広がる住宅地のエリアへ自動的にズームイン。大きな通りと川に挟まれた一角に、目印の赤いピンを打つ。
【現在地から二十メートル先、県道14号線との交差点を右。その先、仙台法務局逢桜支局前を左。県道110号線を道なりに進み、逢桜大橋を渡り、歩道橋の三メートル先で左折。目的地まで、自転車でおよそ十分です。実際の交通規制に従って走行してください】
どうよ、この早業。地図検索からルート案内までの流れ作業、全自動でわずか数秒。しかも口で指示することなく、念じただけでできるって……これ、もう産業革命でしょ。
AIの登場を第四次とするなら、第五次産業革命はAGIへの進化と〈Psychic〉の実用化。次元の壁を飛び越えて、超高度情報社会をもたらしたすごいやつ。そんだけ便利なもの、危険だからって今さら手放せるわけないじゃん!
〝じきたん〟自体もただの防災アプリじゃない。警報が出た時に位置情報や地図と連動して最寄りの緊急避難所に案内してくれるのはもちろん、普段は町からのお知らせ配信ツールとしても機能するんだ。
個人的には、週末のイベント情報がすごく助かる。あたし、町はずれの河川公園にやって来るキッチンカーの食べ歩きを楽しみにしてるからさ。
「今日一日で仲良くなった子と一緒にお店巡りなんて、最高の週末じゃない?」
【それは名案ですね ぜひ誘ってみましょう】
そうと決まれば善は急げ。真新しいカバンに詰める、夢と希望以外の中身を最終点検しよう!
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スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
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