トワイライト・クライシス

幸田 績

文字の大きさ
29 / 106
Phase:02 ガール・ミーツ・ストライカー

Side A - Part 6 逢桜ポラリス

しおりを挟む
Side A "Mio"
* * * * *


 命あるものにとって、生と死は隣り合わせ。光が差せば影ができるように、死神は何気ない日常の中にも潜んでいる。
 変わってしまった逢桜あさくらの街で暮らしていると、そのことを強く実感させられる機会に事欠かない。

 重苦しい沈黙が食卓に満ちる。あたしには〈五葉紋〉を持ち、直接的ではなくとも〈特定災害〉に関わっているお父さんにかける言葉が見つからなかった。
 ご飯を食べに来ただけの鈴歌と、無我夢中でボウルへ頭を突っ込んでいる愛犬は完全に部外者だ。二人(?)とも見て見ぬふり、知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。

 もう、入学式の日にお通夜みたいな空気出さないでよ! お父さんは実際にお悔やみの予定あるみたいだけど、それはそれ、これはこれ。こんなめでたい日ぐらい、もっと楽しいことしゃべろうよ。


『続いてはeスポーツ。イマーシブMR、超高精細の没入型複合現実で戦うバーチャルサッカーの話題です。今シーズンからリーグ戦に参戦する注目の新クラブ〝逢桜ポラリス〟が、デビュー戦を前に最新情報を公開しました』

「お、うちの話題だ。僕の編集したカット使われたかな」


 ありがたいことに、嫌な空気はそう長く続かなかった。〈Psychicサイキック〉で流れていた動画が、うまいこと話題を変えてくれたから。
 自慢じゃないけど、あたしはサッカーに全然詳しくない。何ならリアルの試合すらまともに観たことないんだけど、身内が関わってると聞けば俄然がぜん興味が湧いてくる。すっごいミーハーだな、あたし。


「お父さんはいつから動画クリエイターになったわけ?」

「ふふーん。AIを使えば、編集作業なんてちょちょいのちょいだよ」


 ウィンナーを口に運び「へぇ~、やるじゃん」と返したあたしの足元から、食事を終えたルナールが小走りで去っていった。
 ヤツは居間のペット用ソファーに直行し、でーんと地響きを立てて横になる。サイズのみならず態度もデカいのは、ひょうきんで憎めない大型犬あるあるだ。


「で、どんなの作ったの?」

「公式ユーチューブとX、インスタグラムに載せる切り抜き。事務員の子が編集作業苦手みたいで、僕が代わりにやってるんだ」

「九割九分九厘AI任せは自分で作ったうちに入らないのでは?」

「鈴歌、それ言っちゃダメ!」


 先に完食した幼なじみは自分の食器を重ねて席を立ち、台所の流しへ持っていった。痛いところを突かれたお父さんが「ですよねー……」と肩を落とす。
 鈴歌に関するあたしの心配事は、ほとんどがこの難しかない性格によるものだ。学業成績は天才的なのに、運動神経と協調性、思いやり、コミュニケーション能力といった社会性は皆無。サイテー。壊滅的。空気を読まず、ナイフのように鋭い言葉で、悪意なく他人を傷つける。

 そんなことを繰り返してきたからか、いつしか鈴歌に寄りつく人間はあたしぐらいになってしまった。
 同級生に煙たがられようが、先生から腫れ物に触るような扱いを受けようが、この子にしてみれば全部負け犬の遠吠えでしかない。彼らが天才を奇妙な目で見るとき、天才も彼らを侮蔑ぶべつと憐れみを込めた目で見ているのだ。


『ではここで、正式に発表されたポラリスイレブンを見ていきましょう』

「人選間違うと烏合うごうの衆になるやつだよ、これ。現役のプロサッカー選手を呼んできてまで本気でやるのがゲームってどういうことなんですかね」

「たかがゲームと侮るなかれ、最近のeスポーツ大会は高額な賞金が出るんだ。ありきたりな娯楽に飽きた世界の大富豪がスポンサーって話だから、一獲千金も夢じゃない」

「それ、勝てればの話だよね。負けが込んだら赤字でしょ? どうすんの?」

「……うち、選手層に自信あるからさ。負け越しルートは想定外なんだ……」

「見切り発車ぁ!? いやいやいや、しっかりしてよクラブ事務局ー!」


 あからさまに視線を逸らすお父さんにツッコミを見舞い、あたしも食器を片づけようと席を立った。
 同じタイミングで仮想ディスプレイ内のカメラが引き、スタジオの全体像が映る。今度は男性キャスターが前に進み出て、用意したパネルを指差しながら解説を始めた。


『注目は、かつて神奈川県の名門・臨海高校の主将として活躍した経歴を持つ背番号9番、ミッドフィルダーの羽田はねだ正一しょういち選手。ケガで引退を余儀なくされた司令塔が、副将となってピッチへ帰ってきました』

『えっ? 彼、確か車椅子いす生活でしょ? どうやって試合に参加するの?』

『近年は、意識するだけでモノを操作できるBMI、ブレーン・マシン・インタフェースという技術が広く普及しました。これを応用したのが〈Psychicサイキック〉。羽田選手はバーチャルプレイヤーとなって、自身の立体ホログラム映像を思念で操り、試合に出場するんです』

『……なんか、簡単そうでものすごく難しいこと言ってません?』

『血のにじむような努力を重ね、かつては天才とも肩を並べた羽田選手。そのストイックさ、サッカーに懸ける情熱は今なお健在のようです』


 天才、という言葉に反応した年配の女性コメンテーターが、そわそわと落ち着かない様子で舞台袖を気にしている。
 解説者は満足げに笑うと、新たにスタジオへ運ばれてきた二つ目の大きなパネルを覆う布に手をかけた。


『皆さん、長らくお待たせしました』


 洗面所で歯磨きを終えた鈴歌が、ダイニングに戻ってくる。同じタイミングで、お父さんがあたしに食後のお茶を出してくれた。
 あたしたちがかがんでルナールの食器セットを片づけようと手に取り、あるいはマグカップを口に含んだ、まさにその瞬間――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...